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ピシャンッッ

 ピシャアアアンッッ。ものすごい勢いで扇を閉じる音がホールに響き渡る。

「アン・デュッ・トロワ。アン・デュッ・トロワよ!頭の中でリズム取ってる!?」

 美人が起こると怖い。それを体現するかのように、美人鬼教官と化したライユさまの美声が扇の音の後に続く。

 私は、ダンス練習用のスカートを翻し、エリアルさま、クレイさま、ブルートさまを相手に目が回りそうな長時間ワルツの練習をしている。お相手が複数なのは、どんなリードを受けても華麗にステップを踏めるような基礎を作るという目的があるらしい。


 昨日の、甘い時間は束の間の夢だった。

 ・・・・・・かのような厳しい『育成』が私を待っていた。婚約者としての訪問は、厚待遇というのは勘違いだったかもしれない。2~3カ月は、ベイビーグレイスのものではなく、私の育成期間だった。

 グレイトドラゴンさまがもたらす、勇者とそのパートナーの役割は未だ不明であるが、セオロナさまが公爵さまの嫡男であり、しかも一人息子である。と、なると私は未来の公爵夫人!?当たり前だが、こんな庶民だだもれな生活では、人生のパートナーは失格である。


 会話術、所作・振る舞い、社交界のルールにダンス、そして溢れんばかりの教養。グランフォード・シルヴィー領の歴史と現在の産業分布、収支の全容のほか、この国の貴族名鑑の暗記、すべての大陸の関係とおおよその国家体系まで、教養についても多岐にわたっている。この階級の方々が、物心ついたことから厳しく受ける教育を2カ月という短時間にぎゅうぎゅうに詰め込まれている。スケジュールは朝5時の起床から夜10時の就寝までぎっしりだ。食事の時間ですら、マナーレッスンの場と化しているため、1分たりとも気を休める暇がない。


 エリアルさまが、王都に戻る前にこちらに伺うと返事をしたときの『どS的微笑み』は、これを想像した表情だったに違いない。


 そして、添乗員のお客様だった時には、あんなに暖かい目で対応して下さっていたパーティの皆さま、ご挨拶した際や、初日夕食時、あんなに和やかに迎え入れて下さった公爵夫妻、皆さん『育成』となった瞬間に、鬼教官の顔に早変わり。全員が全員、整った顔だちをされているだけに、『般若と過ごす欧州特訓旅行』のような毎日を強いられることとなった。


 もう一つ厳しかったは、あの甘い言葉をいただいて以来、2カ月間セオロナさまとは接見禁止だったこと。理由はセオロナさまが教育係になると、私を甘やかすのが目に見えているうえ、初日の夕食でセオロナさまを見た私が浮わついて、手が止まってしまったこと。


 会えない代わりにと、セオロナさまが毎夜一輪の花と励ましの一言メッセージを届けて下さる。返事を考えている暇があれば、大陸の国の名前を1つでも覚えろと、エリアルさまに厳命されている私は返事が書けない。その代わりに、エリアルさまが私の状況を、一刻刻みの育成日誌にまとめてセオロナさまに届けられているそう。


 この日誌はここに来るまで、私が添乗員としてつけていた旅の日誌と合わせて、『次代の古代勇者学資料』に使えるよう、エリアルさまが文献に纏められるとのこと。


 私のこの落ちこぼれ記録、次代にまで残るなんて。


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