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犬の入店お断り

 とある帝国の東に浮かぶ島。

 世界で最も豊かな島。

 何者にも支配されぬ自由の島。


 島の名はマグナ。

 そこにある街の名もまたマグナ。

 世界から切り離された、小さな世界。

 ここでも人々の営みは日々奏でられている。


 時に賑やかに。

 時に騒々しく。


  ◇◆◇


「……のです!」

 説明を終えた少女は満面の笑顔で締めくくる。

「意味が分かりません」

 説明を聞いた女性は眉一つ動かさぬまま一蹴する。

「あれ、分かりませんか? 私なにか言い漏らしてましたか?」

 小首を傾げるビーズ。

「上の口も下の口も、だだ漏れですわね」

 相変わらず彫像のように表情を崩さぬ女性。

 但し、先程から彼女を中心に部屋の温度はグングンと下がり続けている。


 ビスチエッタ商会マグナ自警団本部応接室。

 大層な名前が付いているが、狭く質素な部屋だ。

 テーブルを挟んで見詰め合う少女と女性。言うまでも無く少女はビーズであり、向かいに座る赤髪の女性はマグナ自警団の創始者にして初代団長、街の人々から『赤鹿』と恐れられつつも親しまれている女傑、名をジョアンナ・ディア・ビスチエッタと言う。来月で二十六歳を迎える独身貴族である。

 なおビーズの横にはパピーも座っているのだが、部屋の主であるジョアンナに「黙ってなさい」と命令されたため、先程から何か言いたげにしつつも忠実に口を噤んでいる。


 仕事の都合で自警団を訪れた二人は、団長自らの手で問答無用で連行され、今に至る。取調室か尋問室に改名すべきだとパピーは思う。思うだけで口にはしない。命令に忠実に従いながら、嵐が過ぎ去るのを待っている。

 しかしパピーの願いはむなしく暴風は吹き止む気配がない。

「私はお二人の出会いについて伺ったはずですが……」

 その結果、ビーズが語ったのはビスチエッタにとって理解しがたいものだった。

「なぜ裸ですの? なぜ漏らしてますの? 馬鹿ですの? 馬鹿ですわね?」

「犬ですから。犬ですから。犬ですから。犬です!」

 もはやジョアンナのそれは問いではなく非難に変わっている。

 しかしビーズはどこ吹く風。先程からずっとこの調子である。

「いったい貴女は何ですの!」

「犬です! パピー様の犬です!」

「黙りなさい、この駄犬が!」

「わふん♪」

 ついに雷が落ちるが、逆に尻尾を振る始末。

 屈強な戦士ですら震え上がる『赤鹿』の眼光をも、駄犬の赤い両目は揺らぐことなく真っ直ぐに見返す。というか状況が分かっていないかのようだった。

 方や睨み付け、方や見詰める、ちぐはぐな視線の交差。

 長い沈黙の末、折れたのは『赤鹿』だった。

「……いいでしょう。説明はもう結構です。貴女が頭も尿道も緩いことは理解出来ました」

 話し合いの不毛さを理解したのだろう、ジョアンナは軽く手を打ち鳴らし、話を切り上げる。

 先程までの嵐はどこへやら。実にサバサバとした顔に戻る。

「パピー。薬の納品は副長を通してお願いします。支払いはいつも通りで」

「ん……お、おう」

 急に話を振られたパピーが、慌てて返答をする。

「お二人とも、お呼び立てして申し訳ございませんでした。私達マグナ自警団は街の治安維持を職分とするゆえ、どうかご理解のほどお願いします」

 そう言って頭を下げるジョアンナ。

 規律を尊び、礼儀を重んじる。こちらが本来の彼女の姿である。

「なにせ幼い少女を連れ回す人相の悪い男が出没するという通報があったものでして。公序良俗に反する不埒な行為、私達としても実態を調査する必要があったわけです」

 訂正。嵐はまだ余韻を残しているようである。

 じとりと睨まれたパピーは、慌てて首を振る。

 それに満足したのであろう。

「お二人の協力に感謝します」

 改めて頭を下げるジョアンナ。どうにか『赤鹿』の角は収まったようである。パピーも、ほっと胸を撫で下ろす。

 長居は無用とばかりに席を立つ二人。ジョアンナもそれを見送るつもりであったが……それは天啓か、あるいは女の勘だったのか、彼女自身も分からぬ問い掛けが、不意に口を衝いて零れ出た。

「そうそう、今更ですがお名前をお聞かせ願いますか? 既に存じてはおりますが、貴女の口から直接聞きたいので」

「ビーズです」

 扉を開けようとしていたビーズが、振り返って答える。

 そして唐突に、その顔がにへらと崩れた。


「パピー様に付けて頂いた、大切な名前です♪」


 額を抑えるパピー。

 用は済んだとばかりに部屋から出るビーズ。パピーもそれに続こうとするが、「貴方は残りなさい」そうは問屋が卸さない。


 一緒に残ろうとするビーズを、パピーはきつい調子で諫めて先に行かせる。

 普段と違う様子に気付いたのであろう、ビーズも渋々ながら従った。

 そして部屋にはパピーとジョアンナの二人だけが残る。

 長い静寂は、嵐の前のそれか、あるいは……


「嫉妬深い女は嫌い?」

「……いや、男冥利に尽きる」

「貴方、アレを飼うつもり?」

「こっちにも色々と事情があるんだよ」

 視線を逸らしながら答えるパピーに、ジョアンナは苦笑する。


 距離を詰める女性。

 無言で待つ男。

 女性のしなやかな指が、男の顔に刻まれた爪痕を撫でる。


「今は我慢するわ。けど私は独占欲が強いの。それだけは覚えておきなさい」

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