小田原観光
昨夜の自販機コーナーでのひとときが嬉しくて睡眠不足の修学旅行三日目。上野のホテルをチェックアウトし、今夜は各自で横浜のホテルへ19時までに集合となる。
9時50分、私たち5人は東京ステーションシティ、つまり東京駅に居た。『ステーションルネッサンス』といって、駅構内にはカレー、ラーメン、牛タン、喫茶店等の様々なジャンルの飲食店のほか、土産物店、駅弁店、書店、テレビ局のアンテナショップ等など、とても一度に全てを見回れないほど多くの店舗がある。
ここ東京駅や神奈川県の大船駅、埼玉県の大宮駅は、今や他の地方でも展開されているステーションルネッサンスの先駆けとなったそうだ。 9時55分、私たちは予約した特急列車に乗るため東海道本線のホームへ上がった。
「9番線の列車は10時ちょうど発~、特別急行『踊り子105号』、伊豆急下田、修善寺行きです。途中の熱海で伊豆急下田行きと修善寺行きを切り離し致しま~す」
私たちはこれから関東地方で学生が一人旅したい場所第2位の小田原という城下街へ向かう。JR東日本発行のパンフレットによると、1位は鎌倉、3位が横浜となっている。
「うおおお!! なんだあの新幹線!! 2階建てだぞ!!」
神威くんは向かい側上方のホームに停車中の上が白、下が青、中央に黄色い帯を纏った2階建ての電車を見て雄叫びを上げた。
「あぁ、『Max』か」
「おっ、勇、新幹線詳しいのか」
「あれに乗ったことはないが、本州に出る時は寝台特急か新幹線だからな」
長万部くん、飛行機苦手だもんね…。
タンタンタララン、タンタンタラランラン♪
発車メロディーが鳴り始めたので私たちは急いで目の前の特急列車に乗り込んだ。
首都圏のJR線は発車ベルではなく発車メロディーが主流となっていて、駅によって曲が異なるほか、同じ曲でもアレンジが異なるものもある。
四人が向かい合わになるよう座席を回転させた。前方窓側に岩見沢さん、通路側に私、後方窓側が上幌さん、通路側が長万部くん。神威くんは通路を挟んで後方通路側に着席した。
周囲の電車はみんなモダンなのに、この特急『踊り子』は外観も内装も少々レトロな雰囲気。特急列車にしては珍しく、両手でサッシのツマミを持ち上げると窓を開けられる。
しかしレトロとはいえ特急列車。東京の次に停車した品川を出ると轟音を上げ、並走する横浜のベイサイドをイメージした水色の帯を纏った各駅停車を次々に追い抜く。
この東海道本線は私たちが乗っている特急や快速、通過駅のある普通列車と、横浜から別の路線に直通する快速や各駅停車、貨物列車でそれぞれ線路やラインカラーが異なる。
ちなみにラインカラーはこの東海道本線が発祥で、戦後、沈み気味だった日本を元気にするために、当時の電車は茶色一色が主流であったのに対し、沿線の蜜柑畑をイメージしたオレンジとグリーンのツートンカラーの電車を開発したのが始まりであると、いつしか図書室で借りた本に記載されていた。
いま乗っている特急列車はホワイトとオレンジとグリーンが縦に三色、同じ線路を走る快速や普通列車は、ステンレスの車体にオレンジとグリーンの横帯を纏っている。
周囲を見渡すと、神威くんを皮切りに長万部くん、上幌さん、岩見沢さんと続いて眠ってしまったので、寝不足なのに眠くない私は一人で車窓を眺めていた。
神威くんは大きく口を開けてヨダレを垂らしながら眠っている。鼾をかいていないのが幸いだ。
東京駅より乗車人員が多い横浜駅を出て暫くすると、道路や住宅街を見下ろす小高い丘の上を走り、草むらを抜けて短いトンネルを通過。
大船駅では山側に白く大きな大船観音が現れ、少し走ると海側にJRの車庫を通過し、一瞬だけ畑と、その向こうに江の島が見える。大船に止まると小田原までノンストップ。
茅ヶ崎駅を通過し、隣の平塚駅が近付くと宇宙からも見える幅の広い相模川を渡る。その向こうには国道134号線と相模湾が見える。山側はすぐ傍を国道1号線が沿っている。
平塚駅を通過して大磯駅から国府津駅までは所々で海が見える。
次の鴨宮駅からは東海道新幹線と並行。先程の相模川と同じくらい広い酒勾川を渡ると、まもなく降車駅の小田原駅に到着する。ここまでの間、ビルや住宅が建ち並ぶ景色が多く、約906万人と、神奈川県は東京都に次いで日本で2番目に人口が多い都道府県であることを実感した。
私としてはこのまま湯河原、熱海、伊豆の伊東や下田などの温泉を巡るのも悪くないが、車内放送で四人が目覚めたので素直に降りることにした。
まぁいいか。後で箱根の温泉入る予定だし。
神威くんに覗かれちゃったりして…。
きゃー! なに妄想してるの!? なんなの私!?
◇◇◇
「小田原~、おだわら~、ご乗車ありがとうございます!」
東京駅を出発して約1時間で小田原駅に到着。きゃぴきゃぴした声の駅員さんがお出迎え。
「って水菜ちゃん!? 駅員さんやってたのか!?」
不入斗さんのお出迎えに驚いた様子の神威くん。私も驚いたし、他のみんなも驚いた様子だけど、長万部くんはポーカーフェイス。
「はい! 皆さんをお出迎えするために今だけ駅員さんです!」
一日駅長さんならぬ今だけ駅員さんか。なんだか凄くレアな感じがする。
「とか言ってそれ、学校の制服だろ。帽子被ってないし」
そういえば駅員さんって、ホームに立つとき帽子被ってるよね。長万部くん、よく見てるなぁ。
「さすが勇せんぱい! でもサプライズにはなったでしょ?」
にっこりと屈託なく長万部くんに微笑みかける不入斗さん。
「あぁ、気温は高い筈なのに寒気がした」
「勇せんぱい照れてる~。か~あいいっ!」
不入斗さんは両人差し指で長万部くんの頬を挟むようにぷにぷにした。ラブラブだなぁ。私もあのくらいのことが出来たらなぁ~。
階段を上がると、改札の前の自販機の前に立ち止まった。
「なあなあ、こっち来てから何気に気になってたんだけど、あの自販機で飲み物買ってみたい」
「あぁ、次世代型自販機ね」
上幌さんの言う『次世代型自販機』とは、ディスプレイをタッチして購入するタイプの自販機で、人が近付いた時に商品が表示され、年齢や性別を認識し、オススメ商品にはオススメマークが表示され、遠退くとディスプレイが顔になって『東京駅なう』などとつぶやいたり、商品紹介などのスクリーンセイバーが表示されるユニーク且つ省エネ仕様の自販機である。私は首都圏に来た時に何度か利用したことがある。
神威くんは緑茶『朝の茶事』の500ミリリットル入りを選択し、Kitacaをタッチした。
ガコン!
「うおおおおおお!! お茶出たああああああ!!」
商品が搬出されると、ディスプレイがスマイルの顔になり、『Thank you!』と表示される。
「こういうの見ると東京ら辺来たって感じするよな。よし、アタシも買う!」
岩見沢さんはモバイルSuicaのアプリを搭載したスマートフォンをタッチして青森県産の280ミリリットルで150円の高級リンゴジュースを購入。私と上幌さんもスマートフォンで同じものを購入し、長万部くんは天然水『From AQUA』の500ミリリットル入りを購入した。5人が購入したドリンクはいずれも東日本エリア限定商品だ。
改札を出ると、高さ4.5メートル、幅2.4メートルと、とても大きな小田原提灯のぶら下がる広い駅舎を出て徒歩5分。小田原城の前に到着した。
「なあなあ静香、小田原城は誰が建てたか知ってるか?」
神威くんが珍しく岩見沢さんに話し掛けた。
「おっ、アタシにクイズとはいい度胸じゃねぇか! 小田原城はな、大工とか、まぁそんな感じの色んな人が建てたんだ!」
うん、きっとそうだね!
「おお、さすが静香!」
「だろ!?」
「がーはっはっはっ!」
「わーはっはっはっ!」
気高いお城の下で砂利を踏み締めながら高笑いする二人は、意気投合して混沌とした何とも言い難いオーラを放っている。
ちなみに定期考査における『歴史』の点数は二人とも30点前後だったと記憶している。
小田原城は14世紀末、土肥氏の命により築城されたと伝えられている、標高123メートルの富士山や相模湾、伊豆大島や江の島などを臨める見晴らしの良い城である。
「うほーいっ! 海と山と街が一望だぜ!」
「東京タワーとは違う眺めだな」
「勇せんぱいたち、東京タワー行ったんですかぁ」
「後でランドマークにも行くよ」
「その前に温泉で万希葉のおっぱい大きくしないとな!」
「ちょっと静香!」
天守閣でワイワイしたり、修学旅行らしく城の中をじっくり見学した5人は、このあと小田原市街を散策し、名物の『小田原おでん』を食べてから箱根の日帰り温泉施設へ向かうのであった。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
関東の学生が一人旅したい場所ランキングはJR東日本発行のパンフレット『たびぃじょ』を参考に致しました。
次回は箱根での入浴シーンをメインにお送りする予定です!