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超絶に影の薄い僕は、異世界で誰にも気付かれない。  作者: 竜王零式
第一部:孤高の異世界冒険譚
20/44

16.ぼっち返上



 紫波しわ雄人ゆうとは戦慄していた。


 【神の眼】を持つクラスメートの解析によると、紫波の能力は一言で言えば全身凶器。

 肉体のすべての部位において、触れたものに防御不能の打撃を与えるという、生き残ったクラスメートたちの中でも最強クラスのチート能力だった。


 小難しい話は知らない。結果だけを言えば、紫波は意識したものすべてを叩き壊すことができた。怪物も武器も石壁も人の身体も。そして空気や、魔法の火の玉でさえ。


 それがたとえ目に見えないものであっても、知覚できれば破壊できる。


 日浦リョウに対しても同じだと信じていた。信じて疑っていなかった。


(どうして効かねえ?)


 胸部の激痛をこらえつつ、紫波は何とか立ち上がった。


 マルレーネがリョウの身体に描いた魔力線は、与えられた魔術道具の力で紫波にも見えている。リョウの動きはしっかりと捉えていた。


 だから、まっすぐ突っ込んでくるリョウを弾き飛ばしてやろうとした。その結果がこれだ。


(まさか見えないだけじゃねえのか。何なんだ、こいつの能力は!)


 焦燥をこらえ、拳を握り込む。追撃せんと迫るリョウに、鋭いジャブを放った。


 ぱぁん!


 確かな手応え。リョウの身体が大きく仰け反った。

 だがそれだけだ。リョウは足を踏ん張って、すぐに反撃してきた。大ぶりのテレフォンパンチ。


「ぐっ!」


 呆然とそれを喰らう。がくん、と落ちる膝を叱咤し、紫波は慌てて間合いを取った。


 もはや間違いなかった。この同級生に、紫波の異能は一切通じない!


(上等だ、久しぶりにまともな喧嘩ができるってもんだ!)


 紫波は知らず笑みを浮かべて、向かってくるリョウの動きをワン・ツーで止め、渾身の上段回し蹴りを見舞った。

 直撃。リョウの身体がぐらりと揺れ、一瞬だけ膝が落ちる。


 本当に一瞬だけだった。


 リョウは低い姿勢からタックルをかまし、そのまま紫波を押し倒した。

 マウントから連打。が、長くは続かない。紫波は腰を跳ね上げ、リョウの片足を掴みあげて、あざやかにマウントから脱した。

 そして、休むこと無く痛烈な回し蹴り。

 リョウの小さな身体が吹っ飛ぶ。手応えは充分。


 だが、リョウはまたもや立ち上がった。膝を震わせ、肩で息をつきながらも、しっかりと両足で地面を踏みしめて。


 紫波は今度こそ、声を上げて笑った。


「マジで面白え。かかってこいよ、ボコボコにしてやるからよ!」


 胸に鋭い痛みが走る。初撃のダメージは大きい。立っているのも辛い。もう、何のために戦っているのかも思い出せない。

 だが、能力も目的も関係ない。これはただの喧嘩だ。ならば、負けるわけにはいかなかった。



 紫波が自分の動きを捉えていると確信した瞬間、リョウは恐怖で身がすくんだ。

 でも、立ち直るのは早かった。それならそれで、真正面からぶつかるだけだ。


 幸い、紫波の能力はリョウには通じないらしい。おそらく魔法と一緒だ。紫波の能力が、リョウという存在を対象にできない。

 そうなると相手はただの人間だ。いくら関東一の喧嘩魔王と言えど、ただの人間。ならば勝機はある。


 とはいえ、この状況も一時的なものだろう。エリシャの例がある。イメージ次第で、そのうち捉えられるようになるかもしれない。

 そうなる前に決着を着けねばならない。


(っていうか、何なのこの人。絶対に肋骨とか折れてるはずなのに。めっちゃ笑ってるし)


 もう一息だと、畳み掛けるように殴ってみたが、どれもさほどの効果はなかったようだ。

 一方、こちらは痛打の連続で意識が飛びそうだ。


「こねえならこっちから行くぜ!」


 紫波が突っ込んできた。大ぶりの拳。違和感を覚えながらも、余裕を持ってかわす。

 が――。


 ドォッ!


 空気の爆発。リョウは直撃を受けて吹っ飛んだ。四肢がバラバラになりそうなほどの衝撃。


「はっ、こっちは効くみてえだな!」


 再び、紫波が拳を振りかぶる。


(させるか!)


 リョウは歯を食いしばり、前方に駆けた。離れたら不利だ。半ば体当たりするように、紫波の拳を頭で受け止める。


 ごんっ!


 爆発攻撃は不発に終わり、捨て身の頭突きが紫波の拳にダメージを与えた。


「フザけろ!」


 紫波の膝蹴り。リョウはまともに喰らいつつもその足を抱え、再びマウントを取った。


「喧嘩は気合だ」


 いつだったか父が語っていた。


「諦めたやつの負けさ。何度倒されようが、最後に立ってたやつの勝ちだ」


 変なことを教えるなと母は怒った。リョウは、そもそも喧嘩なんかしないよ、と苦笑した。


(でも、諦めの悪さなら自信があるよ!)


 連打。拳の痛みも全身のきしみも構わず、ただひたすら拳を振り下ろす。


「いい加減にしやがれ!」


 がし、と両手を掴まれる。紫波はそれを引き寄せて頭突き。顔面に喰らって仰け反ったところに、痛烈なアッパーをくらった。

 ふわりと意識が遠のく。それを、歯を食いしばって耐える。そこにもう一発、拳が飛んでくる。


 ほとんど無意識に、リョウはその手を掴み取った。

 そして、眼下の紫波に、渾身の頭突きを見舞った。


 ごんっ!

 ごんっ!

 ごんっ!


 最後に、もう一撃――。


「参った!」


 ごんっ!


 四発目をしっかり見舞ってから、リョウは「へ?」と動きを止めた。

 眼下では、鼻がまがって顔面の腫れ上がった紫波が、白目を向いて気絶していた。


「か、勝った――!」


 つぶやくと同時に、ふらりと身体が揺らぐ。思わず頭を押さえるとぬるりとした感触。頭が割れて流血していたらしい。しかも、わりと大量に。

 気づいた途端に凄まじい痛みが襲った。

 抵抗することもできず、リョウはついに意識を手放した。




 ――次に目覚めた時、眼前にアネットの美貌があった。


「リョウ!」


 すがりつくアネットを困惑しつつ抱きしめ、あたりを見渡す。


「本当にすごいやつだ、キミは」


 クレイブがしっかりとこちらを見つつ感嘆した。すぐ脇にはエリシャもいる。泣き笑いの表情を浮かべ、黒塗りの筆記版を手渡してきた。あの時に放り投げたものだ。


「ありがとう、お兄さん。やっとお礼が言えた」


 ともかく3人とも無事らしい。ほっとしつつ、素直な疑問を筆記版に記す。


「〝みんなぼくが見えてるの?〟」

「マルレーネがきみの身体に魔力線を描いたらしい。エリシャとアネットは、私が見えるようにした」


(魔力視って魔法でできるようになるのか。あー、それで紫波先輩も)


 ふと身体を確認するとどこにも痛みがない。どうやらエリシャが治してくれたらしい。

 が、流した血はそのままだ。すがりつくアネットもリョウの血で汚れている。自分にしか見えないのだろうが、あまり気分がよろしくない。


 なので、手を伸ばして、アネットの頬を汚す血を拭った。

 ぴくん、とアネットの身体が跳ねた。

 そしてなぜか熱を帯びた表情で、こちらをじっと見つめてくる。

 妙な空気が漂い始めた。


(え? なにこれ? えっ?)


 心臓が跳ねる。やばい。これは凶器だ。相手を萌え殺す可愛いの化身。

 というか、どうして自分はこんな美少女と密着しているのだろう。意識しだすと、アネットの柔らかさと甘い匂いで、脳が沸騰しそうになった。


「ちっ、呑気なもんだなてめえら」


 突如上がった紫波の声が、桃色の空気を吹き飛ばした。安堵と怒りの混じった複雑な視線を向けると、紫波はむすっとした顔であぐらをかいていた。


「待て。参ったって言ったじゃねえか。おれの負けだ。もうてめえらの邪魔はしねえよ」

「〝本当ですか?〟」

「嘘つくくらいなら最初っからふっ飛ばしてるぜ。スキだらけなんだよてめえらは」


 エリシャは紫波をじっと見つめ、ふとこう言った。


「ご主人。あの人も治していい?」

「いや。いくら何でもそれは――」

「大丈夫。あの人は良い人だよ。目を見ればわかるもの」


 妙にきっぱりと、エリシャは断言した。リョウは胸に熱いものを覚えて、筆記版に文字を書いた。


「ぼくからもお願いします」

「分かったよ。エリシャ、頼む」


 エリシャは「ぱあっ」と笑って、すぐに紫波の元へ駆けて行った。


「おめでたい奴等だな」


 紫波は悪態を吐きつつも、素直にエリシャの治療を受けた。ボコボコの顔面がまたたく間に元通りになり、確かめるように自分の胸を叩く。


「すげえ魔法だ。ありがとう」


 紫波は破顔し、エリシャに拳を突き出す。エリシャはそれに「ちょん」と拳をあてて「えへへ」とはにかんだ。


 それから、もとの世界に帰るあてが無くなった、と嘆く紫波に、リョウが自分の失言を謝罪した。故郷に帰りたいという気持ちは、何ら糾弾されるものではない。


 ただここで、クレイブが魔人ガウリィというものについて詳しく語った。


 いわく、マルレーネの認識はまったくの間違いらしい。

 魔人ガウリィとなったものは以前の人格を綺麗さっぱり失う。純粋な魔力の塊が、新たな知性を形成するのだ。

 それが善であれ悪であれ、人間社会の秩序にまるで配慮しないのは間違いない。


「リョウが遭遇した小鬼アズールの魔物もどきは、ただの失敗作さ。本当の魔人ガウリィはあんなものじゃないぞ。言うなればユウトが理性を失って暴れまわるようなものだ。そんなもの制御できないし、決して人の世にあってはならない」


 話を聞きながら、マルレーネがどうしてあんな希望的観測をしたのか、リョウにはなんとなく分かってしまった。きっと紫波と出会ったからだ。圧倒的な力を持ちながら、それに溺れず理性的に振る舞う人間。

 魔人ガウリィとやらもそんなものだと思いこんでしまったのだ。


「〝助けに行きましょう〟」


 リョウは日本語を書いた。もちろん、紫波にあてたもの。


「誰を?」

「決まってますよ。マルレーネさんとカオス殿下、ふたりともです。もちろん手伝ってくれますよね?」


 紫波は突然、目頭を抑えて笑い始めた。手の隙間から、きらりと光る雫が流れ落ちる。

 リョウは真剣な顔で、それをじっと見つめていた。

 やがて、紫波は不敵な笑みで告げた。


「乗ってやるよ。着いてこい、急げ!」


 駆け出した紫波の背を、慌てて追う。アネット、クレイブ、エリシャの三人も、すぐに後に続いた。

 リョウはちょっと困って、走りながら筆記版に字を書いた。アネットは字が読めないが、クレイブにでも止めてもらわなければ。


「〝アネットとエリシャは危ないよ?〟」

「わたし役に立つよ!」


 エリシャがすぐ反論する。クレイブは苦笑してこう言った。


「諦めるんだね。キミが行く限り、彼女は説得できないよ」

「危ないから着いてくるなとか言ってるんでしょ」


 アネットは口を尖らせて言った。


「駄目よ、リョウは目を離したらすぐ居なくなるんだから。今度は絶対についていくからね!」


(アネットには言われたくないなー)


 リョウはくすりと笑った。でも確かに、彼女はそばにいてくれたほうが安心だった。

 何より、それだけで力が沸いてくる。アネットの可愛いは強化魔法なのだ。

 自分限定かもしれないが。リョウにとっては、それで充分だった。



 アルフレッド神父は不思議な男だった。

 見上げるような背丈に、隆々とした肉体。そのくせ物腰は柔らかく、面構えには人の良さがにじみ出ている。だが、決して馬鹿正直な性格ではない。


 霊術エレジーの腕前はかなりのものだ。砦への道中、最高位の霊術エレジーとされる【青炎】すら、見たこともないような規模で放っていた。

 彼が発する聖炎アピトルも特殊だった。ほぼ透明で、リースも魔力視がなければ見えなかっただろう。


 それでいて、魔術アルダーに関しても驚くほど造詣が深い。どうやら魔力視もできるらしく、マルレーネの転移を追跡しているのも、魔術アルダーの「波紋」を見極めているからだという。


 何よりも――。


「カオス公子は魔人ガウリィの素体です。あの灼鬼イーサの女性はそれが狙いでしょう」


 マルレーネの狙いをあっさりと看破してみせた、その慧眼だ。


魔人ガウリィの魔力波は独特ですから。一度見たら忘れられません」


 伝説にしか登場しない魔人ガウリィを、いつどこで目にしたというのか。

 リースは深く追求できないでいた。この男は聞けば答えるだろう。それがたとえ、どんな恐ろしい事実であっても。


 ――いや。とにかく今はカオスを救出するのが先だ。


 すでにこの砦は、リースたちが引き入れた30余の兵で制圧済みである。もともとアルノアが築いた砦だ。打ち捨てられたとはいえ、内部構造や抜け道の入り口など、いくらでも記録が残っていた。

 いまも5人の兵がリースたちに続いている。


「この先ですね」


 地下牢が並ぶ通路の奥に、下り階段が伸びている。記録によれば、この先は地下水脈に通じている。


 人が通れるような道ではないはずだが、それは過去の記録だ。それに、転移魔術まで使ってわざわざ袋小路に逃げ込むとは思えない。


「何か罠があるのか。慎重に進もう」

「いえ、急ぐべきです。罠を叩き伏せてでもね」


 アルフレッド神父は躊躇なく駆け出した。ならばリースに否やはない。


 さっきから脳裏を離れないのは、幼いカオスの天真爛漫な笑顔だ。母親のリーシャに似て朗らかで、見るものを幸せにする笑顔だった。


 それが、リーシャの死を境に激変した。

 つねに憮然として、眉間の皺はすぐに深くなった。権力を傘にきて横暴を働き、進んで周囲と距離を置くようになった。


 そんな彼の支えになりたいと、あれこれと苦心したこともある。

 だが、いつも明確な拒絶だけがあった。嘲笑混じりに「オレに言うことを聞かせたかったら、女になって股でも開け」と言われたこともあった。


 あの時に激昂したりせず、根気強く接していれば、違った現在いまがあったのだろうか。


(いまさらだな)


 リースはかぶりを振った。こんな感傷でいくら自分を責めてみたところで、贖罪にはならない。


 できることはただひとつ。この身に変えてもカオスを救うのだ。


「――何だこれは!」


 駆け込んだ広間で、リースは叫んだ。

 眼前に、身の丈3メートルはあろうかという巨人がうごめいていた。

 見たこともない化け物だ。まるで土砂を押し固めたような身体。それが、豪腕を振るって攻撃してきた。


 ぐしゃ!


 避け損なった兵士のひとりが、文字通り叩き潰された。鎧がひしゃげて血肉がはじけ飛び、その余波で地面が揺れる。

 恐るべき衝撃。リースたちは戦慄した。


守護者グレーガーです、厄介なものを仕掛けられた!」


 アルフレッドは胸元で印を切り、短い祈りの言葉を呟いた。途端、リースのたちの身体を魔力の加護が覆う。高等霊術【祝福】だ。身体能力と、魔法に対する抵抗力を大幅に向上させる魔法。


「あなたがたは急いで奥へ! これは私が引き受けます!」

「しかし!」

「早く! どちらにせよ剣は通じません!」


 叫びつつ、恐れも知らず守護者グレーガーに突進。豪腕をかいくぐり、脚部に痛烈な掌打しょうてい


 ぱぁん!


 膝が割れ弾けた。片膝をつく巨人に追撃。が、再び振るわれた豪腕に阻まれた。


「くっ!」


 アルフレッドは【聖盾】を展開してこの攻撃を防ぐが、反動で間合いが開く。


「なっ……足が!」


 見れば、壊れたばかりの片足が急速に再生している。


「何をしているんです、早く!」


 呆然とするリースに、アルフレッドの激が飛ぶ。

 リースは苦渋の表情で駆け出した。残る兵士もあとに続く。


 その背を見送るアルフレッドの表情に余裕はない。


(さて、いまの私にこれが倒しきれるかどうか)


 守護者グレーガーとは失われた秘術だ。大きな魔石に直接呪印を刻んで心臓とし、土砂を集めて自動的に動く人形を創り出す。

 心臓――核を砕かぬ限り、何度でも再生し続ける。


(人型なら、頭か胸か)


 どちらにせよ簡単にはいかない。一挙に届かないからだ。

 アルフレッドは先と同じく、まず足を狙った。だが上手く行かない。振り回される豪腕に阻まれ、転倒させるほどのダメージを与えられない。


(捨て身で行くしかないか)


 ありったけの魔力を聖炎アピトルの鎧に注ぎ込む。いちいち【聖盾】を展開していては追撃できない。あの豪腕を、生身で受け止める覚悟がなければ。


 ぶぉん、と振るわれた一撃をかいくぐり、再び懐へ。両掌を突き出して片足を壊す。続けざま、逆足に体当たり。これは威力が足りず不発。


 そこに巨人の一撃が飛んできた。


「ぐっ」


 こちらの腕一本を犠牲にして受け流す。この間に掌打。渇いた音を立てて足が砕け、巨人はついに地面に倒れた。


 この機を逃さず、あおむけの巨人を駆け上がり、胸の中央に渾身の一撃を見舞った。魔力が生み出す衝撃が、背中まで突き抜ける。その途中に核があるなら砕けたはず――。


(――駄目か!)


 巨人は構わず腕を振るってきた。身を固めて備えることしかできず、アルフレッドは部屋の隅までふっとばされた。


「やれやれ、焼きが回ったものです」


 なんとか身を起こせば、すでに再生を終えた巨人が立ち上がっている。こちらの回復は待ってくれそうもない。


 絶望的。

 そんな単語が頭をよぎった瞬間だった。


 ぱんっ!


 間抜けな音を立てて、巨人の頭が吹き飛んだ。


 それは一本の拳。

 一瞬にして巨人の背を駆け上がった、紫波雄人の一撃だった。


「ぬおっ!」


 頭を失った巨人はそれでも動きを止めず、紫波を振り落とし、豪腕を叩きつけてきた。

 だが紫波には通じない。平然とそれを向かい撃って破壊、さらに踏み込んでローキックを見舞った。


「神父さま、大丈夫ですか!?」


 駆け寄ってきたのはアネット。続くエリシャが、すぐさまアルフレッドの負傷を癒やす。


「【天滅煌エルン・ラー】!」


 勇ましい詠唱はクレイブ導師だ。無数の光の矢が巨人の身体を穿って蜂の巣にしていく。


 しかし、それでもなお。

 巨人はまたたく間に再生した。


(うっは、何というゴーレム)


 リョウは兵士に借りた斧槍を手に持ち、じっとその動きを観察する。

 テンプレ通りならどこかに「核」があるはず。しかし、めぼしい場所はことごとく、クレイブのマジック・ミサイルが穿った。それでも動き続けるということは――。


「遠隔魔法陣があるはずだ! アルフレッド神父、探れないか?」


 クレイブが怒鳴った。

 アルフレッドは「はっ」と目を見開く。


「失念していました。本当に焼きが回ったようです」


 そして瞑想。全身で魔力の波動を探る。

 目当てのものはすぐ見つかった。


「あそこです、クレイブ導師!」


 指差した先に、クレイブはすぐさま駆け出す。

 させじと豪腕を振るう巨人。


 リョウはとっさに動いた。

 斧槍を振りかざし、巨人の腕めがけて叩きつける。


 スパッ。


 いとも容易く、それを切断した。


 一斉に上がる驚嘆の声。

 だが、一番驚いたのはリョウ自身である。


(へっ? 何いまの感触?)


 まるで抵抗を感じなかった。豆腐に包丁を通したかのような――。


「ボケっとすんな!」


 紫波の怒号。直後、リョウは巨人の一撃を受けて吹っ飛んだ。アネットが絶叫。


 同時に。

 巨人の身体が崩れ落ちた。クレイブが守護者グレーガーを解呪したのだ。


(ふー。ちょっとは役に立ったかな)


 リョウは痛みをこらえつつ起き上がる。アネットがすぐ駆け寄ってきたが、「大丈夫だよ」と肩を叩く。

 伝わったようだ。アネットはにっこり笑った。


 続いてエリシャがやって来て、リョウの負傷を癒やすべく手をかざした。


「お待ちなさい」


 アルフレッドがそれを止めた。


「どうして?」

「みなさんは先を急いで下さい。彼の治療は私が行います」


 穏やかな声。だが有無を言わせぬ迫力があった。紫波とクレイブは頷き合って駆け出した。エリシャもすぐ後を追った。

 アネットは残った。アルフレッドも、それを咎める気はないようだった。



 リョウはただ怪訝に、神父の顔を見つめていた。

 彼がエリシャを救い、リースたちと合流した経緯は、ここに来るまでに聞いている。

 でも今のアルフレッドは、記憶にあるどの表情より真剣だった。


「〝どうかしたんですか?〟」

「気づいていますか? あなたはいま、聖炎アピトルまとっています」


(えっ!?)


「そうでなければ守護者グレーガーの一撃、耐えられるものではありません。あれの腕を切り落としたのも霊術エレジーによる強化です。しかも【斬撃強化】ができる人間を見たのは、私の長い人生であなたが二人目ですよ」


「すごいじゃない、リョウ!」


 アネットがはしゃいだが、リョウは困惑するばかりだ。


「あなたの魔力は魔力視でも見えないそうですが……その影響を受けた魔力波はしっかり感知できます。あなたは今、間違いなく聖炎アピトルまとっていますよ。何色か分かりますか?」


 しげしげと自分の身体を見つめる。色と言われても、何も見えないが――。


 いや。

 確かに見える。ほぼ透明の、ゆらゆらと揺らめく何かが――。


(あっ)


 意識した途端に掻き消えた。


「消えましたね。何色でしたか?」

「〝透明でした〟」

「ほう」


 アルフレッドはにやりと笑った。初めて見る笑み。まるで彼らしくない、愉悦に満ちた壮絶な表情。


「まったく、時間がないのが惜しい。いいですか。これからちょっと荒療治をします。意識的にその聖炎アピトルを維持できるようにしましょう」


 そう言って、アルフレッドはリョウの額に手をあてた。


「大丈夫。ちょっと怖い思いをするだけですから。気を楽にしてください」


(そんな無茶苦茶な――)


 反論する間もなかった。

 次の瞬間、リョウを襲ったのは圧倒的な孤独感だ。周囲の音も光もすべて掻き消え、真っ暗な闇の中にぽつんと佇む自己。

 それすら急速に闇に蝕まれていく。動くことも叫ぶこともできず、ただ自分が消えていく様を――。

 なぜか、自分が見つめていた。いや。見ていたのかどうかは分からない。感じていたのだろうか。それは途方もないほど長い時間だったような気もするし、ほんの一瞬の出来事だったような気もする。


 気がつけば視界がひらけ、リョウは自分の手をじっと見つめていた。そこには、まばゆいばかりに白く輝く聖炎アピトル


「出ましたね。何色ですか?」

「〝真っ白です〟」

「素晴らしい!」


 アルフレッドは歓喜の声を上げた。まるで彼らしくなかったが、本気で喜んでいるらしい。


「では、次は【自己再生】をお教えします。その状態で――」

 言われるまま、全快した身体の感覚をイメージ。すると、急速に全身の痛みが引いていった。

 魔力波とやらから成功を感じったのか、アルフレッドは続け様に課題を出す。

 【体力回復】と【肉体強化】をまたたく間に習得した。

 聖炎アピトルを透明にする方法も学んだ。魔力の放出を抑えて強化を維持する高等技術らしいが、どうも【肉体強化】と合わせ、これまでもリョウが無意識にやっていたことらしい。何度か妙に身体が軽くなることがあったが、感覚はまったく同じだった。

 おかげですぐ、意図的にできるようになった。


 ただ、これはいわば裏技で、アルフレッドが無理やり聖炎アピトルを起動したからこそできるらしい。

 いわく、リョウは霊術エレジーについては才能の塊だそうだが、それでも自由自在に聖炎アピトルを灯せるようになるには、もう少し精神修養が必要とのことだった。


「いまはとにかく聖炎アピトルを維持して下さい。これからすぐ役に立ってもらうつもりですから」

「〝ありがとうございます〟」


 リョウは感動に打ち震えながら、よれよれの字でお礼を書いた。


「いいえ。こちらこそお礼を言わせて下さい。アネットを――わが友テオドールの妹を救ってくださってありがとうございます。一度ならず二度までも。礼拝堂の片隅であなたを見つけた時は驚いたものですが――」

「ちょっと神父さま! その話は――」


(えっ?)


 リョウは驚き、危うく聖炎アピトルを消してしまうところだった。

 教会に居た時から気付かれていた? しかも、アネットにまで。


「いえ、たしかにそんな話をしている場合ではありませんね。急ぎましょう」

「あの……私も着いて行っていいですか?」

「いまさら何を言うのです。私がダメだと行ったら残ってくれるのですか、あなたは」


 アルフレッドが呆れ顔で言うと、アネットはバツが悪そうに笑った。


「さあ、早く。最悪の場合、我々は世界の命運を賭けて戦わねばなりません」


 その言葉が、リョウの心に重く響いた。

 それはすなわち、カオス公子が――あの小生意気で優しい少年が、永遠に救われないことを意味するのだ。


(そんなこと、絶対にさせない!)


 リョウは駆け出した。すぐ前をアルフレッドが。隣にはアネットが。

 そして先を行く、頼もしい仲間たちが居るはずだった。



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