新学期!
4月5日、心待ちにしていた新学期だけど、クラス替えで音威子府くんと別のクラスになるかもという不安で私の頭は悶々としていた。別のクラスでも、部活で会えるから過剰に悲観する必要はないけど、それでもやっぱり不安。
ギュッ!
「きゃっ!?」
札幌駅で電車を降りて改札口に通じる階段へ向かっている途中、突然背後から誰かに抱き着かれた。大体誰だか検討つくけど。というより、あの女性しかいない。
「やぁうらら姫! 隣の車両に乗ってたんだね!」
うらら姫!?
「おはようございます」
やっぱり知内さんだ。
「いやあ、春休みの間ずっと麗ちゃんの画像をオカズにしてたんだけど、やっぱナマは格別ですなぁ。チューしてチュー!」
知内さんは私に抱き着いたまま言いながら、唇を窄めて私の口許へ顔を近付けてきた。
「いや、ちょっと…」
「きゃあっ! イヤガルガールな麗ちゃんも反則的な悩殺力! 頭から爪先までワキワキしてヴェロリンチョしてもいいかな!?」
イヤガルガールって何気に駄洒落ですね!?
「いっ、イヤです…」
ああもう、人がいっぱいいる所で…。
「そこは『いいとも!』って言うところだよ!」
「イヤなものはイヤです!」
いけない! つい大きな声を出してしまった。一瞬、公衆の視線がこちらへ集まった。
「ははは、冗談だよ。後で部室で二人きりの時にね!」
「いや、それも困ります…」
チュッ!
「ひあっ!?」
諦めてくれたかと思いきや、知内さんは公衆の面前で私の左頬に口づけした。
知内さんの唇、柔らかい…。
はっ! いけないいけない! イケナイ方向に目覚めちゃだめっ!
「めんごめんご~、ついうっかり」
「ついうっかりって、矛盾してます」
「鋭いツッコミありがとう! ついついムチュ~ッとね!」
人見知りで、これまで見知ともあまり会話をしてこなかった麗だが、こうしてじゃれられるうちに、少しずつ打ち解けてきたようだ。
◇◇◇
麗と見知が校門抜けると、校舎の玄関前に特設された掲示板が真っ先に視界に入る。クラス分け名簿だ。気になって仕方ない麗は、まず出席番号が上位の神威の名を探すと、すぐに見付かった。1組だ。
私は!? 私は!?
麗は視線をそのまま下位の番号へ。
あ、あったー!! 40番、最下位だ。
あっさり不安が解けた麗は、胸を撫で下ろした。
良かったぁ! また音威子府くんと同じクラスだ!
『良かったね、麗ちゃん』
見知はそう思いながら、心なしか表情が華やぐ麗を温かく見つめていた。
◇◇◇
教室に着いた麗は、指定された窓際最後列に着席した。始業時間まであと20分。余裕があるので持ち歩いている童話小説を読み始めた。座席表を確認したところ、神威は廊下側の最後列だった。
この日のカリキュラムは担任の挨拶とホームルームのみで、一時間ほどで終了した。担任は昨年度と同じ、大楽毛安夢、教師二年目だ。
◇◇◇
放課後、私はヒグマの生態図鑑を借りに図書室に寄ってから部室へ向かった。この前のクマさんには留萌家の警備員として働いてもらうことになった。もし泥棒が入ったらどうなっちゃうんだろう? ガブッ! とされちゃうのかな?
部室の扉を開けると、今年度で三十路を迎える顧問の占冠先生を除く全員がクッキーをお供にお茶会をしていた。
「こんにちは」
「おっす留萌さん!」
「こんにちは留萌さん」
「やあ麗ちゃん! いま紅茶滝れるから暫し待っていておくれ」
言って、見知さんは食器棚からティーカップを一つ取り出して音威子府くんのと私のティーカップにアールグレイを交互に注ぐ。状況から、音威子府くんもまだ部室に来たばかりと推理できる。
知内さんの滝れるお茶はまろやかな口当たりで、紅茶独特の香りと甘味があってとても美味しい。知内さんに滝れ方教わりたいな。
ああ、今日もお茶とクッキーが美味しいなぁ。
幸福に浸っていると、知内さんが一息ついて話を切り出した。
「あのさ、お約束なんだけど、部活って部員が五人以上居ないと廃部になっちゃうんだよね。うちの学校、同好会は認められてないし、三年生が引退した下半期はセーフだったんだけど、新年度になったから、新入部員が入らないと…」
「あっ」
「えっ?」
「ええええええ!?」
新史さん、私、音威子府くんの順。
そうだ、昨年度の下半期までは三年生が引退したという理由で部員四人での活動が認められていたけど、新年度になったらそれは通用しないんだ。
うぅ、教室では音威子府くんとあんまり会話できないから、部活はとても貴重な時間なのに…。
「と、いうことで、入学式が終わったら我が新聞部も新入部員の勧誘を実施しまーす!」
うぅ、誰か入ってくれるかなぁ…?
私はまた一つ、不安を抱え込むのであった。
ご覧いただき誠にありがとうございます。
神威編に比べ文字数が少なめになってしまいました。
そろそろ新キャラ登場です!