女神と天使
部活が終わり、私と知内さんは電車に乗らない音威子府くんと、木古内さんという二年生の方と札幌駅の改札口で別れた。私と知内さんは札幌駅から電車に乗って帰る。私は手稲駅、知内さんは手稲駅の二つ手前の発寒駅が自宅の最寄駅。
夕方の冷え込みが強くなってきたホームで電車を待っている時、私は知内さんに以前から気になっていたことを質問しようと、努めて気持ちを落ち着かせた。とても恥ずかしくてむず痒い質問なので、疑問を抱き始めてから約一ヶ月間、ずっと聞き出せずにいた。
「知内さん、ちょっとお聞きしたいことが…」
「ん? なんだい? 私が答えられることなら、なんでもどうぞ?」
言いながら私の顔を覗き込むような上目遣いで見る知内さんは、知性に溢れ、独特の魅力がある。
「あの、雪まつりの土曜日、どうしてました?」
雪まつりの土曜日、知内さんは彼氏さんとデートをする約束があると言っていた。でも私は、知内さんが私にとってとても恥ずかしい事をしていたと思えてならない。
「終日、カップちゃんと新史と一緒に、麗ちゃんと、ねっぷが取材している姿を陰からこっそり見守ってたよ。だから彼氏とデートってのはウソぴょん☆ 残念ながら、彼氏の存在自体ウソぴょん☆」
いやああああああ!! 彼氏とデートって言って誤魔化して欲しい気持ち9割以上だったのに、この人あっさり白状しちゃったよぉ!! ああ!! どうしよどうしよどうしよう!? 頭が沸騰する!! っていうか木古内さんと付き合ってるんじゃなかったの!?
「『バレンタインのつもりです!』って、ねっぷにチョコバナナを渡す麗ちゃん、ガチ萌えっした! ごっつぁんです!」
「えっ、その、あの…」
私はただ、顔を真っ赤にして俯くしかなかった。ああ!! 恥ずかしい!! 恥ずかし過ぎる!! もうイヤ!! なんなのなんなのなんなの!?
このタイミングで電車が入線し、私たちは乗り込んだ。
さきほど見知さんが言っていたカップちゃんというのは、新聞部顧問、三十路間近で絶賛婚活中の占冠蘭先生のあだ名。
新史というのは、二年生の木古内新史さん。木古内さんはクリーミー系男子と呼ばれる部類のイケメンで、女子生徒からの人気は高い。
新史さんだけに嵐を巻き起こしてる。…なんちゃって。私がそんなこと考えてるなんて、みんなの前では言えない。
「やぁ~それにしてもチョコバナナ渡す麗ちゃんカ~ア~イ~イ~☆ きゃーあ!! 萌え死に必至だコレ!! ミシルコレクション、略してシルコレの殿堂入り決定だーぁ!! ハァ、ハァ…」
「知内さん、電車の中ではお静かに」
スマートフォンに写ったチョコバナナを渡す私を見て興奮しながら身体をクネクネしてキャンキャン騒ぐ知内さんに、恥ずかしさのあまり沸騰しそうな勢いで赤面している私は、思わず裏返った声で注意した。
「おっといけない悪かったね。でもキミの笑顔はまるで天使のようだよ」
「えっ?」
聞こえていたけど、あまりにも耳を疑いたくなる言葉に思わず聞き返してしまった。
「だ・か・ら、麗ちゃんのスマイルはエンジェルだよ☆」
「そんな、私の笑顔って、ヘンじゃないですか…?」
今の私は、笑うのが恐ろしくて、上手く笑えないと思う。雪まつりの時も、そうだったかもしれない。
「なにをいうかねこのこのっ! もはや天使通り越して女神だね! 女神降臨キタコレー!」
知内さんは器用に二ヵ国語を使い分け、人差し指で私の頬をぷにぷに押しながら言った。
「…」
知内さんの言葉はとても嬉しいけど、嬉し過ぎて、頭の中がこんがらがって複雑な気持ちになって、俯いて黙り込んでしまった。
「あー、私も女神の御利益に肖りたい。なんまいだーなんまいだーなむあみだんぶーアーメン」
合掌した手を擦りながら私を拝む知内さん。いやいや私、女神なんかじゃありません。
「だからさ、学校でも、せめて部活の時間だけでも、キミの素敵な笑顔を見せておくれよ」
言って、知内さんは私に微笑みかけてくれた。それこそ、天使のように素敵な微笑みだった。
「でも…」
「少しずつでいい。笑いたい時だけでいい。またあの笑顔が見れるときを、私は気長に待っているよ」
ポタッ!
突然、私から大粒の涙が零れ落ちた。
「おいおい麗ちゃん、どうしたんだい!?」
「ごめんなさい、大丈夫です」
本当に言いたかったのは、『ありがとう』の言葉。
電車の中でグスグスと泣き崩れた私を、知内さんはそっと抱き寄せてくれた。その腕の中は、とても温かくて、やさしさに満ちていた。
今回は見知の紹介を兼ねたお話となりました。次回は遅ればせながらホワイトデーのお話、その次は既にチラッと見せている麗の裏の一面を予定しています。