第七話 敦君と二人きりの下校
書いてありませんでしたが、この物語は今6月です。
みんな夏服です。
「あ、敦さん、今帰るですか?」
社会科準備室から出ると、萌とばったり出会った。
「ああ、用事も終わったからな‥‥萌は、何でこんな所にいたんだ?」
俺が何の気無しに訊くと、萌は何故か顔を真っ赤にして俯く。
(‥‥お姉ちゃんが‥‥ここにいるって言ったから‥‥)
萌はぼそぼそと何かを言ったけど、俺には何を言ってるか聞こえない。
「萌? どうかしたか?」
「え!? いいいえ、なな何でもないです!」
萌はあわてふためきながら手と顔をぶんぶん振る。
なんかよく分からないけど‥‥まぁ、本人がそう言うなら、あまり深くつっこまない方がいいな。
「未来と光は?」
「委員会と部活です」
未来は図書委員、光は調理部に入っている。
運動が嫌いで、本が好きな未来が図書委員は納得だけど、運動が大の得意で体育ではどんな種目でも主役になる光が文科系の部活に入ってるのは未だに謎だ。
まぁ、そのおかげで美味しい弁当が食えるわけだけど。
「萌も用事ないんだろう?」
「あ、はい。もう後は帰るだけです」
「じゃ、一緒に帰るか」
「え‥‥は、はいです!」
萌が顔をパッと輝かせて返事をする。
そこまで喜んでくれると誘ったかいがある。
「じゃあ、準備してくるから玄関で待っててくれるか?」
「はいです!」
萌は満面の笑みで駆けてく。
廊下は走ったら危ないけど‥‥そんなことを言う暇もなく去って行った。
相変わらず足速いな‥‥
俺も急いで準備しないとな。
超特急で準備して玄関に向かうと、萌がもじもじしながら立っていた。
「待たせて悪いな」
「い、いえ、全然大丈夫です!」
萌はこっちを満面の笑みで見る。
「じゃ、行くか‥‥どっか寄りたいとこある?」
「え?」
「いや、どうせならどこか寄っていこうかなって思って。せっかく二人きりだしな」
「ふ、二人きり‥‥」
萌はなぜか真っ赤な顔でその言葉だけを繰り返す。
「あ、やっぱ嫌か? それなら二人を待ってた方が‥‥」
「い、いえ、全然そんなことは! というか望んでたくらいで!」
「望んでた?」
「あ‥‥いいえそれはその言葉のナントカって奴で‥‥とにかく気にしないで下さいです!」
「あ、ああ‥‥分かった」
いつもおっとりしてる萌がものすごい勢いで詰め寄って来て、つい頷いてしまった。
「じゃ、じゃあ行くです!」
萌はそう言ってさっさと外に出ようとする。
「お、おい! 靴!」
内履きのまま。
とりあえず俺達はデパートに移動した。
「どこにする?」
「わ、私はどこでも‥‥」
萌はさっきからこんな調子だ。
顔も結構赤いし、どうも様子がおかしい。
「なぁ、萌」
「は、はい!」
「どっか体の調子悪いのか? なんか顔も赤いし‥‥」
俺の質問に萌は首をぶんぶん振って否定する。
「そ、そんなことないです!! 全然全くいたって健康体ですよ!!」
「な、ならいいけど‥‥」
やっぱりどこか様子が変な気がする。
だけど、萌にはそれを言うことを憚られるような迫力があった。
「あ、敦さんは行きたい所とかないんですか?」
「俺? 俺も別に‥‥」
そもそも、光に弁当を渡すために時間を潰そうと思って来ただけだし。
しかし二人とも行きたい所がないとは‥‥正直困った。
やっぱり、こういう時は誘った俺が責任持って決めるべきだよな‥‥
「じゃあ‥‥とりあえず何か食べるか」
「え?」
「いや、腹減ったから‥‥暑いしアイスでも食べようかと‥‥」
「アイスですか‥‥」
萌は少し困ったような表情になる。
「あれ、嫌いだっけ?」
「い、いえ、そういうわけじゃないですけど‥‥」
「じゃ、行こうぜ。確かこの近くにあったはず‥‥」
ちょっと探すとアイス専門店が見つかった。
「いらっしゃいませ! 何にいたしますか?」
店員が営業スマイルを浮かべながら注目する。
「何がいい?」
俺がメニューを見ていた萌に訊くと、
「えっと‥‥ストロベリーで‥‥」
「じゃあ、チョコレートとストロベリーで」
「かしこまりました!」
店員がこなれた手つきですぐにアイスを用意する。
「300円になります!」
萌が財布を取り出す前に、俺が料金を払いアイスを受け取る。
「え、あ、あの‥‥」
「奢るよ」
「そんな、悪いですよ!」
「いや、誘ったのは俺だし」
「ありがとうございました!」
店員が「ここで言い争うな」と言いたげにお決まりのフレーズを使うと、萌は引き下がった。
「す、すいませんです‥‥」
「だからいいって。ってか、あれだけでそんな謝られると逆に重いって‥‥」
俺がそう答えながらアイスを手渡そうとすると、萌はとてつもなくショックを受けた顔になる。
文字で表現するなら、ガーン×3くらい。
「‥‥ごめん、言い過ぎた」
「いえ‥‥大丈夫です」
萌が全く大丈夫じゃなさそうな感じで答え、俺から何故か目の前にあるストロベリーアイスではなく、バニラアイスの方を取る。
「あ、おい」
俺が声をかけた時には萌はバニラアイスを口に含んでいた。
味の違いに気がつかないのか、萌はすぐにまた二口目を口にしようとする。
「萌、それ俺のなんだけど」
萌はそれでようやく気付いたらしく、ハッとして、目を白黒させる。
「あ、ああの、ごめんなさいです!」
萌はそうして俺にアイスを渡す。
「大丈夫だってこのくらい」
「で、でも‥‥」
萌は昔から気にしすぎな所がある。
まぁ、それが長所でもあるんだけど‥‥
なるべくさっきみたいに萌を傷つけないように、この場を和ます方法は‥‥
「じゃあ‥‥萌の分も一口もらうってことで」
俺は冗談めかした口調でそう言って萌が食べた分と同じくらいの量を食べる。
「あっ‥‥」
萌の口から漏れたように言葉が発せられる。
「ほら、これでおあいこってことで」
そう言って俺がアイスを渡すと、萌は真っ赤になった顔を隠すように受け取る。
「どうかしたのか?」
「な、何でもないですよ!」
萌はそう言いながら、じっとアイスを見つめる。
「早く食べないと溶けるぞ」
「わ、分かってるです‥‥」
萌はそう答えると、しばらく同じようにしてから、決心が出来たかのようにパクパクと食べる。
なんでこんな急いで食ってるんだろ?
俺はマイペースにアイスを食べる。
当然のことながら、萌の方が早く食べ終わる。
「ごちそうさまでした」
萌が礼儀正しく手を合わせる。
その時、萌の口元にアイスがついているのに気付いた。
「萌、アイスついてる」
「え!? ど、どこです?」
「口元‥‥ああいや、そっちじゃなくて‥‥ちょっとじっとしてろよ」
なかなか取れない萌にじれったくなって、俺が指でさっと拭いて、アイスのついた指を舐める。
‥‥あんまり行儀よくないけど、まぁ、もったいないし。
「あっ‥‥」
また萌の口から言葉が漏れる。
「あっ、あっ、ああ‥‥」
萌は壊れたロボットみたいにぎこちなく動きながら、同じような言葉を繰り返す。
「萌? どうかしたのか?」
「か、間接‥‥」
俺が聞き取れたのはそこまでだった。
萌は顔を真っ赤にしてふらっとよろめいたかと思うと、そのまま気絶してしまった。