うららかなまきば
私は上幌さんからお喋りしようと、船の汽笛が聞こえ、ライトアップされた観覧車や横浜の街を眺望できる近くにあるベイサイドのボードウォークに連れられた。そよ吹く海風が気持ち良いけれど、話の内容が気になり情緒を堪能する余裕はなかった。
「ごめんね、急に連れ出して」
「ううん、大丈夫だよ」
話題は何だろう? そればかりが気になる。
「あの、なんていうか…。」
話題の切り出しに戸惑う上幌さん。
「麗って、強いんだね」
ううう!! それかぁ!! でもあの時はカラス肉まんの人を倒さなかったら神威くんと岩見沢さんの身が危険だったから技の発動はやむを得なかった。
「えっ!? ううん! そんなことないよ…」
今更誤魔化せないだろうけどダメ元で言ってみた。でも、私は怪力ではない。神経を一点に集中させて相手を倒すのが留萌流の武術。故に女性や子供でも有効活用できる。
「いやいや、男倒すんだから相当だよ」
はい、傍から見ればそうですよね…。ちなみにヒグマも倒せます…。
「…」
こういう時って、どう返事すれば良いのかとても困る。
「あ、ゴメン。女の子だもんね。強いなんて言って傷付けちゃったかな」
私が黙り込んだのを気にしたようで、少し焦って謝る上幌さん。
「ううん、ビックリさせちゃったよね。あんなの見せられて…」
「でもいいじゃん。私も中国人が静香とねっぷを脅迫してるの聞こえたんだけど、咄嗟に手出し出来なかった。そしたら解決策を考える間もなく麗が倒して…」
「私、あの時は冷静になれなくて。よく考えてみれば、相手が少林寺拳法とか、武術習得者だったら敵わなかったかも」
あの時は危なかったなぁ。これまで家族以外と手合わせしたことないから、留萌流が何処まで通用するかは分からない。
「はははっ! 麗って意外と天然でウケるわ。ってか少林寺拳法相手でも張り合えるんじゃない!?」
えっ!? 私、何かおかしなこと言った!?
「私、今まで家族以外と手合わせしたことなくて。あの技は留萌家に代々伝わる護身術なの」
「へぇ。お家、道場でもやってるの?」
「ううん、先祖が昔、森の中に住んでて、ヒグマに遭遇して何人か殺されちゃったみたいなの。それで、遺族がこれ以上犠牲を出さないようにっていう想いで開発したみたい」
「うわ、結構悲惨なルーツがあるんだ…。ってかヒグマと闘えるの!?」
「うん…」
目を丸くする上幌さん。はい、ヒグマと闘える女なんて、もはや怪物だよね…。怪物女だから動物みたいに本能のまま動くような男の子を好きになっちゃったのかな?
「いいなぁ、今度、私にもその技教えてよ! いや、むしろ今すぐ!」
「今すぐ!?」
「うん」
上幌さんは頷くと、少し俯いて虚ろに海の方を見た。右前方にはチカチカと色を変える観覧車。神威くんと一緒に乗りたいなぁ。天辺に到達したら…。
『麗ちゃん、ここなら誰にも見られないね』
『うん…』
そして暫しの間、二人は…。
って、なんなのもう! 今は上幌さんと話しているのっ!
「あのさ、いま麗と一緒に居てもらってる理由なんだけど…」
私が妄想に浸っていた数秒間が過ぎ、黙っていた上幌さんが重たそうに口を開いた。
えっ!? 私が武術を習得してること以外に何か!? まさか、本当に神威くんと付き合ってるとか!?
「うん…」
恐いなぁ、出来れば続き、聞きたくないなあ。
「あのね、私、誰かに狙われてるみたいなの」
そう言う上幌さんの声は、少し震えていた。
「狙われてる? 誰に?」
狙われてるってどういうこと!? ストーカーが上幌さんを付け狙ってるってこと!? 話の展開が予想に反し過ぎてて整理がつかない。
「わかんないけど学校の誰か。北海道に居る時から、教室とか廊下とか、登下校中も同じ嫌な感じがして、さっきのディナーでも、なんかずっと視線を感じて、それで恐くなって誰かと一緒に居たくて、近くに居た麗を誘ったの。ごめんね、変な理由で呼び出して」
上幌さんは恐怖でやや興奮状態に陥り、やや早口でほぼ間を置かずに語り切った。
学校の誰か? 神威くんは正面から突撃するから有り得ないし、上幌さんの美貌を羨む腹黒ギャルたちかな? それともアイドルオタクで写真集を見ながらハァハァ言ってる眼鏡かけた男子たち? 電車の写真を見ながら『マルキュー更新したらスカート替わった!』とか言って興奮してるボテボテとガリガリの二人組? あ、電車のスカートは上幌さんの美貌には関係ないか。あれは電車の正面に装着された線路の障害物を退かす装置だもんね。『マルキュー』は正式には『209系』といい、このホテルに来る時に乗った根岸線で以前走っていた電車。現在は改造や更新工事をして千葉県の鴨川方面などの路線に転用されている。
ふぅ、よく考えるとうちの学校って、怪しい人、いっぱい居るなぁ。
「そう、なんだ。…それ、岩見沢さんとか、他の人には相談したの?」
「ううん、恐いのと巻き込みたくないので言えない。麗なら誰だか知らないソイツに勝てるかもって勝手に思っちゃって、ぶっちゃけちゃったの。もし何かあって、巻き込んじゃったらごめん。ごめんじゃ済まされないかもだけど…」
「ううん、いいよ」
「えっ?」
だって、だって、上幌さんは…。
「だって、その、…上幌さんは、お友達、だから…」
瞬間、上幌さんは目を見開いて涙を浮かべた。
「うらら…」
「でも、後で岩見沢さんとか、音威子府くんとかにも相談してみよう」
まだ上幌さんの前で『神威くん』とは言えない。
「うん。わかった」
よく男子から告白されてモテモテな上幌さんだけど、苦労も多いんだなぁ。
「あと、武術、時間がかかるけど、いざという時のために習得しよう」
「うん、ありがとう。よろしくね」
「うん、がんばろう」
早速、私は神威くんに電話をかけて、長万部くんと一緒にホテルの部屋へ来てくれるよう交渉してみる。こちらから出向こうとも考えたけれど、男子フロアより1階高い5階の女子フロアの方がストーカーと遭遇する可能性が低い。
「やあやあこんばんは! 頼れるみんなの守護神、神威でございまあす!」
『ぷっ…』
もしかして部屋で告げるつもりの趣旨を察知したの!? さすが自称神様だね!! 確かにこの件は守護神が居てくれると心強い。
あと、『神威でございまあす!』のくだりが『サ〇エでございまあす!』のイントネーションにそっくりで、可笑しくてつい吹いてしまった。
「あっ、ごめんなさい。こんばんは。あのね、話したいことがあるから、これから長万部くんと一緒に私たちのお部屋に来てもらってもいいかな?」
きっと、神威くんと長万部くんもストーカー対策に協力してくれるはず。
『すぐ行きます! 少々お待ち下さいませ!』
即答だった。良かった。
「ありがとう。私、いま外に出てるから、少し遅くなっちゃうかも」
『ノープロブレムです!! いくらでも待ってます!!』
「なるべく早く行くね」
『待ってまーす!!』
神威くん、テンション高いなぁ。何か嬉しいことでもあったのかなぁ。とにかく、応じてくれて良かった。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
以前も似たようなサブタイトルを使いましたね。
万希葉に近寄る怪しい影とは…。