麗が実況! 神威の部員スカウト!
音威子府くんは長万部くんに新入部員の勧誘のお手伝いを頼んだ事を数分で忘れてしまうくらいニワトリさんなのかと思ったけど、定期考査の成績から推測すると、今に始まった事ではなさそうだし、彼が愚者でない限り気にしないでおこう。
「留萌さん、ありがとう! おかげで新聞部は助かりそうだよ」
「ううん、力になれて良かった。それより、長万部くんに何かお礼しないとね」
「そうだな! こんど俺のおごりで何か食わせてやるわ。留萌さんも一緒に行く?」
えっ!? 私も一緒に!? 願ってもないようなお話だけど、長万部くんとあんまり話したことないし…。
「あ、うん、じゃあ、二人が良ければ、一緒に行こうかな?」
でも、断る理由もない。ううん、慣れない人と一緒だと気まずいから行きづらいとは言えない。
「えええええええ!? まじで!? いいの!?」
うわっ! 急に大きな声出されてビックリしたぁ…。
「え!? あ、はい」
勢いに押されて二つ返事しちゃったけど、長万部くんは友達思いの優しい人みたいだし、音威子府くんも一緒だし、大丈夫だよね?
◇◇◇
電話でお願いをしてから20分後、長万部くんが勧誘のお手伝いに来てくれた。
「わざわざ悪いなあ! 心の友よ!」
「全然悪いなんて思ってるように見えないが」
満面の笑みで陽気にお詫びをする音威子府くんに長万部くんの的確な切り返し。私もお詫びやお礼をしなきゃと思うけど、二人の間に上手く入って行けない。
「まあまあ! お礼に何か奢るからさ!」
音威子府くんは言いながら、長万部くんの肩をぽんぽんと叩いた。
「ああ。家を買ってくれ。一軒だけでいい。で、俺は何をすればいいんだ?」
長万部くん、音威子府くんからはお家をプレゼントしてもらうんだ。じゃあ私は土地をプレゼントしようかな? 河川敷、地下道、公園、何処がいいかなぁ?
「まじで!? 一軒だけでいいのか!? って、残念ながら神たる俺でも今のところ家は無理だ。一軒だけでいいとか言って謙虚さを演出してるつもりだろうけど、流石に騙されないぜ。とりま、俺と一緒に一年生をスカウトしてもらおうと思ってんだけど、いきなりじゃ勝手がわからないだろうから、先ずは俺の手本を見ててくれ!」
そうだよね、いくらなんでもお家はね。私は心の中で悪ノリしちゃったけど、音威子府くんはピュアなノリだったね。
長万部くんのボケにツッコミを入れた音威子府くんは、近くを通り掛かったツインテールの女の子を呼び止める。
あの子、童顔なのに胸が大きい。きっとモテるんだろうなぁ。
「やあやあそこのお姉さん! 新聞部ですけど、ちょっといいですか?」
「はい? 私ですか? はっ!」
彼女はハッとして、何故か長万部くんに視線が釘付けになった。
確かに長万部くんは友達思いで少しかっこいいけど、すぐに判るものかな。それとも外見判断だけ? そういう人はイタイ目に遭いやすいから気をつけてね。
で、音威子府くんは何故『俺ってイケメンで罪な男だぜ』みたいな表情なの? もしかして自意識過剰?
音威子府くんは正直なところあんまりモテないけど大丈夫。例え世界中の女性に嫌われても、私が居るよ。
って、また何考えてるの!? もう! なんなの最近の私!?
「私、新聞部に入ります!」
おお、最初から新聞部に入るつもりだったのかな。それとも長万部くんが目当て? でも残念。彼は部員ではないのです。
「まじで!? まだ何もプロモーションしてないけど」
「んで、そっちのせんぱいの恋人になります!」
そっち? 俺を見てるんじゃないの? という表情の音威子府くん。わかりやすいなぁ。
「え? 俺?」
一方、突然のご指名にキョトンとする長万部くん。
「はい! 一目惚れです! 付き合ってください!」
「いや、ちょっと待って。色々ツッコミ所はあるけど、まず俺は帰宅部で、今は新聞部の勧誘を手伝ってるだけなんだ」
「じゃあ私も新聞部には入らないで、帰宅部に入ります!」
「おーとそれは困る! 新聞部が廃部になっちまうからな! こうなったら勇も新聞部に入部だ!」
新入部員さんが入ってくれないと私も困る!
「そこで音威子府営業マン、長万部くんを部に引き入れるなんて無茶な作戦に出ました!」
私が音威子府くんに共感していると、突如、背後から現れた知内さんが実況を始めた。音威子府くんたち三人はそれに気付いていないようだ。
「知内さん?」
「あのお乳の大きな娘っ子が入部候補だね?」
「はい。でも、音威子府くんのお友達も一緒に入部しないと彼女も入部しないっていうんです」
「おお、一目惚れですな。彼は確か長万部くんっていったね。うんうん、ジャニーズに入れそうじゃないか。一石二鳥、もしくは二兎追う者一兎も得ずといったところか。私たちはじっくり見守らせてもらおう」
その間に他の一年生にも声を掛けたらどうかとも思うけど、私は人見知りを言い訳に声を掛けるのを躊躇っているし、一方で長万部くんと一年生さんの恋の行方や、それを成功させるべく奮闘する音威子府くんのパフォーマンスが面白そう。
私と知内さんが会話しているのと同時に、音威子府くんたち三人の会話も続いている。
「おいおいふざけんな。それはさすがに断る」
音威子府くんのまさかのスカウトを長万部くんは拒絶した。
そうだ、私も心の中で知内さんみたいに実況してみようかな。
「新聞部、廃部の危機なんですか?」
一年生さん、ここで新聞部の危機を悟りました! そうなんです。新聞部は部員不足により廃部の危機なのです!
「そうなんだよ。最低でもあと一人、部員が必要なんだ」
音威子府くんが一年生さんに新聞部の現状を伝えたあ! あ、別にテンション上げて解説するところじゃないか。
「そうなんですかぁ。じゃあ、帰宅部のせんぱいと一緒に入部します!」
長万部くん、一年生さんからもスカウトされました! 心優しい長万部くんは、二人の誘いを断れるのでしょか!? 私としては断られるととても困ります!
「おいおい勝手に話を進めるな初対面の一年生」
な、なんと長万部くん、まさかの強気発言です! でも正論です! 部員勧誘のお手伝いだって本来やらなくて良いのに、そのまま入部させられるなんて理不尽です! 私だったら怒り心頭でヒグマさんに仕掛けた奥義を発動するかもしれません! もちろん私が乱暴をしたなんて記憶は消し去ります!
「私、札幌に引っ越してきたばかりで誰も知ってる人がいないんです。だから部活に入って仲間つくって、せんぱいと付き合います!」
な、なんてことでしょう!? 一年生さん、引っ越してきたばかりなんですね!? まるで去年の私です! 私の場合は知っている人が居ない方が良かったのですが、きっと彼女は違うでしょう。知らない街で不安がいっぱい。早く心強い仲間をつくりたいことと存じます! 新聞部は和気藹々としてて、仲間づくりにはベストな部活です! 私も新聞部の皆さんに助けられています!
「だってさ勇! 一人ぼっちのかわいい後輩を見捨てるのか? 俺はお前がそんなに冷たい奴とは思ってないんだけどな」
音威子府くん、すかさず長万部くんの優しさに付け込みました! なんて卑怯なのでしょう。
「待て待て。仲間ならクラスでもつくれるだろ。それに俺は付き合いを承諾していない」
そうですよね~。仲間ならクラスでもつくれます。それに長万部くんは一年生さんと付き合うだなんて言っていません。一方的ですよね。
おやおや? 音威子府くんと一年生さんは何やらアイコンタクトを取っています。連携プレーで長万部くんを説得するのでしょうか。
「せんぱいが新聞部に入らないと、お友達や他の部員の方々が路頭に迷うんですよ? 絆が薄れるかもですよ? 部員同士の恋が実らなくなるかもですよ?」
そうなんです! そこなんです! 一年生さん、まるで私の心中を見透かしたかのようです! でも長万部くんが入部しなくたって、一年生さんだけでも入部していただければ新聞部は存続可能です!
「はぁ、わかったよ。入ればいいんだろ? 入れば。その代わり幽霊部員になるかもしんないぞ」
決まったああああああ!! 入部ありがとう!! そしてごめんなさい!!
「ありがとおおおおおお!! さすが勇!! 心の友よ!!」
音威子府くん、新年度初の雄叫びは校庭の片隅でした! 長万部くんの手を握ってシェイクしています! 周囲から注目されております!
「見知さん!! 新入部員二人ゲットだぜ!!」
音威子府くん、さっそく知内さんに勧誘成功の報告です!
「おお、男の子のほうは長万部くんだね」
「えっ、俺のこと知ってるんですか」
「ねっぷから話は聞いてるし、そちらの教室にお邪魔した時にねっぷと話していたのを見てるから、知っているよ。そちらの女の子は一年生だね?」
「はい! 不入斗水菜っていいます! 長万部せんぱいのお嫁さんになります!」
「ひゅーひゅー! 良かったな! 勇!」
「いい加減にしろ。俺は不入斗さんをまだ良く知らん」
「これから知ってください! 二人のフェイト・オブ・デスティニーが長万部せんぱいにも見えてきますよ~お」
「二人とも、入部ありがとう! 歓迎するよ! 私は部長の知内見知。長万部くんはご存知の通り、この暑苦しい男は二年生の音威子府神威、通称『ねっぷ』」
「よろしくな!」
長万部くんはガキ大将のリサイタルに招待されたお友達みたいに心底迷惑そうだ。
「こちらのキューティー&ビューティーは同じく二年生の留萌麗ちゃん。我が新聞部のアイドルだよ!」
「あ、アイドル!? いや、それはともかく、よろしくお願いします」
うぅ、こういう振りはリアクションに困る…。
「んで、あっちで女どもに囲まれてるキザな野郎も新聞部の仲間で、私と同じ三年生の木古内新史っていうんだ。一同よろしくね!」
木古内さん、モテモテだなぁ。囲まれて身動き取れないみたい。
「みなさん、よろしくお願いします!」
「長万部勇です。よろしくお願いします…」
あぁ、長万部くん、なんだか可哀相だなぁ。辞めてもいいよとは言えないので、後日、菓子折りでも渡そうかな…。
こうして半ば強引に部員を確保した新聞部は、今年度も存続が可能となりました。
ご覧いただき誠にありがとうございます。
今回も麗の脳内は元気いっぱいです!
以前より登場を予告しておりました水菜をやっと出せました。