家族との時間
5月18日、金曜日のロングホームルームは修学旅行前の最後の打ち合わせ。
私たちの班のリーダーは長万部くんとなった。
「確認だけど、東京で金環日食を見るために出発が早まった。ねっぷ以外は日曜日の17時に各自で新千歳空港駅の改札口付近に集合。ねっぷは同じ時間に種子島宇宙センターだ」
「了解! いや~、宇宙旅行なんて久しぶりだな~、行ったことねぇけど。っておいっ!」
えっ!? 神威くん宇宙旅行したことないの!? 私もないけど。
「ねっぷ宇宙進出じゃん」
「ケッ、アタシより先に宇宙なんて生意気だぜ! まあでも達者でな!」
「おいこら万希葉と静香! 悪ノリしてんじゃねぇ!」
いいなぁ神威くん。私も宇宙から金環日食見たいなぁ。
「宇宙からの金環日食、いいな…」
「ええー!? 麗ちゃんまでええええええ!!」
あわわわわー!! ごめんなさいごめんなさい!! でも宇宙から金環日食見てみたいです!!
「よし、誰も異存はないようだし決定だな」
「ぬぴゃああああああ!!」
「うるせぇ」
「うるさい」
「Be quiet!」
以前から思っていたのだけど、神威くんのノリって誰かに似てる。
誰だっけ?
まぁいいか。なんか思い出さないほうが良さそう。
◇◇◇
5月19日、出発前日の19時30分、留萌家はディナータイム。家族『四人』で囲む食卓とは暫しお別れとなる。今日はビールに良く合うホッケフライと根菜の煮物。麗は未成年なのでノンアルコールのビールテイスト飲料。慣れれば意外と美味しく飲めるものだ。
「うああああああ!! 明日の今頃は麗は空の上ええええええ!!」
えっ!? 私、死んじゃうの!?
「うるさいよアンタ!! 縁起でもないような言い方して。せめて飛行機の中って言いなさい」
あっ、そうだ。たぶん明日の今頃は東北地方上空だ。
「お父さんお母さん、今までお世話になりました」
「麗ああああああ!!」
「こら、麗も悪ノリしないの」
「ごめんなさい」
うぅ、怒られちゃった。
「でも麗、最近明るくなったわね」
嬉しそうに微笑むお母さん。
「そう、かな」
「そうよ。よく鼻歌うたってるし」
「えっ…」
ええええええ!? 全然気付かなかった!!
「ああ! 恋する乙女、いいわねぇ。お母さんうっとり。早く孫の顔が見たいわ!」
「いやだから孫はまだ…」
「麗、お父さんは麗から母になる喜びを奪おうとは思わん! ただな、麗から幸せを奪う男とはくっ付いてはならんぞ!」
「オカシラ、御嬢の幸せを奪う野郎なんざ、この俺が食い散らかしてやりやすよ」
「おお!! うちには頼もしいガードマンが居たな!!」
ガードマンというよりはガードベアだけどね。
そう、留萌家には本職の自宅警備員、ヒグマが常駐している。家族がピンチとあらば、例え火の中水の中麗のスカートの中にも駆け付ける。未来の麗の旦那、命が惜しけりゃ下手なマネはしないことだ。
◇◇◇
うれしはずかし入浴タイム。
麗の父、愛道は、ヒグマに背中流しをしてもらいながら胸中を明かしていた。
「麗と会えない麗と会えない一週間も会えない金環日食で狂った輩に襲われないか心配だ心配だ会いたい会いたい心が痛い…」
「オカシラ、一週間したらまた会えますよ。俺なんか3歳の息子と2歳の娘が居るっすけど、去年の秋に女房から家庭を追放されちまって、もう二度と会えないっす」
「な、なんだって!? そうだったのかそうだったのか!! うああああああ!! なんてこったああああああ!! ああ!! 俺って奴は!! 一週間会えないくらいで嘆いちまって!! なんなんだ!? 俺ってなんなんだ!? なんなんだなんなんだなんなんだああああああ!!」
やや広い浴室に己の未熟さを思い知らされた愛道の雄叫びがこだまする。
麗の脳内での口癖は父親譲りのようだ。
「アンタうるさいわよ!! なに叫んでんの!? 家追い出すわよ!?」
何処からともなく妻、月華の怒号が聞こえてくる。
「がーはっはっ!! ワイルドだろぉ?」
「オヤジが無理に流行に乗ってもイタイだけよ!」
愛道は45歳、月華は43歳である。あの芸人のモノマネなら微妙にイケそうな気もしなくもないようなそうでもないような微妙な年齢だ。
「なんだと!? もう一人子供欲しいのか!?」
「その前に竿ぶった切ってやるわよ!!」
そんな夫婦喧嘩を、娘の麗はクスクスと楽しんでいるのは両親にはナイショ。
◇◇◇
トントン。
扉が軽くノックされた。
「お父さん」
深夜、麗が愛道の寝室を訪れた。
「麗か! どうした? 入っていいぞ!」
麗は扉を開けて入室した。枕元の暖色系の小さな照明がまどろみを演出している。
「どうしたんだ? 麗がお父さんの部屋に来るなんて珍しいな」
言わずもがな、愛道は娘の来訪が嬉しくて仕方ない。
「うん。たまにはお父さんとお話ししようかなって」
「何か話したい事でもあるのか?」
「ううん。特に話題はないの。ただ雑談でもしようと思って」
「そうか。なら、お父さんが気になってることを訊いてもいいか?」
麗は上目遣いで愛道を見てキョトンと頷いた。好きな人のことか、それ以外のことか。
「お母さんも言ってたが、最近の麗は小さい頃の明るさを取り戻したな」
「そう、かな…?」
私ってそんなに判りやすいのかな?
「それは、好きな人が出来たからなのか?」
私は一瞬答えに詰まって間が開いた。
「…うん、それもそうだけど、他の人たちも優しくて温かいの」
特に、知内さんは私をよく可愛がってくれている。抱き着かれたりチューされそうになったり、愛情表現が過剰なところもあるけど、内面もちゃんと見てくれて、励ましてくれて、とても感謝している。
恥ずかしがったけど、知内さんの言葉が嬉しくて、私は電車内で彼女の胸に顔を埋めて号泣してしまった。
「そうか。麗は札幌に越してきて良かったか」
再度の説明だが、留萌家は昨年の春、麗が中学を卒業した直後に旭川から札幌へ越してきた。
「うん。お父さん、引っ越してくれてありがとう」
「な~に、礼を言われることじゃない。俺は転勤を命じられただけだ」
愛道の言葉は嘘ではないが、この転勤にはちょっとしたドラマがある。それはまた別の話。
この後しばらく、愛道と麗は他愛ない親子の会話を楽しんだ。
◇◇◇
5月20日、日曜日の16時45分、私は両親に自家用車で空港まで送ってもらっていた。今は空港の駐車場。ヒグマは人目に触れて保健所へ連行されないよう自宅警備の業務を遂行している。
「麗ああああああ!! 行かないでくれええええええ!! 一週間近くも麗に会えないなんて耐えられん!!」
ヒグマの事情を知ってもやはり感情を抑えられない愛道。クルマを運転したのは愛道であるが、空港に到着して麗が旅立つ実感が湧いたのだ。
「コラッ! 可愛い子には旅をさせろって言うでしょ?」
「だって、飛行機がブンブン飛んでるんだもん!」
ブンブンって、飛行機はハチとかハエじゃないよ!?
車輪を出して花粉を集めて…。
麗はお花畑に飛行機の群れがブンブン飛んでいるさまを想像した。
神威だったら糞の周囲に飛行機が群がるさまを想像するだろう。
「そろそろ時間だから、行くね」
「いってらっしゃい! お土産ヨロシク!」
「行ってきます」
「麗ああああああ!! 旦那候補という土産は要らんぞおおおおおお!!」
麗は両親に温かく見送られ、微笑みながら手を振って集合場所であるJRの改札口へ向かった。
ご覧いただきありがとうございます。
修学旅行編なのにまだ北海道を出ていません。
次回こそは最低限飛行機に搭乗して羽田空港までは到着させたいと考えております。