04.六日~九日目
●六日目
まだ気持ちの整理はついてないけど、いちおう書いておく。
私がやったことは――させてしまったことは覆らない。
私はみんなに人殺しをさせてしまった。
紫波さんは神崎くんのことをずっと気に病んでいた。
いつも超然とした人だったから、ぜんぜん気づかなかったけど。
能力を制御できなかったらしい。殺すつもりなんてなくて。
私は今でも感謝している。神崎くんは少なくとも三島くんを殺した。私たちだって何をされるかわからない状況だった。あの時は仕方がなかった。これは絶対にそう。紫波さんは何も悪くない。
でも、私の場合は違う。
詩織を助けるために――。詩織を助けるためだけに、あそこまでやる必要はなかった。
彼らのアジトを全壊させる必要はなかったし、一網打尽にする必要もなかった。
私が尚武さんにあんなことをさせなければ……彼らをまとめて神殿に突き出したりしなければ、進退窮まった彼らが、最後のあがきに復讐に来ることもなかった。
宿屋のご主人も。
彼は確かに悪人だったけど、お世話になったのは間違いない。異世界で途方に暮れていた私たちをただ同然で泊めてくれたし、ハルカは彼が用意してくれた薬湯のおかげで元気になった。
私がもっとうまくやれば、彼とも良好な関係を続けられたかもしれない。
それなのに、私は彼の人生にトドメを刺してしまった。
そして安っぽい時代劇のような正義感だけで、みんなに人殺しをさせてしまった。
最悪なのは、自分はただ見ていただけ、ということ。私はただ見て、指示を出していただけ。自分の手は一切汚してないのだ。
主犯は私だけで、みんなはただのナイフ。そう嘯いても、実際のところは変わらない。人を殺した感触はみんなの手に残っているし、その罪悪感を、中学生の言い訳みたいな建前で忘れられるわけがない。
私は最低の人間だ。だめだ。まだ考えがまとまらない。
今日はこれまでにしておく。
●七日目
私たちは、大神殿のクアランさんと同盟関係をむすぶことになった。
表向きは、彼が独自に雇った私兵集団という形。この街で暮らすにあたり色々と便宜を図ってくれる代わりに、彼の依頼をできる範囲で手伝うという条件。
実際はこのゆるい条件もないに等しい。クアランさんが言うには、彼と繋がりがある、と思わせるだけで充分らしい。
私がやらかしてしまった件で、わがクラスは良くも悪くも大注目を浴びてしまった。
大神殿としても、不干渉をつらぬくことはできない……ならいっそ見た目だけでも取り込んでおかないとまずい、そういう話だった。
反対したのは紫波さんと稲見さん。それと、義経くんが消極的反対。
三人の意見は似たようなものだった。権力を味方につけたら、その反対勢力を敵に回す、みたいな感じ。三人とも生粋の武闘派だからこそなのか、無関係な争いに巻き込まれるのをかなり嫌がっていた。
実際、大神殿にも派閥があって、クアランさんにも敵対勢力はいるとのこと。
もちろん表面上は一枚岩だけど、内部はそうでもないらしい。
大神殿のトップは大神官っていう人だけど、もう高齢でほとんどお飾り。いまはクアランさんを含めて四人の「神官長」が役割を分担しつつ街を統治しているのだとか。
クアランさんは街の警備・保安なんかを担当している人で、序列でいうと3番目。1番手のゼフって人とは何かと対立しているそう。
でもそれを含めて、菊池くんと蓮川くんは私たちに利があると判断した。
やっぱり権力と繋がりがあるのは助かるし、切ろうと思えばいつでも切れる関係だ。
とにかく私たちは、この世界について何も知らなさすぎる。
元の世界に帰る方法を模索するためにも。最終的にこの街を出るにしても、雑事に煩わされずに情報収集に勤しめる体勢は必要。
クアランさんを通じて大神殿の図書館を使えるのも魅力だった。
私は、クアランさんが自分の置かれた状況を事細かに、正直に話してくれたので、それだけで充分信頼できると思っているけど、積極的に意見するのは自粛した。
とにかく、そういうことになった。
●八日目
今日はハルカと尚武さんをつれて大神殿の図書館に行った。
この世界の文字は、私たちには読めない。自動翻訳は音声にのみ有効らしい。
でも私には【神眼】がある。
この権能は本当に便利だ。見たこともない文字を見ただけで、自動的に日本語訳が表示される。
本当はひとりで充分だったけど、ハルカがどうしてもと着いてきた。そして、戦うこともできない女子ふたりが行くとなれば護衛が必要。最強女子の尚武さんが担当になった。
これは自慢になってしまうけど、私が不意の襲撃をうけることはまずない。
なぜなら、危険人物がどこにいるか分かってしまうから。街中どこに潜んでいようと、私の目からは逃れられない。
でも確かに、危険を避けるために道をあれこれ変えて進むのは面倒くさい。ひとりきりだと妙なことを考えがちなのもあって、ふたりがついてくるのを積極的に止めようとはしなかった。
それが功を奏した。
ハルカがすごい人だったと分かった。
彼女が翻訳を欲したので、情報をノートにまとめるついでに日本語訳をいくつか見せた。
そうしたら、ほんの二時間足らずでこの世界の文法体型を理解し、ひとりで本が読めるようになったのだ。
私はもう、感動というか畏怖というか、とにかく絶句した。
成績上位者で名前をみたことはなかったけど、ハルカはとにかく目立たないように行動する。外見もそうだし、言動もそう。成績もそうに違いない。わざと目立たない順位をキープしていたんだ。きっと恐ろしくIQが高いんだと思う。
尚武さんも結構なお人だった。
頭がいいのは知ってたけど、とにかく情報をまとめるのが異様に上手い。
彼女は私のノートとハルカの走り書きを見ながら、要点だけを的確にまとめ上げていた。
こう言っては何だけれど、ハルカの走り書きというのは、彼女にしか分からない暗号のようなものだ。ふつうの人間は理解できない。
それを、小学生が読んでも理解できそうな、わかりやすい文章でまとめるのだ。これはもう特殊能力といってよかった。
いま、尚武さんとハルカには日本語で今日得た情報を整理してもらっている。さっきまで私も一緒だったけど、正直やることがないので自室に戻ってきた。
ちなみに私はミコと同室だ。彼女は放っておくと宿屋を燃やしかねない。今は静かに寝息を立てている。起きているとあんなに騒がしいのに、寝相は大人しくて可愛い。義経くんを呼んで見てもらおうかな。いや、バレたら燃やされるかもしれないから止めておこう。
蓮川くんたちは、冒険に出るのをいったん控えて、かわりに情報収集に勤しんでいる。チハルの権能がかなり便利で、みんな友好的に話をしてくれるそうだ。いっそこのまま街を支配できるかもしれない、と蓮川くんは言っていた。【魔王】さまが言うと冗談に聞こえないから止めて欲しい。
田村さんは【華神】を検証しているようだ。今日は植物を枯らすことも可能だと報告を受けた。菊池くんが喜んでいた。なんでも、もうすぐやってくる冬はかなり厳しいらしく、薪が量産できるのは助かる、とのこと。
どうせなら炭を作ったら? と私が提案した。ミコが一日中ヒマそうにしてるから、何か仕事をさせたほうがいいだろうと思って。明日からやってもらうことになった。
田村さんの護衛は稲見さんがやってくれているらしい。本当に助かる。
しかも稲見さん、妙な商才があるらしくて。今日も田村さんとふたりで野菜を売り歩いていたそうだ。下地は菊池くんが整えたらしい。結構な収入になる。
光丸さんの服屋もひっそりと開業した。
ひっそり、というのは今のところ看板を出していないからだけど、発注はかなりある。
クアランさん経由で神官服の大量発注もあったし、菊池くんがどこからか持ってきた仕事もある。どうもあの人、私に隠れて頻繁に街に繰り出しているらしい。危ないから止めて欲しいんだけど。
ともかくそういうわけで、光丸洋品店は大繁盛で大忙しだ。ダントツの稼ぎ頭で、彼女にばかり負担が行っている気もするけど、本人はいたって楽しそう。天職なんだろう。
実はそれだけじゃなくて。
本日はじめて、光丸さんが衣類じゃないものを錬成した。いや、いちおう衣類になるのかな?
アクセサリーだ。材質が樹脂製で、髪留めとかビーズのネックレスとか、簡単なものに限られるけど、これはこれでこの世界では珍しい。おもに女子の面々が喜んだ。
本人の話だと、貴金属の装飾品や宝石のはまった指輪なんかも、実物が手に入れば作れるかも、とのこと。期待が持てそうだ。
ちなみに「身につけるものなら装備品もいける」と義経くんが言い出し、日本刀を作ってもらおうと頑張っていた。やっぱり無理だった。彼はいま立派な剣を持ってるけど、剣道が想定している得物と違いすぎて扱い辛いらしい。
それで思い出したけど、菊池くんも剣術の訓練をしている。
自分がちゃんと戦えるようになれば、私も心配しない、とか考えているらしいけど。
違う。全然わかってない。
でもうまく説明できない。当分は好きにさせるしかないかも。歯がゆいな。
妙なことを書いてしまいそうだから、今日はここまでにする。
●九日目
本日はこともなし、という感じ。
私的には大いに収穫があった。尚武紀子さんと名前で呼び合う中になったのだ。
といっても、紀子の方は「ちゃん」付けをやめてくれなかった。この年で「ユミちゃん」とか、ちょっと気恥ずかしい。
みんなはそれぞれに活動している。
私とハルカと紀子は引き続き、図書館で翻訳の作業。今日は蓮川くんもついてきた。なんでも魔法書を探しているのだとか。文字が読めるのかどうか気になったけど、魔法書なら読める、と良く分からない答え。
蓮川くんは天才タイプだ。成績は私と同じくらいで学年でも上位の方だけど、いつだったか勉強なんてしたことないと言っていた。まったく羨ましい話だ。
ただ、彼が難しい話をしだすと長いので、特に構わずに作業を続けた。
そうしたら、いつの間にか居なくなっていた。
あとで聞いたけど、いくつか魔法を修得したらしい。魔法書とやらを見ただけで、だ。菊池くんがゲームみたいだとぼやいていた。
魔法について、また蓮川くんが長い話を始めたので、私は途中で席を外した。菊池くんと佐藤くんは物凄く興味深そうに聞いていた。
翻訳のほうは順調だ。ハルカはすでに辞書の作成を始めている。おかげで、紀子もそこそこ読めるようになってきたみたい。本当にこの子たちの頭の中どうなっているんだろう。【神眼】でも見通せない。見れたところで理解できないに違いないけど。
菊池くんと田村さん、それとミコは三人で炭作りを始めた。
並行して、詩織と稲見さんが保存食を作っている。
詩織が料理マニアなのは知っていたけど、彼女の話では稲見さんもかなりのものらしい。物凄く手際がいいんだとか。完璧超人か。あのヤンキーみたいな喋り方を何とかすれば絶対人気者になれるのに。
でも、彼女にも色々あるのかも。ハルカみたいな感じで。
今日はチハルと萩原さんがふたりで出かけていたみたい。
最初聞いた時は色んな意味でヒヤっとしたけど、大事はなかったみたいだ。
それどころか、ふたりは結構仲良くなっていた。ここ数日はあまり萩原さんと話ができていないから、かなり安心した。
紫波さんと義経くんは戦闘訓練をしていたらしい。
義経くんは生傷を作って帰ってきた。喧嘩でもしたのかと思って注意したけど、義経くんはうっとおしそうに聞き流すだけ。
紫波さんも悪びれることもなく「手加減の練習だ」と言っていた。この時は何のことだかわからなかったけど、あとで意味が分かって胸が苦しくなった。
その足で謝りに行った。
紫波さんは笑って許してくれた。私はもう一生彼に頭が上がらないと思う。
光丸さんは相変わらず服を作っている。
私たちの中で唯一まともに仕事をしていると言える。ストレスが心配だ。今のところは平気そうだけど、この世界に来てから光丸さんが誰かと仲良く話をしているのを見たことがない。
学校で光丸さんと仲が良かったのは、天野さん、吉川さん、大島さん、それと桧山さんだ。華々しいというか、ギャルギャルしいグループだったけど、天野さんは行方不明。ほかの三人は亡くなった。
天野さんを……こちらから探しに行くべきだろう。私たちも生活基盤ができて余裕が出てきた。天野さんだけじゃなくて、穂村くんと藤堂くんも。
【転移】持ちの藤堂くんはともかく、天野さんと穂村くんがそう遠くへ行っているとは思えない。
もしかしたら、まだ山中を彷徨っているかも。それか、山の反対側へ出てしまったか。
どちらにしろ待っているだけじゃダメだ。私たちが探さなくては。うん。ちょっとこれから菊池くんと話をしてこよう。
●九日目 追記
大問題が発覚した。
【神眼】のクラス名簿のことだ。そう言えばいままで、誰にも話してなかった。菊池くんに物凄く渋い顔をされた。
それも当然で、田村さんと平松くんのこととか、いろいろ問題がある。
これは知らなかったけど、菊池くんが言うには、光丸さんは桧山さんと大島さんの生存を信じているらしい。山頂に亡骸がなかったからだ。というか、彼の話を聞く限り、死亡を確信しているのは私だけだった。
本当に肝が冷える。真っ先に菊池くんに相談してよかった。いきなりみんなの前で話したら、信頼を失っていたかも。
それはともかく、私がやらかしてしまったことは重大だと菊池くんに言われた。
桧山さんと大島さんのことは仕方ないにしても、平松くんのことだ。田村さんはいまさら何を言っても分かってくれないだろう、隠し通すしかないと菊池くんは言った。
確かにそうかもしれない。なんとなく分かってくれそうな気もするけど、私は田村さんとあまり話をしたことがない。男子の菊池くんの方が仲が良いくらいだ。だから、彼の判断のほうが正しいんだろう。
でも隠し通すとして、どうすればいいんだろう?
生きているみんなを探しに行くという名目を掲げる以上、クラス名簿の話をしないと、平松くんや桧山さんたちも探し続けることになる。最悪の場合、帰る方法が見つかっても、田村さんや光丸さんはこの世界に残ると言い出すかも。
それだけはダメだ。
菊池くんは、このまま自然に生きている3人と合流できるのを待つしかない、と言った。
これは私が賛同できない。
でも今はまったくいい考えが浮かばない。本当に私はいつもいつも、致命的なことをしでかしてしまう。
今日はやめ。あした、また気分を変えて考えよう。なるべくベストな方法を。