第1章 第2節 災厄な狂乱の開幕 後編
<1>
「すぐに会えますよ。世界の理に誓って・・・」
(またあの夢か、なんなんだ一体)
いつも見るこの夢。
毎度のように見るためか、その夢を見るたびにより一層リアルになっている気もする。自分に話しかけているこの得体のしれない誰かも、最近では女性だということが分かってきた。出会う約束か何かをしているようだが、実際そんな出来事は今までなかったはずである。
しかし、何かが引っ掛かる。どこか懐かしいような、ふんわりとした感覚に襲われる。本当に不思議な感覚だ。
「待ってくれ!君に話したいことが・・・」
<2>
「はっ、またか」
このように何かを話そうとするとタイミングよく夢から覚める。いつも彼女から聞ける最後の言葉は世界の理に誓ってという言葉のみ。それから先の言葉は今まで聞いたことがない。
正直最初のほうは数ある夢の一つ程度にしか考えていなかったが、毎度のように見てしまうため、最近ではあながちそうでもないんじゃないかとも思ってしまう。
「さてと、今日から学校だったな。それにしても変だよな。由香里と別れた後の出来事を何一つとして覚えていないだなんて。騒音のせいで気絶したにしても、騒音が起こったことくらいは覚えててもいいはずなんだが」
そのとき電話がかかってきた。安藤からだ。
「もしもし?生きてるか?」
「安心しろ。今の現実に絶望はしているが、死のうとは考えていない。ところで何の用だ?」
安藤は笑いながらどこか安心したような声をあげていた。あいつなりに心配はしてくれたのだろうか。俺なんかとは違って本当にいいやつである。
「そんだけ減らず口をたたけるってことは、調子は悪くないってことだな。今日の講義信鷹は2限からだろ?俺は3限からだから席取っといてくれないか?」
「それは構わないが、お前それだけの用で電話なんかよこしたのか?心配してくれるのはありがたいが、朝っぱらから男と電話なんて気色悪くてしょうがないぞ」
「現に一部では噂になってるらしいがな。俺とお前が仲良しすぎるがゆえに、あの織田信鷹はバイなんじゃないかってな。俺と北條さんをとっかえひっかえしてるって」
悪い夢だと思いたかった。おそらく一部の腐女子が広めたものがややこしく解釈されてしまったのだろう。訂正しておきたいが、それがさらに誤解を生む可能性にもなる。厄介なことになったものだ。
「そのよくないジョークは置いといて、本題の理由を聞いてないぞ」
「あーそのことか。今朝ニュースで聞いたんだが、世界中の教会の信徒たちが今日災いが起こるって騒いでるらしいんだ。もしかしたら今までの騒音事件と関係があるんじゃないかと思ってな」
「教会の信徒の言ってたことだろ?宗教にかかわってるやつはロクなやつがいないからな。笑い話程度に思ってて大丈夫だろ」
俺は世の中の宗教のいずれも信用していない。極楽浄土に行けるといってそこに確信できる根拠は存在しない。あくまで想像上の世界だ。その行いが正しいと証明された確証もない。そういったあいまいな考えは実にくだらないことだと考えている。
「ま、その通りだろうな。俺も宗教の関係者は嫌いだし。じゃあ、着いたらまた連絡するよ」
遅刻するなよと後付けして電話が切られた。安藤はとにかく事件と名のつくものが好きで、今の電話も単純に話題を共有したかっただけなのかもしれない。心配してくれたのも事実だろうが。
時計は10時近くを指していた。大学に行く準備を済ませ、いつものように缶コーヒーを飲みほして、遺影に挨拶をする。
「師匠、貴方は今の世界をどう見ているんだ。人々から魔王とまで言われていたあなたならどんなに退屈な世の中なんだと思っていることだろう」
その遺影に映る我が師匠は自分自身の目指す世界を目指し、そのためならどんな犠牲も厭わないような人物だった。とにかくまっすぐで、どんな批判を浴びようとも自分を貫き通したと言われている。
俺は、そんな師匠の生き方を心より尊敬しているのだ。
「俺だってそう思うよ。貴方のしてきたこと、生き方、あ あらゆる面で尊敬しているんだ。常に自分を曲げずに目標に向かって突き進む。うちの親は毛嫌いしているけど、俺は貴方の親族だってことを誇りにしてるんだ。だから、いつしか起こるかもしれない非日常まで見守っててくれよ、師匠」
挨拶を済ませて大学へ向かった。いつものように非日常を求めて。
<3>
「はい、今日の講義はここまで。来週までにレポートを提出するように」
かったるい講義が終わり、行く当てもなかった俺は図書館に向かった。図書館にはDVDを鑑賞できる部屋があるため、暇つぶしにはもってこいの場所なのだ。まずはトイレにでも行こうと向かったとき、目の前に由香里の姿が見えた。
「あれ?今日は弓道場で練習しているって言ってたはずだが」
由香里が図書館にいることはとても珍しいことだった。由香里は講義の時以外は基本的には弓道場で弓を引いている。さらに、本が苦手なため図書館はどちらかというと苦手な場所なのだとも言っていた。何か心境の変化でもあったのだろうか。
由香里がこちらに気付いたのか、近づいてきた。
「おっす由香里。図書館にいるなんて珍しいじゃないか。何か用事でもあったのか?」
「・・・いや、別になんでもない」
(なんだろうか、この違和感は)
姿かたちは由香里そのものなのだが、雰囲気がどこか違う気がした。いつも笑顔の絶えないはずが、今は鉄仮面とでもいっていいほど表情が変わらない。
「なあ由香里、何かあったのか?今日のお前はどこかおかしいぞ」
由香里はその質問に答えず話し始めた。
「そんなことより織田信鷹、この学校は危険だ。ここからは絶対に私から離れるな。この図書館に君が来ることは知っていた。だからここで待機していたんだ。ここにいれば絶対安静だ」
「危険?どういうことだよ。この学校で何かが起こるっていうのか?」
「この学校だけではない。今世界中で良からぬことが起ころうとしている。あるお方がこの図書館に災厄から守る結界を張ってくださった。君の命を救うことが私の使命なのだ」
なにを言っているんだこいつは。災厄?結界?意味が分からない。今朝の宗教のニュースとやらに食博されたのだろうか。
そのとき電話がかかってきた。差出人は不明である。
「もしもし、どちら様でしょうか?」
「あ、信鷹君?由香里だよ。今弓道場の電話ボックスからかけてるんだけど、3限が終わったら弓道場に来てくれない?信鷹君に見せたいものがあるんだ。私待ってるから」
「あー由香里か。それは構わないけど、弓道場にいるって?お前何をいってるんだ?」
「今練習中だったの。もう行かないとだから切るね。待ってるから!」
「お、おい!由香里?」
電話が切れた。冗談を言ってるようには見えなかった。じゃあここにいる由香里は一体。
「なあ、由香里、今尾前から電話がかかってき、うっ!」
突然目の前の由香里に急所を突かれた。意識が遠くなる。
「すまないな織田信鷹。バレてしまっては仕方がない。事が済むまでここで眠っていてもらうぞ」
「お前は、一・・・体・・・」
<4>
「ニーケ様、あれでよかったのですか?」
「彼をこの図書館から出すわけにはいかない。やつらが攻めて来たら、今の彼にはなす術がないのだから。アテナ様が戻られるまではここで耐えしのぐしかない。他の人間たちも守れるように最善を尽くすつもりだが、覚悟は決めておけ」
「かしこまりました」
「アテナ様、早くお戻りになってください。この感じ、おそらく七大罪の悪魔の一人が」
悪い予感を感じながらも、ニーケは織田信鷹を見つめた。どこをどう見てもただの人間にしか見えない。しかし、この少年こそ世界を救いし英雄となっていくのだ。
「織田信鷹、君の力が世界の命運を分ける。早く力を開放してくれ。それまではこのニーケが死んでも君を守り抜いてみせる」
その時、外から悲鳴が聞こえ始めた。想定内ではあったものの、何も起こらないというのが誰にとっても幸せなことだっただろう。しかし、そうはいかなかった。
「来たか、下劣な悪魔どもめ。我々神々が成敗してくれる」
ニーケは確固たる意志をもって戦場へと向かうことにした。
<5>
「全員皆殺しだ、いけ・・・」
現在ベルゼブブは東京で悪魔たちの指揮を執っている。今、とんでもない大虐殺が始まっていた。人々は容赦なく殺され、戦場は血の海と化していた。悪魔たちにも対抗するように、日本の神々も姿を現し、ベルゼブブも交戦している。
「噂通りの強さであるな。剛掌、素戔嗚・・・」
「汝が来るとは思わなんだ。だが、思い通りにはさせん。我は海原の神であり、日本の三貴子の一人、素戔嗚である。七つの大罪、ベルゼブブよ。しばしお相手願おう」
久々の強敵との戦いにベルゼブブは喜びに満ちていた。魔王サタンの命令により好き勝手できなかった不満をここで爆発することができる。正直、神の加護を持つ人間の始末などどうでもよかった。ただただ強者との戦いを求める。それがベルゼブブの求めるただ一つの願いであった。
「お前は俺の願いに敵う相手なのか、試させてもらうぞ、素戔嗚・・・」
こうして、史上最悪の悲劇、そして過去最大の戦いが幕を開けた。