東京上陸 麗編
「はねっ、だあああ!!」
羽っ、田あああ!! と、私も心の中で叫んでみた。
「生きてて良かっ、たあああ…」
長万部くん、おつかれさまでした。
20時30分頃、一行は羽田空港のロビーに到着。これから東京モノレールとJRを乗り継いで今宵の宿を目指す。
「おう勇! 俺のノリに付き合ってくれるとはどういう風の吹き回しだ!?」
「ノッてるんじゃない。生きている喜びを噛み締めているだけさ…」
担任とクラス委員長が全員の集合を確認したところでモノレール乗り場へ移動。すると列車はすぐに入線してきた。
「おおっ! 電車がコンクリートを跨いでるぜ!」
神威が言うように、東京モノレールは一本のコンクリートで出来たレールを跳び箱に失敗した人のような格好で跨ぎながら走行する。
一本の列車に学年全員が乗り込むと混雑するので、クラス毎に分譲することになった。
麗たちは1組で、最初に来た列車に乗り込み、前から神威、勇、万希葉、麗、静香の順でロングシートに並んで着席した。
貸切列車ではないので、場の空気を読んだ神威は大人しくモノレールの少し強く横に振られる乗り心地を体感しながら秘かに興奮している。
勇は極度のストレスから解放されて安心したのか、こくりと眠り始め、時々万希葉に寄り掛かる。
それを見ているクラスの男衆は勇と万希葉が付き合っているのではないかと疑い始めていたが、付き合ってはいない。
「ねぇ、なんかねっぷニヤケてない?」
寄り掛かる勇をあまり気にしていない万希葉が麗と静香を見て小声で言うと、言われた二人は神威をチラッと見た。
「ああ、なんかニヤケてるな」
「楽しそう」
私もモノレールでワクワクできるくらいピュアな心を持てたらなぁ。ううん、これはピュアな心、つまり純心じゃなくて童心かな。
「モノレールが楽しいなんて安上がりな男よね~」
上幌さん、そんな事言ったらモノレールファンに怒られちゃうよ。
「なんだと!?」
モノレールに夢中になっていたと思われる神威くんが、急に上幌さんのほうを向いて怒鳴った。話聞こえちゃったのかな。とりあえず、迷惑になるから車内では静かにしよう。
「ねっぷ話聞いてたの?」
「聞いてねぇけど万希葉が悪口言うのは大体俺のことだ!」
冷静な上幌さんと熱情する神威くん。周囲に迷惑だよ。
「言われてみれば確かにそうかもね~」
「ほらみろ。まあ万希葉には何言われようと仕方ないけどな」
「どういう意味よ」
「いや、ほら、去年の夏とか」
この前上幌さんのお家で話してた露天風呂での覗き事件のことかな。神威くんはそれが原因で上幌さんに嫌われたと思い込んでるみたい。
私から神威くんに誤解を伝えるのも差し出がましい気がするし、話を切り出す度胸がなくて結局伝えられていない。
「はぁ? 別にそんな昔のこと気にしてないわよ」
「えっ? あんな事したのに?」
「私が気にしてないって言ってるんだから気にしてないの!」
とは言ったものの、上幌さんは当時を思い出したのか、恥ずかしそうに頬を染めていた。
「あの時は本当に悪かった。本当にスマン」
神威くんは隣で眠る長万部くんに当たらないよう気をつけながら上幌さんに頭を下げた。岩見沢さんには謝らないのかな?
「な、なによ改まって。本当にもういいから、その、顔、上げて?」
神威くんの真摯な謝罪に頬を染めたまま狼狽する上幌さんの肩には、時折長万部くんが倒れそうに寄り掛かってくるけれど、上幌さんも神威くんも気にしていない様子。少しは気にしてあげないと可哀相な気がするのは私だけだろうか。
「そうか。万希葉が許すって言うならもう悩む必要ないな!」
神威くんは上幌さんに言われてから数秒俯き続けた後にピンと顔を上げて立ち直った。
「立ち直り早っ!」
「許して貰ったらすぐに立ち直る。それが俺の生き方さ!」
こういう発想の人って長生きしそう。私は許して貰ってもつい引きずってしまうきらいがある。
◇◇◇
浜松町駅に到着して、次はJRに乗り換え。上野方面の内回り、北行ホームに降り立つと、神威くんは山手線や京浜東北線、新幹線を見てはしゃいでいた。
山手線と京浜東北線を一本ずつ見送ってから、次に到着した山手線の最後部車両に乗車した。
ちょうど5人掛けのシートがまるごと空いていたので、モノレールと同じく神威くん、長万部くん、上幌さん、岩見沢さん、私の順で並んで座った。
山手線らしい緑色のシートは少し硬いけどお尻にピッタリフィットする。
長万部くんは再び眠り始め、神威くんは各ドアの上に2台ずつ設置されている『トレインチャンネル』と呼ばれる液晶モニターに釘付けになっていた。
右側のモニターは次駅の案内や停車する各駅までの所要時間、首都圏の鉄道運行情報等を案内している。
左側のモニターではCMやニュース、天気予報、頭の体操コーナー等のコンテンツを放映している。
「なぁ、ねっぷって電車オタクだったっけ?」
真面目な表情で頭の体操コーナーに集中している神威くんを見て岩見沢さんが言った。
「ううん、オタクなんじゃなくて電車を見てはしゃぐ子供と同じなんだと思う」
私も上幌さんの意見に同意。札幌市街に住んでいる神威くんは乗り物を使う必要が殆どないから嬉しいのだと思う。本当に子供みたいでかわいいけど、あんまりニヤニヤしたりはしゃがれると恥ずかしい。
「ああなるほど」
電車は東京駅、秋葉原駅などの有名な駅を経由して上野駅に到着。ここは札幌行きの寝台特急『北斗星』と『カシオペア』も発車する、北の玄関口とも呼ばれる駅だ。
私たちは駅から徒歩5分程度の場所にある個室のビジネスホテルで一泊。金環日食に伴う旅程変更で急遽予約したホテルのため、朝食付きではあるけれど格安で完全個室。カプセルホテルでないだけ良かったようなものだ。
チェックアウトは明日の9時、金環日食を見終わってから1時間と少しで千葉県の有名な遊園地に貸切バスで移動となる。
金環日食や遊園地を楽しみにしつつ、シャワーを浴びて床に就いた私であった。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
今回は麗と神威が同行していながらも神威編では掲載していない場面があります。
次回は金環日食と千葉県編を予定しております。