これが、恋なんだ
「こんちはっ!?」
占冠先生が木古内さんからホワイトデーのプレゼントを忘れられて、木古内さんが彼女を宥めている一方で、私と知内さんはシュークリームを頬張りながらティータイムを満喫していると、音威子府くんが何かに驚いたかのように語尾の上擦った挨拶をして部室に入ってきた。
あぁ、シュークリーム、外はサクサク、中はとろ~り、さっぱりした甘さでおいし~い。しあわせ~。知内さん、どこで買ってきたんだろう?
「うぃっす! ねっぷ!」
「やぁ、こんにちは」
「こんにちは…?」
「こんにちは神威クン。キミを待っていたよ!」
知内さん、木古内さん、私、占冠先生の順で返事をした。
「神威クン、例の物を」
占冠先生はドライな口調で音威子府くんにプレゼントを要求した。
「今日は何の日?」
あぁ、この感じだと音威子府くんもプレゼント用意してなさそう…。
「ごめん。カップちゃんの分、忘れてた」
やっぱり。
「えぇ!? なんでなんで!? 私、神威クンをこんな子に育てた覚えなんかないよ! 新史クンも忘れたみたいだし、先生もう帰る!」
最後の期待を裏切られた占冠先生は、半泣き状態で教室を飛び出そうとした。一方で音威子府くんは、面倒な女に絡まれたと言わんばかりの気怠い表情で占冠先生を見ている。
「すみません。近いうちに何かご馳走します」
その時、木古内さんがすかさずお詫びとプレゼントの代案をした。
「うん、ありがと。楽しみにしてる」
言い残して、占冠先生は半泣きのままトボトボと部室を出た。生徒に遠慮することなく素直にご馳走になろうとするような人だから結婚相手が見つからないのでは? と、つい思ってしまった。でも、私もこのくらい素直になれたらなと羨んでみたりみなかったり…。
「さてさて、ねっぷくん、まさか私と麗ちゃんへのプレゼントまで忘れたなんて事はないよね? 新史からはカップちゃんが部室に襲来する前に素敵なプレゼントをカツアゲさせてもらったよ。ね? 麗ちゃん」
うぅ、こういう咄嗟の振りはどう返せば良いのかわからなくて混乱する…。
「え? いや、カツアゲはしてません」
知内さんはしてましたけど。
「ははは、麗ちゃんも言うようになったねぇ! 感心感心。お姉さん嬉しいぞぉ!」
え? こんな感じでいいの?
「はぁ…」
なんだか腑に落ちないけど、喜んでくれて良かった。
「オフコース! こっちが見知さんので、こっちがうら、留萌さんのです!」
音威子府くん、私の事またファーストネームで呼ぼうとした? 遠慮しないで呼んでくれたら嬉しいな。なんて言えない…。
「むむっ? これは、バナナだね?」
「イエス! 見知さんにはバナナ貰ったんで、高級バナナでお返しっス!」
「そうかい。有り難く戴くよ。はむっ! ややっ!? なめらかな口溶けで酸味の少ないシンプルな甘味。さすが高級品だね!」
「いやぁ、喜んでもらえて何よりです!」
私のプレゼントはなんだろう? 気になるなぁ。早く中身見たいなぁ。
「あの、音威子府くん、開けてみていいかな?」
どうしても気になるので、少し勇気を出して音威子府くんに問うた。
「どうぞどうぞ! ぜひどうぞ!」
音威子府くんが快諾してくれたので、私は包装紙が破れないようにセロファンテープを慎重に剥がして封を解いた。
「あ、かわいい…」
私が受け取ったプレゼントは15センチくらいの白クマさんのぬいぐるみとチョコレートのセット。白クマさんのふわふわした感触、小さな手足、つぶらな瞳、チュンチュンしたくなる鼻、チューしたくなる口…。あぁ、なんなのなんなのなんなの!? 可愛過ぎるっ!!
「おっ、白クマさんかい? 私のは茶色いクマさんだから、色違いだね?」
確かに、私が音威子府くんから受け取った白クマさんは木古内さんから知内さんへのプレゼントとそっくり。
「実はね、僕と神威くんで一緒にプレゼントを選びに回って、神威くんがこれを見付けたんだよ」
木古内さんが説明してくれた。音威子府くんって、『まりもっこり』とかをプレゼントしてきそうなイメージがあるけど、ちゃんと私の好みを考えて選んでくれたんだ。かと言って、『まりもっこり』も決して嫌いではない。意外性抜群の木古内さんからの『ひぐまりもっこり』だって、実は少し気に入っている。
あれ? まさか木古内さんと音威子府くんが選んだプレゼントが差し替えられてるなんて事はないよね? でも二人のセンスからして、そう考えると辻褄が合う。
いやいや、そんな風に考えちゃだめ! 仮に私の邪推が合ってても良かれと思ってやって差し替えたんだろうから!
「ほほーっ、神威くん、なかなか良いセンスですな」
「いや、雪まつりの時、動物の雪像を見て留萌さんが動物好きっての知って、これなら喜んでくれるかなと」
あぁ、そうなんだ。音威子府くん、やっぱり私の好みをちゃんと考えてプレゼント選びしてくれたんだ。嬉しいなぁ。また来年も一緒に雪まつり行きたいな。なんて。
なのに私、疑っちゃったりして。もう、なんなの私、最低!
「だってさ、麗ちゃん!」
知内さんは言いながら私の肩をポンッ! と叩いて揉み始めたのでビックリした。
「あ、ありがとう…」
雪まつりの日のことを思い出す。今でもだけど、口数少ない私に一所懸命話し掛けてくれて、おいしい食べ物ご馳走してくれて、私が動物好きだっていう話をしたら楽しそうに聞いてくれて、私の笑顔を受け入れてくれた。それが嬉しくてチョコバナナをあげたら大はしゃぎで喜んでくれて。彼のそんな姿を見たら私、なぜかとても優しい気持ちになれて…。また、彼の喜ぶ顔が見たいと思って…。
トクン…。
あれ? またあの時の感覚が…。胸がキュンと締め付けられる、あの感覚が…。
そうなんだ、彼に笑顔にしてもらうだけじゃなくて、私からも彼を笑顔にしたいって思えることが…。
…恋、なんだ…。
ホワイトデーで麗の恋、再燃です。
どっかの誰かが執筆中に心の中でつぶやきました。
「あぁ、なんだべなんだべなんだべ!? 羨ましいなこんちくしょう! でも幸せになってくれ!」
だべ!? ってのは私の地元の方言です。SMAPの中居正広さんの喋り方が正にそれです。正広さんだけに正に…。
ごめんなさいm(__)m