恋と家族とチョコレート
20時頃、雪まつりの取材を終えて帰宅した私は、お風呂をシャワーのみで済ますか、バスタブに入浴するか迷っていた。甘酒に酔ってぼんやりしているのでバスタブで溺れる懸念と、胸の鼓動が高まって、お湯に浸かると心筋梗塞を起こすのではないかという懸念のためだ。でも入浴したい。入浴しながら楽しかった今日を振り返りたい。それがまた、楽しみだから。なので結局、シャワーの温度を徐々に上げ、お湯の温度に身体を馴らしてから入浴することにした。
楽しかったなぁ。音威子府くんと色んな彫刻を見て回って、たこ焼きとか焼き鳥とかご馳走になって、甘酒を飲みながら動物の彫刻の話で盛り上がって、最後に私からお礼とバレンタインの意を込めてチョコバナナあげたら、音威子府くんは小さな子供みたいにはしゃいで喜んでくれて、それで私も嬉しくなって…。
かぁぁぁぁぁぁ!!
ぶくぶくぶくぶく…。
入浴しながらチョコバナナを渡した時を思い出すと、急に恥ずかしくなってきた私は顔を真っ赤にして自らお湯の中に沈んだ。
ああ! どうしよどうしよどうしよう!?
「はぁっ!」
数秒後、息が苦しくなってお湯から顔を出した。
少しして呼吸を整えてから胸に手を当ててみる。
トクン、トクン…。
「ふぅ…」
やっぱり、苦しい。どうすればいいんだろう? こんな感覚、初めて。
お風呂を出てローションを塗って髪を乾かしたりと、いつものルーチンワークを終えた私は、心を落ち着かせるためにリビングでホットココアを飲んで一息すると、深夜番組を見ながら寛ぐ両親に「おやすみ」の挨拶をして2階のマイルームに入り、窓際のベッドに横たわった。
トクン、トクン…。
ホットココア、効かなかったみたい。
◇◇◇
寝不足で少し瞼が重い翌日の日曜日、家族三人揃って大型スーパーで買い物をしていると、バレンタインチョコの特設コーナーに目が留まった。買おうかな、やめておこうかな? バレンタインをチョコバナナだけで済ますのもなんだかな…。
「どうした麗、バレンタインチョコが気になるのか? あ、そうか! お父さんにプレゼントしてくれるんだな! そうかそうか! 嬉しいぞ! がははははっ!」
「あ、うん、そうだね」
あ、お父さんにチョコ用意するなんてすっかり忘れてた。そうだ、お父さんのために買うってことにすればいいんだ! ここで手作りチョコの材料を買って音威子府くんのためのチョコを用意して、余った材料で作ったのをお父さんにあげればいいや!
「あら麗、JK(女子高生)なのに好きな男の子の一人や二人や三人や四人くらいできないの?」
お母さん、余計なこと言わないで! ていうか好きな男の子四人もいらない!
「え、うんと、あの…」
「麗、もしかして好きな野郎ができたのか!?」
「え、えぇ!? いや、その…」
「まさか、本当にできっちゃったのか!?」
「麗だって年頃なんだから、そんなの当たり前でしょう? ねぇ麗、どんな子なの? お母さん、早く孫の顔が見たいわ! そうだ、明日彼に鮭のおにぎりでも作っていってあげなさい! 精力つくわよぉ!」
うん、孫ね。そうそう、鮭を食べると精力が増強するとかなんとか。子供が欲しいなら良いかもね。
「いや、だから…」
だからちょっと、孫って、話が飛躍し過ぎだよー!! それに音威子府くんと付き合ってるわけじゃないし…。
「うわぁぁぁぁぁぁ!! 麗が!! 俺の一人娘がぁぁぁぁぁぁ!!」
「こらアンタ!! 店内で騒ぐんじゃないわよ!!」
ずこっ!!
お母さんはお父さんの頭をグーで一発。他のお客さんたちの視線が私たちに集中している。うぅ、恥ずかしい。
私は視線から逃れるようにさりげなく両親から離れ、バレンタインチョコの特設コーナーへ向かった。
◇◇◇
帰宅するとすぐにお母さんと二人で夕食の仕度をした。今晩のメインディッシュは鮭のムニエル。ついでに明日学校へ持って行く昼食の鮭のおにぎりをいつもより一個多く握って冷蔵庫に保管。
「麗が好きな野郎ってのはどんな奴なんだ? ガリ勉か? チャラ男か? ヤンキーか? 偏った人種は許さんぞ」
お風呂掃除を済ませたお父さんが食卓の椅子に座って最初に発した言葉。ここは適当な事を言って誤魔化そう。
「う~ん、お父さんみたいな人かな」
するとお父さんは嬉しくなったのか、それとも悲しくなったのか、目に涙を浮かべ始めた。
「そうか、そうなのか!! 小さい時、私、パパと結婚するって言ってたもんな!! お父さんと結婚するのが無理だって知ったら、そっくりな人を好きになるしかないもんな!! そうかそうか!! こんど家に連れて来なさい!!」
言いながら号泣するお父さん。連れて来なさいとか言われても、付き合ってないんだってば。
「早く孫の顔が見たいわ!」
「いや、だから…」
だから話が飛躍し過ぎだよお母さん!
◇◇◇
夕食と入浴、おやすみ前のルーチンワークを済ませ、今日もホットココアを飲んで両親に「おやすみ」の挨拶をしてベッドに就く。
トクン、トクン…。
雪まつりで音威子府くんと過ごした時間を思い出すだけで、嬉しくなったり、恥ずかしい気持ちになったりする。今夜もあまり眠れそうにないや。
このサブタイトル大丈夫かなぁ? わかる人にはわかるかと思いますが…。