氷の妖精
カエルは寒くなると冬眠するものですが、三階のかじかむような寒さの中でも、カエルは油揚げの服のおかげで冬眠せずに済んでいました。
三階に居たのは、一階と二階を苦労して突破してきたと思われる挑戦者たちでしたが、彼らは三階に登ろうとせず、じっと階段に目を凝らしていました。
「ウツボカズラ!」
「サラブレッド!」
「たこ焼き!」
「……どれも違うな、正解は洗濯機だ」
挑戦者たちの言葉に続き、何もない空間が口を利きました。
カエルはそれがオデン屋でお客さんが話していた目には見えない氷の妖精だと気付きました。
氷の妖精は目には見えない氷をぶつけて、挑戦者たちをバシバシと階段を突き落としてしまいました。
カエルは、氷の妖精はその姿を当てなければ、決して通してくれない妖精だということも、しっかり覚えていました。
「次はお前か? 小さな小さなカエルのようにしか見えないが」
「はい、僕は井戸から来たカエルです」
「まだ俺の姿が洗濯機だと思うなよ。既に俺の身体は洗濯機ではなく、別の姿になっている」
「なるほど。それは中々難しいですね」
「さあ、俺の姿はなんだ? 動物か? 機械か? 家財道具か? さあ当てろ」
「全く分かりませんが……氷の妖精さん、お腹が空きませんか?」
「なんだと?」
「僕はお腹がペコペコです。氷の妖精さんも他の皆さまの相手をしていてお腹を空かせているのでは?」
「お前は俺の正体を知らないが、俺はお前の正体を分かったぞ。ウマでシカだ。馬鹿だ」
「僕は確かにモノを知りませんが、それでも美味しいオデンは知っています。ひとつ失礼して」
カエルは弁当袋からガンモを取り出し、食べだしました。冷める前に食べなければなりません。
それは、カエルにとっては絶対の確信でした。
「それは美味いのか?」
「はい、とても。おひとついかがですか?」
「先に云っておくが、俺は毒なんぞ効かんぞ。氷だからな」
「毒? オデンに毒を入れると美味しくなるんですか? カラシや魚粉ではなくて?」
「……わかった。ひとつ食わせろ」
氷の妖精の言葉に、嬉しそうにカエルは弁当袋からタマゴを取り出しました。
しっかりとダシが染み込んだ美味しいオデンダネですが、カエルは惜しみません。
一人で食べるよりも。一緒に食べるゴハンが美味しいとカエルは知っていたのです。
自分はガンモ、氷の妖精にはタマゴ、お互いにモグモグと身体の芯から温まる、そんな時間でした。
「なるほど、悪くないな」
「氷の妖精さんは、他に何か食べたいオデンダネは有りますか?」
「食べたことが無い。俺はここから出たことがない。冬の女王に作られてからずっとここで過ごしているからな」
「そうなんですが、それはご苦労されていますね」
「そうでもないさ、冬の女王のことは……愛しているからな」
他愛のない会話をしつつ、カエルは氷の妖精の言葉が少しずつ優しくなっていることに気が付きました。
「あ、そうだ。僕、今、氷の妖精さんがどんな姿をしているのかはわかりませんが、今、笑っていらっしゃるのは分かります」
食べ終えたところで、氷の妖精は静かに最上階への道を譲っていました。
「俺の姿を当てられたなら、仕方ない。通れ」
「? 良いんですか?」
このとき、カエルも氷の妖精も気付きはしませんでしたが、氷の妖精の身体の中は、秋の風のようにゆるやかな温度になっていました。
氷の妖精は、カエルとの会話に心が温かくなり、タマゴに身体が温かくなっていたので、それは当たり前のことでした。