呼んじゃった! アレを見ちゃった!
音威子府くんのお部屋で二人きり。
なんなの!? この夢のようなシチュエーションはなんなの!?
でもでも、いつも以上に緊張して言葉が出ない…。
テーブルで冷たいお茶を飲む麗と神威は、お互いに緊張して会話を切り出せないでいる。
「て、テストが終わったら修学旅行だね!」
麗並みにテンパる神威。実はかなりの小心者だったりする。
「う、うん。テスト、頑張ろう」
もはやヘリウムガスを吸ったらどっちがどっちだか判らない状況だ。
「頑張ろう。でも俺、知っての通り勉強メッチャ苦手なんだ。特に数学とか物理とか化学とか生物とか」
「そうなんだ。私も理系の科目は苦手かな」
「えっ!? そうなんだ。てっきり全科目バッチリかと思ってた」
「そんな事ないよ。一緒にがんばろう?」
「おう! 頑張ろう!」
こうして二人は互いに苦手ながらもまだマシな生物の勉強を始めたのだが1分後…。
カサカサカサ…。
ペンはソロで紙を滑っていた。
神威は右手に額を載せて思考停止中。
「音威子府くん、わからないところがあるの?」
「はい。まず問題文が読めません」
「以下の生物を脊椎動物と無脊椎動物に分けなさい」
「おお! さすが留萌さん!」
いや、このくらいは…。
「ところで、セキツイとかムセキツイってなぁに? ムセキツイは噎せてキツイってこと?」
ええ!? この人本気で言ってるの!? 表情が真剣だよ!
「ううん、背骨があるのが脊椎動物で、無いのが無脊椎動物だよ」
「おお! じゃあタコはセキツイ動物で、ヒトはムセキツイ動物だな!」
なんで!? なんでそうなるの!? アナタに背骨はないんですか!? もうホントになんなのなんなのなんなの!? もしかしてボケ!? ツッコミ入れて欲しいの!?
バカを通り越している神威に狼狽しまくる麗は、笑いと怒りを堪えて混沌としていた。
ふぅ…。
心の中で呼吸を調える。
「うん。そうだよ」
ツッコミは気が引けたので、ボケ返してみた。
「そうか! わかったぞ! それじゃイワシは脊椎で、カピバラは無脊椎だな!」
あ、そういうことか。音威子府くん、何か勘違いしてるみたい。
「音威子府くん、水生生物か陸上生物かの違いじゃなくて、背骨の有無の違いだよ」
「あ、そうだ。たった今説明してくれたばっかなのに、ごめん」
音威子府くん、しゅんとしなくてもいいよ。でも、素直でかわいいな♪
「ううん、いいよ。音威子府くん、疲れてるの?」
「実は寝不足気味で、頭がボ~ッとしちゃうんだ」
実は最近、私もよく眠れないの。なぜ眠れないかはとても言えないけど…。
「そうなんだ。ちょっと頭触らせてもらっていいかな?」
って私、何気に大胆なこと言ってない? でも音威子府くんの役に立てるなら…。
「えっ!? あっ、はい。どうぞ!」
突然の申し出に驚いた様子の音威子府くん。私はテーブル越しに対面していた彼の背後に回り込んで両手で頭皮を解すように十本の指で撫でた。
「本当だ。疲れてるね」
音威子府くんの頭皮は撫でても殆ど動かなかった。疲労で筋肉が硬直したのだろう。
「うふぁ~、きもち~。留萌さん、マッサージ上手いな」
音威子府くんのうふぁ~という言葉は脱力気味だが、全体的な口調は割とハキハキしている。
「ありがとう。留萌家秘伝のマッサージなの」
喜んでくれて良かった。これからもずっとこうしてマッサージ出来たらな。なんて、夢見過ぎかな。
「おお、奥義ってやつかぁ。いやホント、マジでいいわ~」
嬉しいな。こうしていると、なんだか夫婦みたい。
こんな幸せが続くように、ちょっと、勇気、出してみよう。
「あの、良かったら、また、マッサージするよ」
「あ、ありがとお~、俺、お礼になんでもする」
ふふっ、本当にリラックスしてくれてるみたい♪
「俺、お礼に? あっ…」
いけない! うっかり駄洒落言っちゃった! 引かれたかな? うわわ、どうしよう…。
「ごめんなさい…」
つまらない事を言ってしまったので、取りあえず謝ろう。
「はははっ! 麗ちゃん最高! あっ…」
「えっ!?」
その言葉に、思わずマッサージの手を止めてしまった。
う、麗ちゃん!? 初めてちゃんと名前で呼んでくれた!! しかもご丁寧に『ちゃん』付けまでしてくれた!!
きゃー!! もうなんなのなんなのなんなの!? ここ来て良かったー!! だって、涙が出ちゃう!!
「いやその、ごめん、急に名前で呼んで…」
なんで謝るの!? そんな必要ないよ!! すっごく嬉しいよ!!
「ううん、これからは、そう呼んで…。わ、わたひも、名前で呼んでも」
は、恥ずかしいっ…。噛んだのも恥ずかしいけど、それ以上に発言自体が恥ずかしい…。
「もちろんですとも!! 改めてよろしく麗ちゃん!!」
トクン。
「よ、よろしくね…。か、神威、くん」
きゃーっ!! 呼んじゃった呼んじゃった!! 神威くんって呼んじゃった!!
ガチャガチャッ!
鍵の音がした。家の人が帰ってきたのかな。
「神威ー!! 神威はいねがー!!」
な、何!? なまはげ!? ここは北海道だよ!? 秋田じゃないよ!? なんなのなんなの!?
どすん、どすん!! と威勢の良い足音がこちらに近付いて来る。
「麗ちゃんベッド入って!!」
ええっ!? 神威くんのベッドに!?
私は状況を飲み込めないまま、神威くんに促されてベッドの布団に潜り込んだが、何が起きているのか気になるので、隙間を作ってこっそり覗くことにした。
あはぁ~、神威くんの匂いがするぅ~。
ガラガラガタン!!
私が布団に隠れてすぐになまはげ、じゃなくて神威くんのお母さんは部屋のスライドドアを開けて突撃してきた。
体格の良い人だなぁ。
「神威ー!! アンタまた裸で走り回ったんだって!?」
おっと、これからバトルが始まりそうな予感です。ということで、麗の実況中継、はじまりはじまり~。
凄い剣幕で叱り付ける神威くんのお母さん! うちのお母さんより怖いかも!
「うるせー! 俺、婆チャンから聞いたぜ? 母チャンだって子供のころ初恋が嬉しくてマッパで外駆け回ったんだろ?」
負けじと対抗する神威くん、ここで神威ママの驚愕の事実が発覚です! 神威くんが裸で駆け回るのはお母さん譲りだったのですね!
「あれは9歳の時よ!! アンタもう17歳!! 下の毛だって生え揃ってんでしょうが!!」
きゃー!! 知らぬとはいえ私の前でそんな発言しないでください!!
「やってる事は変わんねぇし明らかに母チャンの遺伝だろうが!」
確かにそうですが、神威くんはあんな事してて恥ずかしくないのでしょうか!? まるで懲りてない様子です!! 私が警察官に懇願した意味はいずこへ!? 神威くんのためを思えば、いっそ補導してもらったほうが良かったかもしれません!! なんなら私が警察に突き出しましょう!!
「うるさいよ!! あんまり口答えすると年甲斐もなく裸踊りするわよ!!」
えっ!? 裸踊りになんの脅威があるのでしょうか!?
「すんませんでしたー!!」
なんと!! 神威くんは見たくないなら土下座するしかないと判断したようです!! 裸踊りってそんなに見苦しいの!? むしろ見てみたいかも…。
って私、なんて失礼なの!? なんなのなんなのなんなの!?
「じゃあケツ出しな!」
お尻!? 今ここでですかー!? 見たい、見たいけど、そしたらいつか私も見せないと不公平です!! 私、こういうところは真面目なんです!!
でも、見られるのはとても恥ずかしい…。
「いやいやそれは困る!! 非常に困る!!」
大丈夫!! さあさあさあ!! 脱がしちゃって下さいお母さま!!
「ハァ、ハァ、ハァ…」
心の中で実況しながら息を荒げて興奮する麗。男の裸など、父親の以外に見たことない。
「問答無用!!」
嗚呼!! 脱がされちゃいました!! 神威くんのお尻、引き締まってて素敵です!!
はわわぁ、生きてて良かったぁ~。
ペシーン!!
お尻が奏でる心地良い音。
私も叩きたい…。
「いてえー!!」
こうして私は、神威くんのお尻が手形で真っ赤になるまで見守り続け、神威くんのお母さんがキッチンでお夕飯の支度を始めた隙においとましたのでした。
玄関に靴が置いてあったの、バレてないのかな…?
ご覧いただきまして本当にありがとうございます!
今回も麗の脳内は元気いっぱいです!