水の妖精
カエルが辿り着くと、やはり何人かが寒さでガタガタと震えながら塔から出ていくところだったので、カエルはオデンの屋台のある場所を教えながら中に向かっていきました。
一階には、フロア全体を覆うようなとても大きな湖が広がっていました。
その中を、冬を終わらせて王様に願いを叶えて貰おうとする挑戦者たちは必死に泳いでいましたが、刺すような冷たさに苦労していました。
「これは珍しい挑戦者ね、あなたはカエルくん?」
「そうです、僕はカエルです。あなたはどこに居るのですか?」
フロア全体に反響するような言葉は、お姫様のように可愛らしい声だとカエルくんは思いました。
「あたしは水の妖精。あなたの目の前にある水たまりが、私よ。あなたも私の中に入ってくるの?」
「入っては行けませんか?」
「あたしの仕事は挑戦者たちを上に進ませないようにすることだもの。あなた、中で凍って死ぬわよ。ウフフフフ……」
「ありがとうございます。妖精さんは優しいですね……お疲れ様です。良ろしければ、次の休み時間にでもオデンを食べませんか?」
「え?」
「オデンを知らないのですか? 静岡オデンと云って、とても美味しい物なんです。僕もこの国に来て初めて食べましたが、とても美味しいですよ」
「いや、そうじゃなくて……水たまりみたいなあたしに、お弁当をくれるの?」
「? これはすみませんでした。僕は生まれてからあなたのような立派な水たまりに会ったことがないので、水たまりがオデンを食べないということを、知らなかったのです」
カエルの明瞭な言葉に、仕事続きで人を溺れさせてばかりいた水の妖精は、暖かい気持ちになっていました。
「……それならひとつ、あたしの中に投げて貰えない? 美味しいのが良いわ」
「もちろんです。それなら……コンニャクにしましょう。歯応えが有って、ダシが染みて、とても美味しいですから」
お弁当の袋から取り出したコンニャクを、カエルは水の妖精の中に思いっきり入れました。
コンニャクの味わいは、水の妖精は今までに感じたことのないものでした。
「暖かい……」
「そうでしょう? 噛めば噛むほど美味しいし、飲み込むときまで変化のある、そんなオデンダネです」
そこまで云って、カエルは急がなければ他のオデンダネが冷めてしまうことに気が付きました。
「すみませんが、あなたの中を泳いで渡ってもよろしいですか? 水の妖精さん」
「ええ、もちろんよ」
お弁当袋を担いだままでも、カエルはスイスイと泳ぎました。なにせ彼はカエルですから。
このとき、カエルも水の妖精も気付きはしませんでしたが、水の妖精の中でも身体は重くならず、春の湖のように穏やかな温度になっていました。
水の妖精は、カエルとの会話に心が温かくなり、コンニャクに身体が温かくなっていたので、それは当たり前のことでした。