表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
清隆学園の二学期  作者: 池田 和美
10/18

十一月の出来事・④

 車のクラクションが聞こえてくると同時に、SMCのメンバーは動き出した。フラッグを守る二人を残して、六人が階段を駆け下りた。真下の五階で秋田を含めた四人が止まり、二人がさらに下の階から回り込むために、階段を下って行った。

 すでに反対側の階段付近に人の気配がした。

 由美子を隊長とする(自称)『高等部図書室防衛隊』も、この階に下りてきたようだ。

 階段とは向かい合わせの教室に、秋田ともう一人が入り込み、階段に二人が待機した。

 片方の二人組が前進する間に、もう片方の二人組が敵の監視と攻撃を受け持つ。さらに接敵した段階で、同じ組の二人も同じような関係を維持する。専門的な言葉で解説すれば典型的な「ツーマンセル戦法」だ。

 教室を速足で駆け抜け、階段から遠い方の出入り口から隣の教室へ潜り込む瞬間に、どうしても身体を無防備に廊下にさらさなければならない。その瞬間に、後ろの二人組が援護の弾幕を張ってくれるのが理想である。

 出入り口に到着した秋田は、来た方向を振り返った。階段脇でサブマシンガンを構えている二人を確認した。ゴーグルのせいでアイコンタクトとはいかないが、雰囲気だけで分かるはずだ。

 二丁のサブマシンガンがBB弾を連射し始めた。それを確認してから自分の組の相方にうなずきかけた。

 その時、五階のガラスがすべて割れ飛んだ!

「な、なにがおきた?」

 音というより圧力を全身で感じた秋田が、まだ階段にいるはずの組を振り返った。彼らが隠れていたコンクリート壁は大きく崩れていた。


「チッ。外したか」

 忌々しく舌打ちすると、明実は腕を動かして、抱えている得物の調整ダイヤルを回した。

 床にバイポッドを立てたそのばかでかいライフルから、膨大な圧縮率による加熱で触れられないほどになっているカートリッジが、陽炎を纏った状態で自動排莢された。

 それが冬の大気と冷たい床で急激に冷やされて、チリチリという音を立てて収縮した。

「やはり実験での計測とは違う値が出ているな」

 一学期から苦労して自分が作り上げた科学部総帥という地位は伊達では無かった。彼はこうして自分が思いついたままに、色々な物を作っては楽しんでいた。

 人類に幸いなことに、彼は理論値と実測値の差が出るあたりで飽きてしまい、実際にそれらを使って何かをしようとは考えなかった。

「なンなンだよ、そのテッポー」

 発射直前に弘志の指示で、両耳を押さえて大きく口を開くという「耐爆姿勢」を取っていた由美子が、それでも爆圧で耳が少し遠くなったために大声を上げた。ついでに顔へずり落ちてきたヘルメットを押し上げた。

「これか」

 ニヤリと弘志。

「これぞ科学部が総力をあげて造った地上最強のエアーソフトガン『マーガレット・スピンドルストン』だ。バレルからして実銃に負けない精度で切削し、発射機構には御門謹製の『爆縮機関』を使用。その威力たるは…」

 自称科学部非常勤(非常識)顧問である弘志は、まるで自分の事のようにはしゃいで、旧校舎五階にあるすべての壁を斜めに貫通していった弾道を両手で指し示した。

「…はい、この通り」

 ドカバキッ。

「まったく常識の一つでも持ち合わせて欲しいもンだわ」

 弘志と明実を殴り飛ばした拳をさすりつつ、由美子がぼやいた。

「でも、この勝負は負けるわけにはいかないから」

「なにが史上最強よ」

「チッチッチッ」

 明実が人差し指を横に振った。

「これは“地上”最強。“史上”最強ではない」

「…」

 イヤな沈黙があたりに落ちた。

「と、とにかくさ、負けないためには、どんな手でも使わないと」

 元気づけようと弘志が軽口を叩くように言った。けっして言い訳では無いと信じたかった。

「こンな、昔のアニメに出てくるようなテッポーまで持ち出して? 結婚式に乗り込んで、お姫さまを助ける時に使ったモノみたい」

「どっちかっていうと、黄金の電気騎士が抱えていそうだけど」

 正美が横から口を挟んだ。

「それとも負けてみる?」

 試すように弘志が由美子の顔を覗き込んだ。

「うっ」

 あからさまに言葉を詰まらせて、再びヘルメットをズリ落とした由美子。その表情を見てニヤニヤと嗤った弘志は、迷わず明実へ指示を出した。

「次弾装填!」

「おうよ!」


 五階で『マーガレット・スピンドルストン』が咆哮をあげていた頃、その真下の四階を二つの影が進んでいた。

 直接対決の場を迂回し、フラッグを奪取することが目的のSMC別動隊である。戦闘騒音を遠くに聞きながらも、廊下を堂々と図書室防衛隊の側へ侵攻していた。

 もちろん一つの教室に着く度に、室内のチェックは怠らなかった。ここでやり過ごされて後ろから襲われたり、自軍のフラッグを襲われては、別動隊の意味が無くなってしまうからだ。

「なあ」

 ほとんど何も残されていない教室を覗きつつ、沈黙に耐えかねたように、二人組の内の一人が声を上げた。

「なんだ?」

 視界に敵が入った瞬間に撃てるように、銃口と視線の向きを連動させて、教室を見回していた相方がこたえた。

「無人の校舎って、昼間でも不気味じゃね?」

「渡辺。また、おまえはそういうことを言い出す」

「俺、霊感強いから、居そうなトコだめなんだよね」

 口ではそう言いつつも、その教室の確認を怠らなかった渡辺は、廊下に向き直った。

 中等部の旧校舎は五階建てで、三階から上が各クラス教室となっていた。よって北側の窓から差し込む外の光以外に、向こうの階段まで視界を遮る物は無かった。

「ああ、そういえば石川島。おまえ、ここ出身だっけ」

「ああ。幼年部から、初等、中等、高等、大学と。清隆一筋だぜ」

 振り返った石川島の目尻が下がるのが、暗色のゴーグル越しにも分かった。

「長く同じところに通っていると、聞きたくない色んな話しも耳にしちまう」

「色んな話し?」

「例えばだな…。やっぱ、やめておくか?」

 次の教室の扉を開きつつ聞き返した。もちろん口ではお喋りを続けていても、二人の挙動はプロ顔負けの確実さであった。

「やめろよそういうの。かえって気になるじゃないか」

「それもそうだな」

 うんと頷いて石川島は話を続けた。

「こら清隆(ココ)って昔は航空隊の基地だったって話しだろ」

「まあ、そうらしいな」

 パッと扉を開けきり、二人同時に銃身を差し込んだ。もちろん立ち撃ちの渡辺と、膝撃ちの石川島では銃口を向ける方向は逆であった。

「でも航空隊といっても、本土決戦が叫ばれている時分だ。連合軍が上陸侵攻してきたら、反抗拠点として使用できるように、歩兵部隊も駐屯していたんだと」

「まあ警備とか何とか、実際にマッカーサーがやって来なくても、やることはいっぱいあっただろうしな」

 ざっと窓の外も確認し、教室の中を進んだ。

「昔の軍隊じゃよくあった話しだが。地方から出てきた若年兵を、事あるごとに上官たちが虐めていたそうだ」

「ヤな話しだ」

「おおっと、これじゃ終わらないぜ。或る日、イジメに耐えかねた応召兵(おうしゅうへい)が、町へ逃げ出すという事件が起こったんだ。もちろん、すぐにその兵隊は憲兵隊に捕まって戻された」

「それで? その応召兵が首でも吊ったか?」

「いや、吊ったのは虐めていた上官だよ」

「どして?」

 渡辺の足が驚いて止まった。

「ちょっと考えればわかるだろ。自分の部隊から脱走兵を出すなんて、不名誉この上ないじゃないか。上官のさらに上から言わせれば『虐めるなら、もっとうまくやれ』ってことさ」

「それで?」

 ツバを飲み込んだ渡辺が話の先を急かした。

「その上官が首を吊ったという兵舎は、戦争が終わって取り壊された。その跡地に、この旧校舎が建てられた…」

「わかった、みなまで言うな」

 半ば笑い声で渡辺が話しの先回りをした。

「夜な夜なその首を吊った軍人が恨めしそうに出て、あの世へ呼ぶってんだろ。ありふれた話しだ」

 だが、相方はまるで棒を飲み込んだように立ちすくんでいた。

「?」

 訝しんで石川島を見る。濃い色のゴーグル越しに、彼は目を見開いているのがわかった。

「な、なにか聞こえないか?」

「そんな、バカな」

 笑いながら渡辺は耳を澄ました。


 Fiery the angeles fell.

  Deep thunder rode around their shores,

 burning with the fires of Orc.


 どこからか英語の詞のようなものが聞こえてきていた。いつの間にか渡辺の笑いは消えていた。そして彼は気が付いた。石川島は何かを注視していた。彼自身を見ているのではない、彼の肩越しに背後の“なにか”をだ。

 渡辺の後ろには、かつて掃除用具が入れてあったろう安物のロッカーが放置されていた。

 ロッカーの薄い鉄製の扉が吹く風のない今、ゆっくりと開き始めていたのだ。

 その内部には闇が詰まっていた。いや…。闇の中に影が存在した!

 目の網膜に段々とその影が焼き付かれていく。その影は人型をしており、上から下まで白い服を着た少年だった。まるで幽玄のようだ!

 眼鏡をかけたその人物は、石川島と目が合って、はっきりと嗤った。

「ぎゃあああああ」

 悲鳴を上げつつ石川島が手にしたマシンガンをフルオートで発射した。それを予見していたのか、白い者は素早くロッカーの扉を閉じた。バシバシと大きな音を立ててBB弾が表面で跳弾した。

「?」

 正体不明を背後に置く事になった渡辺は、その白い者の姿が視界に入らなかったため、なぜ相方が突然錯乱したのかが分からなかった。

「どうした? 石川島」

 銃口と一緒に振り返りながら訊いた。

「いまそこに!」

「は?」

 二人の注意がロッカーに向いた途端に、教室の扉が音を立てて開かれた。間髪入れずにザザザという服が風を切る音を立てて、黒い影が飛び込んできた。

「!」

 慌てて渡辺が手にしたサブマシンガンを構えなおした時、恐怖のあまり動きが硬くなっていた石川島に、飛び込んできた影が襲い掛かった。

 影は一呼吸で彼を背後から捕らえた。

 渡辺はサブマシンガンのトリガーを引けなかった。

 石川島を捉えた影は空楽であった。黒一色の服装に、なぜか臙脂色のネクタイに、くたびれた茶色のコートを着ていた。まるで場末の町で泥水をすする私立探偵のような姿だ。

 暗色で揃えた服装にその身のこなしが相まって、本気を出して突撃したら「疾る影」としか認識できないであろう。

 空楽の右手が石川島の右脇から下顎を掴んで、一切の動きを抑え込んでいた。そして残りの腕を掴んだ左手には、抜かれた拳銃があった。特殊な獲物を狩るための琥珀色したグリップ。そいつら(レプリカント)を狩るのはさながら(やいば)の上を駆け抜けるがごとく。対象を一撃で倒すことができそうなその銃は、暗闇の中で銃身の下にあるLEDがポツポツと赤く灯っていた。

 銃口を向けたが渡辺はリアクションが取れなかった。いま空楽を撃てば相方にまで弾が当たってしまうはずだ。二人は完全に密着し、かつ撃たれても敵の体を盾に出来るように、銃に合わせて細かくポジションを巧妙に変えていた。

「う、うて!」

 石川島が、このまま同士討ちになってもいいから、この高校生を倒せと声を上げた。が、その声は先すぼみになり、再び驚愕の二文字で彼の体は硬直してしまった。

 なにかに驚いているのか?

 いったい何に?

 渡辺は先程起きたことを思い出した。

 まさか自分の背後に誰かがいるのか?

 しかし人の気配は全くしなかった。

 突然、風邪の悪寒のような感触が彼の背中を駆け抜けた。

 殺気である。

 彼はサブマシンガンごと振り返った。

 先程説明した通り、彼の背後には教室の清掃に使用する道具が収められていたであろうロッカーが立っていた。

 その扉が、いまは開け放たれたままユラユラと揺れていた。

「はあはあ」

 呼吸音が耳についた。

 自分の物かとツバを飲み込んでみたが、その鼓動のように規則正しい音は止まらなかった。

 慌てて音がする概略方向へ銃を向けようとしたが、サブマシンガンの機関部を誰かに摑まれてしまい、それはできなかった。

 ボソボソとしているがハッキリと彼の耳に聞こえる声がした。


 I've seen things you people wouldn't believe.

  Attack ships on fire off the shoulder of Orion.

 I've watched c-beams glitter in the dark near the Tannhaeuser Gate.


 しかし相手の姿は自分の背後にあり、まったく確認できなかった。

 動けない彼の眼球だけが、情報を求めてせわしく廻った。

 そしてソレに気が付いてしまった、窓ガラスに自分たちの姿が映りこんでいることに。

 彼の背後には、上から下まで白い服装をした人物が立っており、ガラスの反射ごしに、彼と目を合わせて嗤っていた。

「!」

 渡辺が息を呑んだのを合図とするように、彼の体が背後から突かれて回転させられた。目の前に一見細面の眼鏡をかけたイケメンがドアップになった。

 顔合わせの時に黒コートで身体を覆っていた優であった。白い三つ揃えに白手袋、エナメルの靴まで白色であった。非常に細いフレームの眼鏡ごと全体を包む透明なマスクで顔面を保護しているのだが、そのマスクに真っ赤な口紅だけが塗られていた。

 キラリと光る瞳には知性と狂気が入り交じり、少々癖のある髪はわざわざシルバーに染め上げてさえいた。


 All those… moments will be lost in time,

  like tears… in rain.

   Time to die.


 優自身の唇が、透明の仮面に描かれた口紅の向こうで、最後の一小節を紡いだ。

 空楽が手にした拳銃を優が捕獲した渡辺に向け、優が手にしていた両生類の軟骨を組み上げてできたような拳銃を空楽が捕獲した石川島に向けた。

 二つの銃声が交差し、二人のゴーグルがペイント弾の塗料で真っ赤に染まった。



「ど、どうする?」

 まさかコンクリートを貫通する威力の兵器が持ち込まれているなんて考えもしなかったSMC側は、当然だが浮き足立った。

「ルール違反だろう! あんな本物!」

「本物か? なにかトリックがあるんじゃないか? 戦車砲並みの威力だぞ」

「いや」

 一人が床に転がった物を摘まんで拾い上げた。

「エアーソフトガンだ…」

 それはコンクリートを貫通したというのに不思議と原形を保っていたBB弾であった。

 沈黙が一同を襲った。

「ビビルな」

 リーダー格である秋田が声を張り上げた。

「あんな大威力の物が、そうそう連射できるわけがない。こっちが撃ちまくって距離を詰めれば勝てる!」

 他の三人も、それぞれに隠れた場所から頷き返した。

「行くぞ!」

 秋田が声を上げた途端『マーガレット・スピンドルストン』の第二射が放たれた。

 階段脇のコンクリートがまた砕けた。

 再び校舎を斜めに貫通したBB弾は、SMCメンバーで最後尾にいた者を隠していた壁を崩壊させた。さらに彼が丁度胸の前で構えていた電動ガンの機関部を粉砕、BB弾は上半身を覆っていた防弾チョッキのケプラー繊維でストップした。

 しかし弾はそこで停止したが、その弾が持っていた一、〇一一ジュールにも及ぶ衝撃力は、彼の胸板を叩くこととなった。

 彼は背後にあった別のコンクリート壁まで飛ばされ、そこへ激突する前の空中で失神していた。

 電動ガンの機関部はダイキャストの鋳物であった。もしこれが本物のサブマシンガンであったなら、弾はそこで停止していたであろう。またファッションで着ていた防弾チョッキが、実際にその目的で役に立つとは、被弾した彼自身も想定していなかったに違いなかった。

「うっ」

 床に崩れ落ちていく仲間を見て、残りの三人の動きが怯んだ。今や士気は下がるばかりだ。

「つ…」

 まるでニワトリのように高くなった声を秋田が上げた。

「つっこめっ!」

 その声に、堰を切ったように三人は駆け出した。手にしたサブマシンガンはトリガーを引きっぱなしだ。

 発射されたBB弾は射程距離の関係で、向こうまでまだ届いていなかった。しかし相手に頭を下げさせる効果は期待できた。頭を下げたり引っ込んでいたりすれば、少なくとも反撃はできないので距離が縮められるはずだった。

 突然、秋田の横を走っていた一人の顔面が、青い液体で包まれた。

「ぺ、ペイント弾?!」

「この距離でか?」

 生き残った二人は、手近な教室へ飛び込んだ。


 図書室防衛隊は、即席のバリゲートとばかりに掃除用具入れロッカーを廊下に倒していた。そこに両肘をついて自動拳銃を構えていた正美は、左親指だけで小さくガッツポーズをした。

「命中!」

 さらに相手が突っ込んでくることを予想した正美は、スライドを引いて次弾を装填した。このマンガで有名になった自動拳銃を模したエアーソフトガンは、ガスガンや電動ガンが発明されるよりも前に使われていた機能しか持っていなかった。こうして一発ずつ手動で作動させないとならないが、気温で性能が変わるガスガンや、大柄になりがちな電動ガンと違って精密射撃に優れるという利点があった。しかも製品単価が安いので初心者にお薦めである。

 ただ、その精密射撃をライフルでなしにピストルでやってのけるには、中途半端な練習量では成しえなかった。

 正美は、眼鏡の上へさらにゴーグルをかけているために、レンズが曇りがちになっていた。

 いちおう乱射しながら駆けこまれたら、手動では押し切られる可能性がある。そのため横に槇夫から借りた電動ガンを置いていた。もちろんすぐに防御弾幕が張れるように、セレクターはフルオートのままだ。

 目だけ動かして電気が点っていない廊下の薄暗がりで、赤く光る残弾カウンターを確認した。

 それは合衆国植民地海兵隊が使用するM四一A(パルスライフル)であった。製品としてはどこも出していない物で、槇夫が電動ガンとショットガンを組み合わせて作ったお手製である。

「杉浦克昭ぃ~」

 これが借りられるんだったらVP七〇を用意すればよかったかな、と正美が思っていると、横の由美子が手にしたARピストルを撃った。弘志に支持されたとおり謎の呪文を口にするのを忘れていなかった。

 セレクターは弘志がセットしたセミオートのままだから、一発ずつしか出ていない。しかも狙いが怪しいので、弾は天井や壁に当たって景気づけの役にしかたっていなかった。

「よく当てたわね」

 反撃を恐れてロッカーの影に引っ込んだついでに、由美子は訊いた。

「それも改造してあるの?」

「違うよ」

 ニンマリ。

「腕だよ腕。こう上を向けると、届く距離が延びるんだ」

 単純な物理法則である。物を投げるには、少し上向きに放ると遠くまで届く。理屈ではそうだが、通常のBB弾よりインクが入っている分重くて命中しにくいペイント弾を当てたのは、正美の狙撃の腕が相当な物であることを示していた。

「詳しく説明しなくてよろしい。アタシは戦争ごっこをやる気無いもン」

「あれ? 弘志は?」

 ふと頭数が減っているような気がして、正美は目を瞬かせた。

 その問いに、由美子は傍らに置かれたアサルトカービンを指差した。

「一人で行ってくるって」

 その指先が、敵のいる前方ではなく、ガラスが割れ飛んだ窓に向いた。


「誰か残ったか?」

 飛び込んだ教室で秋田が声を上げた。

「俺だ、堀越だ」

 隣の教室から声が聞こえてきた。

 思いがけない狙撃を受けて、二人は別々の教室に飛び込んだことになる。とりあえず緊急避難したというレベルだから、この後の動きを考え直さなければならなかった。

「いったん後退するか?」

 もうこの階には二人しか戦力が無い。ここは陣地まで引いて、防御戦術で粘らなければ勝機は生まれないであろう。古来より攻めるより守る方が容易いと言われているが、それはサバイバルゲームでも同じだ。

「そうだな」

 秋田が訊いた時には、堀越は異様な気配を感じ取って、辺りを見回している最中だった。

「?」

 五階の教室は、まだこの旧校舎が使われていた当時が残されていた。黒板にはラクガキが、学習机だってセットの椅子と共に相当数が残されていた。ただ、どの備品も傷だらけなので、旧校舎の解体と共に廃棄する予定だったのであろう。

 ホコリだらけなことを除けば、今にも制服姿の中学生たちが授業を受けに戻ってきそうな雰囲気をしていた。

 最後にこの教室で授業を受けたクラスのままに、机が列を作っていた。

 その列のド真ん中。窓側からも廊下側からも前後方向からも、どこから見ても真ん中にあたる机に、不似合いな物が置いてあった。

 ベトナム迷彩の戦闘服を着て、同じ縮尺のアサルトライフルを抱えるように座っている、少女の姿をした人形であった。

 日本の少女が(たまにマニアと呼ばれる成人男性も)お世話になるだろう、有名な着せ替え人形であった。

 その着せ替え人形がボンヤリ光っているような気がして、堀越は興味が沸いて近づくことにした。

《わたし、リカちゃん!》

 突然、人形にセットされていたらしいボイスが流れ始めた。驚いた堀越はサブマシンガンを向けてしまった。

《パパはリビアで大佐をしていたの! でも民衆に殺されたわ!》

「だれだ? 悪趣味だなあ」

 堀越はサブマシンガンを繰り出して、その着せ替え人形を先端のサプレッサーで、机の上から床へ突き落した。

 その視界に一本の細い線が入った。

 窓から差し込む太陽光をキラキラと反射するそれは、どうやら釣り糸のようだった。

 それの一方は、机の上に座っていた彼女の腰に結び付けられていたようだ。その反対側を何の気の無しに目で追うと、教室の後ろに置いてある掃除用具入れに繋がっていた。

 着せ替え人形が落ちたことで釣り糸が引かれ、繋がっていたロッカーの扉が開かれた。

 釣り糸はそこで終わっていなかった。扉が開き、中で宙づりにされている何かに結ばれていた。

 堀越は、それが自分に向けられたグレネードランチャーのトリガーだと認識した瞬間に、悲鳴を上げた。

「ぐあああ」

 せめて射線から逃れようと身を翻した瞬間に、教室の至る所に仕掛けられていた乾電池のような物が、パンパンと軽い音を立てて小さな爆発を起こした。その結果、小さな姿に似合わないほど大量の白煙が教室にぶちまけられた。化学好きで清隆学園科学部(非常識)顧問を自称する弘志が手作りした煙幕弾であった。

 視界がまったく利かなくなった教室で、グレネードランチャーが発射される音がした。


「よし!」

 弘志お手製の煙幕が、罠の発動した教室から噴き出したのを見た正美は、一緒にいた二人に振り返った。

「いまだ、行こう!」

 三人はバリゲートから立ち上がった。由美子はARピストル、正美は借り物のM四一A、明実は重い『マーガレット・スピンドルストン』をその場に置いて、弘志が置いて行ったアサルトカービンを手に取った。

 速足で白煙に向かって距離を詰めた。その煙の中に人影が立っているのが見え始めた。

「杉浦克昭ぃ~」

 由美子が手にした銃を向けた。

「わあっ! 杉浦(すぎうら)孝昭(たかあき)!」

「はあ?」

 声の様子で弘志と判断した由美子は、すんでのところで発砲をやめた。

 変な呪文を唱えながら白煙の中から出てきたのは、窓から大荷物を背負って外壁へ出て行った弘志で間違いなかった。

「誰よソレ」

 由美子は確認するように辺りを見回した。そのおかげで、すぐ横で正美が頭を抱えているのが分かった。

「杉浦克昭と孝昭って…。某、映画評論家と服飾評論家の一卵性双生児じゃん」

「粋な合言葉でしょ?」

「敵は?」

 胸元にアサルトカービンを構えた明実が訊いた。

「足音が聞こえたから、一人は陣地に逃げたかな」

「もう一人は?」

 由美子の問いに、弘志は親指で煙幕が噴き出した教室を示した。

 教室の中央で、黒ずくめの一人が棒立ちになっていた。ただし、もう戦わなくてよさそうだ。

 ペイント弾が当たってしまった、なんていう可愛い表現では済まないほど、全身がインクまみれだった。なにせグレネードランチャーに込めていたカートリッジには、一八〇発ものBB弾がセットされていたのだ。

 それをまともに浴びた半身全てが、ペイント弾のインクまみれとなったのだ。

「なにをしたのよ」

 茫然と立ちすくむ黒ずくめから銃口を外して、由美子はいつもの微笑みを浮かべている弘志に訊いた。

「ちょっと(トラップ)をね」

「トラップ?」

 ちょっとだけ首を捻って、頭の中の英単語辞書と現状を組み合わせて、何がこの教室で起きたかを推理した。

「ああ」納得したように頷いて「卑怯者のオマエらしいわ」

「失礼な」

 形だけプンプンと怒ったように腰へ手を当てて、そのくせ笑顔にヒビすら入れずに弘志が反論した。

「効率的に物事を片付けただけだ」

「お喋りしてて、いいのかの?」

 周囲を警戒するためにアサルトカービンの銃口をゆっくりと移動させていた明実が背中越しに訊いた。

「そう呑気にいかないか」

 それでお喋りは一時中断というつもりだろう、弘志はウインクを一つ由美子に飛ばした。ホルスターから回転式拳銃を抜いて、SMC陣地側の階段に近付いた。

 笑顔に真剣さを混ぜて撃鉄を起こした。そこまで着いて行った由美子にもなんとなく分かってきた。階段の下から押し殺した気配が近づいていた。音はほとんどしないが、布ずれの音だけが微かに聞こえてきた。

 拳銃が握られた弘志の右手が下り階段に向けられた。

「おすぎ」

「ピーコ」

 階段下から符丁を答えつつ上がってきたのは、私立探偵のような服装の空楽と、全身真っ白な姿の優であった。

 その符丁を横で聞いていて、由美子も先程の正美と同じように頭を抱えてしまった。

「どうしたの姐さん? 更年期障害?」

「違うよ」

 由美子の拳が遠慮なく弘志の鳩尾に食い込んだ。

 それを待っていたかのように、上からBB弾が降ってきた。


 階下での戦闘に敗れた秋田は、SMC陣地に割り当てられた屋上ペントハウスに戻った。

 泣きそうな顔になっているのも仕方がない事であろう。彼の中では手にしたサブマシンガンで、あの鼻柱の強い女も含めた全員をあっという間に倒し、来週には『学園のマドンナ』とデートという青写真ができていたのだ。

 もちろん誰もがうらやむ彼女を自分の物にするんだから、明るい未来が拓けるものと決めつけていた。

 しかし蓋を開けてみれば、半べそをかいて最後の砦に逃げ帰る惨めな自分がいた。

 到底信じられない事態である。もし時間が遡ることができて、今朝の自分にこうなることを教えても、その自分は全く信じる事ができないであろう。

 階段を駆け上がって自陣に戻った。そこには敵陣地を向いた機関銃が据えらえていて、一人が階段の手すりに隠れていた。

「もう一人は?」

 訊いた途端に、腕を強く引かれた。

 今まで秋田が立っていた位置を何かが高速で通り過ぎ、壁に当たって弾けた。


「ちっ」

 ボルトアクションライフルを構えた圭太郎は舌打ちをした。

「はずしましたなあ」

 その横で双眼鏡を顔に当てたバックアップ役の有紀が、やわらかい方言で確認した。

 まるで相撲取りのような体躯をした狙撃手は、人当たりのよさそうな微笑みをチラとパートナーに向けた。

「ツカチンはんも、はずしはるんどすな」

 敵が突っ込んで来ない限りやることの無い有紀の手には、セブロC二五Aが握られていた。

 狙撃用のライフルは連射が利かないため、敵に走りこまれた場合、次の弾を込めている間に押し負けてしまう。そんなことがないように、連射の効く銃を持った者がサポートに着くのだ。

 それには弾幕を張ることができるサブマシンガンなどが適任である。

 電脳に「そうしろ」と囁かれたのか、有紀が持っている銃もサブマシンガンであった。しかもお手製である。映画を観て欲しくなったはいいがどこのメーカも出していない火器だったので、ガレージキット即売会で観賞用の模型を買い求めて、中に電動ガンを仕込んだ物であった。

「つぎは、おねがいします」

 妙に間延びしたような間で話す怪しい方言で圭太郎を励ました。

 彼が覗く双眼鏡で、下から上がってきた方の黒ずくめが、ゴーグルの端を手すりからはみ出させてこちらを伺う様子が見て取れた。

 サポートには、スナイパーを護衛する他に、こうして相手の情勢を分析する役目もあった。

「いや~、ちょっとしたものですよ」

 ボルトを押し込んで圭太郎は新しい弾を装填した。銃口を再び敵陣地へ向けると、倍率の高いスコープを覗き込んだ。

 このスナイパーライフルは銅志寮に伝わる逸品である。遡ればツヅミ弾の頃から歴代の愛好家が手を入れてきて、その改造にかかった費用は積もりに積もって本物のライフルが買える値段に届いたと噂されていた。

 安定した狙撃ができるように大口径スコープが取り付けられているだけでなく、その折々の技術革新を取り入れてきたため、ホップアップと呼ばれる遠射用の機構も組み込まれていた。

 そのせいで今では最新型の新品には出せないほどの狙撃性能を持つまでになっていた。

「あたらしい人、頭がでてます」

「こんどこそ」

 息すら止めて銃口を安定させた圭太郎の指がトリガーにかかった。


 頭をすくめた秋田のヘルメットを掠めて、何かが空間をよぎった。それは反対側の壁に当たって弾けた。

「ぺ、ペイント弾?」

「あっちにはよほど腕の良いスナイパーがいるらしい。MGを構えてたら狙撃された」

「一〇〇メートルはあるぞ。どんな威力だ?」

「それが、ごく普通のコッキングライフルみたいだぞ」

「じゃあ…」

「まぐれじゃない。腕だ」

 二人で話していると、階段の下から人の話し声がした。

「下は?」

「やられた」

 秋田の短い返事に、呆れたのかしばらく反応が無かった。

「とりあえず持久戦だな」との提案に、秋田も我が意を得たりと頷いた。

「こちらが上だからな」

 戦闘において相手の上を取るということは、心理的にも戦術的にも有利とされていた。

 二人は頷き合うと、外から狙撃されないように階段を少し降り、手すりから身を乗り出してサブマシンガンを階下に乱射した。


「うはは」

 敵の弾幕に図書室防衛隊は散開した。

 由美子がSMCが進攻する時に開けっぱなしにしていた教室へ走りこむと、バラバラに後から全員が飛び込んできた。

「こりゃ攻めづらいな」

「どうすんのよ」

 弾幕が止んだ階段を見ている弘志の横へ移動し、由美子は訊いた。

「御門」

「なんじゃい」

 背後に立つ科学部総帥が声を上げた。

「例の装置は持ってきた?」

「もちろんだ。んだども、いるか?」

 明実は問い返しながらも、白衣の懐からまるでハンディカムのような機械を取り出した。それを振り返りもせずに受け取る弘志がむしろ不思議そうな態度であった。

「いるかとは?」

「いや。持ってきてなんだども、使うのか? これ」

「ええ」

 なぜか女言葉になって弘志は微笑みを強めながら振り返った。

「彼らには『教育』が必要って言ったでしょ」

「何よソレ」

 由美子に訊かれて、不安げな顔をしていた明実がニヤリとした。自慢の発明品が話題になって嬉しいようだ。

「これか? これが史上最強エアーソフトガンの『チェリャビンスク・クラッシュ』だ」

「テッポー? どう見てもカメラじゃない」

 由美子の指摘通り本体に密着していた液晶パネルを広げるところまで、それはビデオカメラに似ていた。ただ、その機械には銃把のような取っ手と、カメラのレンズにあたる筒の下にレーザーポインターが備わっているのが違う点だった。

 由美子の素直な反応に、その装置を拳銃のように構えた弘志がこたえた。

「まあ見ててよ」

 由美子たちが会話している間に、秋田は手すりから身を乗り出して五階を観察していた。反撃などが一切ないので訝しんだせいだ。

 と、その視界に弘志が前転をしながら入ってきた。明実から手渡された機械を銃のように構え、レーザーポインターの赤い光を秋田に向けた。

 それは狙ったのかそうでないのか、丁度彼の眉間に照射された。

 弘志が銃把のトリガーを絞るのと、秋田がサブマシンガンを向けたのが同時であった。

 秋田が撃つ前には、弘志は再び教室へと戻ってしまっていた。

「なにも起こらないじゃない」

「仕上げをごろうじろ」


 その時、地上から離れること遥か六五、五三六キロメートル上空で変化が起こっていた。

 そこは完全に宇宙空間であった。

 瞬きもしない星空の中、永遠の静寂しかない漆黒の静止衛星軌道上に浮かんでいる物体があった。

 日本の宇宙開発事業団がこの春に打ち上げた『科学実験衛星二号』である。

 今その一部が変形し、地球に向けて筒状の物を展開した。

 それだけではない。筒状の部品の取り付け基部にあたる箇所が、ほんのりと橙色に変色していった。

 橙色は赤色に、そして白色光へと変化した。

 豊富にある太陽光を太陽電池パネルで電力に変換したエネルギーと、マイクロウェーブ照射実験用に搭載された爆縮機構が、自身の炉の内部から取り出すエネルギーと、二つのエネルギーがそこに集中していた。

 明実が爆縮機構のパテント使用の見返りに搭載を求めた部品が作動した。

 音の無い真空中で機関部のスライドが稼働し、六ミリBB弾を装填した。Gの無い世界のため、軌道修正の細かな噴射をアポジモーターにより行いながら、地表のただ一点に向かって蓄積されたエネルギーが解放された。


 日本の冬の青空を、一条の閃光が貫いた。

 それを目撃した一般市民からの通報が各省庁にあったが、気象庁が正式に自然のプラズマ放射現象だと発表し、たいした話題にもならなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ