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さつこい! 麗編  作者: おじぃ
北海道での日常編
10/69

『めっ!』しちゃうよ?

 なんなのなんなのな~んなのっ♪ 鯉なの? 故意なの? こ~い(恋)なのっ! うふふ!


 ホワイトデーから今日に至るまで、恋が再燃した麗は、つい鼻歌を口ずさみたくなるくらいゴキゲンだが、路上では恥ずかしいので心で歌っている。


 4月1日、春休みだけどまだまだ寒い北海道。札幌の大型書店から帰ってきた麗は、バスを降りて自宅付近の裏道を、今にもスキップしそうな具合にふわふわ歩いていた。


 あぁ、可愛いなぁ、音威子府くんがくれた白クマさん♪


 神威からホワイトデーにプレゼントされた白クマのぬいぐるみがとても気に入った麗は、いつもカバンの中に入れて持ち歩いては時々中を覗き見て人差し指でぬいぐるみの頭を撫でている。


 そんな折、角を曲がったところで、私は近所の家のブロック塀に寄り掛かってバナナを食べているクマさんに出合った。ヒグマという本州のツキノワグマより遥かに大きな茶色いクマさん。昨年の秋は札幌市街に出没して騒ぎになったけど、どうやらそのうちの一頭のようだ。まだ寒いのに、早起きしちゃったのかな?


 ポイッ!


 あっ! バナナの皮を路上に捨てた! そういう悪い事すると『熊の手そば』にしちゃうよ?


 『熊の手そば』というのは、文字通り熊の手がトッピングされたお蕎麦のこと。あるお店では一杯10万円で提供している高級メニュー。果たしてそのお味やいかに!?


「クマさん、バナナの皮は路上に捨てないで、山に持ち帰ってね」


 クマに日本語が通じるかわからないが、麗はとりあえず話しかけてみた。


 麗の口調は普段と打って変わり、流暢かつ堂々としている。それは『ナメられたら()られる』という自然界の摂理を理解しているからだ。


 するとクマさんは、麗の顔をじ~っと見詰めてきた。


「ガルルルルル!!」


 見るからに襲ってやるぞという形相で私に威嚇(いかく)するクマさん。


 ふぅん、逆ギレするんだ。


 麗を取り巻く空気が、瞬間的に厳かなものへと変わった。対戦相手と家族以外の誰にも見せていない、戦闘へと意識を集中させ、静かに息を深呼吸しながら気を込める麗の姿。


 言うこと利かない悪い子ちゃんには、『めっ!』しちゃうよ?


 私は構えを取ってクマさんへ一歩、また一歩と詰め寄る。もちろん、目を逸らさないようにお互い見合いながら。


「ぐおああっ!!」


 突如、クマさんは私を目掛けて突進してきた。約5メートルの距離が刹那に縮まる。


 ササッ!


 私はすかさずクマさんの背後に回り込んで腰まで駆け上がりジャンプ!


 ストン!


 ジャンプした勢いでシューズの角で後頭部に(かかと)落とし!


 ずてーん!!


 それは、ほんの数秒の出来事。クマさんは気絶して正面から勢い良く倒れ込み、路上に積もっていた雪が舞い上がって(きら)めいた。


「ふぅ…」


 私は汗もかいていない額を拭って一息ついた。


 あぁ、クマさんの寝顔、可愛いなぁ。私、やっぱり動物さん大好き! クマさんと遊ぶのって凄く楽しい! ねぇねぇ、道の真ん中で倒れてないでもっと遊ぼおよぉ♪


「ねぇねぇクマさん、熊の手そばになって食べられちゃう? それとも保健所に行く? それとも、(うち)で働く?」


 さぁさぁどうするクマさん? ねぇねぇ、早く答えてよぉ♪ じゃないと食べちゃうゾ♪


 しかしクマさんは気絶してビクともしない。私の問いに答えられないようなので、様子を見るために仕方なく約300メートル先の自宅に一旦戻り、玄関にカバンを置いて両親を呼び、庭の物置に仕舞ってある軽貨物用の台車にクマさんの上半身を引きずり載せた。台車に載り切らなかった下半身はお父さんが抱えている。


 私は怪力ではないので、とてもクマさんを抱えて運べない。さっきのだって、力を踵に集中させたからこそ成せた(わざ)なのだ。


「麗、そのクマさんどうしたの?」


「クマさん、ここでバナナを食べてたんだけど、こんな所に居たら猟友会(りょうゆうかい)の人に銃殺されちゃうと思って」


 あわわ、緊張して思わずこんな事言っちゃったけど、ちょっと語弊があるような…。


「そうか! 麗は動物想いの優しい子だなぁ! お父さん嬉しいぞ!」


 バナナを食べていたというのに、現在気絶していることが不審ではないのだろうか。意図せずとも騙されたようなものである父に、心の中で謝る麗であった。


 麗にしても、『めっ!』をしなければ()られていたし、このままではヒグマが猟友会に銃殺される事を懸念していなかった訳ではないので嘘はついていないのだが、やっている事がなんというか、とても荒っぽい。


 麗の両親はヒグマを見ても特に慌てることはなかった。留萌家の先祖はかつて森の中に住んでいて、旭川に移り住んでからも、代々ヒグマから身を守るための奥義、『留萌流踵落とし』を習得してきた。麗自身、小学校高学年から家族でハイキングに出掛けた時にヒグマと闘った事は何度かあったが、まさか札幌の住宅街で奥義を使うとは予測していなかった。備えあれば憂いなし! 麗の踵落としは、力のない華奢な者でも習得可能な、留萌家秘伝の奥義なのだ。


 家に戻った留萌家三人は、一般的な家庭よりやや広めのバスルームにヒグマを引きずり込み、そのままデッキブラシを使って全身を洗ってやった。それからドライヤーで丁寧に乾燥させ、毛並みを整えた。すっかり綺麗になったヒグマだが、未だ気を失ったままだ。


 ◇◇◇


 夜、豆電球がやさしく灯る自室で、麗は物思いに耽っていた。


 新学期まであと四日。長いなぁ。早く音威子府くんに会いたいなぁ。もっと仲良くなって、たくさんお話ししたいなぁ。できたら、ファーストネームで呼び合える仲になりたい。


「麗。神威くぅ~ん♪ なんて♪ も~ぉ、なんなの私!? 独り言なんか言っちゃって!」


 高鳴る鼓動を抑え切れず、つい独り言を言ってしまった麗は、とても幸せな気分で新学期を心待ちにしているのであった。


 あっ、新学期になったらクラス替えだ。音威子府くんと別のクラスになったらどうしよう!?


 ああもう!? どうしよどうしよどうしよう!?


 幸せが一転、不安に悶えてベッドをゴロゴロ転げ回る麗。


 ストン!


「いたっ! もう、なんなの!?」


 転がっているうちにベッドから落ちてしまった。


 不安に駆られる麗。果たして神威と同じクラスになれるのか!?

 ご覧いただき誠にありがとうございます。


 麗のウラ話でした。今回のお話では空気を感じ取っていただくために敢えて説明を省いた部分がありますが、ちゃんと伝わりましたでしょうか。ご意見、ご感想などお寄せいただければ幸いです。

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