16.ぼっち返上
紫波雄人は戦慄していた。
【神の眼】を持つクラスメートの解析によると、紫波の能力は一言で言えば全身凶器。
肉体のすべての部位において、触れたものに防御不能の打撃を与えるという、生き残ったクラスメートたちの中でも最強クラスのチート能力だった。
小難しい話は知らない。結果だけを言えば、紫波は意識したものすべてを叩き壊すことができた。怪物も武器も石壁も人の身体も。そして空気や、魔法の火の玉でさえ。
それがたとえ目に見えないものであっても、知覚できれば破壊できる。
日浦リョウに対しても同じだと信じていた。信じて疑っていなかった。
(どうして効かねえ?)
胸部の激痛をこらえつつ、紫波は何とか立ち上がった。
マルレーネがリョウの身体に描いた魔力線は、与えられた魔術道具の力で紫波にも見えている。リョウの動きはしっかりと捉えていた。
だから、まっすぐ突っ込んでくるリョウを弾き飛ばしてやろうとした。その結果がこれだ。
(まさか見えないだけじゃねえのか。何なんだ、こいつの能力は!)
焦燥をこらえ、拳を握り込む。追撃せんと迫るリョウに、鋭いジャブを放った。
ぱぁん!
確かな手応え。リョウの身体が大きく仰け反った。
だがそれだけだ。リョウは足を踏ん張って、すぐに反撃してきた。大ぶりのテレフォンパンチ。
「ぐっ!」
呆然とそれを喰らう。がくん、と落ちる膝を叱咤し、紫波は慌てて間合いを取った。
もはや間違いなかった。この同級生に、紫波の異能は一切通じない!
(上等だ、久しぶりにまともな喧嘩ができるってもんだ!)
紫波は知らず笑みを浮かべて、向かってくるリョウの動きをワン・ツーで止め、渾身の上段回し蹴りを見舞った。
直撃。リョウの身体がぐらりと揺れ、一瞬だけ膝が落ちる。
本当に一瞬だけだった。
リョウは低い姿勢からタックルをかまし、そのまま紫波を押し倒した。
マウントから連打。が、長くは続かない。紫波は腰を跳ね上げ、リョウの片足を掴みあげて、あざやかにマウントから脱した。
そして、休むこと無く痛烈な回し蹴り。
リョウの小さな身体が吹っ飛ぶ。手応えは充分。
だが、リョウはまたもや立ち上がった。膝を震わせ、肩で息をつきながらも、しっかりと両足で地面を踏みしめて。
紫波は今度こそ、声を上げて笑った。
「マジで面白え。かかってこいよ、ボコボコにしてやるからよ!」
胸に鋭い痛みが走る。初撃のダメージは大きい。立っているのも辛い。もう、何のために戦っているのかも思い出せない。
だが、能力も目的も関係ない。これはただの喧嘩だ。ならば、負けるわけにはいかなかった。
○
紫波が自分の動きを捉えていると確信した瞬間、リョウは恐怖で身がすくんだ。
でも、立ち直るのは早かった。それならそれで、真正面からぶつかるだけだ。
幸い、紫波の能力はリョウには通じないらしい。おそらく魔法と一緒だ。紫波の能力が、リョウという存在を対象にできない。
そうなると相手はただの人間だ。いくら関東一の喧嘩魔王と言えど、ただの人間。ならば勝機はある。
とはいえ、この状況も一時的なものだろう。エリシャの例がある。イメージ次第で、そのうち捉えられるようになるかもしれない。
そうなる前に決着を着けねばならない。
(っていうか、何なのこの人。絶対に肋骨とか折れてるはずなのに。めっちゃ笑ってるし)
もう一息だと、畳み掛けるように殴ってみたが、どれもさほどの効果はなかったようだ。
一方、こちらは痛打の連続で意識が飛びそうだ。
「こねえならこっちから行くぜ!」
紫波が突っ込んできた。大ぶりの拳。違和感を覚えながらも、余裕を持って躱す。
が――。
ドォッ!
空気の爆発。リョウは直撃を受けて吹っ飛んだ。四肢がバラバラになりそうなほどの衝撃。
「はっ、こっちは効くみてえだな!」
再び、紫波が拳を振りかぶる。
(させるか!)
リョウは歯を食いしばり、前方に駆けた。離れたら不利だ。半ば体当たりするように、紫波の拳を頭で受け止める。
ごんっ!
爆発攻撃は不発に終わり、捨て身の頭突きが紫波の拳にダメージを与えた。
「フザけろ!」
紫波の膝蹴り。リョウはまともに喰らいつつもその足を抱え、再びマウントを取った。
「喧嘩は気合だ」
いつだったか父が語っていた。
「諦めたやつの負けさ。何度倒されようが、最後に立ってたやつの勝ちだ」
変なことを教えるなと母は怒った。リョウは、そもそも喧嘩なんかしないよ、と苦笑した。
(でも、諦めの悪さなら自信があるよ!)
連打。拳の痛みも全身のきしみも構わず、ただひたすら拳を振り下ろす。
「いい加減にしやがれ!」
がし、と両手を掴まれる。紫波はそれを引き寄せて頭突き。顔面に喰らって仰け反ったところに、痛烈なアッパーをくらった。
ふわりと意識が遠のく。それを、歯を食いしばって耐える。そこにもう一発、拳が飛んでくる。
ほとんど無意識に、リョウはその手を掴み取った。
そして、眼下の紫波に、渾身の頭突きを見舞った。
ごんっ!
ごんっ!
ごんっ!
最後に、もう一撃――。
「参った!」
ごんっ!
四発目をしっかり見舞ってから、リョウは「へ?」と動きを止めた。
眼下では、鼻がまがって顔面の腫れ上がった紫波が、白目を向いて気絶していた。
「か、勝った――!」
つぶやくと同時に、ふらりと身体が揺らぐ。思わず頭を押さえるとぬるりとした感触。頭が割れて流血していたらしい。しかも、わりと大量に。
気づいた途端に凄まじい痛みが襲った。
抵抗することもできず、リョウはついに意識を手放した。
――次に目覚めた時、眼前にアネットの美貌があった。
「リョウ!」
すがりつくアネットを困惑しつつ抱きしめ、あたりを見渡す。
「本当にすごいやつだ、キミは」
クレイブがしっかりとこちらを見つつ感嘆した。すぐ脇にはエリシャもいる。泣き笑いの表情を浮かべ、黒塗りの筆記版を手渡してきた。あの時に放り投げたものだ。
「ありがとう、お兄さん。やっとお礼が言えた」
ともかく3人とも無事らしい。ほっとしつつ、素直な疑問を筆記版に記す。
「〝みんなぼくが見えてるの?〟」
「マルレーネがきみの身体に魔力線を描いたらしい。エリシャとアネットは、私が見えるようにした」
(魔力視って魔法でできるようになるのか。あー、それで紫波先輩も)
ふと身体を確認するとどこにも痛みがない。どうやらエリシャが治してくれたらしい。
が、流した血はそのままだ。すがりつくアネットもリョウの血で汚れている。自分にしか見えないのだろうが、あまり気分がよろしくない。
なので、手を伸ばして、アネットの頬を汚す血を拭った。
ぴくん、とアネットの身体が跳ねた。
そしてなぜか熱を帯びた表情で、こちらをじっと見つめてくる。
妙な空気が漂い始めた。
(え? なにこれ? えっ?)
心臓が跳ねる。やばい。これは凶器だ。相手を萌え殺す可愛いの化身。
というか、どうして自分はこんな美少女と密着しているのだろう。意識しだすと、アネットの柔らかさと甘い匂いで、脳が沸騰しそうになった。
「ちっ、呑気なもんだなてめえら」
突如上がった紫波の声が、桃色の空気を吹き飛ばした。安堵と怒りの混じった複雑な視線を向けると、紫波はむすっとした顔であぐらをかいていた。
「待て。参ったって言ったじゃねえか。おれの負けだ。もうてめえらの邪魔はしねえよ」
「〝本当ですか?〟」
「嘘つくくらいなら最初っからふっ飛ばしてるぜ。スキだらけなんだよてめえらは」
エリシャは紫波をじっと見つめ、ふとこう言った。
「ご主人。あの人も治していい?」
「いや。いくら何でもそれは――」
「大丈夫。あの人は良い人だよ。目を見ればわかるもの」
妙にきっぱりと、エリシャは断言した。リョウは胸に熱いものを覚えて、筆記版に文字を書いた。
「ぼくからもお願いします」
「分かったよ。エリシャ、頼む」
エリシャは「ぱあっ」と笑って、すぐに紫波の元へ駆けて行った。
「おめでたい奴等だな」
紫波は悪態を吐きつつも、素直にエリシャの治療を受けた。ボコボコの顔面がまたたく間に元通りになり、確かめるように自分の胸を叩く。
「すげえ魔法だ。ありがとう」
紫波は破顔し、エリシャに拳を突き出す。エリシャはそれに「ちょん」と拳をあてて「えへへ」とはにかんだ。
それから、もとの世界に帰るあてが無くなった、と嘆く紫波に、リョウが自分の失言を謝罪した。故郷に帰りたいという気持ちは、何ら糾弾されるものではない。
ただここで、クレイブが魔人というものについて詳しく語った。
いわく、マルレーネの認識はまったくの間違いらしい。
魔人となったものは以前の人格を綺麗さっぱり失う。純粋な魔力の塊が、新たな知性を形成するのだ。
それが善であれ悪であれ、人間社会の秩序にまるで配慮しないのは間違いない。
「リョウが遭遇した小鬼の魔物もどきは、ただの失敗作さ。本当の魔人はあんなものじゃないぞ。言うなればユウトが理性を失って暴れまわるようなものだ。そんなもの制御できないし、決して人の世にあってはならない」
話を聞きながら、マルレーネがどうしてあんな希望的観測をしたのか、リョウにはなんとなく分かってしまった。きっと紫波と出会ったからだ。圧倒的な力を持ちながら、それに溺れず理性的に振る舞う人間。
魔人とやらもそんなものだと思いこんでしまったのだ。
「〝助けに行きましょう〟」
リョウは日本語を書いた。もちろん、紫波にあてたもの。
「誰を?」
「決まってますよ。マルレーネさんとカオス殿下、ふたりともです。もちろん手伝ってくれますよね?」
紫波は突然、目頭を抑えて笑い始めた。手の隙間から、きらりと光る雫が流れ落ちる。
リョウは真剣な顔で、それをじっと見つめていた。
やがて、紫波は不敵な笑みで告げた。
「乗ってやるよ。着いてこい、急げ!」
駆け出した紫波の背を、慌てて追う。アネット、クレイブ、エリシャの三人も、すぐに後に続いた。
リョウはちょっと困って、走りながら筆記版に字を書いた。アネットは字が読めないが、クレイブにでも止めてもらわなければ。
「〝アネットとエリシャは危ないよ?〟」
「わたし役に立つよ!」
エリシャがすぐ反論する。クレイブは苦笑してこう言った。
「諦めるんだね。キミが行く限り、彼女は説得できないよ」
「危ないから着いてくるなとか言ってるんでしょ」
アネットは口を尖らせて言った。
「駄目よ、リョウは目を離したらすぐ居なくなるんだから。今度は絶対についていくからね!」
(アネットには言われたくないなー)
リョウはくすりと笑った。でも確かに、彼女はそばにいてくれたほうが安心だった。
何より、それだけで力が沸いてくる。アネットの可愛いは強化魔法なのだ。
自分限定かもしれないが。リョウにとっては、それで充分だった。
○
アルフレッド神父は不思議な男だった。
見上げるような背丈に、隆々とした肉体。そのくせ物腰は柔らかく、面構えには人の良さがにじみ出ている。だが、決して馬鹿正直な性格ではない。
霊術の腕前はかなりのものだ。砦への道中、最高位の霊術とされる【青炎】すら、見たこともないような規模で放っていた。
彼が発する聖炎も特殊だった。ほぼ透明で、リースも魔力視がなければ見えなかっただろう。
それでいて、魔術に関しても驚くほど造詣が深い。どうやら魔力視もできるらしく、マルレーネの転移を追跡しているのも、魔術の「波紋」を見極めているからだという。
何よりも――。
「カオス公子は魔人の素体です。あの灼鬼の女性はそれが狙いでしょう」
マルレーネの狙いをあっさりと看破してみせた、その慧眼だ。
「魔人の魔力波は独特ですから。一度見たら忘れられません」
伝説にしか登場しない魔人を、いつどこで目にしたというのか。
リースは深く追求できないでいた。この男は聞けば答えるだろう。それがたとえ、どんな恐ろしい事実であっても。
――いや。とにかく今はカオスを救出するのが先だ。
すでにこの砦は、リースたちが引き入れた30余の兵で制圧済みである。もともとアルノアが築いた砦だ。打ち捨てられたとはいえ、内部構造や抜け道の入り口など、いくらでも記録が残っていた。
いまも5人の兵がリースたちに続いている。
「この先ですね」
地下牢が並ぶ通路の奥に、下り階段が伸びている。記録によれば、この先は地下水脈に通じている。
人が通れるような道ではないはずだが、それは過去の記録だ。それに、転移魔術まで使ってわざわざ袋小路に逃げ込むとは思えない。
「何か罠があるのか。慎重に進もう」
「いえ、急ぐべきです。罠を叩き伏せてでもね」
アルフレッド神父は躊躇なく駆け出した。ならばリースに否やはない。
さっきから脳裏を離れないのは、幼いカオスの天真爛漫な笑顔だ。母親のリーシャに似て朗らかで、見るものを幸せにする笑顔だった。
それが、リーシャの死を境に激変した。
つねに憮然として、眉間の皺はすぐに深くなった。権力を傘にきて横暴を働き、進んで周囲と距離を置くようになった。
そんな彼の支えになりたいと、あれこれと苦心したこともある。
だが、いつも明確な拒絶だけがあった。嘲笑混じりに「オレに言うことを聞かせたかったら、女になって股でも開け」と言われたこともあった。
あの時に激昂したりせず、根気強く接していれば、違った現在があったのだろうか。
(いまさらだな)
リースはかぶりを振った。こんな感傷でいくら自分を責めてみたところで、贖罪にはならない。
できることはただひとつ。この身に変えてもカオスを救うのだ。
「――何だこれは!」
駆け込んだ広間で、リースは叫んだ。
眼前に、身の丈3メートルはあろうかという巨人がうごめいていた。
見たこともない化け物だ。まるで土砂を押し固めたような身体。それが、豪腕を振るって攻撃してきた。
ぐしゃ!
避け損なった兵士のひとりが、文字通り叩き潰された。鎧がひしゃげて血肉がはじけ飛び、その余波で地面が揺れる。
恐るべき衝撃。リースたちは戦慄した。
「守護者です、厄介なものを仕掛けられた!」
アルフレッドは胸元で印を切り、短い祈りの言葉を呟いた。途端、リースのたちの身体を魔力の加護が覆う。高等霊術【祝福】だ。身体能力と、魔法に対する抵抗力を大幅に向上させる魔法。
「あなたがたは急いで奥へ! これは私が引き受けます!」
「しかし!」
「早く! どちらにせよ剣は通じません!」
叫びつつ、恐れも知らず守護者に突進。豪腕をかいくぐり、脚部に痛烈な掌打。
ぱぁん!
膝が割れ弾けた。片膝をつく巨人に追撃。が、再び振るわれた豪腕に阻まれた。
「くっ!」
アルフレッドは【聖盾】を展開してこの攻撃を防ぐが、反動で間合いが開く。
「なっ……足が!」
見れば、壊れたばかりの片足が急速に再生している。
「何をしているんです、早く!」
呆然とするリースに、アルフレッドの激が飛ぶ。
リースは苦渋の表情で駆け出した。残る兵士もあとに続く。
その背を見送るアルフレッドの表情に余裕はない。
(さて、いまの私にこれが倒しきれるかどうか)
守護者とは失われた秘術だ。大きな魔石に直接呪印を刻んで心臓とし、土砂を集めて自動的に動く人形を創り出す。
心臓――核を砕かぬ限り、何度でも再生し続ける。
(人型なら、頭か胸か)
どちらにせよ簡単にはいかない。一挙に届かないからだ。
アルフレッドは先と同じく、まず足を狙った。だが上手く行かない。振り回される豪腕に阻まれ、転倒させるほどのダメージを与えられない。
(捨て身で行くしかないか)
ありったけの魔力を聖炎の鎧に注ぎ込む。いちいち【聖盾】を展開していては追撃できない。あの豪腕を、生身で受け止める覚悟がなければ。
ぶぉん、と振るわれた一撃をかいくぐり、再び懐へ。両掌を突き出して片足を壊す。続けざま、逆足に体当たり。これは威力が足りず不発。
そこに巨人の一撃が飛んできた。
「ぐっ」
こちらの腕一本を犠牲にして受け流す。この間に掌打。渇いた音を立てて足が砕け、巨人はついに地面に倒れた。
この機を逃さず、あおむけの巨人を駆け上がり、胸の中央に渾身の一撃を見舞った。魔力が生み出す衝撃が、背中まで突き抜ける。その途中に核があるなら砕けたはず――。
(――駄目か!)
巨人は構わず腕を振るってきた。身を固めて備えることしかできず、アルフレッドは部屋の隅までふっとばされた。
「やれやれ、焼きが回ったものです」
なんとか身を起こせば、すでに再生を終えた巨人が立ち上がっている。こちらの回復は待ってくれそうもない。
絶望的。
そんな単語が頭をよぎった瞬間だった。
ぱんっ!
間抜けな音を立てて、巨人の頭が吹き飛んだ。
それは一本の拳。
一瞬にして巨人の背を駆け上がった、紫波雄人の一撃だった。
「ぬおっ!」
頭を失った巨人はそれでも動きを止めず、紫波を振り落とし、豪腕を叩きつけてきた。
だが紫波には通じない。平然とそれを向かい撃って破壊、さらに踏み込んでローキックを見舞った。
「神父さま、大丈夫ですか!?」
駆け寄ってきたのはアネット。続くエリシャが、すぐさまアルフレッドの負傷を癒やす。
「【天滅煌】!」
勇ましい詠唱はクレイブ導師だ。無数の光の矢が巨人の身体を穿って蜂の巣にしていく。
しかし、それでもなお。
巨人はまたたく間に再生した。
(うっは、何というゴーレム)
リョウは兵士に借りた斧槍を手に持ち、じっとその動きを観察する。
テンプレ通りならどこかに「核」があるはず。しかし、めぼしい場所はことごとく、クレイブのマジック・ミサイルが穿った。それでも動き続けるということは――。
「遠隔魔法陣があるはずだ! アルフレッド神父、探れないか?」
クレイブが怒鳴った。
アルフレッドは「はっ」と目を見開く。
「失念していました。本当に焼きが回ったようです」
そして瞑想。全身で魔力の波動を探る。
目当てのものはすぐ見つかった。
「あそこです、クレイブ導師!」
指差した先に、クレイブはすぐさま駆け出す。
させじと豪腕を振るう巨人。
リョウはとっさに動いた。
斧槍を振りかざし、巨人の腕めがけて叩きつける。
スパッ。
いとも容易く、それを切断した。
一斉に上がる驚嘆の声。
だが、一番驚いたのはリョウ自身である。
(へっ? 何いまの感触?)
まるで抵抗を感じなかった。豆腐に包丁を通したかのような――。
「ボケっとすんな!」
紫波の怒号。直後、リョウは巨人の一撃を受けて吹っ飛んだ。アネットが絶叫。
同時に。
巨人の身体が崩れ落ちた。クレイブが守護者を解呪したのだ。
(ふー。ちょっとは役に立ったかな)
リョウは痛みをこらえつつ起き上がる。アネットがすぐ駆け寄ってきたが、「大丈夫だよ」と肩を叩く。
伝わったようだ。アネットはにっこり笑った。
続いてエリシャがやって来て、リョウの負傷を癒やすべく手をかざした。
「お待ちなさい」
アルフレッドがそれを止めた。
「どうして?」
「みなさんは先を急いで下さい。彼の治療は私が行います」
穏やかな声。だが有無を言わせぬ迫力があった。紫波とクレイブは頷き合って駆け出した。エリシャもすぐ後を追った。
アネットは残った。アルフレッドも、それを咎める気はないようだった。
○
リョウはただ怪訝に、神父の顔を見つめていた。
彼がエリシャを救い、リースたちと合流した経緯は、ここに来るまでに聞いている。
でも今のアルフレッドは、記憶にあるどの表情より真剣だった。
「〝どうかしたんですか?〟」
「気づいていますか? あなたはいま、聖炎を纏っています」
(えっ!?)
「そうでなければ守護者の一撃、耐えられるものではありません。あれの腕を切り落としたのも霊術による強化です。しかも【斬撃強化】ができる人間を見たのは、私の長い人生であなたが二人目ですよ」
「すごいじゃない、リョウ!」
アネットがはしゃいだが、リョウは困惑するばかりだ。
「あなたの魔力は魔力視でも見えないそうですが……その影響を受けた魔力波はしっかり感知できます。あなたは今、間違いなく聖炎を纏っていますよ。何色か分かりますか?」
しげしげと自分の身体を見つめる。色と言われても、何も見えないが――。
いや。
確かに見える。ほぼ透明の、ゆらゆらと揺らめく何かが――。
(あっ)
意識した途端に掻き消えた。
「消えましたね。何色でしたか?」
「〝透明でした〟」
「ほう」
アルフレッドはにやりと笑った。初めて見る笑み。まるで彼らしくない、愉悦に満ちた壮絶な表情。
「まったく、時間がないのが惜しい。いいですか。これからちょっと荒療治をします。意識的にその聖炎を維持できるようにしましょう」
そう言って、アルフレッドはリョウの額に手をあてた。
「大丈夫。ちょっと怖い思いをするだけですから。気を楽にしてください」
(そんな無茶苦茶な――)
反論する間もなかった。
次の瞬間、リョウを襲ったのは圧倒的な孤独感だ。周囲の音も光もすべて掻き消え、真っ暗な闇の中にぽつんと佇む自己。
それすら急速に闇に蝕まれていく。動くことも叫ぶこともできず、ただ自分が消えていく様を――。
なぜか、自分が見つめていた。いや。見ていたのかどうかは分からない。感じていたのだろうか。それは途方もないほど長い時間だったような気もするし、ほんの一瞬の出来事だったような気もする。
気がつけば視界がひらけ、リョウは自分の手をじっと見つめていた。そこには、まばゆいばかりに白く輝く聖炎。
「出ましたね。何色ですか?」
「〝真っ白です〟」
「素晴らしい!」
アルフレッドは歓喜の声を上げた。まるで彼らしくなかったが、本気で喜んでいるらしい。
「では、次は【自己再生】をお教えします。その状態で――」
言われるまま、全快した身体の感覚をイメージ。すると、急速に全身の痛みが引いていった。
魔力波とやらから成功を感じったのか、アルフレッドは続け様に課題を出す。
【体力回復】と【肉体強化】をまたたく間に習得した。
聖炎を透明にする方法も学んだ。魔力の放出を抑えて強化を維持する高等技術らしいが、どうも【肉体強化】と合わせ、これまでもリョウが無意識にやっていたことらしい。何度か妙に身体が軽くなることがあったが、感覚はまったく同じだった。
おかげですぐ、意図的にできるようになった。
ただ、これはいわば裏技で、アルフレッドが無理やり聖炎を起動したからこそできるらしい。
いわく、リョウは霊術については才能の塊だそうだが、それでも自由自在に聖炎を灯せるようになるには、もう少し精神修養が必要とのことだった。
「いまはとにかく聖炎を維持して下さい。これからすぐ役に立ってもらうつもりですから」
「〝ありがとうございます〟」
リョウは感動に打ち震えながら、よれよれの字でお礼を書いた。
「いいえ。こちらこそお礼を言わせて下さい。アネットを――わが友テオドールの妹を救ってくださってありがとうございます。一度ならず二度までも。礼拝堂の片隅であなたを見つけた時は驚いたものですが――」
「ちょっと神父さま! その話は――」
(えっ?)
リョウは驚き、危うく聖炎を消してしまうところだった。
教会に居た時から気付かれていた? しかも、アネットにまで。
「いえ、たしかにそんな話をしている場合ではありませんね。急ぎましょう」
「あの……私も着いて行っていいですか?」
「いまさら何を言うのです。私がダメだと行ったら残ってくれるのですか、あなたは」
アルフレッドが呆れ顔で言うと、アネットはバツが悪そうに笑った。
「さあ、早く。最悪の場合、我々は世界の命運を賭けて戦わねばなりません」
その言葉が、リョウの心に重く響いた。
それはすなわち、カオス公子が――あの小生意気で優しい少年が、永遠に救われないことを意味するのだ。
(そんなこと、絶対にさせない!)
リョウは駆け出した。すぐ前をアルフレッドが。隣にはアネットが。
そして先を行く、頼もしい仲間たちが居るはずだった。