このキモチ、もしかして…
2月11日、土曜日。私は新聞部の取材のため『第63回さっぽろ雪まつり』の会場へ向かっていた。全国的にも有名なこの祭典の今年の来場者数は200万人を超える見込み。例年と比較すると少ないが、十分盛況といえるだろう。
今回の取材だが、先輩方は私用により来られないので、私と音威子府くんの二人で敢行する。
困ったなぁ、これじゃまるで、デートじゃない。
私は物心ついた頃から人見知りが激しく、同じクラス、同じ部活のため、学校で接触する時間が最も長い音威子府くんとさえも未だに馴染めていない。
音威子府くんとは札幌の名所の一つであるTV塔の前に10時に待ち合わせだが、有事に備え、私は一時間前の9時に到着した。音威子府くんの姿はまだないので、時間つぶしに屋外展示されているオホーツクの流氷や周辺の様子を写真撮影した。それでも時間が余ったので、通行の妨げにならない所で待機。
30分後、焦げ茶色のダウンジャケットに青いジーンズと少し底の厚い茶色いスニーカーを履いている少年を見つけた。音威子府くんだ。周囲を見渡しながらニヤニヤしたり、そう思えば不機嫌そうな顔になったりと、忙しい。彼はキョロキョロしているうちに私と目が合うと、焦った顔でこちらへ向かってきた。
「わりぃ、待たせちまった!」
「いいえ、私も来たばかりなので」
あぁ、もう! 私って、なんでこう感情が篭ってないような言い方しか出来ないの?
「そんなこと言って、本当は30分くらい待ってたりして…?」
図星。
「いいえ、本当に来たばかりなので」
だからもう! なんなの私! 凄く感じ悪い!
「そうか、じゃあ、取材始めるか」
「はい」
……。
取材開始から5分経過。会話がない。気まずい。私のせいだ。
「ひろえば街が好きになる運動にご協力お願いしま~す」
緑色のビニルジャケットを羽織ったJT、つまり日本たばこ産業のブースのスタッフが、ゴミ拾い用の緑色のビニル袋を配布している。音威子府くんがそれを受け取ったので、私も受け取った。
子供っぽくて女の子にモテたくていつも騒いでいる音威子府くんがゴミ拾いだなんて、正直とても意外だ。
私たちはゴミ拾いをしながら取材を続けたが、相変わらず沈黙のまま。早く取材を終わらせて帰ろう。お互いのために。
「今日は晴れ間があっていい天気だな」
音威子府くんが気を遣ってか、私に話しかけてくれた。
「そうね」
だからなんで無愛想なの私!? もうイヤ! 自分に嫌気が差す。
「雪像、でっかいのからちっちゃいのまで色々あるな」
「そうね」
うぅ…。私のバカ。
重たい気を背負ったまま少し歩いて、音威子府くんが通路のサイドにある出店に寄ってたこ焼きを買った。
「ほら、半分ずつ食べようぜ」
「あ、うん、ありがとう」
一つしかない爪楊枝を二人で交互に使い、たこ焼きを半分いただいた。温かくておいしい。
ゴミ拾いをしたり、たこ焼きを分けてくれたり、音威子府くんって、実はいい人なのかも。私はなんとなくそう思い始めた。音威子府くんはその後もコロッケや焼き鳥をご馳走してくれた。
「あれ、なんだっけ? あのお城。夏休みの合宿旅行で取材したよな」
振り返った音威子府くんが焼き鳥を噛りながら背後の雪像について問うた。
「鶴ヶ城」
「そうそう鶴ヶ城! ちょっと懐かしいな!」
「えぇ、そうね」
辛うじて「えぇ」を返事に付け加えられた。
約半年前、私たち新聞部は福島県で行われた軽音部の合宿に同行し、鶴ヶ城をはじめ、五色沼や、冬は白鳥の湖と化す日本で三番目に大きい湖の猪苗代湖などの観光スポットを取材した。現地の方々の温かいおもてなしに心癒された思い出は胸の中に大切に仕舞ってある。
「合宿で色んな人と知り合ったけど、みんな元気にしてるといいな」
「そうね」
みんな、本当に元気にしてるといいな。私は今日、雪まつりに来て、美味しいものをご馳走になって、平和な生活を送れて幸せです。みんなはどうですか。なんて、北海道から遠く福島県や神奈川県にテレパシーを送ってみたり。
そう、合宿先の旅館では福島県と神奈川県の高校生たちと同じ時間を共有し、新たな仲間ができた。そういえば音威子府くん、私が露天風呂に入ろうとしたとき、体中にアザをつくって顧問の先生に酷く叱られていたけど、どうしたのだろう? 気になるけど悪い事を思い出させそうなので本人には訊けない。
「雪まつりに来て美味いもん食って、俺は今日も元気で幸せだわ。平和な日常に感謝だな!」
えっ!? 音威子府くん、私と同じ事考えてたんだ! なんだかちょっと嬉しいかも!
「そうね、幸せね」
嬉しいけど素直に感情を表現するのに抵抗があって、思わず顔がほころびそうなのを我慢した。
「白い甘酒いかがですか~」
再び会場を巡り始めると屋台の前で若い女性が首に『白い甘酒』と書かれたプラカードを掛けて宣伝している姿があった。白い甘酒? 逆に白くない甘酒ってどんなのかな? 黒とか七色とか? そんなのあったらおもしろいな。
「甘酒でも飲むか」
「あ、うん、今度は私がご馳走する」
「いや、いいって」
「でも…」
「いいから!」
財布を開けようとしたら押し切られた。またご馳走になってしまった。
飲食スペースのベンチに腰掛けて甘酒をいただく。
「留萌さんは雪まつり毎年来るの?」
「ううん、私、去年の三月まで旭川に住んでて、札幌の雪まつりは今年が初めて」
甘酒の力なのか、声のトーンが上がって不思議なくらい自然な会話が出来る。
「そうなんだ、留萌さん、旭川に住んでたのか。旭川といえば、動物園だよな」
「うん、そうなの! 動物さんたちみんな、すごく可愛いの!」
あれ? 私、笑顔になってる? ありのままの自分で会話できてる!!
私、いま、すごく楽しい!
「そうだ、動物とか水族館の生き物がいっぱいの雪像あったよな。あれ見に行こうぜ!」
「うん!」
あぁ、こんなに楽しいの、いつ以来だろう?
私たちは甘酒を飲み終えて、目当ての雪像まで移動した。
10メートルくらいあるその雪像は完成度が非常に高く、手前に、左からとても大きなセイウチ、カメ、アザラシ、イルカ。奥の上段の中央にクジラ、それと、あちらこちらにブリかマグロのような中くらいの魚たち、他にも判別できない小さな生き物たちがたくさん居て、凄く賑やか。これを造った人たちも凄い。
「あぁ、すごくかわいい!」
それから私たちは和気あいあいと会話を弾ませて、あっという間に夕方になった。気温は氷点下7度。冷え込んできた。
「そろそろ帰るか」
「そうだね、じゃあ、ちょっとここで待ってて」
言い残し、私は音威子府くんから一時的に離れてある所へ向かい、数分後に戻った。
「はい、これ! 今日はありがとう! とっても楽しかった! 三日早いし、お値段は安いけど、バレンタインのつもりです」
私が向かったのは近くにあるチョコバナナを売っている屋台。ミルクチョコレートの上に更にカラフルなチョコレートがトッピングされたオーソドックスなチョコバナナだけど、喜んでくれるかな?
「うわ! マジで!? 超嬉しい!! サンキュー!!」
トクン。大はしゃぎで喜ぶ音威子府くんを見て、今まで感じたことのない胸の痛みがあった。
恋の町、さっぽろ。もしかしてこれが、そうなのですか?
神威編に続いて麗編も更新です。麗編も今回までは「さっぽろ恋ものがたり」に加筆したお話ですが、次回からオール新作となります。お楽しみに!