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果てに繋ぐ  作者: If
第一章
1/5

1:卒業前夜

 剣あり魔法あり冒険ありの王道、けれどもちょっと大人め(になるといいな!)で切ないファンタジーを目指して執筆していきます。

 更新はすごく遅く、そしてまだまだ未熟者の筆ですが、よろしければご覧ください。

 願わくば、この小説が読者様のひとときの憩いとなりますよう。

 夜の風が好きだ。冴え渡った風を浴びていると、その日一日の疲労や悩みがするりと抜け出ていくような心地がする。いつもとは違う夜だったけれども、いつものようにリーフェはノツノトーカ湖のほとりに赴いていた。もちろん、夜風を浴びるために。それでも今日はやっぱり特別な夜であって、この時間帯にはないはずの人の姿を見つけた。先客だ。

 凪いだ湖面に向かってひとり佇む背中には、見覚えがあった。いや、見覚えどころか。ここ二、三年で急にがっしりしてきたその背中は、形がそのまま網膜に焼きついているのではと思うほど、毎日見慣れたものだった。意地悪な考えがリーフェの頭を過ぎる。驚かせてやろう。彼女は用心深く足音を忍ばせて近づいた。

 三歩目をそっと地面に下ろした瞬間だった。ふっと空気が緊張する。術の前兆だ。リーフェも身を固くする。

 一呼吸の後、闇に染まった湖面を覆うようにまばゆい炎が溢れた。それは火の粉を散らしながらゆらめき、舞い、渦を作って天高く駆け上った。月を焼くような場所にまで届いて、夜闇を橙に照らす。リーフェはしばし、その光景に目を奪われた。

 その後徐々に細くなった火柱は、最後に風にさらわれた。湖畔に夜が戻る。背中がようやく振り返って、見えた顔が笑んだ。

「卒業試験前夜にこんなところに来る物好きは、俺くらいだと思ってたけど」

 リーフェもくすりと応じ、隣まで歩む。

「さっきの派手な炎創操術を見た人が、いっぱい集まってくるかも」

「もう遅いし、皆寝てるだろ。特に明日、一世一代の大勝負を控えてる奴らは」

「その一世一代の大勝負を明日に控えているはずのシイラは、こんな時間にこんな場所にいていいの?」

「リーフェこそ」

「私はいいの」

 ほんとうは眠れなかったのだと言ったら、シイラは笑うだろうか。横目で盗み見た彼の顔は至って落ち着いているように見えて、リーフェは笑みを足すのを忘れた。おそらく気付いて、シイラも笑みを引っ込める。まじまじとリーフェを見つめた後、しごく意外そうな表情をして、言った。

「へー。リーフェでも緊張したりするんだな」

「してないわ!」

 どうして図星をつかれたときほど、正直な反応をしてしまうのだろう。これでは後からどれだけ否定しようと無駄だ。リーフェはぷいと視線を逸らして、俯いた。無駄だとは分かっていても、焦った顔や緊張した顔は隠しておきたかった。

「昔っから嘘が下手だよな、リーフェは」

 直接表情を見なくとも、シイラがどんな顔をしているのかは分かる。呆れ半分、からかい半分の笑みを浮かべているに違いない。いっそう顔を合わせにくくなった。

「そんな心配しなくたって、おまえなら大丈夫だと思うけど」

 てっきりからかいの言葉が続くと思っていたリーフェは、思わずシイラのほうへ顔を戻していた。気を遣ってくれたことはすぐに分かったが、彼女はまだ素直にはなれなかった。意地悪な言葉が飛び出る。

「首席卒業確定の人が羨ましいよ」

 聞いて、シイラは苦笑を零した。肩も竦める。

「前から思ってたんだけど、リーフェは俺を買い被りすぎだ」

 湖面に目を落とすシイラの目が少し心細げに見えたのは、リーフェ自身の心から生まれた錯覚かもしれないが、彼も本当は不安なのかもしれない。

「そんなことない。十年間も傍で見てきた私が言うんだもの、間違いないわ」

 十六歳のリーフェにとって、十年は人生の半分以上を占める長い時間だ。その長い間、傍でずっとシイラの優秀さを目の当たりにしてきた。何でも出来てしまう彼を、いくど羨ましがったかしれない。

「私がここで術の失敗をして林を火事にしたとき、鎮火してくれたのはシイラでしょ?」

「ああ、そんなこともあったな。懐かしい。後で教導師長にひどく怒られたっけな」

「それでも教導師長はシイラに感嘆してた。ルゼが湖凍らしたときも、溶かしたのはシイラだったよね。それにさっきの炎創操術もすごかった。成績だってこれ以上ないほど優秀だし、ああ、そうだ。ルゼがね、首席をネタにした賭けやってるらしいの。知ってる? シイラに集まりすぎて賭けにならないって言ってたわ」

 いつの間にか必死に喋っていて、息が苦しい。ほんとうに、羨ましかった。嫉妬だってしたが、一番に、目標だった。リーフェは息をつきながらシイラを見た。笑っている。

「首席で賭けなんかすんなよな」

「私もね、賭けたの。負けたら五百レルよ。お願いだから首席になってね」

 「馬鹿」とまたも笑ったシイラに、もう心細さは微塵も見えなかった。勝手な話だが、シイラにはずっと自信を持っていてほしいと、リーフェは思う。

「じゃあさ」

 ふと真面目な顔になって、シイラが言った。

「俺はリーフェにしようかな」

「なにが?」

 聞くと、シイラはにっと歯を見せた。

「首席当ての賭け」

「は?」

 リーフェの上げた素っ頓狂な声は、夜の静寂を割って、よく響いた。あまりにも突拍子もない話で、しばらく頭の中が真っ白になる。

「何言ってるの?」

 結局冗談だと結論づけて笑ったリーフェだったが、シイラが思った異常に真剣そうだったのですぐに引っ込める。

「本気?」

「本気」

 短く答えて、シイラは空を仰いだ。わずかに欠けた月が、無言で空に浮かんでいる。

「ほんとうに、何言ってるの?」

 先ほどと同じ言葉を、しかし違う意味でリーフェは使った。よく見て上の下の成績のリーフェを首席の賭けの対象にするなど、どうかしている。それこそ馬鹿だ。

「直感だよ、直感。結構当たるんだぜ?」

「今回のが当たる確率、天地がひっくり返る確率よりも低いと思うわ」

 あきれて言うと、シイラはよく分からない笑みをした。苦味の入った、どこか悔しそうで寂しげな笑み。こんな笑い方、初めて見た。すぐに元通りになってしまったけれど。

「賭けるのは一レルにしとくけど」

「ちょっと本気で心配した私が馬鹿でした」

 二人で一緒に笑いながらも、リーフェは少し切なさを感じていた。これはきっと、卒業を明日に控えているせいだ。

「暖かくなったな」

 思い出したように、シイラが言った。その言葉を待っていたように、風が吹く。やはり冴えていたが、それでも冷え切ってはいなかった。

「そうだね」

 暖かくなった。もう雪は降らないだろう。次に降るときには、リーフェたちの大半が、この地を去っている。そう思うと無性に寂しい。

「卒業だね」

「だな」

 卒業は明日だ。明日から、新しい何かが始まる。始まりの扉はきらきらまばゆく、手を伸ばしたいような、目を背けたいような、相反する二つの気持ちがリーフェの中で拮抗していた。

 そういう特別な日をすぐ傍に控えていても、湖畔の夜は穏やかで。それぞれの部屋へ戻っていったリーフェとシイラの背の後ろで、いつもと同じように更けていった。

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