06.十五~十七日目
●十五日目
やられた。
動揺がひどい。
でも今日のことは書いておかないと。
光丸さんが天野さんと一緒に行くと言い出した時、私も最初は反対した。
消極的反対、という感じだけど。
彼女の存在は私たちにとって大きいけれど、彼女の意思を尊重したいという気持ちも大きかった。
つい先日までと今日では、光丸さんの顔つきが全然違う。私はいまの光丸さんが好きだし、ずっとそうであって欲しいから。
でも、光丸さんが語った理由に、大きな衝撃を受けた。
衝撃を受けたこと自体、彼女を侮っていた証拠だ。
天野さんの言うとおりだ。私はもっと周りを信用するべきなのかも。
光丸さんは、砦の軍団の内情をさぐるために行くと言うのだ。
彼らの目的を探り、協力可能なら協力し、あわよくば天野さんたちと一緒に仲間になってもらう。私たちの障害になるようなら、是が非でも穂村くんを説得して連れ帰る、と。
そのためにチハルの力を借りたい、とも。
それは絶対に私の仕事だ、と思った。いや、私が必要な仕事というか。
だからみんなを集めてそう提言したんだけど、予想外に紛糾してしまった。
やっぱり、紫波さんと義経くんは、彼らには一切関わるべきじゃないという主張。クアランさんの時と似たような意見だった。
その時に似た意見だった稲見さんは、今度は真逆で積極的賛成。彼女は天野さんと穂村くんの有用性をひたすら理路整然と説いていた。私の意見はほぼ彼女に同じ。ふたりと合流できるなら、多少の無茶はする価値がある。
菊池くんと蓮川くん、それからミコが同じような意見。
彼らはどちらかというと、私を危険な目に合わせられないという主張。
蓮川くんが珍しく口調を荒げていた。私の権能は値千金で何物にも変えられない、潜入捜査なんて断じてさせない、と言っていた。
最初ピンとこなかったけど、蓮川くんがそう言ったとたんに場が沈黙した。
だから仕方なく、というか。主に私が彼の説得にあたった。
と言っても相手は【魔王】さまだ。私はほとんど「でも」としか言えず、議論にもなっていなかった。
途中から、渋々という感じで菊池くんが助け舟を出してくれたけど、彼が自分も行くと言った時は、クラス全員の怒声が重なって、ちょっと面白かった。
蓮川くんは今回、いつになく頑固だった。ただ、代替え案として自分が行くと言い出した。
「僕ならどんな状況にも対処できる。みんなを守りきる自信がある」
本当にスパッと言い切った。正直言ってカッコ良かった。私も引き下がらざるを得ない。
そういうわけで、光丸さん、チハル、蓮川くんが、天野さんと一緒にしばらくあっちへ行くことになった。義経くんも当然ついていくものと思っていたけど、彼は残るらしい。「魔王に護衛とか必要ないだろ」と言っていた。なにか男の友情的なものを感じた。
ちなみに天野さんもこの会議に参加していたけど、彼女は軍団の目的についてまったく知らないらしい。
「ご主人様は知ってるっぽいけど、あたしは興味ねーし?」だそうだ。
あと「アルさんらは良い人たちだよ?」と怪訝におっしゃっていた。まったくあてにならないし、そもそも良い人かどうかは問題じゃない。
それで、紀子が彼らを送り届け、私たちは街で待機。紀子はいったん戻ってきてもらった。
しばらくは神に祈る日々が続きそうだ。
なにせ向こうとは一切連絡が取れない。携帯が使えないのをこれほど不便に思ったことはない。
いまも不安で押しつぶされそうだ。
ミコはよくグースカと寝ていられる。少し腹立たしい。
私はとても安眠できそうにない。やっぱり無理を通して着いていくべきだったか。
ちょっと、菊池くんのところに行ってこようと思う。
●十五日目 追記
天野さんへ。
あなたがまた日記を見る時のために、返事を書いておく。
秘密を明かせ、とのことですが、私にはできそうにありません。
もう墓まで持っていくつもりです。
いっそ今すぐ死にたい。でもそれも馬鹿馬鹿しい。今日の一件で、自分がどれだけ頼りにされているかもちょっとだけ自覚した。それにいまさら、みんなを見捨てて自分だけ楽になる資格なんてない。
ふと想像した。菊池くんに殺してもらえたら物凄く幸せかもしれない。
そうしたら、彼はきっとうまくやってくれる。
私のこともずっと、彼の中に残り続けるだろう。素晴らしいことじゃないだろうか。
また馬鹿なことを書いてる。無理にでも寝ないと。
●十六日目
大ニュースだ。
といっても、ちょっとがっかりするところもあるけど。
【転移】の能力者・藤堂久志くんと合流した。
彼は初日、自分でもわけがわからないまま転移を繰り返して、東の山脈の向こう、大草原まで行っていたらしい。
そこで本当に色々あって……ここは割愛しようか。とにかくなんとか、デルナまで戻ってこれた。時間がかかったのは、スタート地点をほとんど記憶してないからだそう。無理もない。彼は真っ先に教室を出たグループで、すぐに怪物に襲われたはずだから。
藤堂くんを発見したのは紫波さん。いきなりゴツい男に名前を呼ばれてびっくりしたらしい。藤堂くんはいったん逃げて、紫波さんだと気付いて戻ってきたとか。
その場面を想像すると笑ってしまう。確かに、街でいきなり紫波さんに声をかけられたら怖いかも、なんて。
それで、肝心の転移能力。
藤堂くんの権能で元の世界に戻ることはできなかった。イメージして飛ぼうとすると力が発動しないと言っていた。でも、この世界で行ったことがある場所なら、距離とか無関係に転移できる。
それと、視界に入っている場所ならOKなのだとか。迂闊にやると高所から落下しかねないから危険だ、とも言っていたけど。
佐藤くんが妙な質問をしていた。石の中に転移するとどうなるの?とか。藤堂くんの話だと、障害物があったら転移できない。
それと、これも大事なこと。藤堂くんは自分しか転移できない。正確には、自分と、身に付けているもの、そして自分が持っているもの。自分以外の人間とか動物を一緒に転移させるのは無理。
それでも充分すごい能力だった。使い道はすぐ菊池くんが考えてくれた。まず、周辺の大きな街へ紀子が空から運ぶ。そして街はずれの目立たない場所を転移先として記録。
あとは藤堂くんに自由に街を行き来してもらい、色んな情報を集めるついでに、行商めいたこともしてもらう。
なにせ現代日本と違って移動が不便な世界だ。物品をちょっと移動させるだけで値段が跳ね上がるんだそう。菊池くんと稲見さんがそろって悪い顔をしていた。まあ、良い金策になるかもしれない。
今日さっそく、ここから南西の「アルノア」という大きな街に拠点を作ってもらった。
紀子とふたりだけで行ってもらったけど、あの飛竜とかいう怪物とまた遭遇したんだとか。もちろん即座にひねり落としたそうだけど、私が一緒の時と違って、接近に気付いたのが相当近くなってからだったから、紀子はちょっと焦ったそうだ。
この世界は空も危険だ。ちょっと考えた方が良いかもしれない。
それと、これはお間抜けな話になるんだけど、別の街に拠点を作るより北の砦を真っ先に記憶させるべきじゃないかと、義経くんが言った。
おっしゃる通りだった。私と菊池くんは猛省したけど、すでにふたりは出かけたあとだった。
そのあと戻ってきたのが紀子だけで、藤堂くんはしばらく空を飛びたくないと言っていたそう。それと、アルノアの街で可愛い女の子を見かけて口説いていたそうだ。
結局、藤堂くんが帰ってきたのは日もどっぷり暮れたあとだった。
彼もこれまでひとりで苦労してきたんだろうし、あまり強くも言えない。今日はもう休んでもらうことになった。
藤堂久志くんは、なんというか「チャラ男」って一言でイメージできる外見。それなりにイケメンで、おしゃれで、でも教室ではあまり女子と絡んでいなかった。亡くなった金城くんといつも一緒に居た気がする。不良、ってほどじゃないし、素行も悪くはないけど、勉強はそれほど頑張ってない感じ。
ほとんど喋ったことがないので、どういう人かわからなかったけど、紀子いわく「見た目通りの人」だったらしい。これまでクラスの女子に無関心だったのは、学校で面倒を起こしたくないからで、異世界に来た以上は気にすることもない、とも言っていたそう。
紀子もさっそく口説かれたそうだ。
何というか……彼の動向には気を配る必要がある。
すごい光景を目撃した。
紫波さんと萩原さんが……うわあ……うわああ…………。
そうだよね。そういうこともあるよね。私と菊池くんだって……うわあああ。
みんなの安全のためにと思って、日記を書きながら部屋を一通り確認するのが日課になってたけど、明日からは控えたほうが良さそう。
できれば見たくなかった。明日からどんな顔してふたりに会えばいいんだろ。私ってほんと馬鹿。学習能力がなさすぎるというか。うわああああ。
ダメ。今日はもう寝る。
●十七日目 その一
萩原さんの権能をみんなにどう説明するか、改めて菊池くんと話した。
今までは「下手に知られると彼女の身が危険だから秘密にする」という説明で、特に問題は起こらなかったけど。
紫波さんに「あいつはどんな能力だ?」と聞かれたのだ。どうして急に尋ねてきたのか知っているだけに、私一人では答えを出していいかどうか判断できない。
結局結論は出なかった。難しい問題だ。
いくら紫波さんでも、知ったら絶対に萩原さんを見る目が変わると思う。断言できる。
だから知らせないのが一番いいんだけど、いつまでも誤魔化しきれるとも思えない。萩原さん自身も、ずいぶん負い目に感じているみたいだ。
いや。違う。まずは萩原さんの意思を確認するのが先だ。
私や菊池くんが勝手に判断していいことじゃない。これから行ってこようと思う。
●十七日目 その二
菊池くんも呼んで、萩原さんと話をした。
ハルカも同室なので一緒に話を聞いていた。彼女は元々知っているので問題ない。
萩原さんは「ユウトさんには知られたくない」という答え。一瞬「誰?」と思ってしまった。紫波雄人さん、だ。彼を下の名前で呼べるなんて羨ましい。私は恐れ多くて無理だ。
話を戻す。
知られたくないと言いつつも、やっぱりきちんと話して、その上で分かって欲しいという想いはあるみたい。
でも難しいよね、と三人で話していると、ずっと本を読んでいたハルカがぽつりと「話しても問題ないと思う」と言った。
彼女が誰に聞かれるでもなく自分から意見を述べるのは珍しいことだった。理由を尋ねると「男は下半身に従う生き物だから」とド直球な答え。ハルカはそれ以上何も喋らなかった。
私たちはしばらくなんとも言えない空気で黙り込んだ。
でも意見は出尽くしていた。あとは萩原さんに決めてもらうしかない。もし明かす気になったら、紫波さんと一緒に私を尋ねて欲しい、と伝えて解散した。
さて、昨日一昨日と書けなかったことがたくさんある。
遅くなってしまったけど、こんどこそ全部書いておこうと思う。
ミコは菊池くんと炭作りを続けている。
田村さんはもういないけど、材木は周辺の森でいくらでも手に入る。今のところは枯れ木が主な材料。それで充分な量が集まった。
私が提案した時は深い考えなんか無かったけど、ミコの能力は木炭作りにはもってこいだ。燃やすのに酸素が要らないからだと菊池くんが言っていた。
作り方は、密閉した窯の中に材木を入れ、ちょこっと開いた穴にミコが手を突っ込む。あとは火炎放射を続ける、という感じ。
けっこう良質なものが作れるそうで、本格的な冬に入れば高値で売れる公算も高いとか。
菊池くんは最近お金の話ばっかりしてる。ほとんど丸投げしてるから無理もないけど。
おかげで貯蓄は充分らしい。あとは食料に替えられるかどうかが心配だと言っていた。
日本と違って物は豊富じゃない。お金がいくらあっても、物が買えるとは限らない。
やっぱり食料のことも色々考えないといけない。
ハルカはだいぶ前から「薬」を作っている。
私が知ったのは三日前だけど、その時は色々あって書くのを忘れていた。
萩原さんも手伝っているらしい。彼女たちの部屋はハルカの権能のせいで見通せないから、今まで気づかなかったわけだ。
この世界は薬草学(薬術というらしい)がすごく発達しているそうだ。何でも大昔の魔法使いで「黄金の魔女」って人がいて、その人が残したすごい書物があるのだとか。
ハルカはその原文写本と、日本語に翻訳したものを手元に置いている。その知識があれば大抵の病気や怪我に効く薬が作れるらしい。
私も、気持ちが落ち着く薬とか、頭がはっきりする薬、なんかを調合してもらった。
効果は抜群だった。中毒性はない、と説明されたけど、気持ちが落ち着く薬とかは手放せなくなりそうだ。ちょっと怖い。
もちろん鎮痛薬も作れるそうだ。これは本当に助かる。まだ重いのが来てる子はいないみたいだけど、その時はお願い、と話した。
それと、すごく迷ってから、避妊薬とか作れないかと尋ねた。「作れる」と即答。その時、ハルカの口角がちょっとだけつり上がった気がした。目の錯覚かも知れない。あとで、また誰もいない時に話してみようと思う。
いま現在の部屋割りも記しておく。
まず、私とミコは変わらず。
ハルカと萩原さんも同じ。
菊池くんは佐藤くんと同室になった。もともと仲も良いし、いい組み合わせだと思う。
残りの男子。紫波さん、義経くん、藤堂くんは、隣室だけどそれぞれ一人部屋だ。紫波さんと義経くんは言わずもがな、藤堂くんも最高のエスケープ技能を持ってるから、ひとりでも危険はないと思う。
稲見さんも一人部屋。率直に喜んでいた。ひとりが一番気楽なのだそう。
紀子もしばらく一人だ。彼女も昼間、色んなところへひっぱりだこなので、夜くらいは一人でゆっくりした方がいい。
ちなみに、女子全員が服装を地味めなものに変えた中、紀子は頑なに「魔女の正装」を貫いている。まあ、ロングスカートでそんなに露出も高くないけど。この街ではほかにそんな格好してる人がいないから、物凄く目立つ。
昼間はとんがり帽子を片時も外さない。空を飛んでる時も、わざわざ権能で押さえつけてるみたい。何が彼女をそうまでさせるのか。
忘れるところだった。北の砦を拠点登録する話。
藤堂くんはかなり渋っていたけど、みんなでお願いして行ってもらった。あっちに行ってるメンバーは全員元気だそうで。ただ、まだ核心には至っていない、気長に待てと蓮川くんからの伝言。
そういうわけで、私は今ものすごく安心している。やっぱりみんなの近状がわかるって重要。
それと、藤堂くんのチャラ男問題。
自分で書いて笑ったしまったけど。まあ、そういう問題。今のところ特に問題はなさそうだ。女子にしつこく言い寄る感じはないし。それどころか彼、話が面白くて、みんなのストレス解消に一役買ってる感じ。
ちょっと目を離すとすぐ居なくなるけど。どうもアルノアってところが気に入ったらしい。誰か熱を上げてる女の子でも居るんだろう。
もっと色々書きたいことがあった気がするけど。
まあいいか。今日はこんなところで。