08.二十七日目・前半(十九日~二十二日目)
●二十七日目 前半
いろんなことがあってしばらく日記をつけてなかったけど、今日から再開する。
まずは前回の最後の日付から、今日までの出来事を。
ちょっと記憶が曖昧なところもあるけど、思い出せる範囲で。
十九日目。
私と紀子が砦に行こうとした時、神殿の方から先触れが来た。
これから神官戦士団――街の警備を担当してるクアランさんの部下じゃなくて、神殿おかかえの正規の軍隊みたいな人たち――が、私たちに事情を聞きに来るという。
いまから出かけるところだと話したら、一人でも逃げ出したら敵対行為とみなす、と警告された。騒然となったけど、結局、私たちは従うことにした。
この判断が間違っていたかどうかは、今も何とも言えない。私たちの安全だけを考慮するなら、ここではねつけたほうが良かった。でも、少なくともこの時の私たちは、神殿に敵対するのは愚策だと考えていた。最悪、この街を滅さないといけなくなる。
いちおう保険はあった。紫波さんと佐藤くんが街に出てて、その場には居なかったのだ。
ただ、彼らの位置を確認しようとしたけど、地上からだと人が重なりすぎて分からない。伝言を残す時間ももらえなかった。
大神殿に「連行」されて、まずクアランさんと菊池くんが面会。菊池くんはこの時「何があってもこらえてくれ」と頼まれたそう。
そして、全員で広間に通されて、クアランさん含む四人の神官長と面会した。
一言で言えば魔女裁判だった。私はこの時初めて知ったけど、私たちは街の人たちから絶大な支持を集めていた。笑っちゃう話だけど、一部には「新しき神々」なんて言われて、カルト教団みたいな集団も立ち上がっていた。
ようするに、それを快く思わなかった大神殿の上層部が、あの発光現象とか、その他諸々の罪を私たちにかぶせて追放しようとしていた、というわけ。
クアランさんはずっと私たちを弁護してくれていた。彼の依頼はぽつぽつこなしていて、私たちは街の治安維持に一役買っていた。そのせいで余計な支持を集めてしまった、とも言えるわけだけど。
どちらにせよ序列3位のクアランさんだけでは発言力が弱すぎた。でも、基本的に私たちを糾弾していたのは序列1位のゼフって人だけ。ほかのふたりは様子見という感じ。
人数が足りない理由もしつこく聞かれた。これについては「調査に出ている」で押し通したけど、正直ちょっと苦しかった。形勢はかなり悪かった。
私はみんなが暴発しないかどうかだけが心配だった。特に稲見さんと義経くん。かなりイライラしてて、いつ爆発してもおかしくなかった。萩原さんはずっと目を閉じていた。
そのうち、ぽつりと神官長の一人が発言した。序列2位のジェルビっていう人。まずは大神官さまにお伺いを立てるべきでは、と。
もっと早く言って欲しかった。彼の提言に、序列4位のアスモフって人も乗っかって、ゼフは強固に反対してたけど、決まりでは序列が何位だろうと一票らしくて。
結局、三十分ほどあとに大神官さまがやってきた。
なんていうか、すごく感じのいいお爺さん。ずっと寝たきりだって聞いてたけど、思ったより足取りも口調もしっかりしてて、私たちはひとりずつ別室に呼ばれ、彼の面談を受けた。
この時のことを思い出すと涙が出てくる。私のは面談というか、ほとんどカウンセリングだった。宗教のトップに立つ人ってやっぱり人格者なんだな、っていうか。色んな迷いとか葛藤を、綺麗に洗い流してもらった気がする。
意外なことに、のちに義経くんも彼を絶賛していた。大神官さまは一言も、神さまがどうとか、そんな話はしなかったらしい。私の時もそうだったけど。「信じられるものを信じなさい、そしてそれに恥じない生き方をしなさい」と言われたそうだ。
とにかく。
結果、大神官さまのお沙汰は「無罪」。それどころか、
「こんな無辜の若者たちを引っ立ててくるようでは、大神殿も先が暗い」
とおどけた調子で言っていた。ゼフが悔しそうに歯噛みしてて、私は「ざまあみろ」って思った。
ただ、あの発光現象に関して、神官戦士団がすぐさま調査を行うこと、私たちにはその間、神殿内に居てもらう、という要求が、クアランさん以外の3人の神官長からあって、これは退けられなかった。
すでに調査に向かったメンバーが居ること、いま彼の帰還を待っているということ、彼は街に明るくないので、誰かが宿に残っていないと困る、ということを菊池くんが話した。
それで、菊池くんは私と紀子を送り出そうとした。でもゼフは抜け目がなくて「行くの一人だけだ。こちらで選別する」とか言って、こともあろうに萩原さんを指名した。いちばん大人しくて扱いやすそうだとか思ったんだろう。
私は強固に反対したけど聞き入れてもらえなかった。
萩原さんは何人もの神官戦士に囲まれて宿に戻った。私たちはそれぞれ別室に軟禁状態。私には絶望しかなくて、とにかく萩原さんの権能が暴走しないことだけを祈っていた。
ただ、この日は何事もなく終わった。
明けて二十日目。
朝から大混乱だった。大神官さまが亡くなったからだ。
個人的にも思うところがあって、ショックは大きかったけど、違う意味で困ったことになった。
ゼフがまた、この件で私たちに言いがかりをつけようとしたらしいけど、さすがにずっと監視のついていた私たちに罪は被せられなかった。大神官さまのお沙汰も覆らないから、私たちの無罪は確定だ。
ただ困ったのは、神官戦士団の調査が延期されたこと。じゃあ帰してよ、って思うけど、そうはならず、私たちは引き続き軟禁状態。
私は【神眼】を駆使して神殿内を調べ、みんなの位置と逃走ルートの選別をしていた。もう誰かが暴発するのは確定。どこから騒ぎが始まっても、みんなといち早く合流できるように。
でも、神殿内のみんなは私の予想を越えてよく耐えてくれた。
暴発は外で起こった。この日の晩、紫波さんと佐藤くんが、萩原さんを救出して行方をくらましたのだ。
でもこれは、私に言わせればファインプレーだ。萩原さんに余計なストレスがかかって、いつかの私みたいな心理状態になったら、どんなに酷いことになるか。
彼女の権能は「視界に入った生き物を、念じるだけで殺す」能力だ。堅苦しい【神眼】の説明文にあって、「生物」じゃなくて「生き物」と表現されているのを、私はずっと気にしていた。
もし、その「生き物」に「この世界」が含まれるとしたら?
この世界の破滅を、萩原さんが望んでしまったとしたら?
決して試していい可能性じゃない。私はそれだけをひたすら恐れていた。
ともあれ、二十一日。
私たちは萩原さんが救出された事実を知らされることもなく、いきなり「魔法」で眠らされた。
私はこの時まで彼ら――異世界人を侮っていた。正直、みんながその気になればいつでも逃げられる、と。実際はそうじゃなかった。
気がついたら手足に枷、そして猿ぐつわと目隠しをされ、牢屋に閉じ込められていた。そのままもう一日過ごすことになる。だからこの先は主にみんなの話。私が見ていた場面もあるけど、順番は前後するかもしれない。
紀子はこの日初めて自分の弱点を自覚した。目を封じられると何もできないのだ。せいぜい自分の身体を浮かび上がらせることくらい。枷も外せず絶望していた。
ミコはとにかく、菊池くんの言いつけを守ろうとずっと大人しくしていた。
義経くんもどうしようもなかった。時間を止めたって枷は外れないからだ。
菊池くんにも、当然できることはない。ずっと自分を責め続けていた。
いち早く抜け出したのは稲見さん。と言っても、もう日が沈んだ後だったけど。
脱獄手段は想像を絶するものだった。枷に強い電流を流して熱で焼き切ったのだ。おかげで右手はぼろぼろ。さらに全身のあちこちにひどい火傷を負った。
稲見さんはそんな状態で、ひとり脱出に成功した。
そしてたまたま私の牢の前に来て、鉄格子を焼き切ったけど、そこで追手が来て私の救出を断念。多勢に無勢の中、何とか神殿の外まで逃げ切り、あとは闇に紛れて身を隠しながら街を彷徨い続けて。
民家の納屋で力尽きた。
ずっと見ていた私は声を張り上げて泣いた。
紫波さんたちは神殿に殴り込みをかけようとしていた。萩原さんは私と菊池くんの意をくんで説得したらしいけど、佐藤くんはもう全面戦争をするつもりだったらしい。
紫波さんも異論はなかったそうだ。そして、萩原さんにも何かできないか尋ねた。
萩原さんは泣きながら秘密を明かしたそうだ。あかりを殺したことも。私には返しきれない恩があるとも言っていたそう。そんなことはないのに。私はただ自分が汚れるのが嫌だっただけのに。
ともかく、人死にだけは避けたい、というのが萩原さんの主張だった。それで紫波さんたちも方針を転換して、まず情報を集めることにした。方法はいつものやつだ。そして今回、佐藤くんは何も遠慮をしなかった。
神殿の人間を何人か拉致して、中の情報をかなり詳細に集めた。そして日が沈んだら、私たちの救出作戦を決行。
ちょうどそのタイミングで、稲見さんが起こした騒ぎにかちあった。
私は全然気づかなかったけど、稲見さんが逃げ切れたのはほぼ佐藤くんのおかげだったらしい。私が泣き崩れている間に、彼らは合流を果たした。
そう、稲見さんは生きていたのだ。
私は嗚咽が少し収まった頃に、稲見さんがさっきの納屋から居なくなっていることに気付いて、遅ればせながら【神眼】のクラス名簿を確認した。間違いなく稲見さんは生きていた。本当に、本当に安心して、また泣いた。
稲見さんは神殿内の様子を三人に説明した。拘束はされているけど、みんながまだ無事なこと、神殿の全てが敵ではないことあげ、全面戦争にはまだ早いと主張した。
私たちが殺されるとすれば、絶対に公開処刑になる、救出するならそのタイミングがベストだと言ったらしい。それまでは、少なくとも強引な手段は控えるべきだ、と。
ともかく稲見さんのおかげで、最悪の事態は回避された。私たちの危機は続くわけだけど。
ちなみにこの頃、クアランさんも軟禁状態にあった。じっと祈りを捧げていたように見えたけど、ひたすら神々に願っていたそうだ。私たちが早く解放されるよう。そして、私たちに街が滅ぼされてしまわないよう。前者はともかく、後者の願いは聞き届けてもらえたのかも。
二十二日。
この日の早朝、砦組が全員そろって帰還。彼らの大冒険は割愛する。本当に長い長い冒険譚だ。本が一冊かけそうなくらいの。
と思ったけど、やっぱり少しだけ書いておこう。
北の砦の地下には、巨大な迷宮が広がっていたそうだ。それも「魔神窟」と呼ばれる、濃密な魔力が充満した空間。正直、私はまだ良くわかってないけど、ゲームで言うダンジョン? みたいなもの。
アルさんたちの軍団は、この魔神窟の調査が目的だったそう。予想外に広大で、魔物も沢山いたから日にちがかかったけど。
あの日――発行現象があった日、ようやく最深部に到達したそうだ。
そして見たこともない化け物に遭遇した。蓮川くんいわく「魔神」。彼と穂村くんがふたりがかりで大苦戦したそうだから、本当にとんでもない化け物だ。
あの発光現象は、魔神を倒した時に出たものみたい。凝縮された膨大な魔力が一気に解放されるとああなるのだとか。
ただ、この後もまた大変で。
砦周辺で、一時的にみんなの権能が使えなくなっていたらしい。蓮川くんが「仮説だけど」と原理を説明してくれた。さっぱり分からなかった。
とにかく、藤堂くんが戻ってこれなかったのはこれが原因。地上では大騒ぎで、この時点ではまだ、迷宮に潜っていた穂村くん、蓮川くん、アルさんたちの安否も不明。
日が明けても戻ってこないので、藤堂くんは「これはヤバイ」と、救出班に同行し、ダンジョンに潜ったらしい。どうせ力は使えないし、歩いて帰るわけにも行かない。地上に居てもすることがないし、第一ふたりの無事を確認しない限りは私たちのところに戻れない、と思ったからだとか。
本当に律儀な人だと思った。男気があるっていうか。かなり見直した。
それで、ダンジョン内部で半死半生のふたりと再会。一緒に潜っていた調査隊はほぼ壊滅状態で、残念なことにアルさんも亡くなってしまったそうだ。
なんとか地上に生還し、権能が使えるようになったは二十一日未明のこと。藤堂くんは急いで帰還。夜中にもかかわらず宿が無人だったので途方に暮れ、砦に舞い戻った。
蓮川くんは即、徒歩による帰還を決定。今度は穂村くんも従った。
そして丸一日かけて、街に到着したというわけ。
蓮川くんたちはまず、神殿に向かった。宿に私たちが居ないし、事情もまるで分からないし、情報が必要だと思ったから。
でも途中で佐藤くんが彼らを補足し、慌てて蓮川くんを操り、彼の身体を借りてみんなを誘導し、合流した。
もう少し遅かったら稲見さんは危なかった。天野さんの【再生】が、瀕死の彼女を全快させた。私はちょうどこの時、やっと彼らの姿を補足した。
この時点で、クラス名簿で確認できるみんなは無事だったけど、ハルカだけはどこに居るか分からなかった。焦燥感が凄かった。まさか、まさか、って想いがどんどん強くなって。嫌な予感ばかりが強くなっていく。
同じころ、ミコの我慢が限界を越えた。
笑っちゃうけど、トイレの我慢だ。いや、よく耐え抜いたと思う。私はすでに諦めて――。ほんっとに、ゼフだけは許せない。落とし前は必ず付けさせてやる。
それは置いといて、ミコにはあんな拘束、意味がない。最初から分かっていたことだ。彼女は久しぶりに全身炎化して暴れまわった。すごい高熱だった。鉄格子は一瞬で溶けたし、神殿の人たちは悲鳴を上げて逃げ回っていた。私は胸がスッとした。
ミコはまず菊池くんを救出し、次に義経くんを助けた。そして紀子。私は最後だった。特に深い意味はないけれど、ミコが私を助けたのはいちばん最後だった。
そこからは説明することもない。私と紀子が一緒になった時点で無敵だったし、私の怒りは頂点に達していた。私たちは神殿内部を次々に制圧しながら、ハルカを探した。
「ハルカを連れてこないとこの街を消し飛ばす」とか、そんな感じのことを言って回った気がする。完全に頭に血が上っていたので、この時の記憶は曖昧だ。
やがて、軟禁を解かれたクアランさんがやってきて、ほとんど土下座みたいに跪いて私たちに許しを請うた。別に彼が謝る必要は微塵もないけど、菊池くんが「誠意を見せて欲しいな」と言い捨てた。土下座してる人間に誠意を見せろって、かなりすごい言いざまだと思う。
クアランさんは、神殿の人たちに向かって必死に声を荒げて、私たちに従うよう言った。
「この悪魔どもに屈するのですか!」とか言ってた人が居たけど、クアランさんは見たこともないような形相で言い返していた。「死にたいなら一人で死ね、この街を道連れにすることは許さん!」とかなんとか。
それで、ぽつぽつと動き始めた人たちが居た。しばらくすると、いつの間にかみんなクアランさん従っていた。そして分かったのは、3人の神官長が、ハルカを連れて地下に向かった、ということ。
そこで観念したのか、ゼフの側近の一人が洗いざらい吐いた。クアランさんを解放したのも彼で、私たちの前で物凄く青い顔をしていた。どうも、私たちにはめられた枷は魔法を封じる物らしくって、それで安心しきっていたみたい。
馬鹿じゃないの?って思った。権能は魔法とは違うもの――って、これはただの受け売りだけど。蓮川くんの。
でも、私たちが魔法で眠らされた時、ハルカにだけは通じなかったそうだ。しかも、私たちと同じ枷をはめたら、「パリン」って音がしてその術式?が解けたのだとか。
そこでゼフは思い至った。彼ら――聖柱教に伝わる伝説の力、全ての異能を打ち払う「絶対魔封」を、ハルカが持っているのだと。
ここからはクアランさんの話。大神殿の地下には「神器」なるものが封印されていて、創設者が「危険だから絶対に触るな」と言い残していたそう。その封印も、ハルカなら解いてしまえるだろう、と。
というのも、デルナ山の頂上にあったという大きな柱は「聖柱」と言って、聖柱教の重要な御神体だ。でも、それが無くなってしまった。聖地デルナの求心力が低下するのは必至。だから、「神器」を利用して、人々の信仰を集めようと画策しているのだろう、と。
冗談じゃない、と思った。そんなくだらないことに、うちのハルカを利用させるもんか、って。
すぐにクアランさんに案内してもらった。このまま行くのは危険かとも思ったけど、菊池くんがいやに前のめりだった。ううん、理由は知ってるけど。
地下は大きな礼拝堂みたいになっていた。祭壇にあったのは、大きな怪物の像。なんとも形容し難い見た目で、腹が異常に膨れた、それでいて筋肉質の身体で、コウモリみたいな顔が胸に埋もれたようについていて……腕は太く長く、4本もあって、それとは別に足も6本生えている。
私たちは間に合わなかった。ハルカがその像に振れた途端、デルナの街全体が揺れた。
そして、【魔神】が復活した。
ちょっと長くなりすぎた。このあたりで一息入れようと思う。