命の危機
神威くんの目覚めで、事態は好転するだろうか。私は淡い期待を寄せていた。
神威くんは泥まみれの身体を起こし、黒装束と睨み合う。上幌さんが人質に捕られている最中、何か策を練っているのだろうか。
「おい学校のゴミ、社会のクズ、動いたら俺の万希葉ちゃん、魂抜いて剥製にしてフィギュアみたいにお家に飾っちゃうよ? ほ~ら、これ、なんだと思う?」
この発言から、黒装束は神威くんを知る者であると推察可能。それにしても酷い言われようだ。
黒装束はコートの左ポケットから小さな注射器を取り出した。恐らく中味は少量でも致死する猛毒だ。
「へっ!? イヤ、そんなの絶対イヤ!! 助けてねっぷー !!」
震えていた上幌さんの恐怖が加速して、黒装束の手中でじたばたもがくけど、敵わない。
「大丈夫だ万希葉! ぜってぇ助けるからな!!」
私も上幌さんを救いたい! けど、どうすればいいの? 黒装束、恐らくかなり武術慣れしてる。下手に動いたら上幌さんの命が危ない。
「放せ…」
ふと、神威くんが立つ方から僅かに声が聞こえた。留寿都さんの意識が戻ったようだ。留寿都さんは胴体をゆっくり起こし、黒装束を睨む。
「マッキーを放せっつってんだよ!! 私が身代わりになるから放せええええええ!!」
留寿都さんの声はビルに反射して何度かこだまし、やがて沈黙が戻った。
「それはダメ!! 狙われたのは私なんだから、ルッツーが身代わりになる必要なんてない!!」
涙を散らして叫ぶ上幌さん。留寿都さんは言葉を見付けられないようだ。でも、それでも、上幌さんを救いたいという意志は、彼女の目から感じられる。
「はははっ、そうだ、その通りだ。俺はお前なんか興味ない。だが、勘違いしてないか? 俺は此処に居合わせた全員殺すつもりだぜ? 剥製にするかゴミとして棄てるかって雲泥の差はあるけどなぁ! はははははははっ! わ ーはっはっはっ! ぎゃあはっはっはっ!! 嗚呼、なんて滑稽なんだ、一人のためにみ~んな死んじゃう! 嗚呼 、おかしいねぇ、理不尽だねぇ!! でもね、万希葉ちゃんが美しいのがいけないんだよ? 美しさは罪っていうでしょう」
全員殺すつもりとは最初から承知。表情の見えない黒装束は、狂酔し顔を上げて高らかに笑っている。
あぁ、イライラする。こういう自分勝手な人、わたし大っ嫌い! 縛り上げてヒグマさんの餌食にしたい。
「テメェ好きなヤツ泣かせて何ふざけたこと言ってんだ!! 万希葉をどうにかしたいならテメェの力で振り向かせてみろってんだよ!! できねぇならスカートめくりしやがれ!! それでも不満ならケツパンパンしたりパイタッチしてみろ!! 意外と弾力あって張りのある感触がいいオカズになるぜ!!」
はぁ…。どうしてこの人はこうなのだろう。折角カッコイイこと言い始めたと一瞬思えば、余計なことをダラダラと。だけど、命に関わる状況でこういうことを言えるのはある意味凄い。
「ちょっ!? な、何言ってんの!?」
うん、これを聞いた上幌さんはどう思っているのだろう。
「何って万希葉、欲求の満たし方を伝授してるんだ。これでみんなの命は救われる!」
う~ん、命は救われても、何か根本的に間違っているような気が…。
「だからキサマはクズだというんだ!! 何故だ!! 何故キサマのようなクズが万希葉ちゃんに近寄るだけではなく、公衆の面前で手出しまでして、それでも良好な関係を築いているんだ!! 何故だ何故だ何故だああああああ!!」
「それはな、万希葉の顔色をちゃんと見ながらやってるからだ。他の女子に手出しする時もそうだが、マジで嫌がる時はやらねぇようにしてる。ただそれだけだ。女子にだっ て人格はあるし、ましてや男の欲求を満たす奴隷とかオモチャでもないんだ。それを踏まえた上で、最近ご無沙汰し てるスキンシップを再開しようと思う。それでいいな? 万希葉、萌香、麗ちゃん!」
え~、これはどう返事をすれば良いのだろう。
確認のためか、神威くんは私たち三人にニッ! と爽やかな笑顔を向けた。
いやいや、そんなに爽やかに見られても困っちゃう…。とりあえず、現場の緊張は緩和されたのか、寧ろ黒装束の神経を逆撫でしているのか…。
「えっ!?」
「あははー。なんだそれー。それオッケーしたら私らただのビッチじゃん!」
突然の振りに上幌さんは驚き、留寿都さんは御尤もな返事をした。
「あ、あの、なんていうか、かっ、神威くんの考えは理解しました…」
これなら差し障りないよね? 決して私もスカートめくりやその他の猥褻行為をしてほしい訳じゃないし…。
「ほらな! みんな快諾してくれたぜ! 要は互いを認め合うのが大事なんだ!」
いや、別に快諾してないし…。この人本当になんなの?
「キサマああああああ!! よくもここまでナメてくれたなあああ!! くそっ!! こうなったら今すぐ全員ブッ殺してやるよ!!」
黒装束は手を震わせながら上幌さんの首筋に更に注射針を近付けた。
「いや、やだよ、死にたくない…。死にたくない!」
泣き叫びながら命乞いをする上幌さん。警察官はまだ来ないの!?
まずい、これでは本当に上幌さんが殺されちゃう! どうしよう、どうしよう!?
ご覧いただき本当にありがとうございます!
更新日がズレてしまい、失礼致しました。
今回のお話は北海道から帰る際に乗車した東北新幹線の電車から書き始めました。