勇気を出せば
机の棚に入れたままのライトノベルを取るため陽が陰ってきた廊下を歩いて教室の近くに来ると、上幌さんの声が聞こえた。誰かと話しているのだろうか。
も、もしかして、誰かに告白されてる!? 上幌さん、モテるからなぁ。
教室の扉は開いている。邪魔をしてはいけないと思い、私は隣の教室の扉の前で事が終わるのを待つ。
はぁ、告白かぁ…。他人事とはいえ、なんだか緊張するなぁ。上幌さんは神威くんが好きなのだから、結果は見えているけれど…。
そういえば、相手の男の子は誰なのだろう。教室での告白だから、同じクラスの人かな?
魔が差して、少し聞き耳を立てたその時だった…。
「好きなの! 私、ねっぷが好きなの!」
えっ!? どういうこと!? 告白してるのは上幌さんで、相手は神威くん!?
廊下まで響く上幌さんの叫び声に、私は耳を疑った。
思わず身を半歩、自分の教室に覗かせて、様子を窺うと、更に信じられない光景が広がっていた。
「バカ…。気付いてよバカ! 中学の時から、ずっと好きなのに…」
神威くんは床に腰を下ろし、上幌さんは膝を着いて涙を浮かべ、顔をしゃくしゃにしながら神威くんの両肩をバタバタと叩いている。この様子だと、上幌さんが神威くんを押し倒したのだろう。
どうしよう? どうしよう!? このままじゃ神威くんは上幌さんと付き合って、私が付け入る隙なんかなくなって…。
思い出す、雪まつりの日。思えばあの頃の私は、人とどう接すれば良いのかわからなくて、自分でも思うくらいとても感じが悪くて、でも、神威くんが、こんな私に歩み寄ってくれた神威くんの優しさが、私に笑みを取り戻してくれた。
同じ新聞部だから、一緒に居るのがなんとなく当たり前な気がして、昨年度よりも接する機会が増えたから尚更で、夢みがちな私は根拠もないのにいつかきっと一緒になれるような気がして…。
だけどその夢はいま、上幌さんに持って行かれそうで、それがすごく、すごく怖くて…。
「なによ、なにボケっとして…。ぐしゃぐしゃにしてよ! イヤなこと、ぜんぶ忘れられるくらいぐしゃぐしゃにしてよ!」
上幌さんに迫られている神威くんは、ボケっとしているというよりは、状況を呑み込めず混乱した結果、口をポカンと開けて生気を失っているように見える。
イヤなことってつまり、上幌さんに乱暴したストーカーのことだろうか。それを忘れさせるくらいぐしゃぐしゃにするとはつまり、状況から見て解るように、このまま抱いて欲しいということなんて、容易に想像できる。
どうしよう、本当にどうしよう。このままじゃ既成事実が出来上がって、私は…。
ううん、たとえ神威くんが上幌さんと付き合うようになったとしても、きっと彼はこれまで通り接してくれるだろう。
けれど私は、それでは満足できない。
どうして? どうしてなの? いつから私、こんなにも我が儘になってしまったの? つくづく思う。ついこの前まで一人ぼっちだった私が色々な妄想を膨らませるようになって…。
ああもうイヤ! イヤなものはイヤなの!! この状況を阻止できる可能性はまだある!! 私が一縷の望みを託して勇気を出せば、阻止できるかもしれない!! もしかしたらその先だって…。
そのためのアクションは、一つしかない!!
「私も…」
絞り出した声は思ったより大きくて、上幌さんと神威くんは驚いた顔でこちらへ振り返った。
頑張れ私、二人の視線が怖いけど、頑張れ!!
「わっ! 私も! 神威くんが好きです!!」
言った! 叫んだ! 私史上最大の叫び声で!
「麗…」
「麗ちゃん…」
息ピッタリに重なる呼称さえ、嫉妬に変わる。
ええいっ! そんなことで怯んじゃダメだ私! 言いたいこと全部言っちゃえー!!
「神威くんは、何人もの女の子にちょっかい出して、心底嫌がられて、どうしようもない人だけど…」
息継ぎをして一旦言葉を区切り、『それでも好きです』を云おうとして神威くんを見た時、異変に気付いた。
神威くんの混乱がピークに達したようで、先程より大きく口を開き、今にも気絶してしまいそうで、もはや気持ちを伝えられそうにない。
この人はいつも大事な時に…。
「麗ちゃん、ちょっとお願いがある」
「はっ、はい?」
気を取り直したのか、神威くんは真剣な眼差しでこちらを見て言った。
「俺さ、ぶっちゃけモテないどころか、女子に嫌われまくりじゃん?」
確かにそうだけれど、返事に困る。
「だからさ、なんつーか、ダブル告白されてる状況がリアルだとは思えないんだよね。で、お願いなんだけど、今から麗ちゃんは俺を気絶させて、俺の部屋まで引き摺ってくんないか? 目覚めた時にケツが痛かったら、そん時は冷静になって、二人の気持ちに向き合うからさ」
あぁ~、夢みたいな出来事なんだな~。うん、なら仕方ない。
「あ、はい、わかりました…」
「おう。じゃあよろしくな。二人とも、今日はありがとな。夢でもマジで、このまま死ぬんじゃないかってくらい、嬉しいぜ」
その時の神威くんの目はとても優しくて、二人を平等に見詰めていた。
私は神威くんを気絶させ、気まずいながら上幌さんと一緒に引き摺って、彼のポケットから鍵を取り出して、ごきぶりんちゃんへの挨拶を忘れず、お部屋のベッドに寝かせた。
「なんだか拍子抜けしちゃった~。私、けっこう頑張ったのに、それを夢だと疑われてたなんて…」
神威くんのお部屋を出て、マンションの廊下に出ると、上幌さんが告白後初めて口を開いた。
「そんなに信じられない出来事だったのかな…」
いつもより重たい口でか言葉を紡いだ。
「ふふっ、そうかもね。うちの学校で抱かれたくない男のトップ10に入るヤツだもん。お互い、変なヤツを好きになっちゃったね」
無邪気に失礼なことを言う上幌さんは、何かスッキリしたようで楽しそう。
「うん。私は変わりものだし、上幌さんは神威くんの良さをちゃんと理解してるから」
「理解してるのは麗もでしょ?」
「うん!」
ダブル告白の後なのに、恋敵同士の会話はいつも以上に弾んだ。
私も不思議と心のモヤが取れて、少し冷たい夜風がとても爽やかだ。
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次回、いよいよ最終回!
麗編はハッピーエンドなるか!?
再来週からは新シリーズをスタート予定です!