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05.十日~十四日目



●十日目


 むり。なにもかけない。




●十一日目


 菊池くんに大人にしてもらった。


 もう少し痛くしてくれたらよかったのに、ふつうに気持ちよかった。

 私は本当に最低だと思う。

 そして菊池くんは優しい。


 やめよう。あとで読み返して死にたくなるに決まってる。




●十二日目


 これまでの日記を読み返していた。


 自分の馬鹿さ加減に反吐へどが出そうだ。

 昨日の日記も……。

 途中で書くのを止めて良かった。




 詩織と田村さんが亡くなった。


 詩織の遺体はまだ見つかってない。【神眼】によると死因は絞殺。犯人の顔も名前も参照できる。でも知らない人だ。今日、上空から探したけどこの街にはいないみたい。


 たまに北の方から街に侵入して、若い娘をさらって行く賊がいるそうだ。

 それかもしれない。明日、紀子と一緒に行ってくるつもり。


 詩織がいなくなったとわかった時点で、死んだのは分かっていた。でも私だけだ。みんなは生きてるって信じて探し回っていた。


 私は何も力がわかなくて。菊池くんは察してくれたみたいで、何度も声をかけてくれたけど、答える元気もなかった。


 そのうち、紀子と田村さんがやってきて、詩織を探すには私の力が必要だと言った。早く助けてあげよう、って。


 私は反射的に白状した。【神眼】で間違いなく死んでるのが分かるって。


「じゃあ平松くんは?」って田村さんに聞かれた。しまった、って思ったけど。その時はもう誤魔化しきれないと思った。


「ごめんなさい」と。私はそうとだけ言った。




 田村さんが自殺したのはその日――つまり十日目の晩だった。


 みんなは私のせいじゃない、っていう。光丸さんも、全てを知っても私を責めることはなかった。それどころか気遣ってくれた。紀子も、一番の親友が私のせいで死んだのに、心から私を慰めてくれているのが分かった。


 彼女たちだけじゃなくて。


 ほんとうに全員から、それぞれ温かいはげましの言葉を頂いた。もったいないことだ。



 でも、困ったことになった。


 単純にふたりの尊い命が失われた、それ以上のダメージがある。

 なにせ詩織も田村さんもトップクラスに有用な権能の持ち主だった。これからは食料の確保が大変だろうし、もう詩織に「浄化」してもらうこともできない。


 笑える。この期に及んでそんな心配しかできない。




 ごめんなさい。もうダメだ。ひとりじゃ立てそうにないよ。




●十三日目


 今日は大変な日だったけど、嬉しいニュースがあった。


 その前に少しだけ、鳴沢なるさわ詩織しおりという人物について書いておく。


 私とは中学からの同級生だ。そんなに接点はなかったけど、同じ高校に入ってから仲良くなった。


 いわゆるお嬢さまだった。おうちがお金持ちで、しかも家族全員美形。私の見立てだと、あかりと桧山さんの次くらいに美少女だった。


 成績もそれなりに優秀。運動神経も良かった。学校では部活動をしてなかったけど、ピアノが上手で、料理も得意。そして普段はいたってお淑やか。私が男子だったらお嫁さんにしたい女子ダントツの1位だ。


 性格は温厚だけど、キツいことをキツいままストレートに言う、でもそれがすんなりと腑に落ちる、というか。不思議な子だった。


 どうか安らかに眠って下さい。できれば私と変わって欲しいけど。




 彼女の遺体は北の山林で見つかった。


 街の上空から見渡せる距離にあった。といっても、歩いたら何時間もかかる距離。

 紀子に運んでもらったらほんの数分だった。


 幸い、というのもおかしいけど、遺体はそれほど傷んでなくて、野獣に食い荒らされた形跡も無かった。私は十分ほど、彼女を抱きしめて泣いた。

 それから、デルナの山頂に運んでもらって、みんなと同じ場所に葬った。




 犯人探しに、私は乗り気じゃなかった。何をしても詩織が生き返るわけじゃない。しらみつぶしに人攫いを駆除するヒマがあったら、早く元の世界に帰る方法を探すべきだと思う。


 それと、きのうクアランさんにも言われたけど、私たち――女子の面々が無防備すぎる。みんなずっと制服で過ごしていたけど、ヒラヒラして男の情欲を誘う恰好だ。しかも詩織のおかげでみんな綺麗。襲われて当然らしい。


 みんなは憤慨してたけど、私は納得した。だって、街で見かける同年代の女の子はみんなみすぼらしくて、何というか栄養状態が悪そうだし、私たちみたいに手入れが行き届いていない。


 当然だ。私たちは日本という理想郷で暮らしてたんだから。この世界の男性にとって垂涎すいぜんものだろう。


 だから、まずは目立たないようにするのが先決。制服なんてもってのほかで、この世界の風俗にあった服装、加えてとにかく露出を抑えて、無闇に身体の線を強調しないこと。少なくとも街に出る時は。


 私の説明に、みんな一応は納得してくれたけど、義経くんだけは執拗に報復したがった。それとこれとは別、落とし前はつけないといけない、らしい。


 私はなんかもうどうでもよくなって、半分聞き流していた。


 彼の説得は紫波さんが引き継いでくれた。だいたい私の言いたいことを全部言ってくれた気がする。やっぱり彼は大人だ。


 でもここで、蓮川くんが思ってもみなかったことを言った。


 もしかしたら、天野さんも人攫いにあって、どこかに連れて行かれたんじゃないか、と。


 ありえる話だと思った。彼女は東欧系のクォーターで、ちょっと次元の違う美女だ。スタイルなんかもう……悲しくなるからやめよう。


 攫われたとしたら、北方の賊が関わっている可能性も高い。


 なら探してみる価値はある。

 私はひとまず、紀子とふたりで偵察に出ることを提案した。


 反対意見は多かったけど、偵察だけならどう考えてもこのペアがベストだ。強気でゴリ押しした。

 そもそも、空を飛ぶ私と紀子に、どんな凶悪生物が危害を加えられるのだろう? 神さまじゃない限り不可能だと思う。


 と言いつつ、一瞬ヒヤッとした場面はあった。

 道中で巨大な空飛ぶトカゲに襲われたのだ。紀子が「ちょい」とひねり落としたけど。ちなみにこれは比喩じゃない。ひねって、落とした。絞って、かな?


 それが飛竜ドムラスといって、デルナの山頂でみんなを殺した怪物だと、あとで知った。もちろん別個体だけど、私たちはカタキをとった気持ちだった。


 偵察に出て、小一時間ほど飛んだだろうか。


 山林に隠れた砦? のようなものを見つけた。こう、しっかりした石造りのものじゃなく、木造の、急ごしらえみたいな感じの。

 クアランさんにもらった地図には載っていない。騎士団領はもっと北で、そこは緩衝地帯だった。


 調べてみたらビンゴだった。中に確かに天野さんがいた。しかも穂村くんまで!


 私と紀子は抱き合って喜んだ。紀子なんかは涙を流して喜んでいた。あとで聞いたけど、彼女も穂村くんに助けられたことがあったらしい。いろんなところで正義の味方してるな、あの人は。


 それで、しばらく上空から観察してたけど、ふたりとも特に拘束されてるとか、そんな様子はなかった。穂村くんなんかは、ごついおじさんとボードゲーム? みたいなのをしてるし、天野さんはほかの女性たちと一緒に炊事しているようだった。


 ぜんぶで150人くらいの集団。うち、女性は天野さん含めて8人。男の人たちはみんな武装していた。けっこう立派な装備。剣とか槍とか、弓矢もたくさん置いてある。山賊……っていう感じじゃない。どういう人たちなんだろう?


 ともかく、ふたりに危険は無さそうなので、みんなに知らせるのが先決だと思って、いったん街へ戻った。


 やっぱりというか、義経くんはすぐに乗り込もう、とか息巻いてたけど、みんなで黙らせた。あの集団についてもう少し情報が要る、と思ったので、菊池くんたちと一緒にクアランさんを訪ねた。


 クアランさんのところにも、あの砦の情報は入っていないらしい。ただ、彼らの恰好から、おそらく騎士団領から追放された勢力の残党では、とのこと。

 なにせ年がら年中、あっちこっちで戦争している人たちなので、そういう集団がいてもおかしくないそうだ。


 できればあまり刺激しないように、と言われた。もちろん私はそのつもりだ。


 今日はもう遅いので、接触は明日。


 またみんなで色々議論した。


 結果決まったのは、とにかく刺激しないよう、まずは話し合いを望む方向で行くこと。

 乗り込むのは私、紀子、チハル、光丸さん、稲見さん、佐藤くん、蓮川くん、義経くん。


 義経くんは正直不安だけど、必ず行くといって聞かないので仕方がなかった。

 その代わりというか、蓮川くんがストッパーになると約束してくれた。時間を止めてしまう義経くんをどうやって止めるかは知らないけど、もう【魔王】さまを信じるしかない。


 最悪の場合、佐藤くんの権能でとめてもらう。私からそっとお願いしておいた。


 残ったメンバーも心配。

 菊池くん、ハルカ、ミコ、萩原さん、紫波さん。


 最低限、萩原さんとハルカはなるべく一緒にいるようにお願いした。

 それだけでふたりには通じるはずだ。


 菊池くんが心配だけど……部屋替えしてからはずっと紫波さんと同室だった。

 きっとうまくやってくれるはず。そう信じるしかない。

 

 といったところで、今日はおしまい。



 もうひとつだけ。


 天野さんが無事だと知った時、光丸さんが大泣きした。安心しすぎてわけが分からなくなった、と言っていた。

 私も少し救われた気がした。救われちゃいけない身分なんだけど。でも、彼女たちの再会を喜ぶくらいはしたいと思う。それくらいは許して欲しい。




●十四日目


 天野ゆりあさんが合流した。


 相変わらず美女だった。すぐに光丸さんが仕立てた神官服に着替えてもらった。現実世界の、いわゆるシスターの服より、もっともっさりした色気のない服。


 それでも天野さんの溢れる色香は抑えられなかった。

 男子どもはそろって鼻の下を伸ばしていた。死ねばいいのに。


 でも、合流したのは天野さんだけ。それも、すぐ砦に戻ることになってる。




 以下は、主に天野さんの話。穂村くんの言い分は考慮しない。彼は嘘つきだから。


 天野さんと穂村くんは、初日に山頂の足場から転落し、そろって半死半生の目にあった。


 でも、ふたりとも権能で一命をとりとめた。穂村くんが下敷きにならなかったら天野さんは助からなかった。そもそも転落したのも、怪物にやられそうになった天野さんを、穂村くんが身を挺してかばったから。


 その場面がすぐ目に浮かぶ。まるで映画かアニメの1シーンだ。でも信じられる。穂村ほむら一輝かずてるはそういう人だ。


 ともかく、それからふたりで2、3日かけ山中を彷徨い、何とか下山したあと、荒野で野獣の群れに襲われた。

 それを助けたのが、砦の人たち。北方騎士団の千騎長アルスレイ――アルさんの軍団だ。


 天野さんと穂村くんは、そのまま彼らに保護され、今に至る。




 端折りすぎじゃない? と思うので、ここからはアルさんの話。


 彼らは北じゃなくて西の荒れ地を抜けてやって来たそう。「死人しびとの森」ってところ。つまり天野さんと穂村くんは、デルナの街のちょうど反対側に降りてしまったわけだ。


 アルさんは、あの砦を築いた目的については明かしてくれなかった。ただ、デルナに敵対する意図は神に誓ってない、とか言っていた。日本人の私たちに言われてもピンとこない言葉だ。

 【神眼】で周辺を探ってみたけど、気になるものは見当たらなかった。


 詩織を殺した犯人は、彼らの中には居なかった。


 名前と顔を全部照会したから間違いない、と思う。確かにこう、みなさん精悍で理性のある顔立ちで、しかも素人目にもわかる猛者ぞろい。「熟練の戦士」という感じで、【神眼】が示す犯人像とは一致しない。


 ああ、私もかなり端折ってるか。


 アルさんたちの砦を訪れた際、いちおう警戒はされたけど、特に手荒な歓迎は受けなかった。それどころか、天野さんと穂村くんの名前を挙げたら、みなさん大喜びして、ふたりを連れてきてくれた。


 拍子抜けしたけど、光丸さんと天野さんは抱き合って喜んでいた。




 穂村ほむら一輝かずてるくんは、しばらく見ないうちにとても精悍な若者になっていた。


 身体が一回り大きくなっていて、上半身の筋肉なんか物凄い。紫波さんに負けないくらいだ。見せかけだけじゃなくて、巨大な斧を軽々と振り回せるようになっていた。


 権能のおかげだ。彼は何があっても死なない。どんな大怪我もしばらくすれば全快する。激しい運動による筋肉や骨のダメージもほぼ一瞬で治る。そして性質の悪いことに、そのたびに肉体が強靭になる。超回復というやつだろう。身体を酷使すればするほど驚異的な速さで強くなるわけだ。


 義経くんが「なんだよそれ、汚え」とぼやいていた。あなたの権能も大概だと私は思う。




 穂村くんは、私たちとは合流できない、と言った。 


 アルさんたちに恩だか借りだかを返す義務があるそうだ。アルさんは「そんなのはいいから仲間のところに帰れ」と言っていたけど、本音を言えば穂村くんには居て欲しいらしい。


 なにせ穂村くんは不死身だ。しかも今ではいっぱしの戦士で、権能なしでも、軍団の中に彼に敵う猛者はいないのだとか。荒事には貴重な戦力だろう。


 そういうわけで、ひとまず天野さんだけでも連れ帰ることになった。


 なったんだけど、天野さんも穂村くんと離れる気がないらしい。ちょっとデルナの様子を見て、すぐにまた砦にもどる、ということになっている。


 今日はみんなでデルナの街を見て回りつつ、色んな話をして、今に至っている。




 詩織を殺した犯人については、私はこれ以上探そうとは思わない。いま犯人が目の前に現れたら、思いつく限りの責め苦を与えて生まれたことを後悔させてやるつもりだけど、そのために時間と労力を使って探し回るのは愚策だ。


 必ず、生き残ったみんなで元の世界に帰る、それ以外にリソースをくべきじゃない。


 ただ、天野さんと穂村くんのことは気になる。彼らが合流してくれるのなら、アルスレイさんたちの「任務」というのを、私たちも積極的に手伝うべきじゃないだろうか?


 もちろん反対意見は多い。明らかに荒事だし、騎士団領の紛争に巻き込まれる恐れもある。せめてアルさんたちが目的だけでも教えてくれたらいいんだけど……。




 天野ゆりあさん。


 いまはすぐ隣の部屋にいる。光丸さんも一緒だ。いつもは使わない部屋だけど、今日くらいは問題ないだろう。


 話はつきないみたい。薄壁を抜けてぽつぽつ聞こえてくるのは、とりとめのない、私ではちょっと加われないような話。

 教室でもあんな感じだった。あのころはちょっと煩わしいなと思っていたけど、いまはなぜか涙が溢れて止まらない。


 とにかく良かったと思う。光丸さんは目に見えて元気になった。黙々と服ばかり作っていた頃の表情が思い出せないくらいだ。


 単に中の良い友だちと再会できた、だけじゃない。


 天野さんは聖女だ。いやもう、女神だと思う。


 今日一日でわかったけど、あの人は底知れない慈愛の心を持っている。権能だけじゃなくて内面も癒し系だ。ギャルっぽい雰囲気で敬遠していた自分の馬鹿さ加減に呆れる。もっと早くから仲良くしておけば良かった。


 でもひとつだけ気になることがある。

 穂村くんのことを「ご主人様」と呼ぶのだ。


 これはちょっと見過ごせない。最初は穂村くんをからかっているだけかと思ったけど、街に戻ってからも、あまりにも自然に、穂村くんを指してそう呼ぶ。


 あだ名みたいなものかな、とも思うけど……。



 ――またやってしまった。無闇に他人の個人情報を盗み見るのは辞めようと思っていたのに。

 三桁ってどういうことなの天野さん……。

 知らなきゃよかった……。


 ショックが大きい。今日はこれで筆を置く。





 にひっ。

 ごめんね委員長。日記全部読んじゃった。天野ゆりあでっす♪


 すごく大変だったんだね。

 委員長は凄い子だよ。あたしなんかよりずっと。


 でもひとりじゃ壊れちゃうよ。もっとみんなを信頼してあげよう?

 女の子は強くなくていい、可愛ければいいの。

 委員長はスッゲー可愛いからそれだけでOKだよ。


 菊池だって、いま隠してることも、きっと受け止めてくれるよ。

 どんな重たい事実かしらないけど、ぜんぶ話して楽になりなよ。

 菊池なら大丈夫だと思う。大丈夫じゃなかったらあたしが喝入れに来るからさ。


 もちろん、あたしなら何でも聞いたげるからね。けっこう口堅いよ。


 なんてね。お邪魔しました。とにかく、お互い頑張ろうぜ♪


P.S.三桁のことはご主人様も知ってるけど、今はカレひとすじだから大丈夫♥




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