静かで麗かに萌えるまきば
「留萌さん緑茶あげるー」
「万希葉牧草あげるー」
「静香のび太くんあげるー」
朝のホームルーム前の教室。着席している上幌さんと、立っている岩見沢さんと私とで席を囲ってお話ししていると、他の女子生徒三人が話し掛けてきた。
「あ、うん、ありがとう」
私は差し出されたペットボトル入りの緑茶『うらら』を受け取った。
「牧草いらない。ってか嫌がらせ!?」
「アタシものび太くんは要らねぇなぁ」
「ごめんごめん、チロルチョコあげる」
言って、一人がミルク味のチロルチョコを差し出し、私たちはお礼を言って受け取った。あ、私だけ緑茶と合わせて二つ貰っちゃった。
ストーカー事件後の私たちはまるで女騎士のような扱いを受けている。
私たちとは面識のなかった犯人は、日頃から教職員や先輩生徒に対しては誠実な態度を取っていたけれど、同級生や後輩の弱みを握って使い走りにしたり、有りもしない話を捏造して周囲への吹聴を繰り返していたという。うちに、彼に関する噂が広まり孤立したそうだ。
◇◇◇
授業と部活動が終了し、私は岩見沢さん、留寿都さんと上幌さんのお宅に招待された。
四角いテーブルを囲ってお喋りが始まる。お部屋の扉に牧草を咥えたホルスタインの顔の木製版画に『まきばのへや』と記された札が掛けられていた。おそらく牧場か牧場の土産物店で販売されていたグッズで、文字は自由に貼り付けられるものだろう。これには触れないほうが良いのだろうか。
「ねぇねぇマッキー、ドアに掛かってたアレなに~? 自虐ネタ?」
迷う間もなく留寿都さんが余計なことまで訊いてしまった。
「かわいいでしょ~。中学の時の林間学校でねっぷが買ってくれたんだけど、なんとなくずっと仕舞ったままで、修学旅行から帰ってお部屋の整理してたら出て来たの」
えっ!? なんかショックかも。羨ましい…。
「なんとなく、ずっと仕舞ったままだったんだねぇ、なんとなく」
岩見沢さんがニヤリとわざとらしく言った。
上幌さんは、そうよ? と言って頬を少し赤らめ、なんとなく…。と付け足して岩見沢さんから目を逸らして誰も居ない壁の方を向いた。
「ねっぷくんってさぁ、なんかこう、すごいよね、色々」
「非常時までバカ丸出しだもんな~」
「あっ! 非常時といえばルッツー、私が人質に捕られてる時にねっぷが変なこと言って、あはは~とか言ってお気楽ムードだったでしょ!? あれ何気に超ショックだったんだから」
あぁ、神威くんがスカートめくりとかパイタッチの承諾を求めた時か。
「ごめんよマッキー、後で考えたら不謹慎だって気付いたんだけど、わざわざ話題にしてあの時の記
憶を蘇らせたくなくてなかなか謝れなかったよ~」
「あぁ、なんかアタシも意識取り戻した時に聞こえた気がする」
「静香が復活する直前だったわね。まぁ、過ぎたことだしもういいけど」
「ごめんよぉ。けどさ、ねっぷくんのお陰でなんか安心してたっていうか、緊迫してたのに、もう危機は去ったって感じだったよね~」
それは私も思った。もしかしてあれが神威くんの戦術? だとしたら彼、かなり神懸ってる。
◇◇◇
上幌さんの部屋を出て、途中で岩見沢さんと留寿都さんともお別れした私は、札幌駅へ向かって歩き、コンビニがある角地を右折し、カニの専門店に差し掛かろうとしていた。
「うーららちゃーん!」
誰かが背後から私を呼んだ。誰かというか、この声は紛れもなく神威くんだ。ドタドタドタドタッ! と駆け寄る音が聞こえ、振り返ろうとした時…。
ヒラッ!
えっ!? スカートめくられた!? どうしようピンクの布を見られちゃう! こうなったら仕方ない!
私は1秒かけずに状況判断と処置を考え、神威くんの視覚がピンクを認識する前に彼の背後に回り込んだ。
ズドン!
「うおっ!?」
バタッ!
私は神威くんの後頭部に踵落としをして、状況を把握する間も与えず気絶してもらった。
ふぅ…。周囲に目撃者は居ないよね? 取り敢えず神威くんを部屋まで運ばなきゃ。
私は気絶した神威くんをズルズル引っ張り、近くにある神威くんが住むマンションの部屋の前まで運んだ。
お部屋にナマハゲ、じゃなくてお母さんがいらっしゃるかわからないけれど、私は敢えてインターフォンを押さず神威くんを置き去ることにした。
扉に凭れ掛けさせた時に神威くんの身体が倒れてしまった時に気付いたのだけれど、赤いジャージのお尻の部分と下着が擦り切れて穴が開いていた。
ごめんなさい神威くん。でも、スカートをめくられるのは恥ずかしいです。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
今回は神威編同様にクッション回と致しました。
『さつこい!』は今回で神威編と合わせて通算122回、『いちにちひとつぶ』の52回を上回り拙作史上最長作品となっております。