非日常は突然にやってくる
夢を見た、どこか懐かしい夢を。
しかしそれは夢というより自分の記憶を見ているようだった。場所は病院だ、僕がケガをして入院していたあの病院。色は無くモノクロだがわかる。そこには当時の自分、小学四年生の並木拓真がいた。
その向かいには顔の見えない年上のお姉さんがいる。僕は楽しそうに笑っていた。声は聞こえず何を話しているかはわからない。
この人は誰だっけ、思い出せない。頑張ってみても思い出せない。自分は映像を見ているような視点で、ただ見ているしかない。
誰、だっけ、
ザ、ザザザ、ザーーーーー
ノイズが流れ、夢は終わった。
12月25日から約2ヶ月後
2049年 2月26日 7:32
僕は二度寝を試みた。が、駄目だった。
「寝れるわけねーだろ!」
現実逃避をしてみたが全く寝られない。つか体動かねぇし。
「どうなってんだよ、二回も夢見る事ってあんのか。でも最初の夢はリアルすぎだし、あれは夢じゃないって事?でもそうじゃないと説明がつかないし、シャレになんねぇぞ。」
寝て起きたら2ヶ月経ってましたなんて有り得るものか。
重大な事を思い出した。あの夢では街と人間は全て消え去っていた。
じゃあ凛火さんはどうなったんだよ、
僕が無事なんだからきっと、きっと大丈夫だ消えてなんかいない。無理矢理にそう思い込んだ。でも不安で仕方がなかった。
ガチャッ
ドアの開く音がした。ドアの方を見るとそこには聖花がいた。
「拓真、起きたの?目、覚ましたの?」
「そりゃあ寝たら起きるのが当然だろ」
なんだよその顔、こいつ泣いてる?
「拓真〜〜!やっと起きた!もう起きないかと思った、本当に良かった、」
縁起でもないこと言うなこいつ。
はっ!、僕は気付いた、これが妹の初デレだということに。長かったなぁ、ここまで来るのに五年はかかった。ツンデレのデレを見て初めて感動した。
「起きたと言っても、体がピクリとも動かないんだけど、どうしよう」
「あ、そう。まぁ、目が覚めたんなら大丈夫じゃない?」
「大丈夫なわけねぇだろうが!!一気に冷めんなよ!僕の感動を返せ!!」
心があると思った僕が馬鹿だった、この妹は兄への敬いと心配が足りなさすぎる。もう僕が泣きそうだよ、
「じゃあ今日はゆっくり休んでて。お腹空いたでしょ、ご飯つくってくるね」
急に優しくなられるとビックリするじゃないか。
あっ、まだ気になることがあるじゃないか。この状況が不自然なのは恐らくそのせいだろう。
「なぁ、聖花、」
「何?」
「なんでこんな状態の僕は病院じゃなく家で寝てるんだ?別にお金には困らないだけの分はあったろう?」
そんな僕の問いに対して聖花はこう答えた。
「街が消えたあの日、消えた部分の中心に拓真だけが倒れてて、その後病院に運ばれたんだけど入院させてもらえなかったの。拓真の状態は普通じゃなかったから」
僕だけが消えなかったって事か。普通じゃないのはわかる、2ヶ月も意識がないなんて相当だろうとは思うけど。
聖花は僕の状態の説明をしてくれた。
「拓真の脳が全く機能してなかったの、
体も点滴の針が刺さらないほど硬くて、外傷もないし、心臓は動いてて息はしてる。2ヶ月経った今だってほとんど栄養摂ってなかったのに痩せてないし、とにかく普通じゃなかったから病院じゃあどうにも出来ないって言われたから家で寝かせてたの」
一回死んでんじゃないの?僕。
しかし僕がそうなってしまった原因は恐らく、あのマルイ何かだろうと予想をした。あれ以外には考えられない。あの街と人間を消したあの兵器のような物なら。
そこで僕は思い出した、最も重要な事を。
これは絶対に聞かなくてはならない。
「凛火さんは家にいるのか、無事なんだよな、」
「・・・」
何で黙るんだよ、答えろよ。
いや、答えられないんだろう。僕は馬鹿だな、妹に追求しても仕方ないだろ、無言がもう答えになってんじゃねぇか。自分の愚かさが嫌になる。
「凛火さんは、もう、いないんだな、
言葉で言ってくれ。じゃないと自分の中で誤魔化しちゃうから」
「凛火さんはいないよ、街と一緒に消えちゃった。もう、いない、よ」
また泣いてしまった。泣かせたのは僕か、辛い事を言わせてしまった。
「ごめん、ご飯つくって来て、一人で考える時間が欲しいしさ」
勝手な事を言っているのはわかってる、聖花には悪い事を聞いてしまった。今日まで聖花は一人だったという事は、それはとても寂し事だ。普段は強がったり僕を毛嫌いしているが、一人は流石にきつかったんだろうな。
こんな状態の僕はとても無力だ、これから二人で生きていかなきゃいけないのに立ち直れる気がしない。長男である僕がしっかりしなければいけないのに。
僕は明日から強くならなきゃいけない、聖花のためにも、凛火さんのためにも。
今は混乱しているから考えられる事もそんなに多くはないが、考えなくてはいけない事がある。あの兵器の事を。大体の予想はついている、あの自称宇宙人からのメールだ。
関係ないと思っていたのにこんな事態になったのでは、もう関係ないとは言えない。
それに何で僕だけが残ってたんだ、それには理由があるのか?
あぁ、色んな事がありすぎて疲れたな、二度寝はできなかったけど今は寝れるな、聖花には悪いけどご飯は食えそうにないよ、残りの事は明日の僕に任せるか。でも明日からは二人な訳だしもう寂しい思いはさせないようにしなきゃな。ふあーぁ、
「おやすみなさい。」
〜 翌日 〜
な、なんか横にいるな。何かが僕の横にいるぞ。怖くて目が開けられないじゃないか。僕は目を開けずに横にいる何かに聞いた、
「あ、あのー、どちら様でしょうか。」
手探りをしながら横にいるものを確かめた。
「プニプニしてるな、あれ、もしかしてこれって」
恐る恐る目を開けて確認すると、妹がスヤスヤと眠っていた、僕の足の横で。僕が触っていたのは妹の腕だった。
「ん、うぅん、あ、もう朝か、」
間抜けな顔してんなぁ、油断し過ぎだろう。
「って、何してんのよ!!!!」
意識が戻ったばかりの人間の腹に拳がめり込んだ。
「ぐ、グエェェ、、、ゲホッゲホッ」
こいつ、兄に対して容赦なさすぎだろ!
何してんだってのはこっちのセリフだ、今度は本当に永眠してしまう。
その時、反射的に上半身を起こした。
おや?体が動く、むしろ何の違和感もない。
「あれ?拓真もう動けるの?」
こいつ全然動揺してないし。こいつは僧か何かなの?
「あ、うん。むしろ体が軽いくらいだよ、走れるぐらい。」
まるで昨日の硬直が嘘みたいだ。頭もはっきりしてるし、
「体動かせるみたいだし、とにかく落ち着いて話したいからリビング行かない?」
二階にある僕の部屋を出て、一階のリビングへと移動した。体には全く違和感がないな、
「じゃあ率直に聞くぞ、あの兵器を使ったのは何者なんだ?そいつ、もしくはそいつらは地球人か?」
この唐突な質問に聖花は真剣な顔をして言った。
「その聞き方だとちょっとは予想出来てるみたいだね。そう、あの兵器を使ったのは、
"アトミック星人"、ていう宇宙人だよ」
「宇宙、人?」
アトミック星人?何だその適当な名前は、ウケ狙いかと思ってしまった。だが、理解出来ない訳ではない。むしろ納得してしまったくらいだ。やっぱりあのメールの差出人は自称ではなく、本物の宇宙人だった。
「信じるの?宇宙人なんて。それに結構落ち着いてるし」
聖花は不安そうな顔で言った。
「信じるよ、僕は実際にあれを見たんだからな。あんなのは地球じゃ作れないだろうし、爆弾ではないだろうな、もっと現実的にはあり得ない何かだろう。」
それっぽく言ってはみたものの、実際にあの時は一瞬すぎて何が何だか分からなかった。
「じゃあ地球は今侵略されちゃってんの?」
「何、その平和ボケした言い方。」
聖花は、はぁと溜息をついた。ほっとけってんだ。
聖花は呆れながらも答えた。
しかしその答えは想像していたものとは全く違った。
「いや、もうその宇宙人はいないの。一ヶ月前に地球から出て行った。」
「は?それは、な、なんで。じゃあ何しに来たんだよ!?」
「それがね、地球にはちょっと休憩に寄っただけで侵略しようとは思ってないって。ただ、あのニュースでやってたメッセージの言う通りにしなかったから武力を使う事になったって言ってるみたい。」
何だよそれ、そんな事のせいで凛火さんは殺されたのかよ。
怒りのあまり硬く拳を握った。
ドン!!
しかし、僕ではなく聖花が机を拳で殴った。
話してるうちに眉間にシワがよっているのがわかった。僕が怒るのだから聖花が怒るのも当然だ。
ただの巻き添いで凛火さんを殺されたなんて、その相手に復讐してもこの感情は癒されないだろう。その復讐すらも、相手がいない今はする事ができないが。そんな痛みを僕と聖花は味わった。
その後、僕と聖花はこれからの並木家をどうするかを話し合った。僕がこの家の主だからな、しっかりしなくちゃいけないだろう。しかし、僕はそんなに社会性のある方ではないからなぁ、ギャルゲーとかやっちゃってるし。色々不安だ。
でもこの妹も頼りになる、腕っ節の強さならそこらの戦闘民族に勝てるぞ、戦闘力五十三万以上はある。
話し合いの後、僕は外に出た。僕があの日いた場所、凛火さんが消えたあの街に向かった。
消えてしまったあの街の一部をこの目に焼き付けた。
目にしてしまうとすんなり受け入れてしまった。僕の通っていた学校はどうよら今閉鎖中らしい。早めの春休みとなった。
そして僕は夕方まで聖花と一緒に街を歩いた。
帰り道、聖花はスーパーに夕飯の材料買いにいったので一人で帰る事になった。一緒に行くと言ったのだが
「家で休んでて、まだ起きたばっかりなんだから」
と、また優しさを見せてくれた。妹とはいえ相手が女子であるせいなのかドキッとしてしまった。別に僕はシスコンではない、絶対。
「そうは言っても、驚くぐらい体は元気だからなぁ、自分でちょっと引いてるよ。」
下を向き俯いていた僕が、前を見た時に見たものは、こちらを見て涙を流す少女だった。
その少女はただこちらをじっと見つめて、口をポカンと開けたまま泣いていた。まるで長年探し続けた母親が、ようやく見つかった時のような顔で。
そしてその少女は、僕にとってどこか懐かしい顔立ちをしていた。