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清隆学園の二学期  作者: 池田 和美
9/18

十一月の出来事・③

 休日に男の子と待ち合わせ。

 そりゃあ由美子だって女の子だ。そういったシチュエーションであればドキドキする事もあろう。そのドキドキが未知の世界へ踏み出す前の物なら、なおさらだ。

 しかもお洒落をして駅前で待ち合わせるなんて、絵に描いたような場面ではないだろうか。

 ただ今回は(サバイバルゲームという)未知の世界にドキドキしながら(迷彩服という)お洒落をして(戦うために)お出かけというだけだ。

 ほんのちょっと違うだけである。

 時は流れて、約束の週末である。由美子は勝負の賞品となっている恵美子と、清隆学園に近い駅で出迎えを待っていた。

 休日という事もあって、二人ともいつもの紺色の制服姿ではなかった。

 由美子は、阪神タイガースのユニフォーム風のシャツにデムニ地のショートパンツ、細い脚には黒いハイサイを履いてきた。肩からは大きめの布製バッグをかけ、足元はいつものスニーカだった。

 対する恵美子はシフォンのワンピースに暖かそうなニットのジャケットをあわせており、手には(とう)製の買い物籠のようなバッグを提げていた。服のイメージに合わせて、髪は結びもせずに背中に流していた。そのモデルのような容姿と相まって、上から下まで白色系で揃えたファッションは、どこか深窓の令嬢といった雰囲気である。

「いやあ、わるいわるい」

 三回ぐらい大学生と思われるナンパを追い払いながら待っていると、小走りに弘志が現れた。

 その途端に、遠巻きで見ていた男たちが解散していった。追い払うときに必ず「彼氏と待ち合わせ中なんで」と断っていたので、本当に迎えが来るか見ていたのだろう。

「おそいぞ」

 駅前広場に立つ時計の針を確認せずに、由美子は不機嫌な声を上げた。約束の時間は午前九時であったはずだが、言われてロータリー中央に立つ銅像の肩越しに時計を見れば、それより五分ほど時間に余裕があった。

「まあ、ほら。色々と準備があってさ」

 二人にイタズラげなウインクを飛ばして誤魔化す弘志。

「オマエ、普通のカッコだな」

 由美子が彼の服を上から下まで見て、意外に思ったのか感心したような声が出た。

「そうかな?」

 今日の弘志は、柿色の長袖にストレートジーンズという服装だった。いつも図書室の常連組と遊びに行くときに着てくる派手な格好ではなかった。彼がチャイナドレス(もちろん女物)で待ち合わせ場所にやって来た時など、由美子は思わず殴り倒してしまったほどだ。

「もしかして、オマエも着替えるのか?」

 本格的な迷彩服などクローゼットに入っていない女子には、弘志から貸し出されることが約束されていた。

「んにゃ。このカッコだけど」

 不思議そうに自分の姿を見おろす弘志。地味な色合いであるが、近所のコンビニへ買い物に行く姿と、そう大して変わらない服装だ。

「ふーん」

 サバイバルゲーム=戦争ゴッコの思考である由美子には不思議に思えた。この格好では正規軍というより、それに対抗する都市型不正規(ゲリラ)兵にしか見えなかった。

「こンなンだったら、普通に持ってるけど?」

 弘志の袖を摘まんで同意を求めるように恵美子へ振り向いた。恵美子は曖昧な微笑みを浮かべて同意した。

「うん。まあ」

「でも、フィールドで飛んだり跳ねたりしてたら、どこかに引っ掛けて破いちゃったり、ひどく汚れちゃったりするけど? それでもいい?」

 弘志が極まっとうな事を聞き返した。摘まんでみて分かったが、弘志が身に着けている物の素材はとても厚くて丈夫な物であるようだ。柿色という地で目立たないが、そこかしこに洗濯では落ち切っていない汚れも残っているようだ。

「「ヤダ」」

「そうでしょ」

 反射的に口をそろえた二人に、弘志は微笑んでこたえた。

「槇夫先輩が車を出してくれたんだ」

 二人を促しながら、さりげなく荷物へ手を伸ばす弘志。それをやんわりと断りながら、二人は先導する彼に続いた。

「旧校舎の更衣室も考えたんだけどさ、壁に大穴が開いてんだよね。だから着替える場所に使えるかなって、車を頼んだんだ」

 駅前のささやかなロータリーからちょっと外れた市道に、常連組とは仲が良く色々な遊びに付き合ってくれる大学生の車が停まっていた。やわな軽自動車などではない、大きめのマイクロバスである。

 これならば車内空間が広いし、カーテンでしっかりと目隠しもできるので、着替えるのに申し分がない。しかも荷物を積みっぱなしにしておいても安心できるだろう。

「おはよう」

 車体中央にある折り畳みドアをくぐると、小柄な細身の体を運転席で捻って、清隆大学理学部に所属する山奥(やまおく)槇夫(まきお)が挨拶を飛ばしてきた。

「おはようございます」

 いつもは有象無象の連中を率いて男勝りな由美子であるが、普段は模範的な生徒なのだ。ちゃんと年長者と挨拶を交わして頭を下げるぐらいのことはできた。

「あンだよ」

 何か言いたそうに微笑んでいた弘志を睨み返しておいた。

「いやいや、姐さんも皮を被る事が出来るんだなって」

「弘志、それを言うなら『猫』だろ」

 ドアを遠隔操作で閉めながら槇夫が苦笑した。

「皮を被って困るのは男だけだろうし」

「?」

 先輩の言った意味が分からずにキョトンとする由美子。入口そばに座った恵美子は、ほんのりと頬を桜色に染めて俯いてしまった。

 それを誤魔化すかのように弘志が声を上げた。

「さあさあ座って、行くよ」

「イクのか? 一人で? 熱心だなあ」

「???」

 からかうような響きで何か軽口を叩いている槇夫の言葉が一切分からない由美子の袖を、ツイと恵美子が引いた。誘われるままに彼女の横に着席した。

「槇夫先輩」

 問い詰めるような厳しい声を、微笑みながら弘志が出した。

「ウチの姐さんがたは、エロトークに免疫が少ないから。控えめに」

「そりゃ失礼。じゃ出発するね」

 パワークラッチなど装備されていないオンボロであるから、コラムシフトのレバーを一回セカンドギアに引いてからローギアへ押し込み、槇夫はカラカラと笑った。

「いやあゴメンネ。デリカシーが足りなくてさ」

 槇夫の代わりに弘志が謝罪の言葉を口にした。

「まあ、オマエの先輩だからな」

 話しが分からないままに由美子はそう納得することにした。世の中には類は友を呼ぶという言葉があるのを知っていた。彼女自身がロクでもないと思っている弘志の交友関係に、聖人君子が並んでいるとも思えなかった。

 マイクロバスは交差する国道を横切り、裏道の方から清隆学園に近付いて行った。

 大学関係者が主に使用する駐車場を通り過ぎ、出入り業者が使うような砂利道を走り抜け、中等部の敷地へを進入した。

 中等部は旧校舎の老朽化が激しく、新校舎をより高等部に近い東側に建てていた。よって敷地的には新旧で重なる箇所はまったく無かった。旧校舎は、この夏に取り壊しの予定だったのだが、解体業者の入札に関して、事務局で汚職事件があったとかで、その解体工事は無期限に延期となっていた。

 中等部旧校舎は、以上の点と、解体後の敷地をどう利用するか決まっていないことと合わさって、工事フェンスに囲まれたっきり、風化に任せる廃墟となっていた。

 今では、こうして好き者たちがサバイバルゲームのフィールドにしたり、明実が率いる高等部科学部の怪しげな実験場などに利用されていた。

 工事関係者が駐車場として使うつもりだったらしいかつての校庭も、今では背の高い雑草に覆われていて、現役当時の面影は無かった。かろうじて端に忘れられたように、錆びだらけで残されているバスケットボールのゴールが俯くように立っているだけだ。

 槇夫も、そのスペースにマイクロバスを乗り入れた。すでに校舎から離れた位置に、数台のスポーツカーなどが停車していた。

 ギッと音を立てて丁字レバーのハンドブレーキを引いてかけると、槇夫は車内を振り返った。

「じゃ暖房はかけておくから」

 先に降りてしまった。その間に弘志は、車内最後部に積み上げられていた荷物の中から、黒色のボストンバッグを掘り出した。

「これ、着替えね」

 バッグの中からは二組の戦闘服が出てきた。片方がカーキグリーン一色、もう片方が白灰黒の三色で分けられた所謂都市迷彩という奴だった。

「こんなのもあるけど」

 同じ都市迷彩でも別の布切れを取り出した。

「な」

 それが何か確認した途端に、由美子の顔が赤くなった。どうみてもビキニ以上の布面積がなかった。

「う~ん。夏だったら、それでもよかったんだけどね」

 恵美子は読者モデル並みのスタイルから来る余裕か、気温を理由に断った。

「あ、でもカップがCだった。これじゃあコジローには無理だね」

「アタシの胸が平らとでも言いたいのか、コラ」

 キューと弘志の胸元を締めあげて由美子は牙を剥いた。

「…」

 気道を絞められたためか弘志の口が空振りだけした。

「もう、二人してアツアツなんだから」

 都市迷彩の方を取った恵美子は、そう微笑みながら自分の身体に合うか、戦闘服を当てて確認を始めた。

「だれがアツアツだ!」

 出入り口の方へ弘志の身体を引きずりながら、由美子は怒鳴り声を上げた。

「王子、言葉遣い悪いよ」

「あ、ごめ」

 指摘されて口ごもった。

「どんな感じ?」

 いつもの事なので大して気にしていないように、恵美子は服の上から胸に戦闘服を当てて感想を求めた。

「まあ、ンなもンじゃない」

「コジローは何を着ても似合うって」

 弘志の率直な感想に、ちょっとだけ頬に赤みを飛ばした恵美子は、下から覗くような目で彼を見た。

「褒めてくれるのは嬉しいんだけど。そろそろ着替えようかと…」

 由美子に胸倉を掴まれているままの弘志は平然と言った。

「着替えるならどうぞどうぞ。カーテンも閉めてあるし、盗撮器材なんか仕掛けてないし」

「オマエがいるだろうが!」

 そのまま弘志は外へ蹴り出された。


 男どもがワクワクと着替えが終わるのを、今か今かと待っていると、マイクロバスの昇降口に人影が現れた。

「こんな感じ?」

「おおー」

「女神じゃ。女神さまの降臨じゃ」

「わお」

「なんまいだぶなんまいだぶ」

「あれ? 教団から宗旨替え?」

「…」

「写メしていい?」

 暖房のためアイドリングを続けているマイクロバスから、都市迷彩の戦闘服を身に着けた恵美子が出てくると、外で待っていた常連組の男たちが口々に感想を漏らした。

「このままオイラたちのサバゲチームの、チームマスコットになってもらうっていうのは、どうであろうか?」

 なぜか、いつもと同じように高等部の制服の上から白衣を着ているという、学校での格好のままの明実が提案した。あまりに普段と同じ姿に、ひょっとしてこれが明実の皮膚ではないかと思ってしまいそうだ。

「そうしたら参加希望者が集まりすぎて困っちゃうんじゃない?」

 こちらは普通のチェック地の長袖にジーンズという、本屋へふらっと立ち読みに出かけるという服装と何ら変わったところがない正美が言った。

「一〇〇人は行くな」

「全学年男子じゃないのか?」

「女子も数名入ると見た」

 勝手な感想を口にしている男子の前で、キョトンとする恵美子。

「チームマスコット?」

 話しが分からず困っている彼女に、残業に疲れたサラリーマンが着ているような黒いコート姿の圭太郎が微笑んだ。

「運動部のマネージャのような感じ、かな」

「やってもいいけど。私、部活があるから」

 恵美子は、こんな外見をしているから皆忘れがちになるが、剣道部に所属しており、しかもエースとして活躍していた。毎年文化の日に行われる全国剣道大会には予選突破は叶わなかったが、招待選手として出場したぐらいだ。今日はその全国大会直後という反動で、剣道部がお休みだから顔を出すことができたのだ。

「そら無理どすな」

 特に残念そうにも聞こえない声で、圭太郎とお揃いの黒コート姿の有紀が同調した。

「ま、コジローには、すでに図書室でマスコットになってもらっているということで」

 弘志がきれいに纏めた。


 マイクロバスの乗降口に、別の人影が現れた。

「ンな感じか?」

「わおー」

「魔神の現出じゃ」

「おお」

「なんまんだぶなんまんだぶ」

「あれ? 教団から宗旨替え?」

「…」

「あ、写真撮ろうとしたらフリーズした」

 バキッズガッドゴン。

 出てきた途端に、なぜか地面に平伏して両手を擦り合わせて自分を拝み始めた男どもへ、由美子は遠慮なく拳を振るった。

「このまま藤原さんには『ストリートファイター』の道に進んでもらうというのは、どうだろう」

 殴られた拍子に傾いだ銀縁眼鏡を修正しながら正美が提案した。

「そしたら世界の覇権を牛耳っちゃうんじゃない?」

 弘志も腫れあがり始めたタンコブを撫でつつこたえた。

「まあ、悪の波動には取り込まれたままだしな」

「フォースを信じるのじゃ」

「悪の波動も何も、最凶は最強じゃね?」

「世界の覇権だぁ?」

 拳を握りなおしつつ由美子が確認をとった。

 黒い長袖シャツにブラックジーンズという黒ずくめの格好をした空楽が、由美子の拳がめりこんで腫れ始めた頬をマッサージしながら言った。

「『拳の魔王』だけにな」

「オマエら。まだ殴られ足りないとみえるな」

 由美子は史上最強の『武闘派』委員長と呼ばれる所以はここにある。言う事を聴かない(主に男子)生徒には、拳できかせる傾向にあるのだ。これにより彼女は『拳の魔王』の称号が常連組から授けられていた。

「遠慮するよ」

 慌てて豊富な頬肉をタプタプと揺らしながら圭太郎が首を横に振った。

「ま、姐さんには、すでに図書室で独裁者になってもらっているという事で」

「だれが独裁者よ!」

「そのカッコで言う?」

 殴ろうと間合いを詰めた由美子を、弘志は指さした。上から下までカーキグリーンの戦闘服で身を固め、頭には同じ色の米軍制式の戦闘用ヘルメットまでも乗っていた。

 ダブダブという表現が似合いすぎるほどサイズが大きすぎるので、袖も裾も捲ってあった。ヘルメットに至っては、しっかりと顎紐を締めたつもりなのに、油断をすると顔面にずり落ちてくる始末だ。

 胸元やら色んなところから服の中が覗けそうだが、そこは私服でコスプレが多い弘志のこと、ちゃんと抜かりは無かった。同色でピッタリサイズのTシャツまで用意されていて、余分な肌色成分は一切出ていなかった。

 身長が由美子よりも彼に近い恵美子の方は、そんなに酷くサイズ違いを起こしていないが、やはり袖と裾は一回ずつ折ることになっていた。

「お?」

 その彼女を見て、弘志が不思議そうな顔をした。

「あ、気が付いた」

 イタズラ気に微笑んだ恵美子は、わざと胸元に指をかけると、自分の上着を下に引っ張ってみせた。

「せっかく用意してくれたみたいだから…」

 豊満なバストを、先ほど弘志が冗談で取り出した都市迷彩ビキニが覆っていた。もちろんサイズが合っていないので、少々零れ落ちそうな感じになっていた。

「着けてみたんだけど、似合う?」

「をを!」

「おおー!!」

「女神さまじゃ! 女神さまの降臨じゃ!!」

「わお!!」

「なんまんだぶなんまんだぶ」

「あれ? 教団から宗旨替え?」

「…」

「写メしていい?」

「ダメに決まってるでしょ」

 スマホを構えようとした数人に拳をくれて、由美子は胸元を押さえて隠した恵美子に向き合った。

「どうして、そういう…」

「女の子だもん。写メはヤだけど、少しは意識して見られると、嬉しいでしょ」

 恵美子に由美子は長いため息をついてみせた。

「はい、姐さん」

 弘志が二人にオレンジ色のポケットサイズをした物を手渡した。何かと思ってみてみれば、使い捨てカイロであった。シャカシャカ振るとほんわか発熱するアレである。

「あによ?」

「戦闘服って結構冷えるのよ。しかも今日はコンクリート製の建物でしょ。もうこの季節で底冷えするよ」

 そういうものかと懐に飲んでみる。ほかほかとお腹が暖められてきた。

「それに姐さん、冷やすと腰が痛くなるタイプでしょ。その予防にもう一個いる?」

「ンな年寄り扱い! まだオバサンじゃないわよ!」

 さすがに牙を剥くと、クスクスと弘志が笑った。

「今は平気でも、お勤めの時期はいつも辛そうじゃない」

「おつとめ?」

 現役女子高生である由美子は(こんな馬鹿どもが常連組をやっているせいか)図書委員長の仕事が忙しくて、アルバイトはやっていなかった。お勤めとは何であろうかとキョトンとしていると、弘志は苦笑のような物を浮かべて言った。

「ほら。女の子にある月に一度のアレ」

 バキッ。

「お、お、お、おま、オマエなあっ」

「まあ郷見くんに、そんな事まで心配してもらうなんて。最初は女の子だと育てやすいって聞いたわよ」

「コジロー!!」

 真っ赤になって弘志を殴り倒したその顔で振り返り、口元に八重歯を覗かして微笑んでいる恵美子を怒鳴りつけた。

「ま、郷見くんの配慮も行きすぎだと思うけど、後で辛くなるよりは貰っておいたら」

「~っ」

 怒りのあまり周囲の男どもに八つ当たりしたいところだが、恵美子の言う事ももっともであった。

「コジローには、あっちに席を用意したからね」

 由美子に、もう一つ使い捨てカイロを渡しながら、弘志は校庭の一角を示した。

 そこには学校の運動会に使うような立派なテントが設営され、そこには数脚のパイプ椅子や折り畳み式のキャンプ用ベッド等まで用意されていた。

 吹き付けてくる寒い風対策に、三方を垂れ幕で仕切ってあった。その下で、すでに槇夫がキャンプ用のストーブを組み立て終えていた。

「それなりに暖かいと思うんだけど」

「すごいわね、コレどうしたの?」

「槇夫先輩に頼んで、理学部の野外実習用を借りたんだ」

「もちろんオイラの口添えもあってだ」

 胸を張っているのは白衣を風になびかせた明実だ。射撃場を借りることが出来る彼ならば、そういったところまで顔が利いてもおかしくなかった。

「もちろん殺風景なのは自覚しておる」

 どこの喫茶店から盗んできたのだろうかと思うぐらい立派なアンティーク調の丸テーブルと、それにお揃いの椅子まで用意されていた。

「ささ、姫はこちらに」

 明実が特等席の一つの椅子を引いた。テーブルの上には何やらモニターまで完備されていた。

「い、いらっしゃいませ」

「こういう時は『おかえりなさいませ』じゃないのか?」

 だいぶひきつった声に顔を向けてみれば、いつも明実の秘書役をやっている二人の女子が、なんとフリフリのウエイトレス姿で立っていた。

「海城さんに新命さんまで…」

「そこのバカに頼まれてな」

 天才級の頭脳を持つ明実を指差しながらウエイトレスの片方が口を開いた。バカ呼ばわりされても、それが何でもないかのように明実は口を開いた。

「一人で待ってるのは、つまらなかろう」

「だからってウエイトレス? 変な強制でもしたんじゃないの?」

 由美子までもが明実を睨んだ。由美子と恵美子は、ウエイトレス役の二人と一年一組において同じ班だったりした。クラスメイトに給仕をさせる後ろめたさから、声に棘が混じった。

「そんなことは、ちょっとばかりあったりなかったりした」

 ウエイトレスの証言にジト目で振り返ると、だいぶ冷や汗をかいた声が返って来た。

「た、楽しいひと時を提供しようと、だな」

「はいはい」

 まったく信じていない声でこたえながら恵美子はテーブル席に着いた。

「で? 何か飲む?」

「何かあるの?」

 テーブルの上にはメニューも何もなかった。

「あったかい日本茶か、あったかいウーロン」

「じゃウーロン」

「畏まりました、お嬢さま」

 二人して一礼すると、テント横に設営されたテーブルへ引っ込んだ。そこでコップに飲み物を移して、どこからか引っ張った電源で作動するレンジでチンするようだ。

「銃の用意もできてるよ」

 弘志の先導でテントの中に入ってみると、キャンプ用ベッドの上にエアーソフトガンが並べてあった。

 いくつかは射撃場で見かけたものだが、半分ぐらいは目新しい物だった。

「姐さんにはコレを使ってもらう予定」

 弘志が取り上げたのは、由美子が射撃場で乱射したARピストルであった。今日はハンドガードのレールシステムにフォアグリップが、トップレールにはオープンタイプのドットサイトが、最後部のスイベルには短いスリングが取り付けられており、より実戦向きに整備されていた。

「マガジンは三〇発入る旧式タイプを用意したよ。連射マガジンを使ったら一〇〇発以上撃てるけど、姐さんには必要ないでしょ」

「当たり前じゃないの。もともと戦争ごっこなンかするつもりは無いンだから」

 憤慨したように腕を組んで、弘志に言い返した。

 もちろん『サバゲ』と呼称されるエアーソフトガンを使用した戦争ごっこがあることを、由美子は知識として知ってはいた。

(まさか本当に自分がやることになるとは)

 落ち込む寸前で気を取り直した。あらゆる勝負には必ず勝ちに行く性格が頭を持ち上げてきた。

 気分を切り替えたついでに、話題も切り替えてみることにする。

「それよりオマエは、本当にそのままなンだな」

 弘志は朝に迎えに現れたままの軽快な服装をしていた。ただし、いつの間にかに腰のベルトにはハンドガンホルスターが三つも下がっていた。右のホルスターには世界最高スィーパーが愛用していることで有名な回転式拳銃が入っていた。由美子はその銃をどこかで見たような気がしたが、まあ特には突っ込まなかった。左側のホルスターには米軍制式拳銃が、そして後ろ腰には素人には見慣れない細身の拳銃が入っていた。それは旧日本軍の制式自動拳銃である南部十四年式であった。

 選んだ基準がよく分からない三種類であった。

「オマエはこういうのが好きで、なンたらの威力があるパーツだの、なンたらの威力がある弾だの、色々と改造しそうなのにな」

「それが好きなのは、あっち」

 弘志が指さした先で、常連組がそれぞれの格好で談笑していた。

 その生き生きとした様子を見て、あからさまに溜息が出た。

「馬鹿が揃ったわね」

「何を言う」

 心外だと弘志。

「『学園のマドンナ』を守るために、火の中だって飛び込む勇気を持った連中を集めたんだぜ」

「ありがと」

 テーブル席でさっそく三人で話し始めていた恵美子が振り返った。

「アタシにゃただテッポーをぶっぱなしたいだけに見えるンだけど」

「何回も言うけど」

 ピッと人差し指を立てた。

「こっちが負けたら、コジローはあのスケベ面の大学生に、一回はつき合わなきゃいけなくなるんだからね」

「うっ」

 由美子は弘志から貸し出された米軍制式の戦闘ヘルメットを顔面にズリ落とした。

「王子…」

 胸の前で手を組んだ恵美子が、おねだりをするような顔で言った。

「私のために戦ってくれるだなんて。必ず帰って来てね」

「チッチッチッ」

 舌打ちをして、立てた人差し指をメトロノームのように振りながら空楽が現れた。

「そこは『この闘いが終わったら、私たち結婚しましょう』でないと」

 止めた指先で指摘した。

「違うよ!」

 勢いよく否定しつつ正美も加わった。

「『私のパインサラダ試してみてね』だろぉ」

「をう。テレビ版だな」

 感心したように空楽が仰け反った。

「それを言ったら」

 クスクス笑いながら弘志も人差し指を立てた。

「『心配するな、すぐに戻る』とかテンプレじゃね?」

 そんな話題に気が付いたのか、他の連中もやってきて、口々に勝手なことを言い始めた。

「『帰ったら一杯やるか。いい店があるんだ』の方が確実だろ」

「それよか『ココは任せて先に行けぇ』の方が多いような…」

「重火器を持った少女…。『もう何も怖くない』とか?」

「アメリア…!」

「お前たち爬虫人類は、もう一度このゲッター線で滅びるんだ!」

「Alchemy? こんな序盤で?」

「時間を稼ぐのはいいが…。別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」

「パトラッシュ…。ボクなんだかとっても眠いんだ」

「いしのなかにいる!」

「おれが結婚してやんよ」

「おお、綺麗に一周したな」

 ハイタッチして喜び合う常連組の前で、由美子が額に青筋を立てて拳をゆっくりと握りしめた。もちろん彼女には分かっていた。彼らがいわゆる「死亡フラグ」というものを語っていることを。

「それじゃあ何か? アタシに死ンで来いってか?」

「できれば、お願いする」

 いつも殴られている立場からか、空楽が割と真面目に言った。

 それを聞いて、彼女のコメカミのあたりから、ブチッと何かが切れる音がした。


「そろそろ、いいか?」

 今日は設営係だけというわけでなく、決闘の立会人というつもりらしい槇夫が、テントを覗きに来た。

「向こうもやりたくてウズウズしてるみたいだ…。どした?」

 一行を視界に入れて、切れ長の目を丸くした。

「なんで揃って『誰かに殴られたようなタンコブ』があるんだ?」

 先輩の質問に、恵美子だけが失笑で答えた。

「ほら、顔合わせ」

 訳が分からないまま、みんなを急き立てた。

 こちらのマイクロバスやテントの陣地とは離れたところに、スポーツカーが数台停められていた。生え放題の雑草を踏みしめていくと、ちょうど両者の中間地点に黒い影が八人分立っていた。

 彼らが今日対戦するSMCのメンバーである。

 全員が米国において警察署へ配置されているという特殊火器戦術部隊、略称SWAT(スワット)の格好をしていた。黒い戦闘服に肘や膝にはサポータ、さらに黒いピッタリとしたヘルメットという姿だ。

 上に着こんだ防弾チョッキなどは輸入された本物である。さらに世界で広く使われているサブマシンガンに、ドラムマガジンが差し込んであり、持っている武器まで本物っぽかった。

 それに加えてサングラスのような色のついたゴーグルと一体化したゲーム用の黒いマスクで顔を覆っており、体格や身長の違いはあれど、誰が誰だか分からないほどだ。

 あまりの本格派の登場に、由美子は怯んでたじろいだ。

 振り返って見てみれば、彼女自身の戦闘服はいいとして、『正義の三戦士』は町で見かけるような普通の格好、明実は制服に白衣、他の三人はお揃いの黒コート。どう贔屓目に見ても「寄せ集められたゲリラの集団」か「学生闘争の過激派集団」である。もう一人、まともな恰好をしていると思ったら、勝負の景品扱いの恵美子であった。

「おはよう」

 黒ずくめの中から一人歩み出てきてマスクをずらした。今日の主敵である秋田であった。

「オタクたちには悪いが、我がSMCの精鋭たちを集めさせてもらった」

 自己陶酔型の人間にありがちな、どこか芝居がかった口調で言った。

「人望が溢れすぎて困っちまうぜ」

 とか言っているが、どう見ても秋田自身にその人望とやらがあるタイプに見えなかった。どちらかというと『学園のマドンナ』がこれを機にSMCに参加してくれるようになれば良し。知り合いになってしまえばアイツより俺の方がいい男だから奪える可能性があるし、といったところだろう。

「右から堀越、中島、川崎、川西、愛知、渡辺に石川島だ」

 名前を呼ばれた順にちょんと頭を下げるが、マスクを着けたままでは個体認識のしようがなかった。

「こっちの『高等部図書室防衛隊』は、委員長でリーダーの藤原」

 喋りは任せてくれとばかりに、一歩出た弘志がこちらの紹介を始めた。

「不破に権藤。御門は大学(そちら)でも有名ですよね。それと左右田に十塚、松田。それとこのオレ郷見です」

 こちらも一応名前を呼ばれたら、ちょんと頭を下げるくらいのことはした。

「おいおい秋田」

 手にしたサブマシンガンを所在なさそうに肩に差し上げながら川西と紹介された黒ずくめが口を開いた。

「相手に女の子が入ってんなら、こっちはその分減らしてもよかったんじゃねえの」

「そういうな。向こうが八対八って言ったんだから」

 まあまあととりなす口調の秋田。まさか一番の恋敵がその女子とは思っていない様子であった。

「いいけどさ。女の子が“三人”もいるのに、MG四二(マシンガン)は要らなかったんじゃね?」

「あ」

 場の空気がいっぺんに変わった。

 黒ずくめたちの身体に隠されるように置かれていたために見えなかったが、川西が身体ごと振り返ったために、そのアイテムが由美子たちの視界に入った。そこには大戦中にナチス・ドイツで生み出された機関銃がフルセットで置かれていた。

「獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという」

 腕組みをして尊大に胸を張った秋田が言った。

「真正面から突っ込んで来たら、これでハチの巣になるので、よろしく」

「…」

 それに対して顔に黒い影を落とした弘志は、なんにも反応しなかった。

「ではフィールドの説明に入るぞ」

 その不気味な無反応を放っておいて、槇夫が旧校舎の方へ手を振った。

「戦場は五階建ての旧校舎本館のみとする」

「校庭は?」

「まったくなしだ。外に出た瞬間に失格と判定する」

 秋田の質問に槇夫は間髪入れずに答えた。

「見ての通り旧校舎には東西それぞれペントハウスがある。そこを両軍の陣地とし、すでにフラッグの設置は終わっている」

 校庭側から見ると凹という字にも見える旧校舎の屋上である。槇夫は東西それぞれのペントハウスを指差した。

「屋上に出るのは構わないものとする。また自己責任の範疇(はんちゅう)ならば外壁に出ることも可。ただ落っこちたりしても、誰も補償しないという約束は忘れないで欲しい」

「それはもともとでしょ」

 正美が同意するように声を上げた。

「中で転んでも自己責任だろうし、階段から落ちても自己責任でしょ」

「開始の合図は、俺が車のホーンを鳴らして知らせる」

 槇夫は自分のマイクロバスの方を指差した。

「それまでは自分の陣地から出るのは禁止だ」

 先に展開して待ち伏せは禁止ということなのだろう。

「他のルールは、一般的なフラッグ戦ということでいいかな?」

「もちろんだ」

 敵味方一同の中で秋田だけが口を開いた。

「そして勝者側には『学園のマドンナ』であるところの、佐々木恵美子嬢と一日デートする権利を認めるものとする」

「恋人になれる権利ではないのか?」

 槇夫の説明に眉を顰める秋田。それにこたえたのは恵美子であった。

「まずは、お友だちから…」

 秋田はニッコリと微笑んだ彼女に咳払いしてみせた。

「ま、まあそうだな」

「他に質問は?」

「ええどすか?」

 有紀が挙手した。

「やられはった人は、どないしたらいいんどす?」

「両手を上げて、ここ死体置き場(モルグ)まで帰って来るように。他は?」

 顔を見合わせる一同。

「大丈夫なようだね。それと、このゲームは校舎内に設置された複数のカメラでネット中継されるから」

「き、きいてないわよ」

 由美子がたじろいだ声を出した。

「そうだろうね」槇夫はドコ吹く風といった態度だ。「いま初めて言っているんだから」

 双方の顔を確認するように見回しながら、念を押すように言った。

「多くの視聴者が見ているということで、諸君はフェアプレイを心がけるように願うものである」

「…」

 ジト目になった由美子は、試しとばかりに訊いてみた。

「オッズは?」

「二三対一でSMC…、あ」

 口を押えてももう遅い。そうなのである清隆学園には決闘条項があるせいなのか、こういった勝負事はすぐに賭けの対象になる傾向があった。

「い、いやあ。ほら、君たちが勝てば贅沢に宴会を開いてあげられるな、と」

「ふーん」

 槇夫の言い訳を全然信じていない様子で、由美子は鼻を鳴らした。さすがに先輩相手ではいつもの通りに鉄拳を振るうわけにはいかないようだ。

「そ、それじゃあ」

 焦った声を上げながら槇夫は腕時計を確認した。

「じゅっぷ…。いや、きりのいい時間ということで、十五分後から開始だ。お互い準備に入ってくれ」

 どうやら誤魔化す気満々のようだ。

「それじゃあよろしく」

 秋田が差し出した右手を、スポーツマンシップから握り返したのは正美だった。

 SMCのメンバーが重そうな機関銃や、陣地構築に使用するであろう土嚢を複数担いで移動を開始した。

「どうしたの?」

 途中から押し黙ってしまった弘志に、由美子は不思議そうに声をかけた。

「どうもしないさ」

 彼はとても晴れやかでにこやかな表情で振り返った。だが槇夫を含めた八人全員が一歩後退ってしまった。

「ん? どうしたのさ? みんな?」

「その恐い笑顔をやめろ」

 空楽が指摘した。

「あれ? 笑顔の何がいけないのかな?」

 両頬に人差し指を当ててみせた。

「こんなサバゲ日和に、気温もそう低くないし、みんなで楽しくゲームができるなんて、最高だなあ」

 どことなく白々しかった。

「はあ、あれか」

 由美子は溜息を隠そうとしなかった。

「そンなに女の子呼ばわりされた事が頭に来たか。ンだったら、いつもから気を付けて行動していればいいだろ」

「頭に来たなんて、そんなことないよお」

 不気味なままのにこやかさで弘志は言った。

「ただ、向こうの人たちには少々『教育』が必要と思っただけさ。さ、準備しよ」

 この時、全員が思った。

(SMC終わったな)

 郷見弘志。校外で遊ぶ時など時々女物の服を着てくる事もある人物であった。ただその時は『サトミ』と呼んで女の子扱いしないと機嫌を悪くするという習性があった。そして自分からは女の格好をするくせに、他から頼まれると嫌がって断るという変な習性も併せ持っていた。

 由美子が指摘した通り、いま向こうのチームに女の子と間違えられた事にカチンと来ているようだ。

 怒った弘志が何をしでかすか未知数なところがあった。なにせ爆発を伴う科学実験が大好きという危険な面も持っているのだ。

 見れば、先に動き出したSMCは、すでに旧校舎へ後姿が消えていこうとするところだった。

(どうか怪我人はでませんように)

 そう祈ることが由美子に出来る精一杯の事であった。

 こちらも、そろそろ準備を完了するためにテントへ戻った。

 おもいおもいが自分が使用しようとしている銃器へ手をのばしていた。弾倉にはBB弾を込め、必要な物にはバッテリーをセットしなければならないのだ。

「あ、こんなのも来てるんだ」

 正美が感心した声を上げた。それに反応したのは槇夫であった。

「それは俺のコレクション、まあ使ってくれよ。今日はM五六(スマートガン)の方はアームが故障して、持ってきてないんだけど」

「じゃあ借ります」

 正美が槇夫の持ってきたというアサルトライフルに手を伸ばした。

「はい姐さん」

 練習の時に使ったアサルトカービンを持った弘志が、銃を肩に回して由美子へ手を差し出した。そこには新品らしいゴーグルと、緑色をした布がのっていた。

「?」

「小さめのゴーグル買ってきたよ。それと軍手あったほうが怪我しなくて済むでしょ」

「ありがと。悪いわね、買ってもらって」

「別に高価(たか)い物じゃないし、記念にこのまま上げるよ」

「だからって戦争ごっこに、のめり込むつもりは全然無いンだけど」

「まあ、そう言わずに」

 自らもシューティンググラスをかけながら苦笑のような物を浮かべる弘志。どうやらいつもの調子が戻って来たようである。

「姐さんとオレはペアね」

「ペアって」

 ちょっと頬へ赤味を散らしながら由美子が聞き返した。基本、女の子にとって意識する単語であった。

「二人組で行動するのが基本だから。正美には御門。空楽とは…」

 黒コートを脱ぎながら優が黙って手を挙げた。なぜか臙脂色をしたネクタイを締め始めた空楽も、手を挙げてこたえていた。

「じゃあ空楽にはマサちゃんね。残ったツカチンはユキちゃんとでいいね? 相手の陣地にあるフラッグを奪取するか、全員にBB弾を当ててリタイヤさせれば勝ちだからね。逆に、こっちのフラッグを取られたり、全員が撃たれたら負け。分かった?」

「勝てンの?」

 装備も服装もバラバラな図書室常連組を再度確認して由美子は不安になった。対するSMCがお揃いのスワット装備で固めているのを見てしまうと、向こうは玄人、こちらは素人という印象しかいただけなかった。

 どう贔屓しても、あっちの方が強そうだった。

 不安からジーッと見上げた。それを見て弘志は苦笑して、由美子の肩を叩いた。

「信頼してよ、勝ってみせるから。姐さんは敵を見たら銃口を向けて『杉浦(すぎうら)克昭(かつあき)』ぃ~って言いながら引き金を引けばいいからね」

「その『杉浦克昭』って誰だよ」


 槇夫の説明通り青軍の常連組と赤軍のSMCの陣地は、旧校舎屋上の両端にあるペントハウスに設けられていた。

 出入りの出来るサッシからは向こうのペントハウスが丸見えで、正面から突撃したら無謀というより馬鹿と呼ばれるであろう。

「それでも不安があるって言ってもな…」

 秋田に向けてチームメイトの一人、愛知が何かを言いかけた。

「世の中には絶対は無いからな」

 ニヤリと嗤った秋田は、据え置いたばかりの重機関銃に手をかけた。

 赤軍側のハウス出入り口には、赤い大きな(フラッグ)を背後に、運んできた土嚢が半円形に積まれていた。いかにも野戦陣地という雰囲気が出ていた。その中央で、常連組の陣地があるハウスに向けて、重機関銃の銃口が向けられていた。

 反対側は五階へと降りる階段である。

 ギラリと陽光を反射しているのはMG四二。第二次大戦中の一九四二年にドイツで制式採用された機関銃である。その秀逸な設計は現代の戦闘にも充分使用できるスペックを持っていた。事実、細部を改良した物が現在でも採用されていた。しかも、こうして三脚に取り付ければ重機関銃として、外せば軽機関銃として使用できた。どちらかにしか使用できなかった従来の機関銃を陳腐化させた逸品であった。

 何よりもその速すぎる連射速度と、その時の鋭い射撃音から、対峙した連合軍兵士から「ヒトラーの電動ノコギリ」というアダナがつけられたという。

 今回、秋田が持ち込んだのは、海外メーカーが生産しているMG四二の電動エアーソフトガンであった。脇に取り付けられた電動ドラムマガジンによって二五〇〇発もの連射ができるというバケモノである。

 その重さまで完璧に再現された機関銃に、今日は大戦中のアフリカ戦線で使用されたといういわくつきの、本物の三脚が取り付けてあった。これも実銃を忠実に再現していたから可能であった事だ。三脚自体は対空射撃もできるフルセットで、鑑定書と一緒にコレクター専用オークションサイトで購入した物だった。

「まあ、いいか」

 緊張しすぎないようにとストレッチをしながら、愛知が納得したような声を出した。

「そろそろだぞ」

 時計をチェックしていた川西が顔を上げた。

「じゃあ、いつもの行くぞ」

 全員が手にしたサブマシンガンを差し上げた。

 秋田が腹から声を出した。

「ウィーアー」

「「ジェロニモ!」」

 掛け声が合い、まるで酒杯のように銃身を触れ合わせてお互いの健闘を祈った。


「配置についたようだな」

 都市迷彩を着てテーブルに着いていた恵美子の横で、テーブル上のモニターをチェックしていた槇夫が、独りごちた声を漏らした。

 すでに三杯目のお茶を飲み干していた恵美子は、クラスメイトとの会話を中断した。

 モニターの中では白黒の画面が四分割されており、その内二つがそれぞれの陣地を映し出していた。

 残り二つは、数秒おきに旧校舎内の色々な場所を映し出す映像に自動で切り替わっていた。

 この映像がそのままネットに流れ、賭け事に参加している客も勝負の行く末を見つめているはずである。

「時間だ」

 自分の腕時計ではなく、別のパイプ椅子に置いた電波時計で時刻の確認をした槇夫は立ち上がり、あいかわらずアイドリングをしていた愛車のマイクロバスへ歩み寄った。

 ぷわあ~~~ん。

 こうして『学園のマドンナ』争奪サバイバルゲームが開始された。


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