思い出
正餐ではないといわれたものの、心のこもったあったかい夕食。おそらく、お泊まりが決まってすぐに採りにいってくれたんだろう、『近隣の野菜畑』をイメージされたサラダ、漁港直行の『エビの旨味ソースをたっぷりかけた鮮魚のポアレ』。お肉にかかるソースは地元産赤ワインだという。
さすが、土地の品格をあげるためのお屋敷での晩餐。テーブルマナーを無視して拍手をしてしまいそうになるほど、この地の恵みを意識されたお料理だった。
旅スタイルを通そうとセオロナさま。本来、貴族の皆さまが使用人の方とお食事をされることはないのだが、ご夫婦とリンゴの件で人類への教えの祖となりそうなレイダムさんを席に招いての会食となった。
「本当によくお帰りになりました。公爵さま、奥さまもさぞお喜びになるでしょう。」
「公爵さまは、若さまが5歳の頃より、この子はすぐに自分を越える子になる。自分に出来ることは何なのかとお話しされていましたからね。徹底した帝王学や武術、社交術すべて本当に難なく修められて、誰からも愛されて。」
「奥さまとも、あとはこの子がご自分たちの元に産まれてきてくれたことに感謝することと、自分の力を充分に発揮出来るように祈るだけなんて寂しいものだとおっしゃってましたね。」
次々と子供時代にも、隙なく素晴らしかったという思い出話が飛び出す。
いいなあ、私なんか子供の頃の話って、大人になってから出会った人たちには、話して欲しくないような思い出ばっかりだ。
「公爵ご夫妻が、若さまのことを、心配されている言葉を発せられたのは、たった一度きりですね。魔王を討伐された日。」
「あの子が、世界のため、人のために出来ることは今までも多くあったし、これからも数限りなくあるだろう。でも、私たちが公爵夫妻としてでなく親としての唯一の願うことは、自分の幸せを掴んでくれることだけなのだが。そのために動くことが出来るのだろうか。と。」
「そんな、ご心配も杞憂に終わりそうですね。」
と、何故かセオロナさま以外の全員と視線があった気がする。
ん?と、私だけが首を傾げたまま夕食の場はお開きになった。