断章2.聖炎の拳士
「あうっ!」
追いすがる僧兵たちから逃れるため、角をいきおい良く曲がったエリシャは、何か大きなものにぶつかって尻もちをついた。
「大丈夫ですか?」
困ったように手を差し伸べたのは、いかにも人の良さそうな顔をした、大柄な男。
身なりから察するに僧侶のようだ。
「――っ!」
跳ね起きようとして、足に激痛が走った。捻ってしまったか。このままでは走れそうにない。
力を使えばすぐに治せるが、この大柄な僧侶に見られてしまう。
「足を痛めたのですか。本当に申し訳ない」
僧侶は両掌に聖炎を宿し、エリシャの足を治療した。始めて見る色だった。ほとんど青みが無いが、そのかわり透明に近い――。
霊術の気配を知らない人間には見えもしないだろう。
「はい、もう大丈夫ですよ」
「あ、ありがとう」
エリシャが戸惑いつつ礼を述べた頃、僧兵たちが追いついてきた。
「おや。あなた方は?」
大柄な僧侶が問うと、僧兵たちは慇懃に答える。
「これは、青炎教の神父どのですか。わたくしどもはそこの神殿のものです。恥ずかしながら、彼女が抜け出してしまって」
「さあ、聖女さま。どうかお戻り下さい」
笑顔で手を差し伸べてくる僧兵たちから、逃れるように大柄な僧侶の影に隠れる。
「おやおや、これはこれは」
大柄な僧侶は困ったように両手を上げた。
本当に人の良さそうな男だ。エリシャは彼に付け入ることにした。
「騙されないで。わたしはこの人たちの仲間じゃない。さらわれてきたの。助けて!」
「……というお話ですが、本当ですか?」
「滅相もない。我々がそんなことをするはずがないでしょう!」
「彼女は尊い御方なのです。ですが、不遜ながらまだご自覚がなく……どうかお察しください」
「ふーむ」
大柄な僧侶はしばし考え込み、それからこう言った。
「では、ひとつ教えてください。実は弟子を探しているのです。15ほどの年頃で、なかなか器量の良い娘なのですが、どうもみなさんの神殿から気配がします。何かご存知ありませんか?」
僧兵たちは顔を見合わせた。
「そのような娘に見覚えはありませんが……」
「わたくしどもは男所帯ですから。いや待てよ、神官長さまのお知り合いでは?」
「彼女は魔術師だぞ。確かに美女だが、あの色気で15はなかろう」
「失礼ですが神父どの、お弟子さんは赤毛でしたか」
大柄な僧侶は苦笑した。
「その人ではありませんね。ですが困りました……ああそうだ、しばらく聖女さまをお預かりさせて頂けませんか?」
「なんですって?」
「この年頃です。遊びたい盛りでしょう。少し気晴らしさせてやれば、お腹が空く頃には帰りたくなりますよ。もちろん、それまで私が責任を持って面倒を見ます。この街の南の教会におりますので、お迎えが必要ならどうぞ」
「いやいや、ご冗談を」
「冗談のつもりはありませんよ。聖女さまが遊び疲れるころには、あなた方も弟子の行方について、何か思い出しているかもしれませんしね」
にっこり笑って、大柄な僧侶は言った。
それはつまり、聖女を返してほしくば、弟子を連れてこい――と言っているのだった。
僧兵たちはにわかに殺気立った。
「仕方がない。少々強引にいかせていただく」
「囲め、逃がすな。手加減の必要はないぞ」
6人の僧兵が、それぞれに棍を構え、大柄な僧侶を取り囲んだ。
「やはりこうなりますか」
大柄な僧侶は吐息し、「す」と構えをとった。
素手である。が、軽く腰を落とし、両掌をゆらりと掲げた姿勢は、惚れ惚れするほど完成されている。
その全身を、透明な聖炎が包んでいるのが、エリシャの目にしっかり見えた。
「神父どの、お覚悟!」
先鋒が、鋭い突き。
大柄な僧侶は軽くいなし、「どん!」と音を立てて顎先を突いた。
その一撃で、先鋒は地面に崩れ落ちる。
「油断するな、なかなか〝使う〟ぞ!」
次に、背後に居た僧兵が足元を払う。
大柄な僧侶はくるりと身体を回し、棍の根本を太ももで受け止め、そのまま背中を当てるように体当たりした。
どん!
やはり強烈な音がして、僧兵は吹っ飛んだ。起き上がらない。白目を向いて気絶している。
呆気に取られている間に、大柄な僧侶は舞うように、拳で、掌打で、肘で、そしてどうやったのか分からぬ技で、あっというまに僧兵たちを叩き伏せてしまった。
すべて一撃だった。
(この人……!)
戦慄していると、僧侶は地面に両膝をついて、エリシャと視線を合わせた。
「失礼しました。お怪我はありませんか?」
「ううん、わたしは別に……」
「それは良かった。私はアルフレッドと申します。聖女さまのお名前は、何とおっしゃいますか?」
アルフレッド、と名乗った僧侶は、あくまで人の良さそうな笑みで言った。
今しがた僧兵たちをなぎ倒した豪傑だとは、とても思えない、いたって柔和な笑みだった。