大地のめぐみ
走り去ってしまってから、気づいたがセオロナさまは、なぜあの場にいたのだろうか。
何か用事があったのかも。と思い、いそいそと逃げ去ったリング(勝手に勝負を挑んで敗北してるだけです。すみません)に戻る。
「セオロナさま、何がご用が?」
「ああ、エリアルと瑠奈さんに言っておきたいことがあってね。神殿に行く前に僕の家の別邸に寄ってもらえないか。大地のめぐみに少し心あたりがね。」
「それは、最優先だな、ルートを変更して是非行こう。」
高台の緑の芝生に悠々と続く白いタイル張りの長いアプローチ。アプローチを取り囲むのはよく手入れされた色とりどりの花壇。そして、その先にみえるのは、白亜の大豪邸だった。
「あの、別邸とおっしゃいませんでした?」
「別邸だよ、第5別邸。たまに高台まで馬を走らせて海を眺めたくなったりするとね、ここに来るんだ。」
たまに?第5?これ以上聞かないようにしよう。ニッポンの我が家ってそこの馬小屋より狭いよね。たぶん。
両開きのドアが開くと、優美な紋様が描かれた白さ眩しい2本の柱に挟まれた、大階段。階段を上った先、高い天井のホールからも優しい光が玄関に降り注ぐ。
玄関に敷かれた淡いサーモンピンクの絨毯は、踏み出すと長い毛足が足を包み込む。
ホールから続くガラス扉の向こうには、何人が座れるかチャレンジしてみたくなるほど長い、白大理石のダイニングテーブルが覗いている。
壮麗という言葉がこれほど似合う空間があるだろうか。
「お帰りなさいませ。若さま。おっしゃっていただければ、出迎えのものを寄越したのですが。」
邸宅の中から、留守番を預かられているらしいご夫婦と5人のメイドさん、庭師さんだろうかラフな服装をされたおじいさんが出てきて頭を下げられる。
「先ぶれもなく立ち寄ってしまい申し訳ない。準備ができないだろうからもてなしは不要だが、お茶の準備だけしてもらえないだろうか。」
わ、若さま・・・。
傷をつけたら、一年働いても弁償できなさそうなティーセットでお茶を飲みながら、一息・・・。はい、
私だけには無理・・・。ティーカップ持ち上げるとき、完全に息がとまってしまう。
しかしながら、皆さまさすが、貴族の出でいらっしゃる。服装は旅にあわせた動きやすいラフな装備なのに、この高級感あふれるリビングルームの景色にぴたりと馴染み、お茶の時間を楽しまれている。突然の訪問にも関わらず、色とりどりのお茶菓子、きっといつでも来客を迎えられるよう準備されているのだろう。
「で、本題だが。」
エリアルさまが切り出す。
「大地のめぐみというのはここにあるものなのか。」
「屋敷の裏手にあるリンゴだと思う。果樹園ではなく、僕が種を植えた木がある。子供のころにね。」
「なるほど、で、なぜその木なのかと?」
「庭師のレイダム爺が、僕に教えてくれたことがある。僕が一本しかないその木のリンゴを全部食べてしまって、終わりだって泣いたときがあったんだ。そのときに聞いたんだ。」
「若さま。大地のめぐみというのは、いただいたときに終わりではありません。また、新たに育むことができる喜びの始まりなのですよ。」
「魔王を倒した今が終わりではなく、新たな世界を育むはじまりだ。と、夕暮れの海でそんな声を聴いたんだ。そして、大地からの教えは、育みは自分の力だけで行うものではなく、支えてくれる人達と一緒に行うものなんだということなんだろうな。」
この教えがあるから、大地のめぐみはここのリンゴなのだと、セオロナさまは確信をもった目で語られた。
先ほど、お出迎えをされていた庭師さんが件のレイダムさんだという。見ているだけで暖かくて心地よい笑顔に案内され、屋敷裏に行くと、よく手入れされて大きく育ったリンゴの木に、しっかり赤く色づいた実がなっている。
恵みのありがたみをしっかり受け止めて、勇者セオロナさまの手で、恵みをもぎとる。
「若さま。せっかくだから泊まっていかれたらどうです?シェフと給仕はいないので、正餐はできませんが。」
使用人筆頭と思われるご夫婦からの提案。
「どうだろう?」
セオロナさまが、旅程担当エリアルさまに尋ねられる。
「のんびりぐせがついたようだが、ありがたくこちらで休ませていただきます。」
やったー。豪邸見学ができるー!と、このお申し出に一番喜んでいるのが一添乗員だとは、知られないようにしなきゃ。