気を取り直して
私は今夜、神威くんのオカズになると予告され、どういう態度を取れば良いのかわからなくて暫くあたふたしていたけれど、ようやく落ち着いてきた。
そもそも、冷静に考えてみれば、あたふたする必要などないのだから。
だって…。
だって私も神威くんを何度もオカズにしているじゃない!
それで何? 自分がオカズにされると知ったら恥ずかしくて口も利けません? 世の中そんな都合良く出来ていない。むしろお互いオカズにし合っているなんて、滅多にない。ましてや私のようなジミーズが誰かのオカズになること自体珍しい。と思う。だからといって好きでもない人のオカズにされるのはイヤだけれど、神威くんなら…。
なので、気を取り直してランチタイムを楽しもう。
みんな揃って『いただきます』を言うと、ランチタイムの始まり。
まずアロハさんが作った、グラスボウルにバラ花びらのように敷かれたサニーレタスの上に、トマトをまるごと一個載せ、中央から十字の切り込みを入れてその上にモッツァレラチーズと縮緬雑魚をトッピングしたサラダをいただく。説明すると長いけど、至ってシンプルなサラダだ。
うん、美味しい。さっぱりしたトマトとコクのあるモッツァレラチーズに、山椒の香り漂う縮緬雑魚の塩味が調和した大人のサラダだ。
「なんか俺の分だけ卵焼き多くないか?」
『いただきます』の後すぐ、長万部くんは自分の小皿の異変に気付いたようだ。
「はい! 勇せんぱいには特別に私が丹精込めた卵焼きをご用意しました!」
そう。長万部の小皿には、私が作った柔らかい卵焼きと、不入斗さんが焦がれる愛情をたっぷり注いで焦げてしまったウェルダンな卵焼きがある。
「ヒューヒュー! いいね勇きゅ〜ん! 恋人の愛情たっぷりじゃねぇか!」
面白がって茶々を入れる神威くん。岩見沢さんと磐城さんもニヤニヤしている。長万部くんを除く他のみんなは微笑ましいカップルを優しく見守る。
「はい! むしろ妻です!」
「こらこら、勝手に発展させるな。まだ付き合ってもいないだろうが」
「ムフフ、『まだ』、なんですね? という事はつまり将来的には…」
思わずニヤケる不入斗さん。長万部くん、そろそろくっつけばいいのに。満更でもないのでしょう?
「なっ!? 深読みし過ぎだ! 『まだ』は蛇足だ。気にするな!」
深読みというより深層心理では好意を抱いていると露顕させてしまったといったところだろうか。私からすれば羨ましいやら何とやら。
神威くんは私をどう思っているのだろう。無数に居るであろうオ〇ペットの一人? いくらお互いにイヤらしい事を考えているとしても、私はカラダだけの関係は望まない。隣に居て、手を繋いでいるだけでも幸せな関係になりたいの。
「うおっ、麗ちゃんの卵焼き美味いな!」
色々考えていると、神威くんに突然褒められた。
「あっ、ありがとう…」
気持ちを表情に出せれば良いのに、緊張と先程の羞恥を引きずって顔が強張る。
「いやいや、こっちこそサンキューな! みんなも食ってみ! マジで美味いぜ! あっ、勇は水菜ちゃんが作ったの食べてからな!」
「…」
神威くんの釘を打つような発言に、長万部くんはバツが悪そうに黙り込んだ。
「ふふっ」
すると、二人のやり取りが可笑しかったのか、私と違って芯から清楚なオーラを放つオハナさんが微笑んだ。私もこのくらい素敵な笑顔になれたらなぁ。
「いやぁ、オハナちゃんは可愛いなぁ!」
「えっ!?」
磐城さんが率直な感想を述べると、オハナさんは沸騰したように赤くなり、オドオドし始めた。わかります! そのキモチ、とてもよくわかります!
「ちょっと広視!? オハナちゃんが困ってるじゃない!」
ヤキモチなのか、膨れっ面のアロハさん。磐城さん、軽いところはあるけれど、少しイケメンだし、優しいもんね。
この三人、夜はもしかして…。
『二人とも、今夜は寝かさないぜ』
『うん。夜は私を素直にさせてね』
『わ、私だって、もっと広視くんの温もりを感じたいな…』
そして夜通し日本ではアブノーマルな三人での愛の営みを…。
なんて事になってたりしてー!? キャーキャー! なになになんなのこの背徳感!? そんな風になったらどうすればいいのー!?
「おーい、麗〜、どうした〜」
右斜め向かいの岩見沢さんが心配して私に声を掛けているのに気付いた。
ハッ! いけない! 妄想に耽って心此処に在らずだった!
「ん? ううん、なんでもないよ」
私は努めて冷静に返した。
ふぅ、危ない。私ってたまにこういう事あるから、他の人と行動を共にする時は気を付けないと。
「普通に美味いな」
私が妄想している間に長万部くんが不入斗さんの作った卵焼きを食べたようだ。
長万部くんの感想を聞いた不入斗さんは、先程まで少し不安そうにしていた表情がぱっと華やぎ、涙を浮かべていた。
「ありがとうございます! 私、これからも花嫁修行がんばります!」
「うほーいっ! やったな水菜ちゃん!」
「はい! でも、実は麗せんぱいが色々教えてくれて、そのお陰で美味しくなったのかもです!」
「えっ!? ううん、私は付き添っただけで特に何も…」
不入斗さん、謙虚だなぁ。確かに火加減は教えたけれど、それ以外は不入斗さんが一人でやった。
その後、高座豚のベーコンやハム、湘南名物のしらす丼を頂いた。しらすはマイルドな塩味で良質な塩を使用しているようだ。
さて、食後は上幌さんのデザートだ。
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麗はなんやかんや元気です!