危うくヒミツが…
ホテルのお部屋に戻ると、岩見沢さんが神威くんと長万部くんを獲物のように両腕で抱き抱えていた。二人とも、岩見沢さんに弟子入りでもしたのかな?
「お待たせ。わざわざ来てくれてありがとう。二人とも、静香の子分になったの?」
上幌さんが神威くんと長万部くんにお礼を言った。私も続いて言おうと思ったけれど、岩見沢さんが喋り始めたので、出かかった言葉が引っ込んだ。
「いやぁ、そうなんだよ。コイツらが土下座して頼み込むからアタシも断れなくてな!」
「おい、ねっぷはともかく俺は何も頼んでないぞ」
「おいおい勇! ねっぷはともかくって、俺も何もしてないぞ!」
「したよな静香?」
岩見沢さんにウインクして話を合わせるように促す長万部くん。神威くん、遊ばれてるみたい。
「ああ、バッチリ土下座してたぜ!」
「ぬほあああっ! 捏造すんなあああ!」
『ひょっとこ』みたいな顔で大袈裟に抗議する神威くん。意外とイジラレキャラだよね…。
「んで、話ってのは」
長万部くんが部屋の出口付近に立つ私と上幌さんの方を向いて尋ねると、上幌さんが少し俯いて息を呑んだ。
上幌さんが言い出し難いようだから、ここは私が代わって説明しよう。
「あ、あのね…」
「いいよ麗、私が言う」
私が言い出しかけたとき、上幌さんは私の肩に手を掛けて小さな声で、しかし意思の篭った口調で言った。
「あのね、私、誰かにストーカーされてるみたいなの」
途端、部屋の空気が和気藹々から重たい雰囲気に変わった。上幌さんのピンチに、みんな少し戸惑っている様子。
「ストーカーだぁ? んなヤツ、アタシがぶっ潰してやんよ!」
数秒の沈黙があった後、岩見沢さんがシャツの袖を捲り上げ、べらんめぇ口調で威勢良く言い放った。
「いつ頃から気配があった?」
長万部くんの問いに対し、上幌さんは私に話してくれた通り修学旅行の少し前くらい、学校に居る時に初めて気配を感じたと答えた。
「よっしゃ、そんな変態野郎、俺がションベンぶっかけてやるぜ!」
う~ん、ストーカーが気の小さい人ならこれでも十分かもしれないけど…。
「ホントに!? 私が許す。どんどんぶっかけて!」
「いいぞねっぷ! たまにはイイコト言うじゃねぇか!」
神威くんの対策案に賛同する上幌さんと岩見沢さん。ただそれは、猥褻物陳列罪とか迷惑防止条例とか軽犯罪法に抵触するような気がするけれど、上幌さんが助かるなら、まぁいっか!
「がーはっはっ! そうだろそうだろ!」
煽てられればすぐ調子に乗る! それが神威くんの生き方だよね! わかりやすくていいねっ♪
「おいおい、そんなもんぶっかけて相手を逆上させたらどうすんだ」
「なによ勇、だったらなんか良いアイディアでもあんの?」
長万部くんに食ってかかる上幌さん。長万部くんには何か考えがあるのだろうか。
「あるぜ。とびっきりのアイディアがな」
「なんだ勇、警察に相談したってきっと無駄だぜ?」
確かに事件が起こらないと動かない警察は頼りない。それに、冤罪で検挙する暇があるならば、犯罪者をしっかり断罪して欲しい。
「ちげーよ。顔面に硫酸とか王水とかぶっかけてやんだよ」
う~ん、それじゃ長万部くんが罪に問われる可能性があるから、どうせヤるならコンクリートを詰めたドラム缶に埋め込んで海に沈めるとか、火山まで運んで溶岩に投げ込むとかして証拠が残らないようにしないと…。
でも、純粋に上幌さんが好きで、気持ちを打ち明けられないでいるシャイな人だったらそんな事するのは可哀相…。
「うおおおおおおっ!! 俺より上手が居たああああああ!!」
狭い部屋に神威くんの雄叫びがこだまする。
「うるせぇなぁ。下品な事するよか良いと思っただけだ」
でも犯人を断罪するには先ず…。
「あの、対処も大切だと思うけど、先ず犯人を特定しないと…」
「そうだな! 麗ちゃんの言う通りだ! 万希葉、目星は付いてるのか?」
「それがさっぱり。うちの学校、怪しいヤツだらけだから余計検討つかなくて」
「だぁよなぁ、公衆の面前でスカートめくりしたり、胸揉んだり」
「おいおい静香! それじゃ少し前の俺が怪しいヤツみたいじゃねぇか」
神威くんが言い終えると上幌さん、岩見沢さん、長万部くんの湿っぽい視線が…。これに関しては私も否定出来ないけれど、意思表示をしたら可哀相なので、神威くんから目を逸らすしかなかった。
「言っとくけど俺は犯人じゃねぇぜ! 静香の言う通り堂々と突撃するからな!」
言葉通り堂々と開き直る神威くん。私は何もされた事ないんだよなぁ…。やっぱり地味だからかな。
「それはそれで問題だし、よく今まで処分を食らわなかったと思うが、とりあえず万希葉はなるべく単独行動は避けるべきだ。静香とか、俺とかねっぷでも良い。出来れば留萌さんが居ると一番心強いがな…」
はわわわわっ!? 長万部くんっ、最後のは言っちゃダメっ!! 私の秘密が神威くんにバレちゃう!! バレたらもし付き合えても神威くんが恐がって襲ってくれなくなっちゃう!!
「よっしゃ! 万希葉は単独行動をしない! それに加えて俺は新聞部の敏腕ジャーナリスト! バッチリ犯人を突き止めてやるぜ! 先輩たちにも捜査要請するが、勇と麗ちゃんも協力してくれるかな!?」
「いいとも~」
長万部くんが力なく右拳を挙げた。ここは私も準ずるべきかな…。
「い、いいともっ…」
咄嗟の判断で、長万部くんに続き私も右拳を挙げた。
ううっ、恥ずかしい…。
「みんな、ありがとね」
しおらしくお礼を言う上幌さん。大丈夫、私も、みんなも付いてるよ。
「がーはっはっ! 神たる俺がストーカー野郎に鉄槌を下してやるぜ! 行くぜみんな! 気合いだっ! 勇気だっ! 根っ性だあああっ!!」
「だあああっ!!」
「だあっ!」
「だあ~」
「だ、だぁ…」
意思統一のためにみんなで右拳を挙げるよう神威くんに促され、みんなが応える。私も雰囲気に呑まれて初『だあ!』に挑戦したけれど、イマイチに終わった。岩見沢さんまでとはいかなくても、上幌さんくらいにキレの良い『だあ!』が出来たらなぁ。
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