お宅訪問
江ノ島の出入口で私たちと待ち合わせをしていたのは地元、湘南海岸学院に通う三年生、磐城広視さん。噂によると、昨夏の福島県で実施された温泉宿での合宿中、神威くんに覗きのいろはを伝授した師匠なのだとか。
見たいなら覗きなんかしないで神威くんらしく正面突破すればいいのに…。
なんて思うのは私だけだろうか。
江ノ島を出て、モノレールの駅前を通過し、商店街を市街へ向かって少し歩いたところを右折。更に坂を少し上って数分間歩くと芝生の敷かれた大きな庭のある豪邸が現れた。もしかしたらあのスネちゃまの邸宅より豪華かもしれない。
磐城さんは豪邸の門前にあるカメラ付きインターフォンを押した。
「はーい、オレオレ詐欺ですかー?」
インターフォンからハスキーな女性の声が聞こえた。おそらくこの烏帽子家に住むアロハさんだ。この辺りはオレオレ詐欺のお宅訪問が多いのかな?
「なんでそうなる!? オレだよ、オレオレ!」
「やっぱオレオレ詐欺じゃん」
「とびっちょのシラスやんねぇぞ」
磐城さんは何か玉が入っていそうな具合に膨らんだ小さなポリ袋をカメラの前にチラつかせた。あ、ポリ袋の中身は玉じゃなくてシラスか。
『とびっちょ』とは、江ノ島に店を構える新鮮なシラスを提供している、地元では評判の良い店らしい。きっと私たちを迎えに来たついでに購入したのだろう。
「ゴメンいま開ける」
ガチャッ!
磐城さんの誘惑に負けた家主は無礼を詫びて解錠した。
庭を貫く石畳を約50メートル進むと、ようやく玄関に到達。数十秒の間があって、鍵穴が二つある黒く塗装された鉄製の厚い扉が内側へゆっくり開いた。
内開きは玄関前に立つ人と扉がぶつからないのでアメリカやヨーロッパなど多くの国や地域で採用されているが、日本では靴を玄関で脱ぐため、空間を侵食しない外開き構造が主流だ。
「いらっしゃーい北海道の皆さんと中二病×2」
「こんにちは。久しぶりだね」
出迎えてくれたのは烏帽子アロハさんとオハナさん。同じ年、同じ日に生まれた姉妹だけれど、オハナさんは養子なのだとか。
髪型は二人とも肩甲骨あたりまでのロングだけれど、アロハさんは少し凛とした顔立ちで、オハナさんはおっとりとした柔和な顔立ち。
「おーす。まったくしょうがない。アロハの分のシラスは俺が戴こう」
「ゴメン広視と中二病×1に変更」
「おいおいアロハさん! そうなると残りの中二病は勇ってことか?」
何か不服なのか、神威くんが抗議した。いやいや、中二病といえば神威くんしか居ないでしょ。他のみんなも目でそう言ってる。
「勇…?」
誰? という表情のアロハさん。長万部くんは今年度からの新入部員だからお互いに面識ないよね。
「俺です。はじめまして」
長万部くんが烏帽子姉妹に会釈した。
「そして私が勇せんぱいの妻の不入斗水菜です! 茅ヶ崎に住んでたんですけど4月から札幌に引っ越しました!」
そうか。いくら同じ湘南に住んでいても面識があるとは限らないのか。
「つ、妻!?」
不入斗さんの宣言に驚愕するアロハさん。オハナさんも目を丸くしている。
「放っておいて下さい」
長万部くんは素直じゃないなぁ。不入斗さんはすっかり長万部くんの奥さんだね!
私や他のみんなも挨拶をして、リビングに招かれた。
アロハさんとオハナさんは料理を用意してくれるというのでキッチンへ向かった。
「私も料理手伝おっと」
思い立ったように上幌さんが立ち上がった。
「しゃあねぇなぁ、アタシもやるか!」
「なら、私も…」
料理は女子力の『魅せ所』。私たちも続いてキッチンへ向かった。
男の子は音響スタジオでカラオケでもして待っていてもらう。
「勇せんぱい! 私、料理得意なんです! とびっきりのランチを用意するので楽しみにしてて下さいね!」
不入斗さんは立ち上がって振り向きざまに言った。
「お、おう…」
「おやおや勇きゅ〜ん、なんだか照れてらっしゃるのぅ」
照れる長万部くんを神威くんが冷やかす。
「照れてねぇよ…」
ふふっ、微笑ましい。
◇◇◇
リビングに着いて、アロハさんとオハナさんはお客さんなので手伝わなくても良いと言ってくれたのだけど、上幌さんが、いえ、私料理好きなので! と強く言って押し切った。
あれ? こういう場面では不入斗さんも、私も料理好きなのでやらせて下さい! などと言いそうなのだけれど、今は静かだ。
意外と思った私はさりげなく不入斗さんを見ると、目に涙を浮かべていた。
「どうしたの?」
心配になった私は、恐る恐る不入斗さんに声を掛けた。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
水菜の涙のワケとは!?
次回お楽しみに!