期待
今日は木曜日。新聞部は定休です。
放課後の教室には、私と神威くん、長万部くんに、なぜか知内さんが来ています。
「麗姫、今日の放課後、ねっぷの家に行ってくれないかい?」
知内さんはどんな意図があって言ったのだろう? 上幌さんのストーカー対策の件で神威くんと打ち合わせをするようにってことかな?
「それは、業務命令ですか?」
問うと、知内さんは何故かニヤリとした。
「あぁ、業務命令さ」
言い終えたところで知内さんはドヤ顔になり、私をジロリと見た。
え? なぜそこでドヤ顔するの? 相変わらずよく解らない人だなぁ。
「承知しました」
私はドヤ顔に怯み、返事と同時に目を逸らしたくて反射的に俯いてしまった。
あれ? なぜか長万部くんがクスクス笑ってる。私、何か変なこと言った?
◇◇◇
「おじゃまします」
「いらっしゃいませー!!」
場所は移って神威くんが住むマンションの一室。なまはげ、じゃなくて神威くんのお母さんはお仕事で留守らしい。私は靴を脱ぐと早速神威くんのお部屋に通された。
お部屋の中には相変わらずエッチな本が踏み場もないくらい散乱している。
私は神威くんに気付かれぬよう、さりげなく散乱したエッチな本に目を遣りながら、部屋の奥にある箪笥の方へ足元に注意して向かった。
どうも神威くんの好みはきゃぴきゃぴしたタイプと清純派らしい。残念ながら私はどちらにも当て嵌まらない。
そんなことを考えているうちに箪笥の前まで辿り着いた。そこには虫籠の重鎮の姿が。
「こんにちは、ごきぶりんちゃん」
重鎮もとい、チャバネゴキブリのごきぶりんちゃんに挨拶をすると、細長い触角を上下にひょこひょこ動かして返事をしてくれた。
「よしよし、ちゃんと挨拶できたな」
神威くんに褒められて嬉しいのか、ごきぶりんちゃんは2本の触角をピンと上げて、バンザイのポーズを取った。賢いなぁ。
「ふふっ、ごきぶりんちゃん、すごいね」
「はははっ! そうだろ? 俺がバッチリ教育したからな!」
誇らしげに胸を張る神威くん。
いや、教育して挨拶できるようになるゴキブリって、それだけで凄いでしょう。でも神威くんのプライドを傷付けないよう、それは黙っておこう。
「そうなんだ。神威くんは周りを元気にする力があるから、きっとごきぶりんちゃんも元気に挨拶出来るようになったんだね」
「おぉ? 俺が周りを元気に?」
神威くんは意表を突かれたかのようにキョトンとしている。
「うん」
でも、神威くんには周りの人を元気付ける力があるのは事実だと思う。かくいうこの私は、神威くんのお陰で世界が華やいだのだ。でも、それを告げるのは少し恥ずかしい。喉の辺りまで出そうなのに、嗚咽になりそうで出てこない。
「私もね、神威くんに元気にしてもらったんだよ?」
けれど、思い切ってここまで言ってみた。
「俺が麗ちゃんを元気にした?」
やはり、神威くんは無自覚のようだ。
「うん。一緒に雪まつりを取材しに行った時から、私の世界が変わったの。なんだかこう、少し自分らしさを出せるようになって…。それは間違いなく神威くんのおかげで、とても感謝しています」
どうも神威くんは私の言うことをよく理解していないようなので、逆に私は感謝の気持ちを伝えやすかった。自分でも驚くほどすんなり、喉に支えた言葉が出てきた。
「そうだったのか。麗ちゃん、確かに前より明るくなったけど、それは麗ちゃん自身が俺とか周りの奴らに心を開くようになったからじゃねえかな」
にひっ! と歯を見せて笑う神威くんは、意外と謙虚だったりする。
「う~ん、もしそうだとしても、心を開く切っ掛けをくれたのは神威くんだから」
なんだろう。こんなに自然に会話が続いている。少し緊張しているけれど、それさえも愉しめている自分が在る。
「うおぉ、俺みたいな性欲の塊に嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。麗ちゃんは優しいよな」
「そんな、優しくなんか。それに、エッチなのは年頃だし、なんていうか、普通、なんじゃないかな?」
そう、日頃は相手の目と過度な緊張で上手に会話出来ないけれど、これが私本来の言葉のキャッチボールだ。
「おいおいおいっ、公衆の面前でも平気でエロいことする俺に、二人っきりの部屋でそんなこと言うと、色々しちゃうぞ?」
!?
「えっ!? わ、私と、したいの…?」
そ、それは!? どういうことですか!? 今までオカズにされていたのは知っているけれど!! それは他の女の子にもしているようなイタズラでという意味ですか!? それとも、それとも!? そ、そんな、男の子に免疫のない私にそんなこと言ったら、期待しちゃうよぉ…。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
更新遅れまして申し訳ございません。
冒頭の麗と知内さんとのやり取りはネタです。