おじゃまします!
万希葉の住むマンションを出て、帰りの方角が異なる静香と別れた麗は、人通りのやや多い雑居ビルやマンションが立ち並ぶ道を札幌駅方面へひとり歩いていた。
今日は楽しかったなぁ。修学旅行も楽しみだなぁ♪
でもその前に、中間試験を頑張らなくちゃ。
明後日の水曜日から金曜日までの三日間は中間試験。実は私、理系科目があまり得意ではない。毎回やっと平均点を上回る程度だ。
「うほーいっ! うほほほーいっ!」
ん?
上幌さんの住むマンションを出て約3分。突如、何処からともなく都会には似合わない野生的な声が聞こえてきた。
おサルさんでも逃げ出したのかな…?
「キミ! 何してるんだ!?」
自転車で通りかかった若い男性警察官がマンションの廊下を見上げて大声を出している。私もそれに釣られて見上げると…。
音威子府くん!? このマンションに音威子府くんが住んでるの!? それより上半身ハダカで何やってるの!? もしかして、下までスッポンポン!? 何ナニなんなの!? 補導されちゃうよ!?
「このマンション、確か前にもこんな事あったらしいな。雪まつりのあたりだっけ? とりあえず交番まで来てもらおうかな」
警察官は音威子府くんを補導しようと考えているみたい。
た、大変!
「あ、あの、お巡りさん!」
「はい?」
「あの男の子、私のクラスメイトなんです! おかしな子ですけど、悪い子じゃないんです! 私から注意しておきますのでどうかお許しください!」
いつになく焦燥を表にして警察官に懇願する麗だが、何気に酷いことを言っている。
「そうなの? 前にも同様の通報を受けてるから、近所迷惑になってるみたいだし、強く言っておいてくれる?」
頭を下げる麗に、警察官は気怠そうに言った。
「わかりました。ご迷惑おかけしました」
こうして謝ってみると、なんだか私が音威子府くんの奥さんみたい。
いや、むしろ保護者? うちの息子がご迷惑おかけしました~。みたいな。
「頼むよホントに~」
警察官は強い口調で吐き捨てて去っていった。
うぅ、怒られちゃった…。
でも音威子府くんを助けられて良かった。
再びマンションを見上げると、そこに音威子府くんの姿は見えなかった。
何があったのかわからないけど、とりあえず、注意する名目で音威子府くんのお家にお邪魔できちゃったりして…。
うん、行ってみよう!
私は意を決して3階を目指し階段を上がった。
「うわああああああ!! もうダメだああああああ!!」
な、何!? どうしたの!? もしかして下の竿が元気にならなくなっちゃったの!?
3階に差し掛かろうとした時、音威子府くんの絶望に苛まれた悲鳴が聞こえたので、私は大急ぎで階段を駆け上がった。
「音威子府くん!?」
階段を上り切ると、音威子府くんが怯えるように廊下にしゃがみ込んでいた。辛うじて赤と黒のマーブル模様のトランクスを着用していた。
竿の隆起具合は判別不能だけど、適度に筋肉質で健康的な体型につい見惚れてしまう。
「へっ!?」
私の存在に驚いたのか、音威子府くんはしゃがんだまま目を丸くしてこちらを見ている。
実はスカートの中を覗かれてたりして…。
今日は白だよ。
って、私のなんか覗く訳ないか。
私はそのまま10メートルほど先の音威子府くんに駆け寄った。
「どうしたの!? 調子悪いの!? 苦しいの!? 救急車呼ぶ!?」
ハダカにならなきゃ耐えられないくらいの高熱!? それともアレルギー反応で全身が痒いの!?
あまりにも心配で放心状態の音威子府くんの肩を軽く叩いた。
「ごめん。大丈夫。修学旅行があまりにも楽しみで、興奮しちゃったんだ」
「そうだったんだ」
そういえば私も小さい頃は旅行が楽しみでウキウキしたっけ。さすがに下着姿で発狂しなかったけど…。
「ここ、音威子府くんの住んでるマンション…?」
「はい。ここが俺んちです…」
音威子府くんは力なく目の前の扉を指差した。表札には『音威子府』とマジックで書かれた文字。
「なら、お部屋に戻ろう? 立てる?」
私は少しドキドキしながら音威子府くんに右手を差し延べた。
「大丈夫、立てる。ごめん、こんな格好で」
ココロ此処に在らずという感じの音威子府くん。本当にどうしたんだろう。早くいつもの元気な姿に戻ってほしいな。
「ううん、大丈夫だよ」
言って、私は音威子府くんが立ち上がれるよう右手を握った。
うわぁ、男の子の手ってこんなにがっちりしてるんだ…。
「あの、お邪魔しちゃって、大丈夫、ですか…?」
扉の向こうが気になって仕方ない。男の子の部屋って本当に散らかってて、エッチな本がベッドの下に隠してあったり、くずかごには溢れんばかりの使用済みのティシュー詰まってたりするのかなぁ…。
「散らかってるけど、良かったらどうぞ」
ほ、本当!? 夢じゃないの!?
どうしよう!? もし、もし大変なことになっちゃったら!? お母さん待望の孫がデキちゃったりして!?
◇◇◇
「おじゃまします…」
初めて入る男の子のお部屋にドキドキ。しかも好きなひとのお部屋!!
「いっ、いらっしゃいませ…」
私は玄関からそのまま音威子府くんの部屋に通された。
部屋の中心に開かれたままのノートや教科書、筆記用具が置かれた四角いテーブルがある。『現代社会』のTrance Paciphic Partnership、環太平洋戦略的経済連携協定について勉強しているようだ。
私はこの前、間接キスで音威子府くんに輸出したけど、いつか彼からナニかを輸入する日がくるのかなぁ。
あぁ、考えたら私も下着姿になってスキップしたくなってきちゃった…。
って、流石にそれはだめ!! それじゃ痴女じゃない!!
だとすると、音威子府くんは痴漢!?
あ、それは周知の事実か…。
気を取り直して部屋を見渡すと、脱ぎ散らかされた制服のブレザーやシャツ、ズボンにネクタイ。窓際には私の想像を裏切らない寝相の悪さを演出するだらし無く剥がれた掛け布団。
ベッドの下には何があるのだろう…?
くずかごには、何も入ってなかった…。
音威子府くんは黒いジャージを着てお茶を持ってくると言って部屋を出た。
あっ、これは…。
枕元をよく見ると、私はあるものを見つけた。
「音威子府くん、これ、使ってくれてるんだ」
ペットボトルのお茶とグラスをトレイに載せて戻ってきた音威子府くんに私は言った。
「あ、うん、すごく気に入ってる」
音威子府くんは何故か狼狽しながら、震える手でトレイからペットボトルとグラスを落とさないように必死な様子。
「そう、なんだ…。良かった」
枕元にあるのは、私から音威子府くんへの誕生日プレゼント、イタリア製のグラスカップ。就寝前にホットドリンクでも飲んでそのままにしちゃったのかな?
なんだか、とても嬉しい。
あ、よく考えると、私の想いと音威子府くんが添い寝…。
添い寝だけなら生身の私と今すぐにでも!!
って、ホントになんなの!? 近頃の私、暴走し過ぎ!!
「あの、ごめん。変なモノ見せた上に迷惑かけちまって」
いえいえ、むしろ良いモノを見せてもらいました♪
「ううん、大丈夫だよ。でも、また同じ事したら取り返しのつかない事になっちゃうかもしれないから気をつけてね」
「うおおおおおお!! あんな変態やって許してくれるの!?」
「えっ!? あ、うん。私は別に怒ったりしてないよ」
でも騒ぐ場所は弁えないとね。
「おおおおおお!! 涙が、涙が止まんねぇ!!」
言葉通り、音威子府くんはわんわんと号泣し始めた。
これが漢泣きなの!? ナミダちょちょ切れるぜ!! っていう。
「えっ!? そんな…」
麗は動揺すると同時に必死な神威を見て少し愉しんでいる。
「ありがとう!! そして申し訳ありません!! 二度とこのような真似は致しません!!」
あわわわわ!! こういう時ってどう反応すれば良いの!?
土下座をされて、私はどうしたら良いのかわからない。
でも音威子府くん、こんなに必死になって可愛い♪
「あ、う、うん…」
神威の勢いに困惑する麗だが、目の前で土下座するどうしようもない変態を包み込むような優しい眼差しで見つめるのだった。
ご覧いただき本当にありがとうございます。
神威とお部屋でふたりきり!
次回、まさかの!?