ママアアアア
「お母さん!?」
扉の奥から現れた人物に私は目をみはった。
時は戻り、神殿出発日のこと。王都ではなくどこに向かうのかとの問いに、その答えは『グランフォード・シルヴィー領』だった。はて、どこかで聞いたような?という顔をしていると、エリアルさまがため息の後、教えてくださった。
「グランド・シルヴィー領はセオロナのお父様領地、公爵領だ。つまり、今から行く先は、セオロナの自宅だよ。」
グランドドラゴンさまが誕生したということは、王都に行く前に育成が必要だという。育成?ドラゴンさまが大きくなるまで待つってことなんですね。と、理解して。
「どれぐらい延期になるものなんでしょうか。エリアルさま。」
「うまくいけば2か月。長くかかれば3カ月といったところか。3カ月超えはいくらなんでも凱旋帰還を延期できそうにないからな。それがなければ、半年から1年ぐらいが妥当なんだが。」
私たちが、グレイトドラゴンさまと精霊王女さまから逃げるための散策を楽しんでいたころ、おそらくエリアルさまは精霊王女さまから、いろいろ聞いていたに違いないが、何をするかはまだ思案中とのことで道中は教えてもらえなかった。
そして、グランド・シルヴィー領到着までの3日3晩、私たちは魔法馬車でひたすら疾走することになっていた。セオロナさまの副音声を聞いちゃったいま、どんな顔をして、パーティの皆さまに、接しようかと悩んだが、まあ目的地までは添乗員業界を続けようと平静を装った。(鋭意努力したレベルで時々皆さまのニヤリとした表情を見て、あわててにやけ顔を正したりもしたが。)
旅にはもちろん、「グレイトドラゴンさま」であるもベイビーグレイスも加わった。馬車に詰め込まれた状態の中で、くりくりのエメラルドアイを輝かせ、熊のぬいぐるみ的癒しを与えてくれるベイビーグレイスの存在はありがたかった。あまりの可愛さに、常にすべてのお客様に平等にあり続けないとならない添乗員でありながら、お食事・遊びについつい贔屓をしてしまいそうになるのが唯一の難点だったが。
まあ、ほかの皆さまもふたことめにはベイビーグレイス・ベイビーグレイスと構われていたし、屈強騎士のブルートさまが赤ちゃん言葉で話かけていたぐらいだから、私の贔屓なんて気にもされていなかっただろう。ブルートさま、ベイビーグレイスに対してさえ、あのデレデレ具合だったとしたら、ライユさまそっくりの赤ちゃんなんかが生まれた日には、とろけて消えてしまうんじゃないかと心配したほどだ。
そして、グランド・シルヴィー領の公爵邸、公園?いや森一体?牧場?と判断できないほどの広大な敷地をぐるりと取り囲む塀。瀟洒な門扉を守る門番が深く頭を下げて公爵令息をお出迎えされる。
門を抜けたからといって、邸宅はまったく見えないが、芝生地帯、両サイドを木々に囲まれた散歩道地帯等を超えてずずーーっと進むと右手に第5別邸より少し小さめの白亜の邸宅が見えた。
魔法馬車が停車し、あら、意外と小さめ?(といっても、我が家とは比較にならないが)なんて、思っていたら。
「ここは、普段はアトリエとして使っている建物だが、裏にとても広い芝生があるのでベイビーグレイスはここでのびのびしてもらうのがいいと思うんだ。」
え、この広さとゴージャスさでアトリエ!?ふつうは6畳一間のプレハブ建てとかじゃないの?と思いながら入り口を入る。
アトリエのため、ずらああっと使用人の皆さまが並んでいるなんてことはなく、そこにいたのは。
アトリエ担当らしき3名のメイドさんと一緒にいた「うちの母」であった。うちの母……。勿論、公爵夫人などではないニッポンの母。まぎれもなく私の実の母親だった。