しずかでうららかなまきば
ゴールデンウイーク明けの月曜日。満開だった桜が緑色へと徐々に色を変える頃。
6時間目、ただいま今月第4週に実施される首都圏への修学旅行に向けたロングホームルーム中。
「え~、修学旅行が近くなってきましたが、それに当たって皆さんには5人の班を作っていただきたいと思います。クラスメートなら誰と組んでも構いません」
教壇から担任の大楽毛安夢先生が指示した。
40人編成のクラスなので、旅行中、共に行動するメンバーを5人で割るとちょうど良い。
私は小さい頃からずっとこの作業が苦手で、誰にも声を掛けられず、いつも一人だけ残ってしまう。
今回もまた、残ってしまいそう。
そう思った矢先だった。
「留萌さん! 一緒に組もうぜ!」
先生が指示してからほんの数秒で、音威子府くんが私を誘いに席まで来てくれた。
「うん。ありがとう」
「なに言ってるんだよ! 俺と留萌さんの仲じゃないか! はっはっはっ! んじゃ、ちょっと俺の席まで来てくれるか? 勇も一緒に組むんだけど、あと二人足りないんだ」
「うん。わかった」
おおおお音威子府くんと一週間一緒に行動!?
カミサマホトケサマカミナリサマ! こんな事があって良いのでしょうか!? ああ、要らぬ妄想をしてしまいそう…。
舞台は夜のヨコハマ。ベイブリッジを臨む港の見える丘公園。
ベンチに掛けて手を重ねながら身を寄せ合う二人はベイブリッジの放つ白く霞んだ光に誘われて身を寄せ合い…。
『留萌さん、いや、麗、夜景が綺麗だね』
『うん、とても綺麗。音威子府くん、ううん、神威くん…』
『でも、麗のほうがもっと綺麗だよ』
きゃーきゃーきゃー!! そんなそんなそんなぁ!!
『ううん、そんなことないよぉ♪』
あわわわわー!! そんな事になったら後はもう!!
って、長万部くんとか他の人も一緒に行動するのに!! なんなの私!? ナニ考えてるの!? ああもう、ナニって何!? なんなのなんなのなんなの!?
でも最近、音威子府くんをより近くに感じる。彼が私をどう思っているのかはわからない。ひょっとしたら単なる新聞部の仲間くらいにしか思っていないかもしれない。
けど、カタチはどうあれ、彼との距離が縮まっている実感は確かにある。
「ねっぷ~、アンタ誰と組むか決まった?」
音威子府くんの席周辺まで移動すると、軽音部のヴォーカリスト、上幌万希葉さんが問うた。彼女はよく音威子府くんと喧嘩をしている。
「残念ながらあと二人足りないな」
「そう。じゃあ私たちと組まない?」
私たちというのは、上幌さんと一緒に居る、同じく軽音部でギタリストの岩見沢静香さんも一緒にということだろう。彼女たちは5人編成のバンドを組んでいて、他の3人は別のクラスだ。
「は? なんで」
上幌さんの誘いに怪訝そうな表情を見せる音威子府くん。なんか喧嘩になりそう。
「なんでって、人数的にちょうどいいじゃない」
「う~ん、そうだな。留萌さん、勇、いいか?」
なんだよしょうがねぇなぁ、二人がOKしてくれたら入れてやるか。とでも言いたげな音威子府くん。
「俺は特に」
「私もいいよ」
この二人とはあまり話したことないけど、それは音威子府くんを除けばクラス全員そうだし、断るのは気が引ける。
「ならしょうがねぇなぁ。入れてやるか」
音威子府くんは上幌さんと岩見沢さんにはいつも強気な態度を取っている。彼女たちは火に油を注がれたように反発して喧嘩になるのがお約束。
「は!? なによその言い方」
「F〇ck!」
「なんだと!?」
いつもの喧嘩ショー、はじまりはじまり~。ぱちぱちぱちぱち~。
「こらこら三人ともケンカはよせ。どうせ他に組むヤツも居ないだろう?」
長万部くんが言い争う三人の間に割って入った。確かに不毛な争いだ。
すっかり観戦モードになっていた私は反省モードに切り換えなきゃ。
「まぁな」
「そうね」
「Shit!」
◇◇◇
放課後、私は岩見沢さんと一緒に上幌さんの自宅に招待された。
札幌駅に近いマンションの3階にある3LDK。そこのリビングでコンビニスイーツを囲みながらおしゃべりが始まった。
てっきりムンクの叫びみたいな表情で中指を立てている人のポスターや、HEAVENに招待してやんよF〇ckerどもめYeah! みたいなポスターがあると思ったけど、家具や小物がモノトーンでまとめられたシンプルかつお洒落な部屋だった。
「麗とは去年も同じクラスだったのに、あんまり話したことなかったね」
「うん、そうだね」
正直、ひどく緊張している。あまり話したことがないというのもそうだけど、Youアタイらのビートで昇天しちゃいなよベイベー!! ¥$※〒Åдグフェッ! みたいな世界に住んでいそうな二人と、森のくまさんと一緒に童話を読んでいるような私とで、話が噛み合うだろうか。
麗は万希葉と静香をワイルドな存在だと思っているが、自分がそれ以上にワイルドなことに気付いていない。森のくまさんと一緒に童話を読んでいたら、大抵の人間は襲撃されて大怪我するか命を落とす。
「麗って新聞部だよね。ねっぷにヘンなことされてない?」
「されてんならアンプでぶん殴ってやんぜ!」
上幌さんと岩見沢さんはエッチな男の子として有名な音威子府くんに私がナニかされていないか心配してくれているようだ。
「うん、大丈夫だよ」
「そうか~。ナニかされたらすぐに言ってね。火鉢投げ付けてやるから」
「う、うん…」
私は苦笑いしながら頷いた。この二人、やっぱり過激だ…。
「でも、ねっぷってエロいけどそんな悪い奴じゃないでしょ」
上幌さんの発した言葉は私にとって少し意外だった。いつも音威子府くんと喧嘩しているけど、ちゃんと解ってるんだ。
「夏合宿で露天風呂覗いたけどな」
「えっ!? 夏合宿って、福島の…?」
続いて岩見沢さんの発言に一瞬耳を疑ったけど、音威子府くんならいかにもやりそうなのですぐに信じた。
「ああ、あれね。うちの学校は私と静香しか入浴してなかったし、言い振らしたりしてないから麗は知らなくても無理ないか。柵から浴場に転げ落ちた時はメッタメタのギッタギタにしてやった」
上幌さんによると、覗きは他校の男の子を含む三人で行われたらしい。女湯の入口には人感センサーが取り付けられていたらしく、計画的かつ巧妙な犯行だったようだ。
なるほど。合宿の夜に音威子府くんが占冠先生にお説教されていたのはそういう理由だったんだ。
あれ? 浴場に転げ落ちてきたってことはつまり、音威子府くんは上幌さんや岩見沢さん、それに他校の女の子の生まれたままの姿を見たってこと…?
「でもそれで懲りたんだか、いつの間にかスカートめくりしなくなったよね。私もだけど、その対策で冬は殆どの女子がニーソからタイツに転換したし」
「そういやそうだな。アタシなんかスカートの下にジャージだし」
「そういえばそうだね」
「私なんか、ナニもしないねっぷって、なんかモノ足りなくてついイジっちゃうんだよね~。アイツすぐ反応するから結構面白いし」
「あれはアタシらとねっぷの挨拶みたいなもんだからな~」
音威子府くんはそう受け取っていないみたいだけど…。
「それ、私もわかるかも…」
「はははっ! そうなんだ! 実は麗って結構面白い人だったりする!?」
「えっ?」
「昼休みアタシらと一緒にランチしようぜ? 隣にねっぷとか勇も居るから大丈夫だろ?」
うぅ、二人とも、今まで関わったら地獄に連れて行かれそうな恐い人たちだと思ってたけど、イイ人…。嬉し涙出そう…。
「うん、ありがとう。二人とも、音威子府くんのこと、嫌いじゃないんだ」
音威子府くんは嫌われていると思っているみたいだけど、二人の言葉を聞いて少し安心した
「別に嫌いじゃないわよ。男ってそういうイキモノだし、ねっぷは自分に正直なだけなのよ」
「だな。別にスカートめくられたり風呂覗かれたからって嫌ったりするほどアタシらの心は狭くないぜ」
「ってかさ、ねっぷより洗面所占拠して髪イジッてる奴とか、腰パンしてる奴のほうが断然ウザいしキモい」
「モテたかったりカッコつけたくてやってんだろうけど、ベクトル間違ってるよな」
「髪いじりながらたまにニヤッとしたりすると寒気するし、他の人が洗面所使いたくて迷惑してるのわかんないのかな」
「はははっ! 麗マジウケるんですけど!」
「麗もそんな事考えてんのかー! ああいうのマジ論外だわ! 論外過ぎてキモいとか言う気にもなんないね!」
第二反抗期の男子に散々な感想を抱いている三人。女の子の目は冷静かつシビアだ。実際に麗たちと同じような事を思っている人は非常に多い。
万希葉と静香にいつもイジられている神威の髪型は『寝癖』という日替わりの無造作ヘアなので、洗面所を占拠したりしないし、腰パンでもない。それが幸いして本人は思いの外、親しまれているようだ。
こんな調子で男子に厳しい視線を向ける三人のガールズトークは続いた。
この後、麗と静香は道中で別れてそれぞれの家路を辿るのだが、麗は駅へ向かう途中で世にも奇妙なものを見てしまう。
ご覧いただき本当にありがとうございます。
今回のサブタイトルは二年生の三人娘のガールズトークが中心ということでこうなりました。
女子は色々シビアです。