温泉と牛乳と嫉妬心
小田原から電車で約20分、私たち6人は今、箱根湯本の日帰り温泉施設に来て入浴料を支払い、脱衣所で衣類を脱いでいるところです。
「水菜ちゃん、おっきいね~」
上幌さんが不入斗さんの下着姿に目を丸くして言った。確かEだよね。
「でも、勇せんぱいは巨乳フェチじゃないみたいなんです…。おっぱい星人じゃないみたいなんです…」
「水菜は可哀相だよな~。どっかの誰かと違って思いっきりスキスキアピールしてんのに振り向いてもらえないなんて」
どっかの誰かって誰ですか!? 私の気持ちに勘付いてるの!? それとも上幌さんに好きな人が居て、気持ちを伝えられずにいるの!?
静香の言葉を聞いた麗と万希葉は下着姿のまま動作が止まり、少し頬を染めてバツが悪そうに俯いている。
「でも私、諦めません! きっといつか勇せんぱいをフォーリンラブさせて見せます!」
「よっしゃ! その意気だ水菜!」
「おっす!」
ガッツポーズで不入斗さんの大きな胸が更に強調された。
ところで、神威くんはおっぱい星人なのかな…?
「静香、メリケンサックなんか嵌めてどうすんの?」
気付くと岩見沢さんの両手には鋭く光るメリケンサックが嵌められていた。
「これで覗きを撃退する。特にねっぷ」
「あ~あ、なるほどね~」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる二人。いかにも覗きそうな神威くんはこの危険を予測しているだろうか。
脱衣を終え簪で髪を結い、シャワー室で身体を洗ったらいよいよ露天風呂。他に客は居らず、事実上貸し切り状態だ。
「来たぜ露天風呂! ねっぷ早く覗かねぇかな~」
「これ錆びないの?」
「ステンレスだからノープロさ」
「静香せんぱい! 間違えて勇せんぱいを攻撃しないでくださいね?」
「ぶっちゃけ誰彼構わずやってやろうと思ってたんだけど、水菜に免じて勇だけは許してやろう」
「さすが静香せんぱい!」
神威くんはどうなってもいいんだ…。でも神威くんはメリケンサックくらいじゃビクともしないよね…?
「覗きたいに決まってんだろー!! でもいま覗いたら色々終わるんだよー!!」
突如、竹を編んだ仕切りの向こうから聞き覚えのある声の雄叫びが聞こえた。神威くんだ。
やっぱり覗きたいんだ。誰のカラダを見たいのかな? スタイルの良い上幌さん? 童顔なのに出るトコ出てる不入斗さん? 出てないけどそれはそれで需要のありそうな岩見沢さん? それとも…。
もし、もしもそうなら…。
きゃー! 壁一枚で声が聞こえてお互いハダカ同士の時に妄想すると凄く恥ずかしい!
ところで、『色々終わる』ってどういう意味だろう? もしかして岩見沢さんがメリケンサックを装着して構えているのは想定済みなのかな?
「ねっぷー! 覗かないのー?」
上幌さんが両手を口のサイドに当てて壁の向こうへ声が通るよう高らかに言った。
「紳士たる俺は覗きなんかしないぜー!」
えっ!? 神威くんが紳士だなんて何の冗談!?
「たった今、覗きたいに決まってんだろー!! でもいま覗いたら色々終わるんだよー!! って言ってたじゃん」
「何いいいいいいっ!? 聞こえてたのか!? なんてこったああああああ!!」
神威くんは驚きを隠せず狼狽しながら雄叫びを上げた。
あんなに大声で雄叫び上げてたのに聞こえてないと思ってたんだ…。
「勇せんぱーい! 覗きたかったらどうぞー!」
不入斗さんが長万部くんを誘った。ちょっと、私たちまで見られちゃう!
「…」
返事がない。もしかして聞こえてないのかな。
「覗いてもいいですよー!」
不入斗さんが声のトーンを上げたけれど、返事がない。長万部くん、お湯の中に潜ってるのかな。
「シカトですかー! それとも照れて返事できないんですねー!?」
「照れてねぇよ!」
あ、照れ隠しで返事しなかったんだ。
「ねっぷー! 今回は特別に許してあげるからー! 静香がメリケンサック嵌めて待ってるんだから早く覗きなよー!」
上幌さんの言う通り、岩見沢さんはグーの手同士をぶつけながらやる気存分という雰囲気で構えている。
「そんな事言われて覗くほどバカじゃねぇぜー!」
「「チッ…」」
残念そうな上幌さんと岩見沢さん。岩見沢さんがメリケンサックを嵌めていると知らなければ覗いたのかな?
「カァー、カァー、カァー」
あっ、カラスの群れが飛んでる。田舎のカラスって、何だかのどかだなぁ~。みんなでお手々つないで帰りたくなる。
あれ? 男湯に向かって空から何かが降ってきた。
「んんんんんん!!」
えっ!? この呻き声は神威くん!? もしかして、空から降ってきた何かに当たっちゃったのかな。それにしても女湯まで聞こえるほど大きな呻き声なんて初めて聞いた。
「ねっぷせんぱいどうしたんでしょうね」
「きっとアレだな」
「ねっぷー! どーしたのー?」
上幌さんが再び神威くんとのコンタクトを試みた。
「>Å<ξξξξξξξξξξξξξξξξξξξξξ!!」
何だろう。クサイものに苦痛を覚えているような感じ。やっぱりアレかな。神威くんの敵を取るためにカラスさんを焼き鳥にしちゃおうかな?
「カラスにやられたんでしょー」
あぁ、上幌さんにも見破られてる。神威くんって凄く解りやすいなぁ。
「>∀<!」
意思疎通に成功したと思われる神威くんは嬉しそうに呻いた。きっと口の中にアレが入って喋れないんだね。
◇◇◇
お風呂上がりにはやっぱり牛乳! ということで、私と神威くん、不入斗さんと長万部くんはフルーツ牛乳を、上幌さんと岩見沢さんは3.8牛乳を購入。どちらも瓶入りだ。
「ぷはーっ! やっぱ風呂上がりは牛乳に限るぜ! 麗と水菜はともかく、ねっぷと勇はフルーツ牛乳なんて女々しいなぁ!」
真っ先に紙フタを外してみんなが開封する前に飲み干した岩見沢さんが威勢良く言った。
とりあえず私もフタを開けてフルーツ牛乳を一口飲んでみる。
あ、この味、『ソフトカツゲン』に似てる。メーカー同じだもんね。そういえば最近飲んでないなぁ。
「うるせえ! 神奈川のフルーツ牛乳は『カツゲン』の味に似てるって神奈川に住んでる人が言ってたんだよ!」
言って、神威くんは『フルーツ』を一口飲んだ。
なるほど、神奈川県の人は私たちとは逆で、ソフトカツゲンを飲むとフルーツ牛乳を思い出すんだ。
「おぉ、確かに言われてみればカツゲンっぽいな」
神威くんも納得したみたい。
『ソフトカツゲン』は、北海道と青森県で販売されている雪印メグミルクの局地的にポピュラーな乳飲料で、ヤクルトを少し濃く酸っぱくしたような味だ。兵隊の活力源となるよう開発された飲料で、戦中は現在より酸っぱかったという話だけれど、現在はマイルドな味わいとなり『受験に勝つ』という意味で『勝源』と表記される場合がある。
「私も北海道に引っ越した時は驚きました! 神奈川県では温泉とか牛乳屋さんでしか見かけないフルーツ牛乳がフツーにコンビニで売ってるなんて!」
「なるほど、北海道と神奈川県にはメグミルクの工場があるからな。同じようなものを製造していてもおかしくない」
驚いた不入斗さんと、冷静に分析する長万部くん。
「ねっぷ一口ちょーだい!」
「うわっ! 急になんだ!?」
突如、上幌さんが正面に立つ神威くんに手を伸ばし、『フルーツ』を奪って豪快に飲み干した。
「あ、ホントにカツゲンっぽい」
「おいこら! 一口じゃなくて全部飲みやがったな! 俺まだ一口しか飲んでないんだぞ!」
「ごめんごめん。代わりに私のあげる♪」
言って、上幌さんは神威くんに3.8牛乳を差し出した。
神威くんは受け取ってから、数十秒、飲むのを躊躇している。飲み口には上幌さんの唇の跡が牛乳で白く残っている。
「飲まないの?」
前屈みになり上目遣いで神威くんを見る上幌さん。
「飲むさ、風呂上がりで喉渇いてるからな!」
言って、神威くんは一気に飲み干した。
その時、私の胸が急に熱く、苦しくなった。まるで心臓を鷲掴みされたみたい。
何故だろう? 私は緊張するけれど、飲み回しなんてきっと殆どの人は普通にやっている事なのに…。
けど、何処か、何か…。
…凄く、面白くない。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
麗に芽生えた感情。他の女性陣は何を思って動いているのか等に注目していただければと思います。