どうしてこう、温かいのだろう
「ぅほーいっ!! ぅほほほほーいっ!!」
「うーっ!! はーっ!! うーっ!! ぎひゃあああ!!」
「おりゃおりゃおりゃー!!」
ササッ!! シュシュッ!!
びゅびゅっ!! びゅーっ!!
「はい、お疲れ様でした」
午後4時の新聞部室、私はみんなに稽古終了の号令をかけた。
木古内さんは終始無言で正拳突き、長万部くんも正拳突きだけど、両手に注射器を持ち、紫色の内容液を噴射していた。なんだろう? ケミカルXかアポトキシンかな?
後で聞いた話だと、注射器の中味は紫キャベツの煮汁だそうだ。
不入斗さんは奇声を上げながら突きと蹴りの練習をしていた。うーっ! にゃー! なら可愛いけど気合いが足りない気がするから、ぎひゃあああ!! でいいか。
「いやぁ、さすが麗ちゃん! 神たる俺をも凌駕する技を習得してるとは驚きだったぜ」
爽やかな笑顔を向ける神威くん。
あぁ、そんなに眩しい笑顔を向けられたら困っちゃう…。
でも、強いって言われるのもなんだかなぁ…。
「そ、そんな…」
そもそも私、強くなんかないし…。
「ねっぷせんぱい、無神経です!」
「だね。麗姫は乙女なのだよ? 強いみたいなことを言われてもあまり嬉しくは思わないだろう」
う~ん、確かにあまり嬉しくないけれど、それ以上にストーカーに武術が通用しなかったことが自信喪失に繋がり、ジレンマになっている。
「うおおお!! そうだったのか!! 済まない麗ちゃん !! この通りだ!!」
神威くんは私の前に跪き、両手の平を擦り合わせて拝むポーズを取った。
「えっ!? そんな、大丈夫、なんでもないから、ただ、 返答に困っただけで…」
「うおおおっ!! 俺は麗ちゃんを困らせたのか!! 申し訳ありませんでしたー!!」
そ、そんな、涙ながらに謝らなくても…。
「う、うん、大丈夫だよ」
上辺でものを言う人が多い世の中で、明るく素直な性格は神威くんの魅力の一つである。
◇◇◇
学校を出て、駅前で新聞部のみんなが散り散りとなり、私と知内さんは札幌駅から函館線の電車に乗り込んだ。近頃は学園都市線の電化に伴い、札幌圏の路線に新しい電車が導入された。
素人の私から見れば、吊革が従来の白くて丸いタイプから、首都圏の山手線や湘南新宿ラインなどで採用されているグレーで三角形のタイプになったくらいしか判別できない。図書室の雑誌を読めば何か解るかもしれないけれど、そこまでしなくても次第に判別出来るようになるだろう。
「おやおや、座席が緑色だから、この電車は新型だね」
「紫色でも新型はありますよ?」
「紫色のヤツは吊革が丸いのが古いタイプで、三角なのが新型だけど、緑色の座席は漏れなく新型なのさ」
「詳しいですね」
「見た目は小学生でもジャーナリストのタマゴだからね」
知内さんのコンプレックスはいわゆる幼児体型。女性のメカニズムは正常だそうだけれど、下着が中学生向けのもので十分なのだとか。
「そんな、小学生だなんて…」
このタイミングで電車は走り出し、二ヶ国語の案内放送が流れ始めた。日本語は男性で、英語は女性なのだけれど、男性の声はテレビで聞いた覚えがあるような…。
「いやいや事実を歪曲しなくても構わないさ。それより麗姫、ねっぷにはアタックできているのかい?」
うぅ…。
私は思わず俯いてしまった。
「あれま。麗姫も承知とは思うけど、ライバルが居るからね。ツンツンしている彼女が最近デレ始めているから、ある意味スピード勝負になるかもしれないよ」
「うん、それはわかってるけど…」
「気持ちに整理がつかないかい?」
「なんていうか、時々、どうしてこの人を好きになったのだろうとか、そもそも今でも好きなのだろうかとか、疑心暗鬼になったりして…」
「ははは、あの変態ねっぷだからね…」
うん、苦笑されるような人を好きになってしまったんだよね…。
「麗姫、仮にねっぷとの恋が叶わなかったとしたら、私とイイコトしようじゃないか…」
知内さん、完全にオヤジモードだ。電車の中で手をワシャワシャしないでよ…。もちろん人目に付かない場所でもダメだけど…。
「遠慮しておきます…」
というより、木古内さんとはどうするの?
「ははは、ただ、私は麗姫の幸せを願っているから。力になれることがあれば遠慮なく言っておくれ?」
「ありがとう、ございます…」
「うふふ」
本当にどうしてこう、札幌に引っ越してからは私の周りの人は温かいのだろう。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
おさらいですが、麗は中学卒業後、旭川から札幌へ引っ越して来ました。