表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/44

09.二十七日目・後半(二十二日目)



●二十七日目 後半


 個体名「アンスラー」

 説明は「十番目の異神」


 それが【神眼】でわかったそいつの情報の全て。


 ほか一切が不明。礼拝堂の入り口で唖然としている間に、魔神は4本の腕で同時に、ハルカと、一緒に居た三人の神官長を攻撃した。


 神官長のおじさんたちの機敏な動きにも驚いたけど、ハルカはさらに驚かせてくれた。

 彼女が小虫でも払うみたいに「さっ」と手を振ったら、魔神の手が消し飛んだのだ。


 魔神は一瞬怯んだようにも見えたけど、手は即座に再生した。

 その手を、今度は地面に突っ込んだ。引き上げた時には、巨大な槍が握られていた。


 魔神はそれを振りかぶった。薙ぎ払うような構え。私が悲鳴を上げる前に、義経くんが時間を止めた。


 だから私が見たのは、魔神が槍を一薙ぎして礼拝堂をめちゃくちゃにした場面。


 義経くんはハルカを抱きかかえて飛び退き、それをかわしていた。そしてすぐにそのまま駆け出した。


 この日に起きた奇跡があるとしたらここだと思う。ハルカの権能で、自分の権能と、【統率】による肉体強化を封じられた状況で、つまり完全に生身の身体で、義経くんはハルカを横抱きに抱えたまま、魔神の攻撃をかいくぐって私たちのところ――礼拝堂の入り口まで戻ってきた。


「逃げるぞ!」と義経くんは言った。私もまったく異論はなかった。あんな得体の知れないものに立ち向かう義務は、私たちにはない。


 でも、ハルカが「ダメ」と言った。「あれが地上に出たら大変なことになる」


「じゃあどうするってんだ!」と義経くん。「わたしが倒す」とハルカ。


 とんでもない、と私と菊池くん。言い合う私たちを尻目に、紀子が前に進み出た。「ボクがやるからみんな下がってて!」


 でも紀子はその直後に「嘘!?」と悲鳴。「ボクの力が効かない!」


 魔神はずんずんとこちらに進撃してくる。私は無理やりハルカの手を引いた。「逃げよう、勝てるわけない!」と。


「そうでもない」とハルカは言った。見れば、魔神の動きが目に見えて鈍くなっていた。紀子の力も、まったく効かないわけじゃないらしい。


 ここで動いたのはミコ。「私が時間を稼ぐ、早くどうするか決めて!」

 彼女はこの時、裸に義経くんのジャケットを羽織っていた。彼のお気に入りだったらしい。悲痛な制止の声が上がった時には、ミコはもう炎の塊になっていた。もちろん、義経くんのジャケットは蒸発した。


 ミコは「さっ」と横に動き、魔神の注意をそらした。槍を振るわれたけど、ミコの身体は揺らめいただけ。火炎放射で牽制しながら囮を続けた。でも。


「こっちの攻撃も効いてない、無茶だぞ!」と義経くん。

「わたしなら倒せる」とハルカ。


「嘘つけ、すぐに治ってただろ。それにどうやって近づく? あの槍も吹っ飛ばせんのか?」

「無理だと思う」

「なら逃げるしかねーだろうが!」


 言い合っているうち、魔神の素手による攻撃がミコを襲った。槍と違って、それは炎の塊であるはずのミコの身体をふっ飛ばした。


 私たちは絶叫した。でも、ミコはすぐに起き上がって返事をした。「大丈夫、ちょっと痛かったけど!」


「油断しないで、いまのはボクがやった!」と紀子。「本当に直撃したらミコちゃんも絶対危ない!」


 この時だったと思う。急に、全身に力がみなぎってきた。動揺と恐怖が消え、頭が冴えわたる。冷静になった私の【神眼】が、何やら祈りを捧げているクアランさんを映し出した。


 彼は私たちに魔法をかけていた。【祝福】。肉体と精神を強化し、魔法防御を飛躍的に高める……【神眼】ではそんな説明。ハルカにだけは効かなかったけど。


「どうかお願いする」とクアランさん。「あれを何とかできるのはキミたちだけだ。この老体を今後いくらでもこき使ってくれて構わん、だからどうか、あれを倒してくれ!」


 ふと見れば、三人の神官長もそれぞれ戦ってる。彼らもこんな化け物を復活させることになるとは知らなかったそう。


 ジェルビって人は青白い炎――【青炎】の魔法を操って魔神を牽制していた。

 アスモフって人も、何度もふっとばされながら、魔法による防御と回復を繰り返し、囮を続けていた。


 あのゼフも戦っていた。お飾りかと思っていた錫杖を振り上げ、魔法で強化された見事な動きで、魔神に立ち向かっている。


 でも、ジリ貧にもなっていなかった。彼らが全滅するのは時間の問題。それも、分単位の話じゃない。


「戦おう」


 菊池くんが宣言した。


「俺と義経で鶴来つるぎを守りながらあいつに近づく。尚武しょうぶ、そのへんの石ころを亜光速で飛ばせるか?」


 紀子は一瞬ハッとして「できるよ!」と返事。「思いきりやってくれ」と菊池くん。


 何がどうなって次の光景が生まれたのか、私はあとで説明されるまで分からなかった。無数の光の筋が魔神を集中砲火し始めたのだ。爆発が連続して、魔神を穴だらけにした。すぐに再生していたけど、動きを止めることには成功していた。


 呆然とするうち、三人の神官長たちも入り口付近に退避してきた。クアランさんと話をしていたようだけど、内容は分からなかった。


 ちょうどその時、菊池くんが私にこう言ったからだ。


「地上に行ってみんなを呼んできてくれ、急いで!」


 私は拒否した。自分だけ逃げるなんて絶対嫌だった。でも、菊池くんは許してくれない。


「諦めろ秀虎ひでとら」と義経くん。言い争いの時間が惜しかったらしい。「あいつらなら勝手に来るだろ。霧島も一緒にいくぞ」と。菊池くんは一瞬だけ天を仰いでから、「行こう」と言った。


 私たち三人は、ハルカを守るようにして魔神に近づいていった。ミコと紀子が魔神の注意をうまくそらしてくれていた。


 ある程度近づくと、私たちは菊池くんの指示にしたがってやや散開した。義経くんが時間を止めながら、突入のタイミングを見計らう。


「今だ!」と義経くんが叫んで、私たちは同時に突っ込んだ。

 ここでも義経くんは時間を細かく止め、コマ送りのようにして状況を観察していたらしい。

 接近に気付いた魔神が、私に攻撃してきた。死を覚悟する間もなく、次に映った光景は義経くんの横顔。


 視線の先に、魔神に向けてまっすぐ駆けていく、ハルカの姿があって。


 彼女の手が、魔神の足を次々に消し飛ばしていった。

 地面に倒れ込む魔神に、ハルカはさらに追撃した。胴体に、胸に、肩に手をあて、時には蹴ったり、体当たりして、魔神の身体を休むこと無く消し飛ばしていく。


 紀子の投射攻撃も、ミコの火炎放射も、一時は止んでいたけど、私は見ていた。ふたりが攻撃を中止するのは間に合ってなかった。どちらも、ハルカの身体に届く前に消失していた。

 だから叫んだ。「ふたりとも攻撃を続けて、ハルカは大丈夫!」


 三人の怒涛の集中攻撃が魔神を壊し続けた。勝った、と思った。


 でも違った。魔神の再生はいつまでも止むことがなかった。

 そして一瞬のスキに、魔神の四本の腕のひとつが、槍を拾い上げて、ハルカめがけて振るった。義経くんが時間を止める。でも、今度は避けきれなかった。


 義経くんとハルカがそろって吹き飛ばされた。私たちは絶叫。菊池くんが駆け寄って、ふたりを引きずるようにして退避した。


 ハルカは何とか意識を保っていた。でも義経くんは虫の息だった。


 手詰まりだった。魔神は完全に再生していた。ミコの火炎放射はもはや牽制にもならず、紀子の投射攻撃も限界が近づいていた。瓦礫がなくなって、地面や壁を削り始めたからだ。限界をこえ、礼拝堂が崩れても、あの魔神は活動を止めないだろう。


 その時何を思ったのか。自分でも分からない。


 菊池くんたちが居る場所に向かって、魔神が進撃し始めた。私は、何ができるわけも無いのに、彼らの元にまっすぐ駆け出して。


 いきなり、視界が真っ白に染まった。


 そしてすぐに暗転した。チカチカと火花が飛んで、すごい耳鳴りがしていたけど、不思議と痛くなかった。でも温かさは感じた。


「また無茶してんの?」


 頭上から声がした。眠たそうな声。見上げたら、そこにあったのは穂村くんの顔だった。うっすら笑顔だったけど、頭から血が吹き出していた。「あなたにだけは言われたくない」と、私は反射的に言い返していた。


 とまあ、私たちがどうでもいい会話を交わしている間にも、戦闘は続いてた。


 現れたのは穂村くんだけじゃなかった。日浦くんを除いた全員の生存メンバーが集結していた。


「どういうことだこりゃ」とぼやきながら、何の躊躇もなく突進していたのは紫波さん。相変わらずとんでもない人だった。彼が拳を一振りすれば、まるでハルカのように魔神の身体を吹き飛ばしていたし、魔神の攻撃は、彼の身体に触れた途端に、やっぱり吹き飛ばされていた。


「【支配】が効かないぞ、蓮川!」悲鳴を上げたのは佐藤くん。


「あれは分身だからね」と蓮川くん。「アストラルバディってやつさ。言わば幻だよ。どこかに居る本体は知性体かも知れないけど、あれはそうじゃない」


 言いながら、蓮川くんは図太い光の束を、魔神に向け照射した。これも魔法らしい。アニメで見るビーム兵器みたい。さっき、私の視界を真っ白に染めたのはこの魔法の仕業だった。蓮川くんの戦闘を見るのは久しぶりだったけど、ここまでとんでもない存在になっているとは思わなかった。さすが【魔王】さまだ。


「私の力も効かない!」と、萩原さんが叫んだ。私は一瞬背筋が凍ったけど、萩原さんの態度は堂々としてて、権能を完璧に制御しているのがわかった。


「違う、効いてる!」と私は叫び返した。【神眼】に映る魔神の情報に「死亡」という表示がついたり消えたりしていたから。その際に一瞬だけ動きが止まるのもわかった。


「たぶんすぐに生き返ってる! でも牽制はできる、続けて!」


「ンなのどうやってブッ殺すんだよ!?」と、稲見さん。電撃を放ち続ける彼女のそばには、チハル、天野さん、光丸さん、そして藤堂くん。


 私、菊池くん、穂村くんは、ハルカと義経くんを抱えて彼らの元に走った。

 義経くんは天野さんの【再生】で回復した。でもハルカには効かない。青い顔で短く息を吐きながら、何とか意識をつなぎ留めている、という感じ。


「本体からの力の流れを断ち切る必要がある。いま解析中だ、もう少し頑張ってくれ!」


 蓮川くんの言葉を信じて、みんな戦った。穂村くんも、何か見たこともない大斧を振り上げて戦っていた。


 ふと【神眼】で斧を解析しようとして、私は戦慄した。何も見えなかったからだ。素材はおろか簡単な説明も見えない。この斧の正体はもう少し後に分かるけど、ここでは省く。


 斧の一撃は強烈だった。紫波さんの拳以上の破壊力で、魔神の身体を消し飛ばしていた。紫波さんと違って防御面は心もとなかったけど、穂村くんは不死身だ。関係なかった。


 そうして、主に紫波さんと穂村くん、そして萩原さんが足止めを続けるうち、蓮川くんの「解析」が終了。

 彼が告げたのは絶望的な内容。


「これはどうにもならないね、逃げよう」


「フザけろクソ魔王、いまさら引き下がれるかよ!」と義経くんが怒鳴った。さっきはあんなに逃げようって主張していたのに。やり返さないと気が済まないんだろう。何とかしろと蓮川くんに迫っていた。


「本当にどうにもならないのか?」と菊池くん。蓮川くんは答えて、


「僕があと二年くらい修行を積んだら何とかできるかもね。だが、あの台座に込められた術式は複雑すぎる。いまはとにかく逃げるが勝ちだよ」


 菊池くんは「台座にかかった魔法が力の源なのか?」と質問。「簡単に言うとそうなるね」と蓮川くん。


 私と菊池くんはほぼ同時に、ハルカのほうを見てしまった。しまった、と思ったけどもう遅い。


 ハルカは小さくコクリと頷き、ゆっくりと立ち上がった。無理をしているのは明らか。でも、彼女の意思も明らか。説得する時間がないのも明らかだった。


 菊池くんが大声で穂村くんを呼び戻した。台座までハルカを運んでもらうためだ。

 私は止めた。ハルカに触れるということは、穂村くんは不死身じゃなくなるということ。今度こそ本当に命をかけると言うことだ。


 でも穂村くんは何喰わぬ顔でこう言った。「そんなの、いつものことだし」と。


 作戦はすぐ決行された。みんなで全力の牽制。ハルカの権能の盾に守られた穂村くんは、少なくともフレンドリー・ファイアを受けることはない。強固な弾幕に守られながら、台座の目前まで進んで、あと一歩のところで魔神の攻撃を受けた。


 穂村くんは笑っていた。笑いながら、ハルカを台座に向けて放り投げた。はじけ飛ぶ穂村くんの身体。地面に叩きつけられるハルカ。


 彼女は這いずりながら、必死に手を伸ばして、台座に触れた。


 その瞬間、魔神は跡形もなく消え失せたのだった。




 大歓声。


 その中、私は大急ぎでハルカに駆け寄った。あちこち擦り傷だらけで、頭からも流血していた。実は怪我自体はそんなにひどくなかったけど、この日の無茶が元で、ハルカは高熱を出し、一昨日まで寝込んでいた。




 それはひとまず置いておこう。


 問題はこの後だった。魔神を倒した後、ゼフがまた騒ぎ立て始めた。思い返すのも忌々しい。あれこれと屁理屈をつけて、また私たちに罪を着せようとしたのだ。


 もちろん無駄だった。すでに多数の神官たちが礼拝堂に集まっていて、一部始終を目撃していたから。この騒ぎの元凶がゼフたちにあることは、すでに知れ渡っている。


 場をひとまずまとめたのは序列2位のジェルビさん。彼もゼフにそそのかされただけだったらしいけど、特に言い訳もせず淡々と事実を語り、私たちの健闘を称えた。


 だが、ゼフはなおもあがき続けた。これに序列4位のアスモフさんが激昂。ゼフを殴りつけて彼の罪を糾弾し、場が騒然となった。


 この騒ぎの中、事件は起こった。


 手が震える。ひどく読み辛い字になってしまう。


 礼拝堂に集まっていた神官戦士の一人が、ハルカか、もしくは彼女を支えていた私に向けて矢を放った、らしい。ハルカに触れて【神眼】が使えなかった私は、敵意に気づかなかった。……言い訳にもならないな。


 私はすぐ傍で「ズブリ」という音を聞いた。

 萩原さんが居た。微かに笑っていた。自嘲めいた笑み。


 胸の中央に矢が突き刺さっていた。大量の血が吹き出して、彼女の身体がみるみる真っ赤に染まり、崩れ落ちる瞬間に、私を見て、こう言ったのが聞こえた。


「これでおあいこ」


 と。


 どういう意味だったのかは今も分からない。もう確認することもできない。天野さんは間に合わなかった。


 萩原香菜さんは亡くなった。




 だいぶ遅い時間になってしまった。続きは、また明日。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ