十一月の出来事・②
清隆学園は文武両道を目指した教育を目標に上げていた。よって「文」である成績は、他校と比べて遜色のないレベルであった。そして「武」にあたる各種部活動はというと、優勝することは稀であったが、地方予選を突破して全国大会に顔を出せるほどのレベルを保持していた。
これは、どの分野のスポーツにおいてもそうであった。恵美子が所属する剣道部などの一般的な競技はもちろんのこと、一般的ではない競技においてでもそうだった。
そんな一般的ではない競技の中に「射撃」というものも含まれていた。
それを愛好するには各種の免許取得が必要になるので、主に活動の中心は大学射撃部がメインとなっていた。射撃部の歴史は長く、何回かオリンピック選手を輩出している伝統もあった。そのおかげだろうか、立派な射撃場が大学には複数完備されていた。
今回、高等部図書室の常連組がやって来たのは、室内にあるスポーツピストル競技用射撃レーンではなく、屋外にあるクレー射撃まで可能なライフル射撃場の方であった。
真っ平に続く芝生の遥か向こうに、流れ弾を吸収する目的で作られた小高い丘が見えた。
悪天候でも膝立てや伏せ撃ちの練習が出来るように、コンクリートで作られた射撃レーンに、いまシートが広げられていた。
「練習って、本格的じゃないの」
まさか大学の射撃場を貸切るとは思っていなかった由美子は、呆れた声を出した。
「まあ、これも御門のお陰なんだけどね」
弘志が明実の肩を叩いた。彼の天才的頭脳を評価している学園側は、大学の研究所に彼の椅子を用意しているほどなのだ。普段ならば科学部として活動していなければ、そこで悪巧…、いやいや研究に勤しんでいるはずなのだ。よって研究所からのツテを使って大学側とは話をつけやすいようだ。
「まあ、今日一日だけだけんども」
怪しげな日本語でニヤリと笑ってみせた。
「すごいじゃない、御門くん」
ここまで着いてきた恵美子が、手放しで褒めたたえた。調子に乗った明実は胸を張ってみせた。
「準備は?」
「いま、やってますよ」
ニコニコとした笑顔で、広げてあったシートのところで屈んでいた巨漢が振り返った。個性的な連中が集まった常連組の中で、身長も体重も胴回りも最大という、まるで相撲取りのような体格をした十塚圭太郎である。
彼はここまで肩にかけてきたギターケースのような物に入れてきた中身を、そのコンクリートの上に敷いたシートの上に並べていた。
几帳面に一列に並べられているのは、大小数種類のエアーソフトガンであった。
「いつの間に、そンなに揃えたンだよ?」
太い割には器用に動く圭太郎の手先に感心したように、由美子は少し屈んで上から見おろした。
「ほら。銅志寮の方にも、愛好家がいらはるでしょ」
圭太郎の向かいから手を出して手伝っている一人が、顔を上げて怪しげな方言で答えた。銅志寮というのは高等部の男子寮の名前だ。
「みなで楽しめるよう貸出用が置いてはるのどす」
そう言って電動エアガンのバッテリを接続しているのは松田有紀。数少ない他道府県からの『留学組』である。もちろん家を離れて東京へ進学してきた『留学組』には寮住まいの者が圧倒的に多い。彼も銅志寮の寮生であった。
「設営は?」
「いま権藤はんが…」
「ただいま~」
噂をすれば影、だいぶ歩いた様子で正美が顔を出した。
「どこに行ってたンだよ」
由美子の当然な質問に、正美は射撃レーンを指差した。
「あれを置きに行ってたんだ」
見れば一五メートルほど向こうに、複数の黒い人影が等間隔で立っていた。マンシルエットターゲットである。人影を模してベニヤ板を切り抜き、安物の黒ペンキで塗りつぶしただけの、お手製であった。人間で言えば心臓がある部位に、同心円状に線が引いてあり、また頭には紙が貼ってあった。
「…?」
セロハンテープで留められているコピー用紙には何も描かれていなかった。なんとも不自然だが、それを指摘したくても、その違和感が何なのか、うまく言葉にできなかった。
「さてと準備完了」
圭太郎が、どっこいしょとばかりに重たそうな身体を伸ばして立ち上がった。その手には一丁の銃が握られていた。
「はい」
そう言って差し出されたので、由美子は受け取ろうと手を出した。
「わきゃ?」
突然視界が暗くなったので変な声が出てしまった。
「まず、その前にゴーグルね」
どうやら間に入った弘志が、由美子に目を保護するゴーグルをかけてくれたらしい。由美子は知らなかったが、本物のシューティンググラスであった。軽くて透明度がかなりあった。
ただサイズの方は由美子の顔に対してだいぶ大きかった。
「ありゃ、大きいね」
恵美子にも同じ物を渡しながら弘志が残念そうに言った。すでに彼自身は同じゴーグルをかけていた。
「ま、射的なら問題なかろう」
こちらは硬いメッシュ製のゴーグルをかけた空楽が、激しく動き回るサバゲ本番でないから安全であろうと判断を下した。
「そうかもね。取り敢えず終わるまで外しちゃダメだよ」
「いいじゃない、気を付けてれば」
由美子は唇を尖らせて、頬とゴーグルの間に挟まった二、三筋の髪を整えた。
「暴発事故の可能性だってあるし、跳弾だって危険だよ」
「ちょうだん?」
こちらも髪を整えていた恵美子が訪ねた。
「こんな感じ」
銃を持っていた圭太郎が、おもむろにトリガーを引いた。上を向いていた銃口からBB弾が発射されて、天井に当たって跳ね返った。弾はそれで止まらずに、しばらく天井と床の間を跳ね回った。
「きゃ」
女の子らしい悲鳴を上げて首を竦める二人。その無秩序な往復の間に、何回か耳元を掠めたような音が通り過ぎていた。
「いてえ。当たったじゃないか」
明実の抗議に目を開いてみれば、彼は顎を撫でつつ圭太郎を睨みつけていた。
「このように、銃からはいつ弾が出てもおかしくないと考えてね」
睨み合っている二人を仲裁するように弘志が間に入りながら言った。
「銃口も、撃つと決めた時だけ相手に向けるようにして。そうすれば不意の事故が防げるから」
「同じように、引き金に指をかける時も気を付けて」
拳銃を有紀から受け取った正美が、自分の手元が見えるように差し上げた。右手の人差し指は、トリガーガードに入れず、銃本体に沿わせるように伸ばされていた。
「わかったわ」
納得して由美子は両手を差し出した。重量まで本物を再現している米軍制式アサルトカービンを模したエアーソフトガンを、圭太郎がその両手に乗せた。
「これが安全装置。こうやって回してオフにしないと弾は出ないよ。これがトリガーで、引けば弾が出る。いちおう安全装置をオンにしていても、何かの故障で暴発する可能性があるから、射撃する時以外は、銃口を上に向けておいてね」
弘志がグリップ上部に取り付けられたセレクターレバーを指差した。
「ここまで回すとフルオートって言って、機関銃みたいにトリガーを引いている間中、弾がずっと出るようになっているから」
弘志の細い指が伸びてきて、セレクターレバーを連射位置に合わせた。
「慣れれば構えたまま親指一つで切り替える事が出来るよ」
「慣れたくないってば」
牙を剥く由美子の肩を優しく押して、遥か向こうに見えるターゲットの一つに向き直させた。
「…」
不安そうに由美子は弘志を見た。弘志は黙ったまま平手でターゲットを示した。
慣れない由美子は、伸ばした腕のまま、銃を肩の高さまで持ち上げて狙い撃とうとした。
「いいの、いいの」
銃に手をかけられて由美子は弘志を振り返った。
「まず狙わずに、腰だめに撃ってみようね。姐さんに精密射撃をお願いすることはないだろうから」
「腰だめ?」
「こんな感じ」
自身も圭太郎から同じ銃を受け取った弘志は、見本とばかりに腰の位置でそれを構えてみせた。
「こう?」
ちょっとヘッピリ腰に由美子が構えると、弘志は苦笑してみせた。銃を圭太郎へ返し、由美子の背中側に回り込んだ。そのまま覆いかぶさるようにして、彼女の手の上から銃を構えた。
「こんな感じ」
「おいおい」
向こうで空楽が呟いているのが聞こえてきた。
「午後の気怠い昼下がり。イケメンコーチがいるテニス教室で、優しく指導される人妻みたいだぞ」
「シッ!」鋭い声がそれを遮った。「せっかく二人がイイ雰囲気なんだから!」
「コジロー」
ジロッと同級生を由美子は睨んだ。なぜだか知らないが、恵美子は二人が恋仲になればいいと思いこんでいる節があった。それで酷い目に遭った経験が、彼女の脳裏に蘇って来た。
さっきは自分の好きな人宣言をしておいて、勝手なものである。
「姐さん。集中して」
余所見をした由美子を弘志が注意した。
「わ、わかってるわよ!」
弘志の制服から、彼が愛用しているコロンの香りが微かに香ってきた気がして、由美子の声が裏返った。彼の香りを間近で嗅ぐのはこれが初めてではないが、何度経験しても彼女をドキドキさせた。
なんか向こうでは照れてるとか、珍しいなとか余計な事を囁き合っているような気がした。
由美子は恥ずかしさなのか、怒りなのかよく分からない感情のままにトリガーを引いた。
「わわわ」
セレクターがフルオートに合わせてあったので、マガジンに込められていた七〇発弱のBB弾全てが連射された。
意外な反動に銃口が踊ってしまった。そのまま尻もちをつかなかったのは、後ろから弘志が抱き支えてくれたからである。
「うーん」
難しい声に彼の顔を見上げる。彼の腕の中から弘志の顎のラインを見る形になった。
まるで彼の腕の中へ溺れてしまったようだ。
そんな連想から、慌てて由美子は弘志から飛び退ると、トンと軽く彼を突き放した。
「そ、そういえば。オマエはあたしから半径一メートル立ち入り禁止だろ!」
「そうだったけ」
心ここにあらずといった答えが返って来た。先々月に起きたとある事件以来、由美子は彼にそう命じていた。最近忘れがちになっていたそのことを言い訳にした。
「ま、想像してたけど」
「?」
赤くなった顔を見られないようにソッポを向いていると、弘志の興味なさそうな声が続いた。あくまでも弘志は由美子の射撃成績にしか興味が無いようだ。
難しい顔を作って彼の視線を追えば、発射された弾の中でターゲットに当たった物は無いようだった。
「これでも、いないよりはマシなのかね」
「おもしろそう」
恵美子が目をキラキラさせながら声を上げた。あまりの笑顔にチャームポイントの八重歯が覗いていた。
「私もやるやる!」
そう言って圭太郎から、先程弘志が見本に使った銃を受け取って構えた。さすが剣道を嗜んでいるだけあって、構えだけは堂々としたものだった。
「なんとかできないかなあ」
セミオートで一発ずつパシュパシュと隣のターゲットに撃ちだした恵美子は放っておいて、弘志は由美子に訊ねるように呟いた。射撃の筋は恵美子の方があるようで、まだターゲットに当たってはいないが、周囲の芝に着弾して土埃が上がっていた。
「お、なかなか」
正美が横に立って、もう少し上だとか右だとかアドバイスを始めた。
「いいのよ。どーせ今回だけだから、当たんなくても」
楽しそうな恵美子を横目で見て言葉だけは何でもないように言った。それでも負けん気の強い由美子は半分だけ残念そうだ。
「それともハンドガンの方がいいか?」
空楽が準備の出来た拳銃を差し出した。これまた米軍制式の物を模したエアーソフトガンであった。
「…」
由美子は持っていたアサルトカービンと交換で受け取った。その握った様子を見ただけで弘志が即断した。
「無理だね」
「なンでよ」
「姐さん。指が回り込んでないじゃん」
白魚のようなとはいかないが、由美子だって女の子だ。指の長さだって人並みである。軍隊用の拳銃を模しているから、彼女がその拳銃を握るにはサイズが大きすぎるようだ。これがカービンやライフルならば両手で構える事ができるし、腰だめなら脇にストックを挟むことだってできる。しかし拳銃だとそういった誤魔化しが利かないのだ。
「むう」
弘志に指摘されたことが的確だったので、由美子は口を尖らせて手にした拳銃を返した。
「そっちにも色々あるようだけど」
目を床に広げられたシートに移した。そこにはまだ数種類の銃が並べられたままだった。
「これはスナイパーライフル。遠くから確実に当てるための単発銃だよ」
エアーソフトガンがまだBB弾ではなくツヅミ弾の頃から生産されているという、息の長いライフル銃を弘志が指さした。これは銅志寮所蔵のコレクションでも歴戦の勇者らしく、アチコチに傷などが見られた。
「でも遠くを狙うのは難しいよ。やってみる?」
「こっちは?」
由美子の指が先程撃ったアサルトカービンから余分な部品を切り飛ばしたような銃に移った。某ゲームで敵が使用するので有名になり「パトリオットピストル」と呼ばれるようになったタイプだ。
本物は、米国内においてカービン銃が規制されている州での販売するために、法の規制を潜り抜けるようにM一六をピストルサイズに切り詰め改造した物で、カテゴリー的には「ARピストル」と呼ばれる物だ。
エアーソフトガンとしては完成品として各社から出ているが、この銅志寮の物はわざわざフルサイズの物から改造して作った物らしく、所々に手作りの味が出ていた。
「うん。これはサブマシンガンだよ」
細かい説明をしても女子には無駄だと思ったのか、弘志は説明を端折った。
「これだったらグリップもさっきと同じだし、コンパクトだから姐さんでも扱えるかな」
弘志がシートから取り上げて手渡してくれた。
「なにこれ、可愛い」
「可愛い?」
弘志の目が丸くなった。由美子の手に収まったそのARピストルは、バードケージタイプフラッシュハイダーやマガジンキャッチ、アンビにされたセレクターやトリガー、少し膨らんだ形状のMOEタイプトリガーガード等に至る細かい金属部品が、ピンク色をしたアルマイト処理されていた。
もとの黒いままのレシーバやハンドガードと合わさって、ツートンカラーと言えなくもない。他の銃が軒並み黒一色という不愛想な色つかいの中でお洒落に見えたのだろう。
しかもとどめにロアレシーバーのマガジンハウジングには大きめの刻印が白で刻まれていた。ちなみにそのデザインは金なら一枚、銀なら五枚でスペシャルなプレゼントが貰えそうな天使であった。
「あ、それカオル先輩の置き土産」
銃を用意していた圭太郎が解説してくれた。
「カオル先輩、日本舞踊の家元だったから女子力高くてさ。使っていた銃はピンクとかオレンジとか普通じゃない色にしてたから」
「…」
しばし由美子は考えて口を開いた。
「男子寮だよね?」
「そうだけど?」
深く考えてはいけないようだ。
「そっちは?」
受け取ったままキラキラ光るピンクの部品を眺めていた由美子は、この銃が置いてあった隣の銃を示した。
「これはショットガン。一回に三発のBB弾が出るようになってる。でもコッキングに力がいるよ?」
弘志の言葉を補足するように、圭太郎が米国のハイウェイパトロールが装備しているというショットガンを模したそれを取り上げ、重々しくポンプアクションを作動させた。
たしかに、見るからに筋力が相当に必要と思えた。圭太郎は装弾したショットガンをターゲットに向け、トリガーを絞った。
バシッと一回だけ圧縮された空気が解放される音の後に、ターゲットへ小さく赤い液体が三か所張り付いた。
「あれ?」その着弾を見ていた正美が訊いた。「もしかしてペイント弾なの?」
「まあね」
圭太郎が満足そうな微笑みを正美に向けた。正美がアドバイスしている恵美子は、まだターゲットに弾を当てられていなかったので、弾の種類に彼は気付いていなかったのだ。
「これなら弾に当たってないって言い訳できないだろ」
たまに自分だけ無敵状態になって、いくらBB弾を当てても死体役になってくれないプレイヤーもいる。愛好家たちはそういう者を「ゾンビ」と呼んで区別していた。そういう者がいると当てた当たっていないと興ざめする言い争いになったりするので、当然嫌われていた。だが着弾点に水性インクで印がつくペイント弾ならば、そういった誤魔化しが効かない。ただ液体が封入されているので、普通のBB弾より射程距離が落ちるのが難点であった。
「こんな大砲までオモチャなのかよ」
由美子はシートの端に置いてあった大物を指差した。
「ああ、これね」
気楽な調子で弘志はそれを取り上げた。銃を折るようにして薬室を開いてみせる。ベトナム戦争でデビューした米軍制式のグレネードランチャーである。
「はいよ」
明美がすかさず、直径が四〇ミリにもなる弾を手渡した。ストンと落とし込むように装弾した弘志は、そのままターゲットに向けつつ薬室を閉じた。
タンジェントサイトを起こしもせずに、腰だめに弘志はトリガーを絞った。ボスッと柔らかいクッションを叩くような音がしたと思ったら、狙われたターゲットにまるでハチの巣のようにたくさんの緑色の点が現れた。
「これはグレネードランチャー。本当に大きい弾を発射すると、後が大変だから、こうしてBB弾が同時にたくさん出るようになっているんだ」
「ふ~ん」
「これなら狙わなくても、たくさん出るから一発ぐらいなら当てられると思うけど。次に撃つのが大変だよ?」
「じゃあ…」
由美子は自分が手にした改造銃を見おろした。
「うん。それが一番、姐さんに丁度いいと思うんだ」
「そっか」
少し大きめの拳銃にも見えるARピストルをターゲットに構えた。右手一本でも支えられるが、自然と左手がレールシステムの溝が切られたハンドガードにかかった。
先程のアサルトカービンと一見同じながら、由美子が握りやすいのには理由があった。グリップがノーマルタイプではなく、それよりも細身のタンゴダウンタイプグリップに交換してあり、一層手の小さな者にも握りやすいように加工されていたのだ。
他にも極限まで切り詰められた銃身を包むハンドガードから、すぐにピンク色に染められたフラッシュハイダーに繋がっており、余分な重さが無いのも彼女へ有利に働いた。
レシーバー上面には厚めのトップレールが装備されており、駆動用の電源であるバッテリーはその中に収められているようだ。実物ならば廃止した銃後部のバッファチューブの代わりにガス・ピストンを用いた作動機構が収められる場所だ。
銃後部にはバッファチューブの出っ張りどころかストックも無かった。そこにつけられたスイベルには流石に多くの擦過傷が残されていたが、アルマイト処理のおかげかピンク色はたくさん残っていた。
身体ごとで狙うように体軸を捻ってターゲットへ銃口を向けた。先程アサルトカービンを撃った経験から前に重心を移動させて反動に備えた。今度は腕だけで反動に耐えなければならないので、少し決心が必要だった。
と思ったその時、一陣の風が吹いた。冷たさに首を竦めた由美子だが、体勢に大きな揺らぎはなかった。
「?」
大きく変わっていたのはターゲットの方であった。頭の位置に貼られた紙が飛ばされたのであろう、描かれた顔が丸見えになっていた。
そこには由美子の顔をカリカチュアした似顔絵が描いてあった。線の本数は少ないのだが、彼女の特徴をよく捉えており、ついでに言うならば鬼のような角と牙まで描き足されていた。
「あ」
常連組が息を呑んでも、もう遅かった。射撃場に並んでいるターゲット全てが同じ顔をしてこちらを向いているのだ。どうやっても由美子にバッチリクッキリ見られたことに相違なかった。
「お~ま~え~ら~」
「わあ、藤原さん!」
「銃口をコッチに向けないで!」
「誰が悪いのよ!」
「そんなの弘志に決まっておろうが!」
「落ち着いて! 冷静に冷静に」
「それペイント弾!!」
「ほな、さいなら」
「にげるなあ」
「こういう時は、こうだ!」
明実が制服の上から来ていた白衣の下へ手を差し込んだ。そこからアンテナとボタンが生えた小さな箱を取り出すと、躊躇することなく、そのボタンを押し込んだ。
ボム。
小さな破裂音をさせて並んでいた全てのターゲットは粉々に爆破された。
「これで証拠隠滅」
ふうと額の汗を拭っている明実に関係なく、由美子は怒髪天を衝いた声を上げた。
「オマエら、みんな有罪だ!」
VROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOMMMMMMMMMMMMMM!!!!!!!