歓迎会とその夜に
私たち新聞部六名は今、大通公園をＴＶ塔方面へ歩いている。
「水菜ちゃんは何処から引っ越して来たんだい？」
知内さんが尋ねた。
「神奈川県の茅ヶ崎って所です！ サザンの桑田さんとか、加山雄三さんとか、徳光さんとか、宇宙飛行士さんとか、いっぱい有名人がいますよ！」
宇宙飛行士さんとは野口聡一さんのことだろう。
「おっ、俺、茅ヶ崎知ってるぜ。悪友がそこの高校に通ってるからな！ まあその人は藤沢に住んでるけどな」
音威子府くんの悪友で私より一つ年上の三年生、磐城広視さんは音威子府くんに負けず劣らずエッチな人。アダルトビデオとか、女性用の下着とか沢山持ってるのかな。
「『ウミガク』ですかぁ！ 私も引っ越さなければそこに行くつもりでした！」
湘南海岸学院、略して『ウミガク』は、茅ヶ崎の海岸沿いにある生徒数二千名を超えるマンモス校。私も夏合宿で知り合った烏帽子アロハさん、オハナさんという姉妹のお友達がいる。アロハはハワイ語で『慈しみ』など色々な意味があり、オハナは『家族』という意味がある。
彼女たちも磐城さんと同じく、茅ヶ崎の隣町である藤沢の鵠沼という所に住んでいる三年生。
新学期二日目、今日までは短縮授業のため、午前中で下校となった。私たち新聞部はランチを兼ね、いつも部のメンバーで利用しているファミレスにて新入部員の長万部勇くんと、一年生の不入斗水菜さんの歓迎会を開く運びとなった。
ファミレスに到着すると、女子は奥のロングシート、男子は通路側のチェアーに着席した。
座席配置は以下の通り。
見知 麗 水菜
新史 神威 勇
便宜上、ファーストネームを使用させていただきました。ケータイ、縦書き読者の皆さま、座席表が見にくいようでしたらお申し付けください。
音威子府くんが人数分のドリンクバーを注文し、交代で席を離れて各々好きなドリンクを取りに行った。
木古内さん、長万部くん、私の三人はハーブティー。知内さんはキャラメルマキアート。不入斗さんはアイスレモネード。音威子府くんは…。
「ねっぷせんぱいの何ですかぁ～？」
不入斗さんは音威子府くんの『ワンタンコーラ』に目を丸くした。
私や他のみんなは刻みネギと冷え固まった脂の浮いたいつもの混沌とした液体だと認識した。
「これはな、ワンタンスープとコーラをブレンドしたオリジナルのスペシャルドリンク、『ワンタンコーラ』だ。飲むか？」
「固まった脂が浮いてて薄気味悪くて不味そうなのでやめておきます！」
「みんなそう言うんだよなぁ。美味いのに」
音威子府くんの勧めを断る不入斗さん。昨年、私と音威子府くんのために開いてくれた歓迎会で勧められた時は、刻みネギと冷え固まった脂が浮いてあまりにも混沌とした液体に怖じけづいて断ってしまった。
「あの、音威子府くん…」
それからというものの、私は部活メンバーや家族でファミレスを訪れる度、混沌とした液体が気になって仕方なかった。
音威子府くんが一口目のストローを咥えようとした時、私は勇気を出して彼に声を掛けた。
「ほい留萌さん！」
「それ、一口、貰っていい、かな？」
もし、間接キスがイヤじゃなければ…。
ってそうだ！ これじゃ間接キスになっちゃう！
言うと、神威くんを始め、みんなの驚愕の視線が私に注がれた。
そんなに見ないで。トラウマが蘇る。
「おお！！ どうぞどうぞ！！ 飲み干してくれてもいいぞ！！」
そうだよね、間接キスはイヤだよね。飲むなら責任持って全部飲まなきゃね。後戻りする勇気はないし、飲むしかないか…。
「麗姫、正気かい？」
知内さんが心配そうに問う。
「実は、前から気になってて…」
私は怖いもの見たさと間接キスの相乗効果で緊張しながらストローを咥え、液体を一口含んだ。
！！
うう！！ なんなの！？ 薄い砂糖醤油に近い味だけど口の中に固形物やこってりしたものが残る後味の悪さ…。
だめだ。これ以上飲めない…。
「ごめんなさい」
だよねと言わんばかりの音威子府くんを除くメンバー。
「ありゃりゃ！？ お口に合わなかったか。残念！」
申し訳ないと思いつつ、私はグラスを気持ち前へずらした。間接キスがイヤなら受け取らないでください。私が責任持って全部飲みますから…。
音威子府くんは陽気な態度を保とうとしながら、その実気まずそうに残りを飲もうと自らの口にストローを近付けたところで硬直した。
ごめんなさい。やっぱり間接キスはイヤだよね。
「どうしたねっぷ。調子悪いのか？」
友達思いな長万部くんが、頬を赤らめている音威子府くんを心配して声を掛けた。
音威子府くん、その紅潮はどういう意味ですか…？
少し、ほんの少し、期待しちゃいます…。
「ねっぷせんぱい、もしかして間接キスに緊張してるんですかぁ？」
不入斗さんが言うように、間接キスで照れてくれているなら嬉しいけど、本当はイヤなんじゃないかな？
「そそそそんな事ないさ！！」
沸騰したように真っ赤になる音威子府くん。こういう弱った姿は初めて見る。もしかしたら本当に照れてくれてるのかな？ それとも照れたフリをして間接キスがイヤなのをひた隠してるのかな。だとしたら優しいなぁ。優しい人に無理は押し付けられないよ。
「音威子府くん、その、イヤなら、私が責任持って全部飲みます…」
音威子府くんはエッチだけどピュアだから、好きじゃない人とは、例え間接キスでもしないんだろうな。
はむっ！ ゴクッ！ ゴクッ！
そう思った矢先、音威子府くんは何を思ったのか無言で勢い良くストローにしゃぶりついてワンタンコーラを一気に飲み干し、グラスに四つ残ったワンタンも一気に頬張った。
ひゃああああああ！！ これは一体どういうことですか！？
「ねっぷよくやった！」
見事に飲み干した音威子府くんを知内さんが褒めた。
知内さんは持ち前の鋭い観察眼から音威子府くんに対する私の気持ちに気付いているとみて間違いない。
「ぐふっ…。炭酸の一気飲みはキツイっす！」
「よっ！ 漢の中の漢！」
「ねっぷせんぱい、流石です！ 昨日知り合ったばかりですけど」
それからというものの、知内さんと不入斗さんは二人して音威子府くんを褒めちぎったのだった。
そうそう、この後、知内さんの提案でみんなのケータイ番号とアドレスを交換した。これで音威子府くんと連絡できる！ けど、私から連絡する勇気がない…。
うぅ、なんなの私…。
◇◇◇
就寝時、私はベッドに寝転がりながらもどかしさを感じていた。
雪まつりの時みたいな夢をもっとたくさん見たい。思い出をいっぱいつくりたい。
手を繋ぐだけの幸せが欲しいよ。
けど、なぜなの？
貴方のことを思い浮かべるだけで、不意にカラダが疼くの。入浴したばかりのカラダを、汚さずにはいられないの。
「はぁ、はぁ…」
ピュアな音威子府くんと、こんなに汚い私…。釣り合う筈ないじゃない。
雪まつりからというものの、音威子府くんとゆっくり触れ合うことのなかった私は、いつの間にか心身ともに欲張りになってしまった。
満たされない私は今夜もこうして独り、切なくなる何ヶ所かを撫でて慰めるしかなかった。
ご覧いただき誠にありがとうございます。
最後に麗の夜のお話がありましたが、雪まつりの直後とは様子が変わりました。『恋』の部首、シタゴコロですね。
