第1章 第3節 大切なもの 後編
<1>
「よっ、そこのイケメン!すかした顔もイケてんぜ~」
(なんだこいつは・・・)
最初の第一印象は最悪だった。自分を褒めてるようで褒めていない言い回し、初対面の相手に対するなれなれしい態度、こっちをなめてるかのような表情。
けど、何かが違う。
大体俺に近寄ってくる奴は男は友人作りとして俺と仲良くなることで自分の効用を満たそうとする野郎か、ルックスと才能だけに惹かれて色目を使ってくるダメ女共だ。
そんなものばかりを気にしていたせいか、無駄に洞察力が優れ、目と表情を見ただけでそれが分かってしまう。
(けど・・・こいつは何かが違う)
この男にはそれが一切感じられない。なんというか、不思議な感じだ。
「誰だお前、初対面の相手に随分と軽々しい対応しやがって。生憎、俺は人間関係とやらにはもう飽き飽きしてんだ。俺に関わるんじゃねーよくそ野郎が」
大抵の奴はここでムカついて俺から離れていく。あえてそういう言い回しを選んでいるからな。形だけの人間関係なんてめんどくさいだけだ。俺は思ったことはすぐ口に出すし、そんな自分も気に入っている。その程度で離れていく人間なんて、むしろこっちが狙い下げだ。
しかし、その男は笑顔で言った。
「なぁ、俺と喧嘩してみねーか。」
<2>
「・・・お前、馬鹿なのか?」
「痛って~、まさか一発も殴れないとは恐れ入ったぜ」
この男は喧嘩をしようぜと言い張ったと思ったら、何のためらいもなく殴りかかってきた。かれこれ1時間は殴り続け、その男はついに力尽きた。今は地面に無残な姿で転がっている。
今までにも俺を気に食わないのか、集団で俺を叩きのめそうって輩はたくさんいた。その度に、俺は鉄拳制裁を食らわせていたわけなのだが。
けどこいつは違った。一人で真正面から殴り合いを求めてきた。それが俺には理解できない。
「勝手に殴りに来て、勝手にボコボコにされて、勝手に地面に転がって。お前は何がしたかったんだ。」
率直な疑問だった。今までにこんな変な奴を見かけなかったというのもある。
「別に・・・。お前のそのなんでも分かってるとでも言いたげな、そのすかした表情が気に食わなくて、思わず殴りたくなっただけさ」
おかしな奴。けど、その言葉には嘘偽りがない。こんなおかしな人間に出会ったのは初めてだったかもしれない。
「ふっ、頭湧いてんだろお前。精神科にでも行って診てもらえよ」
俺は気づいていなかった。無意識に頬が緩んだことに。
そして、この男に思わず巣を出してしまったことに。
「安藤弘毅だ。お前とはいい友になれそうだぜ、織田信・・・鷹」
そう言って気を失った。顔はわずかに笑っている。全くもって意味不明な男。しかしなぜか捨て置けない。こんなことは今までにないことだった。
「勝手なこと言いやがって・・・」
そうして俺はそいつを担いで病院へと向かった。後に親友となるその男を。
<3>
目の前には親友の死体。死んだにも関わらず、表情は満足げに微笑んでいた。その表情は初めて会った時と全く同じ表情。
おそらく安藤は自分のとった行動に後悔はしていないだろう。接していくうちにわかってきた。
安藤は人生を自分の確固たる意志をもって生きている。
そのうえで楽しんでいる。
人生を退屈に生きていた俺にはない、安藤ならではの強さだった。
空っぽの俺なんかとは違う、実のぎっしり詰まった果実のような。
「なんでお前は、死んで尚そんな表情ができるんだよ・・・」
涙は不思議と出なかった。むしろ、信鷹はそんな安藤の姿を見てカッコいいと思ってしまった。誰かのために身を投げ出すなんて、しようと思ってできることではない。安藤にはそれができるだけの度胸と意志があり、人としての強さを兼ね備えている。
そんな安藤の気持ちを踏みにじるわけにはいかない。
安藤は図分の命と引き換えに由香里を助けてくれた。
俺たちの命を繋いでくれた。
俺たちが安藤の分まで生きる、それが安藤のためでもあり、安藤の意志を肯定してやれる。なんとしてでもここにいる由香里や弓道部の人たちは守らなければならない。
俺は初めて、自分のやるべきことを見出すことができたのかもしれないと、信鷹は心の奥底でそう感じた。
(安藤、お前の思いは無駄にはしない。親友の頼みだもんな・・・)
目の前の大男は満足げに大剣を見つめていた。油断している今なら致命傷にはならずとも、時間稼ぎくらいはできる。
信鷹はすぐ行動を起こした。
「くそ野郎が、これでも食らいやがれ!!!」
いつも寄ってくる連中の対策として常に防具を持ち歩いていてよかったと信鷹は安堵した。その中から針を2本取り出すと、その針を大男の目に向かって投げ入れた。見事に針は命中し、大男の目に突き刺さる。ここでも信鷹の生まれながらの才能が開花した。
「グオギュアァァァァァァァァァ!!!」
大男は悲鳴を上げると、そのままどこかへ走り去ってしまった。どうやら相当な深手を負わせることができたようだ。
信鷹はすぐさま由香里のもとへ駆け寄る。
「由香里、無事なのか?どこか怪我はないか?」
すぐさま駆け寄ると由香里は唖然とした表情で安藤の死体を見ていた。とんでもないことをしてしまったといわんばかりで、とても冷静には見えない。
無理もない。自分を庇ってくれて、そしてその人間が命を落としたのだから、冷静でいられるほうがむしろおかしい。信鷹も同じ境遇に立たされていたとしたら、同じことを考えただろう。
「信鷹、君。私、安藤君のこ、とを、こと・・・を」
このままでは由香里は一生安藤のことを悔いて生き続けることになる。もちろん悔いることが悪いことというわけではない。
しかし、由香里は冷静さを失い、安藤が俺たちを自分の命と引き換えに助けようとしてくれた本質に気づけていない。
安藤の想いを無駄にしないため、由香里を立ち直らせるため、俺は心を鬼にし、由香里に初めて怒ることに決めた。
「由香里、しっかりしろ!安藤は俺たちの命を、その身を犠牲にしてまで繋いでくれたんだ。あいつにはあいつの意志があったんだよ。安藤が守ってくれたその命を無駄にしないためにも、今は逃げるしかない。さっきの奴がまた来るかもしれない。今は自分のことを最優先に考えろ!」
「なんでそんなことを言うの?信鷹君は親友の安藤君が死んで悲しくないの?安藤君をこのまま見捨てるなんてできないよ、絶対にできない!あの大男がたとえここに来たとしても私はここに残る。私にはそ
うしなければならない責任がある。だから私は置いて行ってよ!お願いだから放っておいて!!!」
「由、由香里・・・」
ほかの弓道部員たちは心配そうに由香里を見つめていた。こんな由香里の姿をみたことがないのか、大層驚いている様子だった。俺ですらこんな悲観的な彼女を見るのは初めてだった。
いつも元気で笑顔の絶えない女の子。そして、こんな俺のことを好きでいてくれている、俺の本質をみてくれている少女。
信鷹は意を決して由香里を押し倒した。
「いい加減にしろ!お前までこのまま無残に死んじまったら安藤の決死の覚悟は、安藤の意志はどうなるんだ。自分の命を投げ捨ててまで守りたかったものをあいつは守り抜いたんだ。お前がそれを認めてやらなくてどうするんだ。由香里、安藤に悪いと思うなら、生きろ!生き続けろ!そして胸を張って私は安藤に助けてもらうだけの可能性を持った人間なんだって、いつか安藤に報告してやれ。あいつはきっと、それだけで救われる。安藤弘毅って人間は、そういう男だ」
「だらだら生きてきた俺に言えた義理じゃないのはわかってる。それでも、由香里にはそう思っていてほしい。それが、安藤の意志が生き続けられる唯一のことなんだからな」
「信鷹、く、ん」
「俺だって悲しいよ。俺にとっちゃかけがえのない親友だったからな。それでも俺は涙は見せない。あいつがそんなことで喜ばないっていうのはわかっているから。あいつの一番の理解者でありたいんだ」
「だから、生きよう!安藤弘毅の分まで、あいつの意志、大切なものを背負って!!!」
「うん!!!」
信鷹は上に着ていたパーカーを脱いで、安藤の顔に被せる。パーカー越しから安藤の頭に手をやり、別れを告げる。
「今までありがとな。俺も、なんとなくだが生きる目的を見出せそうだ。お前の意志は俺たちが引き継ぐよ。だから、見守っていてくれよな・・・弘毅」
言葉を告げて、信鷹たちは走り出した。親友の意志を継いで・・・。
<4>
「それにしても、面白いものが見れましたねぇ」
一人の影が遠くから信鷹たちのやり取りを眺めていた。標的を見つけてすぐにでも対面しようと思っていたが、その光景があまりにも滑稽だったため、少し傍観していたのだ。
「あの少年が例の加護持ちの可能性が高まりましたねぇ。油断していたとはいえ、針2本であのフランケンシュタインを退けるとは、普通の人間ふぜいができるとは考えられませんしねぇ」
その少年を含めた6人の人間たちが図書館に入っていくが見える。図書館には防御結界が張られていて、易々と近づくことはできそうにない。しかし、その者に焦りはない。
「あの忌々しいアテナの防御結界ですから、さすがのわたしもあれに近づくことは出来かねますねぇ。しかし、どうやらあの少年にとってあの少女はよっぽど大事なものだと見受けられます。手筈通りに彼女におけるあの少年の心を利用して、あの少年を結界から追い出すとしましょうかねぇ。それにしても、とても美味しそうなシチュエーションですねぇ。後の彼の反応が実に楽しみですねぇ・・・」
<5>
その頃、日本には他の契約者が訪れていた。
「ここが日本ね、随分と荒れてるじゃないのよ」
彼女の名前はレベッカ。アメリカ出身で、世界的な歌手として人気を集めていた。そんな彼女も神の加護を持っていて、今現在契約者としてこの場に居合わせている。
「ねーミネルヴァ。本当にここに貴方のお姉様がいるんでしょうね?そもそもお姉様は契約者を見つけられてないんでしょ?日本に神の加護の持ち主がいるとしたら、本当に危険な状態じゃない」
「大丈夫なのですよレベッカ。お姉様はわたくしとは違ってしっかり者ですから。わたくしもそこまで心配してはおりませんから」
そして彼女がアテナの妹であり、ゼウスのもう一人の娘に当たるミネルヴァ。
彼女たちはアテナに会うために、わざわざ日本まで押し寄せたのだ。それに、日本にはあのベルゼブブがきているという。彼女たちにとってはもってこいの相手だった。
「ここにいる神の加護の持ち主は相当な能力を秘めているんだっけ?」
「お父様がおっしゃるにはそうでしたけど」
「だとしたら、会うのが楽しみだわ!」
2人は、戦場へと駆け上がった。