器用に振る舞えなくて
「彼女欲しーーーー!!」
昼休み、教室の隅、窓際の最後列の席で、一人の男子生徒が叫んだ。同じく最後列、中央の私は、構わずミステリー小説を読み続けた。小説は何処に居ても、読む者を物語の世界へ誘ってくれる、魔法の書。
音威子府神威、私、留萌麗と同じく新聞部員。元気だけが取り柄の彼が、なぜデスクワークがメインの新聞部へ入部したのか、その胸の内は察しかねる。なお、新聞部の一年生は、私と音威子府くんの二人のみ。
私が新聞部に入部した理由は、物書きが好きだから。小説を執筆できる文芸部に入部しなかったのは、自分を知られたくないから。自分に自信がないから。その点、新聞部は最低限、事実を伝達できれば事が済む。
◇◇◇
放課後、新聞部の部室には私と音威子府くんの姿しかなかった。部室には防火剤でコーティングされた片側三人、計六人用の長方形の茶色い木の机が三つ並んでいて、その中心で向かい合って黒い革張りのパイプ椅子に会話も何もせず、お互いじっと腰掛けている。
数分の沈黙の後、30歳、彼氏募集中の顧問がやってきて私たちに告げた。
「第63回さっぽろ雪まつりが絶賛開催中!! ということで、一年生のお二人さん、土日に取材をお願いしま~す」
「わかりました」
正直なところ、音威子府くんと二人で行動したいとは思わないが、先輩方は土日に用事があって取材に同行できないと聞いているので仕方なく承った。
「ありがとう。じゃあよろしくね~」
顧問は言いながらひらひらと手を振り部室を去った。
「じゃあ、明日はよろしくな、留萌さん」
部室に来て初めて口を開いた音威子府くんの表情は少し引き攣っていて、それでも愛想の良い口調で振る舞ってくれた。私と一緒に行動したくないけど不快な思いはさせたくない。そんな感情が伝わってくる。
「こちらこそ、よろしく」
質素で感情が伝わりにくい私の言葉は、いつも元気で明るい音威子府くんの気持ちを静めていると思うと申し訳ない気持ちになる。こんな喋り方は良くない。けれど明るく振る舞えない。文芸部へ入部しなかった理由と同じく、自分に自信がない。
……。
お互い何もせず沈黙を過ごしてどれくらいたっただろう? そう思い始めた時、音威子府くんが言った。
「帰ろうか?」
「そうね」
雪がさらさらと降る中、学校を出て駅に向かって歩き出した私たちには、やはり会話がない。何か話し掛けてみよう。そう思っても会話を切り出せない。ネタがないだけじゃない。勇気もない。
「留萌さんってどこに住んでるの?」
気を遣ったのか、沈黙に耐えられなくなったのか、音威子府くんが会話を切り出してくれた。どちらにせよ私のせいだ。ごめんなさい。
「手稲区」
私の住む手稲区は札幌から電車で北西へ向かって20分くらいの所で、札幌市内の区の一つ。
「そうか、俺はこの近くなんだ。だから通学はラクだし、朝はいつもギリギリまで起きられないんだ」
「そうなんだ」
そうなんだ、だけじゃなくてそこから会話を引っ張らなきゃ! どうしよう、これじゃ明日、音威子府くんに辛い思いさせちゃう。
その後、音威子府くんとは駅の改札前で別れ、私は明日への不安と音威子府くんへの申し訳ない気持ちを抱きながら家路を辿った。
神威編に続き、麗編も暫定的に公開となりました。内容はまだ「さっぽろ恋ものがたり」に少し加筆したのみでありますこと、ご了承ください。雪まつりとその後日譚につきましては既に執筆を開始しており、編集完了次第、公開いたします。