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清隆学園の二学期  作者: 池田 和美
15/18

十二月の出来事・②

「あれ?」

 大晦日当日、由美子は待ち合わせ場所に一五分程早くついてしまった。

 今日の彼女は、迷彩柄のガウチョパンツに上は淡い黄色のスタジャンに卵色のトレーナを合わせていた。とどめは頭に被った阪神タイガースのキャップというボーイズファッションである。足元はいつものスニーカで、腰に巻いた大きめのウエストバッグを尻の方へ回して、可愛いというよりカッコいいというスタイルであった。

「なンでオマエら居るンだよ」

 そこには待ち合わせに遅刻したことが無い恵美子の他に、図書室の常連である男子が三、四人立っていた。

 恵美子は厚手の桃色セーターに黒のミニスカート、その下にはブーツカットのジーンズを重ねていた。肩にかけたタータン調のショールが暖かそうだ。

 常連組の男どもは中年サラリーマンが着ていそうな黒のコートを、同じような着こなしで身に着けていた。

「ん? いやあ蛇の道は蛇と申しますか」

 その中で一番背が高く、横幅もまるで相撲取りのように大きい「ツカチン」こと十塚(とつか)圭太郎(けいたろう)が、由美子の問いかけにニンマリと笑った。

「空楽んちで新年会だって? こんなに美味しい話に乗らない馬鹿はいませんよ」

「目的は宴会の方かい」

 由美子のツッコミに男どもは照れた笑いで答えた。

「どうせ破魔矢も買いたいし」

「ツカチンはんは巫女はんがお目当てやろ」

「そんなことは…、まぁあるよ」

「楽しい新年会にしようよ」

「郷見だね」

 勝手に騒ぎ出す男どもを睨み付けて情報源を確認してみた。曖昧な頷きが全員から返ってきた。

 由美子は呆れた溜息をついた。

「でも、みんながいるから全然不安なんかなかったのよ」

 恵美子がフォローの一言を入れた。

「どうせ郷見のこったから、こいつらには三〇分早く集合時間を教えていたに違いないよ」

「残念、惜しいな」

 圭太郎の脇から科学部総帥の御門(みかど)明実(あきざね)が人差し指を立てて訂正した。

「一時間早くだった。それで全員が揃ったのが三〇分前で、ちょうど佐々木さんがやって来たところだった」

 あまりの事に由美子は自分の額に手を当てた。

「オイラも自分が常人より知能が高い事を認識しておるが、今回の郷見の読みには感服したゾ」

「そンなことに感服しないでよ。オマエらが時間にルーズなだけじゃない」

 きいっと牙を剥き明実を威嚇してから気が付いた。

「で? 当の本人がいないじゃないの」

 由美子の言葉に、明実は宇宙飛行士が着用する物と同じという手巻き式の腕時計に目をやった。

「いちおう、まだ本物の集合時間前だが」

「言い出しっぺは、もう来てなきゃいけないの」

 由美子の断言に、男どもの腰が引けた。なにせ相手は清隆学園始まって以来の「武闘派」図書委員長である。

「お待ちどうさま」

 男どもの窮地を救う様に、駅の方から花子が現れて声をかけてきた。

 振り返ってみてみれば、両脇に空楽と正美がついていた。

 着物は避けた方がいいという弘志の忠告を受け入れたのか、今日の花子は大きめの臙脂色をしたダッフルコート姿である。細く折れそうな足は黒いストッキングと網タイツに包まれていた。

 正美は米軍制式の物をレプリカしたジャンパにジーンズ。空楽は他の男どもとお揃いのくたびれた黒コートである。

 もしかしたら清隆学園男子の間で、このコートが流行しているのかもしれない。

「あれ? 不破は二年参りには不参加じゃないの?」

 当然の疑問に、空楽はつまらなそうに「ん」と手を挙げて答えた。

「見送りのために抜けてきた。そろそろ戻らんといかん」

「郷見がまだ来てないのよ、一緒に探せ」

「だから、そろそろ戻ら…」

「探せ」

「…」

 由美子の脅迫に空楽が黙ってしまうと、横から恵美子が口を挟んだ。

「わたしも探すから」

「コジローとハナちゃんはここで待ってて。不破、権藤、行くよ」

「三人で探すのかよ」

 めんどくさそうに眉を顰める正美に、由美子は睨みをくれた。

 基本的に草食動物系の正美は、その厳しい瞳を見られずに視線を外した。

「権藤くん」

 うふっとばかりに口元に八重歯を覗かせる恵美子。

「王子ったら心配なのよ」

 その恵美子の物言いに、歩き出していた由美子は、ポケットからスマホを取り出しつつ、疲れた様に振り返った。


「か~のじょ~」

「ひとり?」

 一方その頃、F中駅フォー〇スまでもう少しというところで、ウェーブのかかった長い髪をピンクのリボンで纏めた()が、だらしのない恰好をした少年たちに囲まれていた。

「ひとりだったらさぁ、こころぼそいっしょ。いっしょにお参りいってあげるよ~」

 年の頃は一四、五歳といった長身のその娘は、少年たちと距離を置こうと後ろに下がろうとした。

 茶色のロングブーツがシネコンを納めているビルの壁にぶつかった。

 上はモコモコした黒色のダウンジャケット。前を開けているので、ジャケットの下に黒のキャミソールと白いネットキャミソールを重ね着しているのが分かる。ボトムは青デニムのサイドベルトのミニスカート、すらりと伸びる両足は、右足が黒色、左足が橙色と黄色の幅広ストライプという柄のタイツ。そして足元は茶色のブーツであった。

「ねえ、いいじゃんかよ」

 いやらしい笑いを顔全面に貼り付けた少年たちの中から、リーダー格とおぼしき一人が一歩前に出た。

 下心丸出しの顔をその娘に近付ける。

 その娘は壁際でふるふると力無く首を振った。

 それに合わせるかのように、後頭部のリボンが揺れた。恐怖のためかピンクパールのルージュをひいた唇が細かく震えていた。

「なにをやってンの」

 厄介ごとには関わりたくないとばかりに通り過ぎるだけの人混みから、声がかけられた。

 全員が振り返ると、そこには両脇に正美と空楽を従えた由美子が腕組みをして立っていた。

 その様子は、まるで今日の放送終了まで残り一五分を切ったあたりの、諸国を漫遊する先の副将軍が活躍する時代劇といった感じであった。

「こンなとこで、遊ンでいやがって」

 少年たちは顔を見合わせた。

「なんだおめぇ」

「じゃまするな」

「うぜえぞ」

「しばくぞ、コラ」

 由美子のセリフは少年たちを刺激したようだ。

 由美子は「はあ」と溜息をついた。

 その様子を受けて、空楽が口を開いた。

「君たち。<体が大事>だったら、今のうちに逃げるんだ」それからチラリと彼女の顔を見て「<命が惜しければ>に訂正しよう。この方は、非常に怒っているんだよ」

「ざけてんじゃねぇよ」

「ああ? だれにいってんだぁ?」

 少年たちは歩道を塞ぐように広がった。晴着を着た通行人が悲鳴を上げたので首を巡らせると、手にはいつの間にかに抜かれたナイフがある。それを威嚇するためだろうか、街灯明かりをキラリと反射させるように振り回した。

「とっとと、むこうへいきやがれ」

 先程のリーダー格とおぼしき少年が前に出て、身長差から由美子を見おろした。

 由美子は遠慮なく、いつものボディブロゥで、その少年をぶっ飛ばした。胃液を吐きつつ路面で無様にのたうち回る。驚いたのは他の少年たちだ。大抵の相手はナイフをチラつかせれば逃げていくのに、この邪魔者は平気で逆らおうというのだ。

「にゃろー」

 他の少年たちがいきり立つ。と、彼らと由美子の間に空楽が入った。

「やっちまえ!」

 襲い掛かる少年たちへ、いつの間にかできていた人垣の輪から悲鳴や怒号が飛んだ。

 空楽は少年たちを一瞥すると、柔道の構えのように左手を上に右手を低めに構え、まだ距離のある段階で円を描くように両腕を動かした。

「?!」

 襲い掛かろうとしていた全員が、もんどりを打って路面に倒れた。全員が訳も分からず、最初に殴られた少年と一緒に、そこでのたうち回ることになった。

「おいててて、なにが? なにがおきた」

 したたかに撲った腰をさすりつつ、一人がやっと起き上がった。だがなぜ路面に転げ回ることになったのか、理解できていないようだった。

「まだ、やるか?」

 再び左手を上にする構えを取った空楽が、不敵な笑顔を浮かべた。

 まだ立ち上がりきれてない少年たちは、必然的に彼を見上げる形となった。それに合わせて不思議な技の使い手という事も合わさり、ケンカを売った相手が巨大に見えた。

「ひ、ひいっ」

 空楽の笑顔を見て情けない悲鳴を上げると、少年たちは肩を貸し合いながら振り返りもせずに逃げて行った。

「他愛もない」

 少年たちの背中が人混みに消えたところで、空楽は構えを解いた。

 由美子は、まだ壁際に硬直している娘のところへ歩み寄ると、その娘にも問答無用でボディブロゥを放った。

「痛いなあ」

「痛いじゃないよまったく。なンだよその格好は? サトミ」

「きれい?」

 うっふんと後ろ髪を掻き上げる少女…、いや郷見弘志に、由美子は再び鉄拳をみまった。

 弘志は、女の格好をしている時は「サトミ」と呼んでやらないと返事もしない。そのくせ周りが女装を求めると頑固に拒絶するというひねくれ者であった。

「きれいって、オマエなあ」

 殴り飛ばしてから少し脱力する由美子。ミニスカートが似合ってしまっているサトミと、迷彩パンツが似合ってしまっている由美子。こうして並んでいると、お互いの性別が逆のように見えた。

「だって~」

 サトミは女の子が甘えるような声を出した。ついでに由美子の腕にすがり付くように手を回してくる。

「新年会だから、それなりの格好って言ったじゃない」

「バカ」

 由美子は人差し指で、サトミのおでこを軽く小突いた。

「他が待ってるって言ったでしょ。行くよ」

 腕を組んだまま二人は歩き出した。正美と空楽は少々距離を取って歩き出す。なにせ目を引く二人だ。仲間と思われたくなかったのかもしれない。

「ところでさ」

 半分だけ振り返ってサトミ。

「空楽は、また強くなった?」

「俺か?」

 ちょっと難しい顔になって空楽が反応した。

「まだまだ修行中ではあるが…」

「触らないで相手を投げるなんて、凄いじゃないか」

 正美が手放しで褒めた。だが、すぐに表情が曇った。

「ただ、技の名前を叫びながらかけないと、視聴者的に何が起きているのか分からないというか、なんというか」

「『空気投げ』だ」

「くうきなげ? 柔道の?」

 格闘技の授業で柔道を選択している正美が首を捻った。柔道の空気投げは「隅落(すみおとし)」という技であるが、それとは違うような気がしたからだ。だいたい柔道の間合いよりも相手との距離がありすぎた。

 だが、これも仕方のない事である。銀縁眼鏡をかけている正美には視認できなかっただけで、空楽は超高速で相手との間合いを詰めて投げ飛ばしていたのだから。

「あれよ、あれ」

 サトミが微笑みながら言った。

「『空気投げ』って言う技名がいけないのよ。『電波投げ』にしなさいよ」

「それだけは勘弁してくれ」

 空楽の顔がとても酸っぱい物になっていた。


「きゃー」

「サトミ、かわいい」

 サトミのファッションを見て、恵美子と花子が黄色い悲鳴を上げた。

「この髪はパーマ?」

「ううん。ウィグつけて、三つ編みウェーブ」

「これで身長さえ低ければ、完全に女の子ね」

 感激のあまり両拳を胸の前に揃えてみせた恵美子は、サトミへ残念そうに微笑んだ。

「中身は獣だけどな」

 ぼそつく空楽にチラリと視線をやる。

「ひっどーい。女の子に獣なんて言う」

「やめんか」

 恵美子と同じように両拳を胸の前に揃えてみせるサトミに、空楽はド突きを入れた。

「ってー。さてと、もうそろそろ行こうか。空楽は先に戻ってるんでしょ」

 サトミの女言葉に空楽は「うむ」と頷いた。

「達者で暮らせよ」

「なにバカな事言ってンのよ」

 由美子のツッコミに空楽は心外そうな顔をして言い直した。

「道中、気をつけるのだぞ」

「すぐそこじゃない」

 いくら大晦日の夜であると言っても、町は電気で明るく飾られており、昼間のようなとまで行かなくても黄昏時よりは足元に不安はなかった。しかも集合場所は六社明神の参道であるケヤキ並木の端だった。

 人混みを見透かすように首を伸ばせば、旧国道の向こうに建っている鳥居が視界に入る程なのだ。

 空楽は悔しそうな顔になった。

「そうポンポン突っ込まなくてもいいじゃないか、このぐらいのお茶目な見送りに」

「宴会の準備よろしく~」

 横から正美が念を押すように声をかけた。

「まかさておけ。ビールから日本酒まで揃えておこう」

「飲み物だけで、食べる物を忘れるってのは無しだよ」

 その由美子の言葉に、はっと表情を強張らせる空楽。

「まさかおまえ…」

「大丈夫だ。帰り道で買っておく」

「おつまみだけでなく、カラアゲとか普通のオカズも用意するンだよ」

 由美子は、小さい子が買い物に行くときに注意するような口調で、念を押した。

「カラアゲと」

 空楽は掌にメモなんか取っていた。

「大丈夫か?」

「ねえさーん。行っちゃうよ~」

 いつの間にか集団は移動を始めていて、空楽と二人で取り残されていた。

「いいかい。飲み物も、女の子が口にするような…」

「はいはい」

 気安く頷いた空楽は、歩き出した集団へ、肩越しに親指を向けた。

「後はやっておくから、二年参りいってらっしゃい」


 神社の参道は、すでに夜店や参拝客でいっぱいだった。

 それでも一同は、本殿前に特設されたお賽銭箱まで、あと一〇メートルといったあたりに、辿り着くことができていた。

 場所が落ち着き始めてから、男どもは時計を気にしはじめた。

「残り時間は?」

「一〇分。ラジオで確認しているから間違いない」

「俺のは電波時計だから正確だぜい」

「すごい人混みね」

 通勤時間の満員電車並みの人混みに、花子が呆れた声を上げる。

「ここは六社明神だから」

 不思議そうな顔で振り返った花子に、言葉が足りないことに気が付いたサトミは話しを続けた。

「一回の参拝で関東にある六つの神社へ行った事になるという、ご利益があるトコロだから」

 自称神道信者の説明に、花子はとりあえずという態度で頷いた。

「六つの神様が集まって、しかも明神とは…。ゴッ〇マーズ?」

 正美のセリフにサトミがツッコミを入れた。

「それはゆーてはならんことを」

「なんで六社明神なの?」

 花子は身長差プラスヒールの高さでサトミを見上げることになった。

「なんでも昔の偉い人が、関東地方にある六つの神社を巡る行事がめんどくさいから、一つに纏めてしまったとか」

「ウソ~」

 花子は疑いの視線を向けた。しかし史実である。サトミの口から説明されたため信用されていないのが残念である。

「それより、この人混みだ。ツカチン、ユキちゃん。姐さんを頼むね」

「おう」

「まかせろ」

 男どもが由美子の周りに集まり、彼女と人混みの間にバリゲートとなるように円形に立った。

「やっぱりサトミは王子の事が大事なんだ」

 羨ましそうに流し目で彼を見つつ恵美子が言うと、残念そうにサトミは首を振りつつ訂正した。

「人混みを姐さんから守らなければ」

「なンだと~」

 由美子がいきり立った瞬間に、人混みが波のように揺れて、由美子の視界からサトミが消えた。


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