オデン屋にて
(読み飛ばし可)
あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
冬の女王様が塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出しました。
冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
何故冬の女王様は塔を離れないのでしょうか。
何故春の女王様は塔に訪れないのでしょうか。
(冬企画 プレ解説より)
四季の塔。
春には花々の芽吹きを見つめ、夏には陽光を背負い、秋には枯れ葉に埋もれる。この塔は、文字通りこの国の四季を表す塔でした。
しかしながら、横風にのって雪が叩きつけられ、北側の壁には雪がびっしりと積もり、この塔は長い間、冬だけを表していました。
それでも一か所だけ、塔の出入口が有り、そこへ今日も何人かが飛び込んでいきましたが、すぐに出てしまいました。
入っては出て、入っては出て、そんなことを繰り返し、みんながみんな、涙も凍るような寒さの中、そのお店は有りました。
「いらっしゃいませー、暖かいオデンはいかがですかー!」
心地よい声に振り向けば、そこには一台の屋台。のれんには“静岡オデン 猫屋”の文字。
ひとりの青年がかじかむ足を雪に取られながらのれんをくぐると、そこにはハチマキを巻いた不愛想なオデン屋がいらっしゃいませ、と聞こえるか聞こえないか、小さな声でつぶやいていました。
「いらっしゃいませーっ!」
どこからともなく聞こえた元気な声、それは屋台の中、木の升を風呂のように使っているカエルだったのです。
外で聞こえていた声は、間違いなくこのカエルでした。
「小さな客引きさんだな」
お客さんはカウンターの椅子に座り、オデンをいくつかとお酒を注文しました。
「カエルが客引きをしているのなんて、見たことがない」
「僕も、僕以外にカエルが客引きをしているのを見たことがありません。奇遇ですね」
「君はいったいぜんたい、どうしてオデン屋の客引きなんてやっているんだい?」
「はい、アルバイトです」
「アルバイト?」
「僕は、遠い日本という国の井戸に住んでしました。そこから旅に出て、海や森を見て、ここに来たんです」
「ニッポン? 知らない国だが、不安じゃなかったのかい?」
「? 不安?」
「だって、見ず知らずの土地だろう?」
「だって、やらないと、やらないまま死んでしまいますし、後回しにするなら、若くて体力のあるときにやった方が簡単じゃないですか?」
なるほど、とお客さんが思うと同時に、オデンが出てきました。
玉子にコンニャク、そしてお客さんが見慣れないオデン種がありました。練物のようですが、黒くてツミレのようですが、少し違います。
「これは、なんだい?」
「それは黒ハンペンというそうです。日本のシズオカという土地で使われているオデン種です」
「へえ……こいつは美味い!」
お客さんの冷え切った身体に、オデンの温もりがじんわりと伝わります。
「ところで、お客さんは、どうしてこんな寒い日に塔に登ろうとしたんですか?」
「? おいおい、カエルくん、知らないのか? この国が今、未曽有の危機にあることを?」
「どういうことですか?」
「以前、この国は、あの四季の塔に女王様が代わる代わるに住んで、四季を変えていたんだが、もう……どれくらい前からかな、冬の女王様が春の女王様と代わってくれなくなったんだ」
「それは大変ですね」
「王様も女王様を出せたら願いをかなえるなんて云って、最初の頃はたくさん挑戦者が居たんだが……今は大分減ったな」
「どうしてですか?」
「みんな自分の生活を守るだけで精一杯なんだよな、俺も失敗したから、また何か考えるよ……オヤジさん、それ、なんだい?」
お客さんは屋台の中、オデン鍋の横に積み上げられている揚げ物に気が付いた。
「……黒ハンペンのフライだよ」
静岡オデンの代表的タネの黒ハンペンをフライにしたもの、と店主は話しました。
ハンペンは冷えると縮んでしまいますが、オデン鍋の熱を利用して保温されているそれはふっくらとしていました。
「あ、美味いな、これ!」
「……ここは油が良いのが手に入るからな。だが……冬が続いているせいで、魚のすり身も取れなくなってきているがな」
寒いからオデンが売れるが、売るものがなくなっちまう、とオデン屋の店主が続けました。
「なるほど……って、カエルくん、どこまで話したっけ?」
「お客さんがまた塔にどうやって挑むかを考えている、という所までです」
「そうそう、そうだったよな。あの塔には冬の女王以外に三人の冬の妖精が居るんだが、そいつらに阻まれて先に進めないんだ」
「妖精、ですか?」
「可愛らしいもんじゃないがな、どちらかというと、妖怪とかモンスターとか、そういう系?」
黒ハンペンのフライを頬張ってから、お客さんはノートを取り出した。
「大砲や火炎放射器を持っていこうとした奴も居たんだが、一階には水の妖精。入り口と階段の間にデカい池みたいに待機しているんだが、普通、水に浮くものでもこの池は物が浮きにくくて、重い物は通れない。泳ぎが得意じゃないヤツは身体ひとつでも泳ぎ切れない」
「難儀ですね」
「二階には雪の妖精、身の丈三メートルほどの雪だるまだが、人間の腕力ではビクともしない。こいつの攻撃をかいくぐって三階まで行くのは大変だ」
「なるほど」
「そして三階。そこには氷の妖精が居るんだが、こいつは魔法の氷で出来ていて見ることができないが、その姿を云い当てた相手しか通さないんだ」
「当てずっぽうで云っていけば、当たるんじゃないですか?」
「ああ。だが、ライオンと云って通れたヤツも居るし、クワガタ虫といって通れたヤツも居た。俺はキャベツと云って通れたことがある」
「バラバラですね」
「氷だから姿を変えられるらしいが、透明で姿が全く見えないんだ。そしてこれで通れても、水と雪と氷の扉が有る」
「? どんな扉ですか?」
「文字通り、水と雪と氷でできた扉だ。この扉は水と雪と氷で出来ているから壊せなくて、内側からしか開かないんだ」
「ふむ……ところで、女王様は、どうして塔に閉じこもってしまっているんですか?」
カエルの言葉に、お客さんは大きな溜息ひとつ。温まっているおかげか息は白くならなかったが、目を白黒させている。
「そんなこと、知るかよ。なにせ女王に会ったヤツだって居ないんだから」
「……へえ……そうなんですか」
カエルは、ゴシゴシと顔を風呂代わりのダシ汁で顔を洗いました。
「会ってみたいなァ、女王様に」
カエルは吹きすさぶ風の向こう側の塔をその大きな瞳で見つめていました。
冬眠をしないためにずっとお風呂に浸かっているには、彼の冒険心は熱くたぎりすぎていたのです。