十二月の出来事・④
「大丈夫だった?」
なんとか人混みの圧力から恵美子を庇った正美は訊いた。
「うん。でも、王子たちと、はぐれちゃったね」
「大丈夫。向こうにはツカチンが居る。あいつなら必ず巫女さんが手売りしているオミクジを買いに行くはずだから、そこで合流できる」
友人の性癖は完璧に把握している正美であった。離れた位置で、まさか同じような事を弘志が言っているとは思ってもみなかったが。
正美の言葉に恵美子は胸を撫でおろした。
そして改めて人混みの中で、この真面目一辺倒な少年と二人きりというのに気が付いた。
正美は、両手両足を突っ張って、彼女の立つスペースを確保していた。
「あ、あのさ。脚…」
顔を赤くして恵美子が小さな声を出した。事もあろうに正美の右脚が、彼女の脚の間に入っていた。身長差がほとんど無い二人であるから、脚が絡まり合うと少々厄介な事になる。
「ご、ごめん。わざとじゃないいんだよ」
だいぶ赤くなって正美が謝った。けっして人混みの熱気にのぼせたわけではない。
「謝ってもダメ」
きつい顔で睨まれてしまう。怒られると思った正美は首を竦めた。なにせ相手は、女の子とはいえ剣道で都大会に出場できる腕前を持った人物だ。
どちらかというと運動神経にウエイトがかかっている正美に敵うはずがない。
正美は必死の弁明を試みた。
「で、でも、もう脚が動かせないんだよ」
「許さないんだから」
「そ、そんな」
「ねえ」
きつくした声色を柔らかく変えて恵美子は正美に訊いた。
「権藤くんは誰かとつきあっているの?」
正美は、まさかそんな事を訊かれると思っていなかったのか、銀縁眼鏡の向こうで目を丸くしてみせた。
「そ、そんな。かのじょなんていないよ」
「じゃあこうしない?」
恵美子は目の前に迫った正美の顔を覗き込むように目を細めた。
「年越しの瞬間にキスするっていうの」
「ええっ!」
「権藤くんが誰にも秘密にして、その瞬間だけ私の恋人になってくれるんだったら、いいけど」
正美は眼鏡越しに彼女の唇を見た。微笑んだ彼女の口元には、トレードマークである八重歯が覗いていた。
そして年越しの瞬間、神社が打ち上げた花火の明かりに、二人の影が重なった。
十二月の出来事・おしまい